エ〇チしなきゃ出られない部屋に閉じ込められた二人。
※下ネタが少し多めです。
「あのね、重要なのはそれじゃないの」
そう言って、両腕を広げて上下にパタパタと振る文也暖恋。それがまるで、抱っこをねだる可愛い彼女のように見えたものだから、僕は思わず暖恋に抱き着いてしまった。
「……えっと?」
密着しているため、顔は見えなかった。
けれど、声色で分かる。暖恋はとても困惑しているようだ。
「ごめんね、思わず」
僕はゆっくりと彼女から離れて、謝った。彼女は優しいから、謝れば許してくれるはず……たぶん。
もし許してくれなかったら、土下座しよう。全裸になってもいい。それでもダメだったら、全裸で焼き土下座しよう。このハグには、そのくらいの価値があった。
「び、びっくりしただけ、なの……」
暖恋は許してくれたみたいだ。なので、僕が逆立ちしながら全裸焼き土下座(イン、アイアン・メイデン)を披露する羽目になるのは避けられた。
しかし、結局根本的な問題は未だ未解決なままなのだ。
「てっきり、するつもりなのかなって、そう思ったの」
この部屋から出るために。
「ほら、ここって、いわゆる『エ〇チしなきゃ出られない部屋』じゃない? だから、びっくりしただけなの」
そう。
僕と暖恋は今、『エ〇チしなきゃ出られない部屋』に閉じ込められている。
事は、数時間前ぐらい。
今日は午前授業だった。でも、学校から家に着いた瞬間、特に疲れていないのにも関わらず、突如として途轍もない眠気が僕を襲った。
そして、目が覚めたら、ここに居た。
――『エ〇チしなきゃ出られない部屋』に居た。
僕はもう高校生になったので、ここで慌てふためくような真似はしない。まずは周囲を観察し、観察し、観察し……そして発見する。
「……先客?」
僕のちょっと後ろに、女の子がベッドの上でうつ伏せに眠っていた。
先客だろうか……と思い、ベッドを調べたくもあったので、僕はその女の子に近付いて、肩を掴んで揺らす――つもりだったが、肩に触れた瞬間、その女の子は飛び上がるようにして起きた。変な声を出しながら。
「ゆきゃっ!」
ベッドの上に立ち上がった女の子。その顔を見て、僕はその女の子が僕の知り合い、もとい幼馴染であることに気付いた。
「えっ、暖恋……?」
「……ゆ、優里ちゃん?」
僕は駒久賀優里、という素敵な名前を両親から授かっているが、僕のことを名前にちゃん付けで呼ぶのは暖恋だけだった。
「なんできみが……」
「ゆ、優里ちゃんこそ。どうしてわたしの部屋に……って、ここはどこなの?」
どうやら、暖恋は今ここでやっと、この状況を把握したらしい。理解は追い付いていないようだけど、それは僕も一緒だった。
「僕も、暖恋と同じだよ。どうして、どうやって、なんで、も全然わからないんだ」
「そ、そんな……」
暖恋はがっくりと項垂れた。にしても、良かった。もしこの状況で、もし僕が暖恋だったら、僕は絶対に優里ちゃんを疑っていた。
「携帯もないし……」
「ていうか、ポケットの中全部なくなってるの……ハンカチもティッシュも、学生証も……」
「財布もないし」
自分のポケットをまさぐり、そして何も入っていないことを確認する。
「……どうしよう」
「暖恋、僕たちは誘拐されたんじゃないか……?」
「そんなの、とっくの昔にみんな気付いてることなの……」
暖恋に呆れた視線を向けられて、少し恥ずかしくなった僕。確かに、この状況じゃ誘拐以外の可能性は殆どないといえるだろう。
「記憶違いとかがあったらマズいから一応訊くけど、暖恋の誕生日っていつだっけ?」
「十一月の六日なの……」
「うん、やっぱりそうだよね。それで、今日は?」
「五月の三日……」
やっぱりそうだよね……。僕の誕生日は八月の二十三日。よって、誕生日ドッキリではない。五月三日に何か特別なイベントがあるとは思えないので、よって、ドッキリの可能性は無くなったといえる……かな。ギリ。めいびー。
「ぼ、僕たちはどうすれば……」
そろそろ本気で怖くなってきた。冷静に考えれば、僕たちは誘拐されているのだ。もし家族に何かあったら、と考えると気が気じゃないし、これから僕と暖恋はどんな目に遭うのか、想像もしたくない。
「……ねぇ、アレ」
恐怖と不安に押しつぶされそうになってきたその時、暖恋が突然言った。
「あれ?」
暖恋は、何かに向けて指を指していた。その表情は……よく分からない。少し顔を赤らめているけど、同時に怒ってもいるし、また不安がってもいるし、困惑の色も見える。
なんだなんだ、と思って暖恋の指差す方向を見ると、そこには文字があった。
『エ〇チしなきゃ出られない部屋』
との文字が。
「……は?」
思わず、声が出てしまった。
エ〇チって、〇の中身は小さいツだよね……?
「ね、ねぇ、優里ちゃん。わたしたち、一体どうなっちゃうの……?」
「わ、分かんないよ……意味も理由もこれからも……」
エ〇チしなければ、僕たち二人はここから出られない。
……冗談も良い所だ。
「ホントにね!」
そして一時間ぐらい経った。
「わたしはね、このまま二人で一緒に死ぬのを待つっていう選択、悪くないと思うの……」
「ごめんだけど、絶対に悪いよ」
暖恋はいつの間にか、この状況を受け入れてしまったようだ。
「だってここ、確かに何もないけど、優里ちゃんがいるじゃない」
「僕がいた所で、所詮は僕だよ。所為も所依も所作も所産も大したことないようなヤツだよ」
「所のゲシュタルト崩壊なの……」
こんな所に居れば、所思が壊れてしまっても仕方ない。いくらなんでも早すぎるかもしれないが、それだって僕の所長なのだ。同時に所短でもあるのだけども。
「所所うるさいの! 所々《ところどころ》に所の文字を所用すると、わたし所労で倒れちゃうの……」
「悪かったね」
「って、違うの!」
暖恋は大きな声を出しながら、両腕を広げる。
そして、冒頭へと続く。
そして冒頭の続き。
「それで、結局暖恋は何が言いたいのかな」
「エ〇チなんて、恥ずかしいの……」
それが本音だったようだ。羞恥心と命を天秤にかけて、羞恥心を選ぶのか――本当に気が合うなぁ。暖恋と僕は。
「それに、中の様子を撮られているかもしれないの。そうなったら、弱みを握られるじゃない」
とはいえ、色々と考えてはいたようだ。僕とは大違いだ。
「でも、死んだら元も子もなくならないかい? 命がなきゃ、尊厳が機能することもないんだよ」
「生きながら尊厳を失うのと、死んで尊厳も失うのなら、生きる方を選択した方が良いと、優里ちゃんはそう言うの。でも、違うの……」
暖恋は続ける。
「尊厳を失ったら、生死なんて関係ないの。なら、手っ取り早く楽になれる方を選択するのが無難なの。わたしは、プライドを捨てたくない……」
「でも、撮られていないかもしれないし、誰も見ていないかもしれないじゃないか。別に、僕がエ〇チしたいからそうやって暖恋の意見を否定しているわけじゃないんだけど、でも、今の所それがいるのかどうかも分からない犯人に提示された脱出条件なんだから、それを除外する意味を知りたいだけなんだよ」
「今まで見たことないぐらいの長文なの。真面目なことを言ってるのは分かるけど、すっごく言い訳がましいの」
うるさいぞ。
確かに僕は命と羞恥心を天秤にかけた時、命と尊厳を天秤にかけた時、そのどちらにおいても命を選ばないような人間なのだけど、しかしそれでも、羞恥心とエ〇チを天秤にかけた時、尊厳とエ〇チを天秤にかけた時は迷わずエ〇チを選択出来る心の持ち主だ。
でも、それは暖恋が嫌がっているから……ごにょごにょ。
頭の中でそんな言い訳を組み立てていると、暖恋が言った。
「わたしは、優里ちゃんになら何されてもいいし、エ〇チだって嫌じゃないの」
「へ!?」
変な声を上げる僕をスルーして、でも、と暖恋は続ける。
「それは誰かに強制されることじゃないの」
「……暖恋」
彼女は本当にかっこいい。
僕は犯人の思惑に乗ろうとしていた。こんな部屋まで用意したのだから、犯人の目的は間違いなく『僕と暖恋のエ〇チが見たい人』なのだ。
でも、そんな思惑に乗ってやる必要は無い、と。
「……たった今思いついたんだけど」
僕には、数十分ぐらい前の、力づくで壁を破ろうとした時に思いついた策があった。
「提示された条件であるエ〇チって……人数は指定されてないよね?」
なら当然、一人プレイもアリなワケだ。
「た、確かに……!」
「それなら、僕が端っこで一人エ〇チすればそれで解決じゃないかな」
「で、でも……」
「……僕に任せて」
恐らく、この部屋の中は撮られている。撮られていなくても、見られていることはほぼ確定しているようなものなのだ。
だからこそ、暖恋は迷っているのだろうけど……。
「お願い」
「……わかった、の」
暖恋はそう言うと、そのまま壁側を向きながら、部屋の隅に行った。この部屋は四角形なので、僕は暖恋のいる隅の対称側に立った。
そして、ズボンを下ろした――
しばらく経った後、部屋に突然ドアが出現したのを見届けてから、僕は暖恋に声をかける。
「……終わったよ、暖恋」
「……お疲れ様、なの……」
暖恋はやっとこちらを向いて、僕の方に近付いてくる。
実は今、できれば暖恋に近付いてほしくないんだけど……その理由は簡単、この部屋にはティッシュがないのだ。
「それじゃあ、出ようか」
「うん!」
なるべく気付かれないように暖恋と距離を置きながら、僕たちはこの『エ〇チしなきゃ出られない部屋』の脱出を達成した。
ちなみに、犯人は分からずじまいだった。突然文字やドアが出現したり、意識を失ったりしたから、多分あれは魔法的な何かだったのだろう。現実的に考えれば、僕たちは偶然選ばれて巻き込まれたというのが結論だろう。
そういえば、杞憂だったな。
唯一心配していたことがあった。今となっては完全なる杞憂だったんだけど、その『エ〇チしなきゃ出られない部屋』に脱出するための条件は、『エ〇チすること』だったよね。
だったら、こういうこともあり得るわけだ。
『一エ〇チにつき、一人』
暖恋ちゃんが居なかった場合or許さなかった場合、優里ちゃんは犯罪者です。
そしてもちろん、犯人は作者です。
四谷入りと申します。よろしければ感想・評価・誤字報告等よろしくお願いします。