第一章:雪の中の叫び
### 1日目 朝
「いやぁぁぁぁっ!!」
悲鳴が山荘に響き渡ったのは、朝食の時間が近づいた頃だった。
椎名零と高瀬美咲は同時に飛び起き、音のした方向へと駆けだした。二人が到着したのは、3階のオーナー特別室前の廊下。そこには深山の秘書、立花聡子が青ざめた顔で立ちすくんでいた。
「立花さん、どうしたんですか?」椎名が声をかけた。
「深山社長が…深山社長が…」
立花の震える指の先、半開きのドアの向こうに、部屋の中央の床に横たわる黒いスーツの男性の姿があった。
その姿は間違いなく、深山一彦だった。
次々と他の宿泊客たちが集まってきた。医師・柏木真理子が真っ先に部屋に駆け込み、深山の体を調べた。
「…お亡くなりになっています」彼女は静かに宣告した。「死後、数時間経っているようです」
「殺された…のか?」桜井教授が緊張した声で尋ねた。
柏木医師は深山の体を慎重に調べ、首元を指さした。「ここに刺し傷があります。一撃で頸動脈を切られたようです」
その言葉に、部屋の中の空気が凍りついた。
「け…警察を呼ばないと!」モデル・水城麗子が叫んだ。
村上管理人が首を横に振った。「無理です。電話線は切れていますし、携帯の電波も届きません。それに、この雪では…」
窓の外は一面の銀世界。昨夜からの猛吹雪で山荘は完全に孤立していた。
「つまり…犯人はこの中にいるということですね」黒川投資家が静かに言った。
全員が互いの顔を見合わせた。恐怖と疑惑の目が、部屋の中を飛び交った。
「皆さん、落ち着いてください」桜井教授が声を上げた。「まずは状況を整理しましょう。柏木先生、死亡推定時刻は?」
「昨夜の11時から深夜2時の間でしょう」
「ならば、アリバイを確認する必要がありますね」
その言葉に、西園寺料理人が不機嫌そうに言った。「俺たちを疑うってのか?」
「殺人事件が起きたのは明らかです。そして犯人は我々の中にいる。論理的に考えれば、アリバイの確認は当然でしょう」桜井教授は冷静に答えた。
みな、昨夜の行動を説明し始めた。しかし、深夜には全員が各自の部屋にいたと主張し、互いのアリバイを確認することはできなかった。
「この状況では、どなたにも容疑の可能性があります」桜井教授は言った。「そして、犯人は我々の中に…」
### 登場人物一覧
①椎名 零19歳 男性 大学1年生
普段はお調子者だが、事件に直面すると鋭い洞察力を発揮する。推理小説マニア。
②高瀬 美咲19歳 女性 大学1年生
零の幼なじみ。しっかり者で冷静。記憶力が非常に良く、細かい観察力を持つ。
③深山 一彦55歳 男性 IT企業CEO
山荘のオーナー。最初の被害者。常に高級スーツを着用し、表面上は温厚だが計算高い性格。
④立花 聡子32歳 女性 深山の秘書
几帳面で仕事熱心。常にタブレットを持ち歩き、深山の右腕的存在。
⑤西園寺 勇42歳 男性 料理人
プライドが高く短気。左腕に大きな火傷の跡がある。
⑥村上 徹60歳 男性 山荘管理人
無口だが親切で山の知識が豊富。杖をついている。
⑦柏木 真理子48歳 女性 医師
知的で冷静、分析的な性格。老眼鏡をかけている。
⑧桜井 哲也52歳 男性 大学教授
犯罪心理学の専門家。分析的でやや皮肉屋。口ひげが特徴的。
⑨水城 麗子25歳 女性 モデル
派手な服装と髪型。明るく社交的に見えるが、計算高い一面も。
⑩黒川 大輔45歳 男性 投資家
傲慢で攻撃的。高価な時計とスーツを身につけている。
### 1日目 午前
朝食を取りながら、全員が緊張した面持ちで互いを観察していた。
「手がかりを探さなければ」と椎名は美咲に小声で言った。「合宿と思って来たけど、まさか殺人事件に巻き込まれるなんて…」
「ねえ零、ちょっと考えてみて」美咲は真剣な表情で言った。「深山さんが昨日言ってた、15年前のビジネスパートナーの件…。全員がそれに関係しているんじゃない?」
「たしかに…。じゃあぼくたち以外の全員に動機があるってことか」
桜井教授が二人に近づいてきた。「君たち、何か気づいたことはないかね?」
椎名は躊躇したが、思い切って尋ねた。「先生、深山さんが言っていた城崎さんという人のことを知っていますか?」
桜井の表情が微かに変化した。「ああ、知っているよ。城崎健太郎…彼は優秀なエンジニアだった。深山と共に会社を立ち上げたが、深山に裏切られたんだ。特許を盗まれ、会社からも追い出された。それを苦に自殺した…」
「そんな…」
「ここにいる全員が、城崎の死と何らかの関わりがあるんだよ。私は彼の大学時代の指導教官だった」
その言葉に、椎名と美咲は顔を見合わせた。
「じゃあ…動機は全員にあるということですね」
「そうだね。だが、機会と手段はどうだろう?」桜井教授は立ち上がった。「さあ、私たちで現場を調べてみよう」
三人は深山の部屋に戻った。現場はまだ手つかずだった。深山の体は床に横たわったままで、首から流れ出た血が乾いていた。
「あれ?」椎名が床に何かを見つけた。「これは…髪の毛?」
柏木医師も合流して、その髪の毛を調べた。「これは深山さんのものではないわね…色が違う」
一方、美咲は部屋の隅にある異様なものに気づいた。「これ、なんですか?」
そこには大きな木箱があり、中には梱包材が詰まっていた。
「何かを運び込んだ跡だな」桜井教授が言った。「しかも最近」
さらに部屋を調べると、深山のクローゼットから小さな香水瓶が見つかった。「これ、けっこう特徴的な香りですね」と椎名は言った。
「深山さんの香水ね」立花が言った。「彼のお気に入りで、特注品なの」
部屋を出る前、椎名は深山の遺体をもう一度よく見た。何か違和感があったが、それが何なのか説明できなかった。
### 1日目 午後
昼食後、全員がリビングに集まって状況を話し合った。
「なぜ深山さんを殺したのか、動機を考える必要があります」と桜井教授は言った。
「私は知っています」立花が静かに言った。「深山社長は、今回皆さんに事実を話すつもりでした。15年前、城崎さんの特許を盗んだのは事実です。そして…」彼女はためらった。「それだけではないのです」
「どういうことだ?」黒川が食い入るように尋ねた。
「深山社長のコンピューターには、すべての証拠が残されています。城崎さんへの謀略、株価操作、そして…」立花は急に顔色を変えた。「すみません、今は言えません。私の部屋に資料がありますので、夕食後にお見せします」
その言葉に、部屋の空気が一気に緊張した。
「それにしても」村上管理人が言った。「昨夜は不思議なことがありましたよ。深夜に外を見ていたら、オーナー室の窓から影が見えたんです。深山さんによく似た人影でした」
「それはいつですか?」椎名が食いついた。
「午前1時ごろでしょうか。でも、それが本当に深山さんだったのか…」
「死後、数時間経っていたはずですよ」柏木医師が言った。「見間違いでは?」
村上は首を傾げた。「たしかに暗くて良く見えなかったが…」
夕方になり、雪はさらに激しく降り始めた。立花は自室に戻って資料を準備すると言い、水城も休むために部屋へ向かった。
椎名は美咲と二人で、山荘の中を探索することにした。
「ねえ零、さっきの木箱がひっかかるんだけど」と美咲は言った。
「ああ、俺もだよ。あれって何だったんだろう?」
二人が倉庫を調べていると、突然、村上管理人と出くわした。
「何をしているんだ?」彼は不機嫌そうに尋ねた。
「手がかりを探してました」椎名は正直に答えた。
村上はため息をついた。「わかった。実は…この山荘には隠し通路があるんだ」
「えっ?」
「古い山荘をリフォームしたからね。壁の中に細い通路があるんだよ。深山さんはそれを知っていた。だが誰にも言うなと口止めされていた」
「それって…犯人が使ったかもしれないですね!」
「かもな。でも通路の入口は深山さんの部屋と、この倉庫にしかない。そして倉庫の鍵は私しか持っていない」
二人は顔を見合わせた。重要な情報だった。
### 1日目 夕方
夕食の席で、立花秘書が姿を見せなかった。
「立花さん、まだ来ないですね」と美咲が言った。
「部屋にいるんじゃないのか?」西園寺料理人が言った。「料理が冷めるぞ」
「呼んでくるわ」水城が立ち上がった。
数分後、彼女は青ざめた顔で戻ってきた。「立花さんが…返事をしないの」
全員が2階の立花の部屋へ駆けつけた。ドアはロックされていた。
「鍵を開けてください!」桜井教授が村上に頼んだ。
緊急用のマスターキーでドアを開けると、部屋の中は静まり返っていた。バスルームのドアも閉まっていた。
「立花さん?」柏木医師が呼びかけながらバスルームのドアを開けた。
悲鳴が上がった。
立花聡子は浴槽の中で、首を切られた状態で横たわっていた。血の混じった水が浴槽に満ちていた。
「また…殺されたのか…」黒川が震える声で言った。
柏木医師が遺体を調べた。「死亡推定時刻は、2時間から3時間前…夕方の4時から5時頃でしょう」
「でも、その時間、誰かが彼女と話したって言ってなかった?」椎名が言った。
「そう、私よ」水城が答えた。「私が休憩していた時、立花さんから部屋のドアをノックする音が聞こえて、『資料の準備ができたわ』って声がしたの。でも急いでいたから、あとで見せてと答えたわ」
「何時頃ですか?」桜井教授が鋭く尋ねた。
「4時半頃だったと思う」
「しかし、その時間…立花さんはすでに…」
「これは…」
「そう、立花さんが話したはずの時間、彼女はすでに死んでいた可能性が高い」柏木医師は言った。
部屋を調べると、立花のタブレットやノートパソコンは見当たらなかった。そして、バスルームの窓は内側から鍵がかかっていた。
「完全な密室だな」桜井教授は言った。「この状況では…」
全員の疑惑の目が互いに向けられた。
### 1日目 夜
二つの殺人事件が起き、全員が恐怖に包まれた。
「このままでは全員が殺されるかもしれない」桜井教授が言った。「今夜は二人一組で過ごすべきだ」
「でも、二人一組にしても、一人が相方を殺す可能性はあるじゃないですか」黒川が反論した。
「それでも、一人でいるより安全だ」桜井教授は言った。「もし犯人が一人なら、共犯者がいない限り、部屋の中にいる人間を外から殺すことはできない」
全員が同意し、部屋割りが決まった。
- 客室1:椎名&高瀬(変更なし)
- 客室2:柏木医師&水城
- 客室4:桜井教授&黒川
- 客室5:西園寺料理人&村上管理人
夜、椎名と美咲は部屋で今日の出来事を整理していた。
「今日は二つの不可解な殺人が起きた」椎名は言った。「まず深山社長が殺され、次に立花秘書が殺された」
「立花さんの殺害現場、完全な密室だったよね」美咲は言った。「バスルームの窓も内側から鍵がかかっていた」
「しかも彼女が死んだ後に、彼女の声が聞こえたという証言もある」
「録音された声かもしれないね」
「そうだとしたら…」椎名が言いかけたとき、突然、停電が起きた。
山荘全体が闇に包まれた。
「何だ!?」「明かりを!」と、あちこちから声が上がった。
数分後、村上管理人がろうそくを持って各部屋を回った。「ボイラー室のブレーカーが落ちたようです。修理します」
暗闇の中、椎名は何か違和感を覚えた。停電の直前、どこからか微かな香りがしたような…。深山の香水の匂いだった。
「美咲、今」
「うん、私も気づいた。あの香水の匂い…」
二人は身を固くして夜を過ごした。