序章 その1
稚拙な文章ですが、お付き合いください
見渡す限り酷いなりをしている荒野。過酷なそこに緑は根付くはずもなく、そこにはただ淡々と茶色の土の上に石が転がっている、砂埃が断続的に吹き荒れている。そのような質素な光景しかその場所では見られることはない。空気も大変乾燥しており気温も昼夜で高低が激しすぎるので、並みの生物では生きることすら許されない。
そのような辺境の地に一人の男の姿があった。ボロボロの茶色のとんがり帽子と、使い込まれて変色した茶色の外套がやけに目を引く。
男は常人より高い己の背丈と遠くまで見通せる目を頼りに、忙しなく頭ごと左右に動かしながら辺りをきょろきょろと見回していている。だが、当然視界は砂埃によって邪魔をされてしまう。
何かを探している素振りを続けながら、男はどこへと知れず足を運んでいる。
男は軽装だった。服を着て、外套を羽織り、帽子を被り、武器を提げる。それ以外に何も身に着けていないどころか、飲食物の類すら備えていない。それにも関わらずこの荒野の中歩を進めるというのは、ある意味自殺行為であった。
「…………」
いや、男は確固たる目的があってこの荒野の奥を目指している。そしてそのことを踏まえてこれで問題ないと判断したのであった。瞳に躊躇いや迷いという類のものは微塵も浮かんでいない。
その目的とは、すなわち盗賊退治であった。いや、目的などではない。任務である。ここから近くの村の村長に、正式な場所で正式な依頼を正式な手続きをして正式に受諾したのであるから。
依頼主の話によれば、ここ最近数十の盗賊がこの荒野のどこかに根城を作り、そこを拠点として町で略奪を繰り返しているらしいとの事だった。
普段ならば略奪されるのは食料なのだが、今回の略奪は更に手ひどくやられ、女子供にまで手が及ぶ。普段盗賊などを刺激することを良しとしない村長も、ついに容認できなくなった。
だからこうして男に依頼が来たのだ。
「…………」
長旅になるであろう筈の依頼であった。なぜなら広大な荒野の中から数十の盗賊の根城を見つけ出すのは、それこそ藁の中から針を探すように難しい。それでも男は以来を請け負うことが決まった瞬間武器を持って村を後にしたのである。
一見無謀に思えるが、男はきちんと計画を立てた上での行動だった。
男の計画通りに行くとするのならば、もうすぐ音が聞こえてくるはずだから。
同じようなリズムでゆっくりと歩き、少し立ち止まってはまた歩き、歩き続ける。
炎天下の中そんなことを延々と繰り返していると、やがて砂塵に影がちらりと映る。遠くから何かが聞こえてきた。男の計画とは少し違うものだったが、それでも確かに音が聞こえてきた。それは――蹄の音と、怒声だった。
「動くな!」
何も無い荒野に響き渡る若い男のものと思われる声。男は足を止めた。
ものの数秒もしないうちに百メ―トル程度先から砂埃を掻き分けて男たちを乗せた馬が現れた。十中八九騎馬しているのは盗賊だろう。仲間意識を高めるためなのだろうか、皆同じような服装をしていた。力強い足音を響かせて、男に近づいていく。
馬上の盗賊たちは棒状の何か――おそらく槍――を構えて男に近づいていくが、あくまで臨戦態勢のようで、今すぐに襲うつもりが無いことを男は殺気の無さから判断した。ただの威嚇のためだろうと予測を立てる。だから男は自らの武器に手をかけようとすらしない。
「おい、こんなところで何してやがんだ?」
盗賊の一人が、馬上の上から男を見下すようにして尋ねた。その顔にはあざ笑うかのような表情が見て取れる。
「お前らを、根絶やしに来た」
男はあらかじめ用意しておいた台詞を棒読み口調で伝える。すると、案の定盗賊たちの警戒が次第に強まっていく。この間に男は盗賊たちに囲まれていた。
「根絶やし、だぁ? 貴様、俺たちが誰か分かってんのか?」
「あぁ、盗賊だろ?」
さも当然のように男は返す。じわりじわりと包囲網が狭まっていく。
と、後ろから一風変わった服を纏った盗賊が出てきた。おそらくはこの中で一番格が上のものだろう。
「隊長、やってしまいやすか?」
「捕縛」
「了解!」
じりじりと包囲網が狭まり、盗賊たちは己の獲物を油断無く男に向けている。だがやはり殺気は感じられない。本当に殺す気は無いようだ。
一度は使い物になりそうに無かった計画だが、徐々に軌道が修正されていく。男の計画に支障をきたすことはなさそうだ。男は内心ほくそえんだ。
「やれるものなら、やってみろ」
用意していた台詞はやはり棒読み口調。男は己の演技力の無さに苦笑しながらも、腰に提げていた刀の柄を握り締める。ただし、相手を刺激しないために殺気は全力で抑える。
緊張が、高まる。
そして、間合いに入ったところで盗賊の一人が男の後ろから槍を繰り出した。といっても刺突ではなく、薙ぎの軌道だった。
基本、槍という武器は長い棒の先端に鉄の鏃がついたような武器なので刺突以外の行動には向かない。その道を極めたものは薙ぐという行動も入れるが、大抵は刺突である。
だから、この槍の軌道は男にとって大変助かるものとなった。これならば演技がやりやすい。
「くっ!?」
男は後ろからの攻撃に対し顔に驚愕の表情を貼り付け、どちらかに回避行動をとろうとする素振りをしながら、結局その場から一歩も動かなかった。
いや、少しだけ動いた。首めがけて薙がれる槍を少しだけしゃがんで急所からはずした。
直後、軽い鈍痛。
男は薙ぐ力に逆らわず、あえて自分から跳んだ。少し回転して、地に伏せる。そして意識が落ちたように見せるため、全身から一切の力を抜いた。
「けっ、弱っちぃなぁおい。こんなんじゃぁ準備運動にもなりやしねぇ」
「そういうなよおい。後ろからやられたら勝ち目なんて無いっつ~の」
荒野に響き渡る明るい笑い声。揃いに揃って皆戦果を得たことに喜んでいる。
男はそれを黙って聞いていた。今の自分は気絶した男…………という設定だからだ。体が誰かに担がれる。瞳を開けることは許されていないので、誰が担いでいるかはわからない。おおよそ下っ端あたりだろう。
馬に乗せる気なのか、一瞬力が込められる。が、その前に先ほど隊長と呼ばれていた盗賊が止める。
「待て」
「どうしやしたか?」
「武器」
「分かりやした」
隊長のこの単語だけの会話だが盗賊たちには言わんとしている事が十全に分かる。
男の腰から不慣れな手つきで刀が鞘ごと外された。よほど扱いに慣れていないのであろう。鞘走りが起こりうる外し方をしていた。
そして、今度こそ馬に乗せられる。無理やり乗せられているのか、体のあちこちがおかしくなりそうな感覚を男は身に覚えた。近くから息を吐く音。
「じゃあ、いくぞ」
「おう!」
隊長の号令に気勢の良い声が連なって残響する。盗賊たちは馬首を返した。従順である馬が素直に命令を聞き、不毛の荒野を駆け出す。障害物も何も無いこの地で、馬達は実に気持ちよさそうに駆ける。
そして男もまた、揺られながら盗賊の巣窟へと連れて行かれる。すべてが男の計画通りに。
一刻も経たないうちに馬は足を止めた。盗賊たちが下馬していくのが足音で分かったので、男は全員下馬するのを見計らい、ゆっくりと瞼を上げる。
すると目ざとくそれに気づいたのか、盗賊の一人が男に近づいた。
「どうだぁ、今の気分はよぉ?」
「……」
「あぁ? だんまりかよてめぇ。今自分がどんな状況に置かれてっか分かってんのか、おい」
「……」
「おいおい、そんなに睨むなよ。安心しろ、てめぇが逆らわねぇ限りはきちんと扱き使ってやっからよ! ひゃひゃひゃひゃひゃ!」
男はそれも無視する。聞いているのかすら怪しい。多分聞いていないのだろう、辺りを注意深くうかがっている。
男の目に映るのは、実に異様な光景だった。こんな廃れた荒野の中に、人工か自然にできたかは定かではないが、洞穴があった。ただの洞穴ではない。巨大な洞穴である。入り口だけだが、全容を想像する限りでは数百人は収容できそうだった。
それに加えてこの立地。左右を囲まれた崖の下の窪みにあるので、並大抵のことでは見つかりすらしない。盗賊の根城に最適の場所だった。
そもそも、生物がこの荒野に足を踏み入れることが滅多に無いので、まず見つかりようが無い。
「おいルッツ、そろそろやめとけ。こいつにはここでがんがん働いてもらわねぇと困るんだからよ。ただでさえ少ない労働源に心労で死なせたら笑い事じゃすまねぇぞ」
「わ~ってるよ、ジャック。じゃ、いくぞ新入り」
「……」
男は馬から下ろされ、盗賊たちについていく。だが、男は捕虜だというのに盗賊は縛ろうとしなかった。それを男は怪訝に思う。
足音が消される位の声で駄弁る盗賊たち。がやがやと五月蝿いのをかわして男は歩いていく。
右に左に、左に右に。この構造はどちらかといえば洞穴よりも何かの巣に近く、うねり曲がる道のりを歩いていく。分岐点が十に差し掛かるころ、男は道筋を把握することをあきらめた。
途中、隊長だけが別の道に入っていった。が、いつものことなので誰も気にしない。
「ほらよ、ここにいる全員がてめぇのご主人様だ。よく覚えろよ」
と、男が案内されたのは一際大きい広場であった。流石に装飾などはつけていなかったが、それでもこの荒野においては豪華絢爛の一言に尽きた。中が明るくなるようにあちらこちらを松明が照らし、おそらくは盗品であろう机や椅子が所狭しと並んでいた。松明用にどこかに穴があけられているのだろうか、ひやりとした風が吹いた。
中にはすでに数十名の盗賊たちが酒を煽っている。そのうちの一人が帰ってきた仲間に気づいたのか、大きく手を振った。
ルッツはそれに自分も手を振ることで返しながら、更に進む。男もそれに追従する。どうやらここが目的地ではないようだった。
男はその広場を横切り、更に奥へと案内される。それから少し歩いて、最終的にたどり着いたのは小さな部屋だった。
ルッツは顎をしゃくって己の意を示した。どうやら中に入れということらしい。男はひとつ頷くと、部屋の扉を開けて中に入っていった。
部屋には見事なほどに何も無かった。四方を壁で囲まれているだけなので、これを部屋といえるかすら怪しい。
「今日はそこで寝とけ。仕事も飯も明日からだ。以上」
「……」
男は頷いた。
ルッツは踵を返そうとしたが――とどまった。男に話しかける。
「てめぇほど従順な奴は初めてみたぜ。普通は泣き叫ぶか逃げようとするか足掻いてくるんだがよ。ひゃひゃひゃひゃ、実力はねぇが肝だけは一丁前に座ってんだな、ひゃひゃひゃひゃ!」
「従順、か……」
「おっ、ようやく喋ったか。まぁいい、とにかく逃げようなんて考えちゃいけねぇぜ。ここから外に出るには必ずあの広間を通らなきゃいけねぇからな。無駄なことはやめとけよ」
「逃げはしない」
「あぁそうだな。てめぇにはいやというほど働いてもらわにゃいかん。逃げられたり歯向かわれたりしたらたまんねぇよ」
「……」
「あ? まただんまりかよ。つまんねぇなぁ、おい。じゃ、俺は帰るぜ」
ルッツによって扉が閉められる。差し込んでいた光がぷっつりと途絶えた。
外側に鍵がついていたのか、ガチャリとしまる音がした。そして足音がどんどんこの場から遠ざかっていく。
そんな中、男は一人座っていた。このまま扉を蹴破り、行動を起こすことも造作ないのだが、まだしない。男は今はじっとしておくことに決めた。
そういえば、と男はふと疑問に思った。依頼内容の話についてだ。
「明日は……何人殺せば良いんだ?」
そこを明確にしておくのを忘れていたことに、男は今になって気づく。村長から依頼されたのは『拉致された女子供の奪回』だけで、そのほかのことは指定されていなかった。
無血で制圧するのか、それとも皆殺しで良いのか。どうしようか男は悩む。
だがここに村長がいるわけではない。今さら悩んでも何も変わらないことに気づいた。
「ま、明日考えるか」
いろいろ考えた結果、男は睡眠をとることにした。悩むのは、嫌いな行動のひとつだった。
周りはシンと静まり返り、あたりは真っ暗だ。男はすぐに眠りに落ちていった。
なんとなく書いてみました。作者です。
いや、なんとなしに書いた妄想小説を読んでくださり、まことにありがとうございます。
それにしても書くのは疲れますねw
まだまだ未熟者なので、できれば感想欄に批評をお願いしたいです。
よろしくお願いします