プロローグ
深山山荘は、白銀の世界に浮かぶ孤島のようだった。
標高1500メートルの山奥に建つこの豪華な山荘は、IT企業「深山テクノロジー」のCEO、深山一彦の別荘だったが、今夜は珍しく賑わっていた。窓から漏れる温かな光が、降りしきる雪の中で妙に不気味に揺らめいている。
「まさか、こんな大雪になるなんて…」
玄関ホールに立ち、外の様子を窓から眺めながら、大学1年生の椎名零は呟いた。隣には幼なじみの高瀬美咲が立ち、同じように外の様子を不安げに見つめていた。
「ねえ、零。私たち、なんでこんな場所に来ちゃったの?それに、『男女ペアでの参加歓迎』って書いてあったからって、まさか私たちが同じ部屋になるなんて…」
「だって美咲、そうとう良いバイト代だったじゃん。『冬休み中の学生アルバイト、ITを学びたい学生歓迎』って。深山テクノロジーの社長自らの山荘でIT合宿だなんて、冬休みのバイトにしては夢みたいな話だったし」
美咲は小さくため息をついた。「確かに…でも、なんだか嫌な予感がするの。あと、言っておくけど、同じ部屋だからって変なこと考えないでよ。絶対に何もしないでね?」
椎名は苦笑いしながら手を振った。「わかってるって。心配しないで」
(内心では少し期待していたが、そんなことは口が裂けても言えなかった)
彼らは「大学生向けIT合宿」という触れ込みで招待されたが、実際に集まったのは若い大学生だけではなかった。深山社長のほかに、彼の秘書、料理人、医師、大学教授、モデル、投資家まで。バラバラの顔ぶれが、大雪で閉ざされた山荘に集められていた。
「ねえ零、あの人たち…なんだか変じゃない?みんな何か深山さんと関係があるみたいだけど…」
「たしかに…特に"投資家"を名乗っていたスーツの男性…確か、黒川さんだったかな。さっきから深山さんの方をチラチラ見てる。何か言いたそうなんだよね」
その時、大広間の中央に立った深山一彦が、グラスをチリンと鳴らして全員の注目を集めた。背の高い、50代半ばの男性は、高級スーツに身を包み、優雅な微笑みを浮かべていたが、その目は笑っていなかった。
「皆さん、ようこそ深山山荘へ。予想外の大雪で、残念ながら明日の朝まで下山は不可能となりました。村上管理人によれば、明朝には除雪車が来るということですので、今夜はどうぞごゆっくりお過ごしください」
その言葉に、部屋の中に微かな動揺が走った。
「さて、皆さんをここにお招きした理由ですが…」深山は一人一人の顔を見回して言った。「実は私、皆さんに謝らなければならないことがあるのです」
その言葉に、場の空気が一気に凍りついた。
「15年前…私は取り返しのつかない過ちを犯しました。私のビジネスパートナーだった城崎健太郎を、私は裏切ったのです」
深山の告白に、部屋の中にざわめきが起こった。
「城崎は自殺しました。彼の死の責任は私にあります」深山は静かに言った。「今日、ここにいる皆さんは、城崎と何らかの関わりがあった方々です。若い学生の二人を除いては」
椎名と高瀬は思わず顔を見合わせた。
「私はこれから、一人一人に謝罪します。それが済んだら、私の会社の持ち株の一部を、賠償として皆さんに分配するつもりです」
突然の告白に、部屋の空気は一気に重くなった。
「詳細は明日お話しします。今夜は皆さん、どうぞお休みください」
深山はそう言い残すと、自室へと向かった。残された人々は混乱し、小さな会話の輪ができ始めた。
椎名は思った。これは単なるIT合宿などではなかった。何かが起ころうとしている。そして自分たちは、何かの芝居の観客として招かれたのではないか…。
雪はますます激しく降り続け、山荘を白く包み込んでいった。この夜、誰も、翌朝に何が起きるかを予想していなかった。