リコリス超探偵編
そういえばリコリスを知らない人からするとこの作品はどう映っているのだろうか。
根本の問題に立ち戻ったが、俺にできるのはただ筆を取ることだけである。
これがリコリスの生き様だ。ロックンロール。
人物紹介
・リコリス探偵
→岡山県で有名な名探偵。定時で帰ることからついたあだ名はホームズ。名だたる凶悪犯を鉄拳制裁して病院送りにしてきたパワー系頭脳派探偵。真実はいつも一つ。二つ目以降は捻り潰す。お前の血は何色だー!
・たかし助手
→リコリスの助手。悪く言えば平凡。よく言えばまとも。リコリスの外付け倫理装置。ブレーキ?アクセルに勝てるわけねーだろ。今日も胃が悲鳴を上げるニャン。
その日、とある岡山県の辺鄙な山で殺人事件が起こっていた。
現場は山頂にあるペンション。
ガイシャは仰向けで大の字に倒れており、鋭利な刃物で腹部を刺されていた。
推定死因は失血死。
そして容疑者は———
「リコリス先生。これで全員です。」
たかし助手がエントランスの大広間に宿泊者の全員を集め、そう言った。
フロアのソファに腰掛ける長身の偉丈夫はふむ、と意味深に喉を鳴らす。
深く被ったボルサリーノ帽。
赤いマフラーの隙間から煙管を燻らせ、鋭い眼光を覗かせている。
スラッとした長い足を組み替え、悠然と立ち上がるこの男。
そう、彼こそが近頃世間を賑わせている超探偵リコリスその人である。
大広間に集められた8人の男女は不安そうに顔を見合わせる。
超探偵リコリスの発言を待っているのだ。
リコリスは喉の調子を整えて皆に語りかけた。
「諸君に集まって貰ったのは他でも無い。昨晩起こったこの殺人事件について聞き取りがしたいからだ。」
そう言うと彼は近くの男に目をつけた。
「先ずはテメェ。誰だ!」
リコリスは荘厳な面持ちで誰何する。
突然の乱心に慌ててたかし助手が脇腹を肘でつついた。
「リコリス先生、口が悪すぎますッ!」
「失礼。お主、名を申せ。」
「えっ、あ、はぁ。……私は」
「モタモタするなァァァァ!!!!!」
リコリスは突然裂帛の雄叫びを上げ、男の頬に神速の右ストレートを叩き込んだ。
男は病葉のように錐揉み回転し、吹っ飛んでゆく。
間も無く男は応接室の扉をぶち破って廊下へと消えていった。
推理キルスコア+1。
見事なインテリジェンスヘッドショットだ。
リコリスはプッと煙管を吐き出し拳を撫でる。
「これで容疑者が一人減ったな。」
「先生ーーーッ!!!事件を増やさないで下さーーーいッ!!!!」
たかし助手は弾かれたように男を介抱に向かった。
どうやら彼は脳震盪で伸びてこそいるが、出血などは見受けられない。
一応CT撮っておいた方がいいか、と救急車を呼ぶ傍らで、暴走機関車リコリスは調子を上げていた。
「次。お前。アリバイは?」
「え、わ、わたしですか!?あ、あ、えっと、昨晩から部屋に居て、あの、」
「嘘つきはこの口かァァァァ!!!」
ベロォォ!!
リコリスの長い舌が女の口を塞いだ。
女は金切り声の悲鳴を上げてリコリスを突き飛ばした。
涙をこぼし、途端に崩れ落ちる女。
リコリスは吐き捨てるように鼻を鳴らした。
「嘘つきめ。お前は昨晩そこの男と廊下で密会していた。二人で部屋に入ってからはケダモノのように愛を確かめただろう。このボロいペンションはティッシュのように壁が薄いのだぞ。」
突如襲うペンションへの罵倒が支配人の胸を刺した。
一方、別の場所では一人の男が脳を破壊されていた。
「そんな!?マサコ、おまえタダシと浮気してたのか!?」
「違うの!ちょっと話しただけ!ちょっとだけ!」
「ちょっとだけ!?どれくらいちょっとだけなんだ!?」
「先っちょ!先っちょだけ!」
「な〜んだ、先っちょか〜。驚かせるなよ全く。」
その後二人は肩を抱き合って夜の街へと消えていった。
それから二人の姿を見たものはいなかった。
「さて、容疑者が減ってきたところでそろそろ推理を始めよう。」
さっき離脱した三人はいいのか、と皆思ったが雉も鳴かねば撃たれまい。
この暴走機関車に目をつけられたら何をされるかわからないという恐怖が皆を黙らせた。
そう、これはかの有名な探偵(30代男性/自営業)も使っていた高度な推理テクニックである。
頭脳プレイ万歳。
リコリスは事件現場を思い出した。
「死体のそばにはダイニングテーブルがあった。」
「ダイニングテーブル??」
「そう。ダイニングテーブル。」
「?」
「…………?????」
………………………????????
難解な謎かけに一同に沈黙の帷がおりる。
たかし助手は脳をフル回転させ、訂正した。
「リコリス先生。ダイイングメッセージです。」
「そう、それ。さっきからそう言っている。」
言ってないだろ!!!!!!
と皆は思ったが、声には出せなかった。
皆、突然殴り飛ばされたりキスされたりは嫌なのである。
「ちなみに文字は鉄の味がした。」
なんで舐めた!!?!?!?
「ふむ。ダイニングソーセージにはアルファベッツでTと書かれていた。この中でTのつく名前の者は?」
そう問いかけると、皆が手を挙げた。
「田中です。」
「武田です。」
「対馬………」
「砥部。」
「千鳥だ。」
「たかしです。」
リコリスはギアを上げた。
「おい支配人。犯人はお前だ。」
「えぇっ!?俺は吉田ですが!?」
リコリスはすかさず支配人の手首を掴む。
ドキッ!
うわ、すっげぇ。なんてゴツい手なんだ!!
支配人の頬が赤く上気し、心拍数は瞬く間に上昇した。
バイタルチェッカーリコリスの目が光る。
「事件当時、何をしていた。」
支配人はしどろもどろになって答えた。
「昨晩は、ナニも、その、ナニもしてませんでした。」
「ふむ。アリバイ成立……か。よろしい。」
何がッッ!?!?
困惑する皆を他所にリコリスは次の獲物にターゲットを移す。
「おいそこの男。お前は事件の時、何をしていた。」
「えっ、オレっスか!?お、オレは昼間に登山して、帰ってきたのは7時頃で、それからこいつと夜、部屋で大富豪をしてて、ハハハ。」
その言葉を聞いたリコリスの目が突如吊り上がった。
バカは見つかったようだ。
「お前が犯人だァァァァーー!!!!」
「ぐああああぁぁぁぁぁぁァァァァ!?」
リコリスのIQ60万高学歴小手返しが炸裂し、男の肘を砕いた。
男は圧倒的知性の前に敗北し、肘を押さえて床をのたうち回った。
「遺体の損傷から死亡推定時刻は昼間だ。外の雪を使って時間を誤魔化した形跡があった。それを知っているのは検死した私と助手、そして犯人だけだ。そして私は最初に言った。昨晩起こった事件について、と。貴様は聞かれてもない昼間のアリバイを全面に押し出した。よって犯人はお前だ。」
皆は思った。
こんな理性的に推理できるなら最初の奇行はなんだったのだ、と。
「これにて事件は解決。皆のもの、ご苦労であった。然らばッッ!!」
リコリスはコートを翻して去って行った。
まるで嵐のような男だ。
コンプライアンスもなんのその。
倫理と理性のタガはこの男に期待してはならない。
そう、彼こそが伝説の超探偵リコリスなのだ。
それから犯人の男は駆けつけた警察に現行犯で連行された。
見事に病院送りである。
事件を解決した超探偵リコリスは多額の報酬が支払われ、事件は幕を閉じたのだった。
………
………………
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その晩。
雑踏から外れた薄暗い路地裏にて、怪しい人影が二つ街灯に揺られ蠢いていた。
二人は人気のない闇の中、密会を果たす。
片やスラリとした偉丈夫の男。片やもやしのような男。
男は荘厳な面持ちで言った。
「ご苦労。此度の事件の報酬だ。受け取れ。」
懐から茶封筒が現れる。
男はそれを、偉丈夫に渡した。
偉丈夫の男は震える手で受け取ると、もやし男の膝に縋り付いた。
「たかしさん、もう勘弁してください。俺、辛いです。」
偉丈夫の男———リコリスは涙ながらに告白する。
「これ以上、人を傷つけたくないです。どうか、どうか今回の一件で勘弁してください………。」
「ほう?貴様。手を引くと、そう申したか?」
「は、はい………。」
たかしは眦を仁王の如く吊り上げると、リコリスの腕を振り払い、腹を何度も足蹴にした。
「貴様ァァ!!誰が草臥れた社畜のテメェを拾ってやったと思ってるんだァ!?恩を忘れたかッ!?えぇ゛!?カスがッ!!今更常人ぶってんじゃねぇ!!」
リコリスはごめんなさい、ごめんなさいとえずきながら繰り返す。
たかしは唾を吐き掛け、ずいっとリコリスの顔を覗き込んだ。
「あのなぁリコリス先生よォ。残業は無い。名声は高まる。仕事もその都度選り好みできる。事件が無ければ自由にできる。おまけに給金は弾む。ただ、表に立ってそれっぽい雰囲気作ってりゃいいだけ。こんな良い勤め先が他にあるかい?」
「………ごめんなさい。でも、もう人を殴りたくないんです。俺、限界で……。」
「チッ。まだ躾が足りねぇみたいだなァ!!もうちっと根性みせろやァァッ!!!」
たかしは蹲るリコリスを踏み蹴った。
雨滴の如く降り頻る足に、偉丈夫の男は走馬灯を見た。
ここまで育ててきてくれた父さん母さん。
貧しいながらも初任給をはたいて親に買った花束。
いつも残業中助け合ってくれた同僚。
一緒に頭を下げてくれた係長。
そしてリストラに遭って彷徨っていた時、手を差し伸べてくれたたかし探偵。
優しかったあの頃は、もう戻らない。
どこで歯車は狂ってしまったのだろう。
薄れゆく意識の中で、リコリスは缶コーヒーの味を思い出していた。
仕事終わりのささやかな一杯。
電気代さえケチって真冬でも冷たかったあの自販機のコーヒー。
あのほろ苦さが口の中の鉄分と混じり合う。
リコリスは天を仰いだ。
その時丁度ポツリ、ポツリと雨が降り出しリコリスの体を冷やす。
目頭が熱い。
枯れたはずの涙が雨に溶けてはじけた。
たかしが何か喚いているが、リコリスの耳は水の中にいるようにぼやけていてまるで聞こえなかった。
あぁ、人生ってなんだろう。
リコリスは鉛のような瞼を閉じ、意識を手放した。
久しぶりに寝転んだ石畳は不思議と悪くない。
その日、一人の探偵が闇へと葬られた。
一人の人生に終止符が打たれたのだった。
人物紹介その2
・リコリス
→あれからたかし助手と決別し、自らの未来へと進み始めたリコリス。リクルートスーツに身を包むも、かつての暴挙の皺寄せにより就職が困難となっていた。それでも探偵時代の貯金を元手に、町外れに小さなフラワーショップを開いたリコリスは僅かながらも幸せを噛み締めている。ずっと遠くにあった幸せは、しかし気がつけばちっぽけな手のひらの中にあったのだ。
リコリスは萎れた母の手を取り、カーネーションを渡した。
「母さん。母の日、おめでとう。」
丹精込めて育てた赤い花は鮮やかに咲き誇っている。母は老いた顔にシワを刻んで喜んだ。人の不幸を暴くより、人の幸せを作る方がよっぽど性に合っているようだ。リコリスは今日も笑顔を咲かせる。人々に幸せの種をお裾分け。フラワーショップリコリス、今日も街の活気に貢献だ!
・たかし探偵
→そもそもの話、人選ミスが原因だったのだ。と、たかし探偵は思う。一等地に構えた探偵事務所のソファでたかし探偵はかつての同僚に思いを馳せていた。数年前、彼は観察眼に優れた弟子を取った。途方に暮れて公園のベンチに座っていたサラリーマン風の男は、名をリコリスと言った。彼に推理のイロハを教えると、乾いたスポンジのように知識を吸収し、次第に充足感へと変わっていった。それが狂ったのは現場に連れ出し始めてからだった。リコリスは極度の緊張体質だった。そう、口よりも先に手が出るタイプだったのだ………。
「勘弁してくれ、か。俺、一言も暴れろなんて言ってないのにな。」
最初は必死にカバーしていたたかし探偵。しかしリコリスの奇行は日に日にエスカレートし、最早手に負えなくなっていった。表で犯人のボロを暴くリコリス。裏で変声機を使って推理を披露していたたかし。この役割分担はいつしかリコリスが推理まで手を出し始めて完全に破綻した。一周回ってなんか推理にキレが出始めてからは、もうこれで儲けられるなら良くね?と便乗を始めた。それがたかし探偵の人生の汚点にして罪の根源だった。別れ際はこれまでのストレスでつい手が出てしまったが、悔やんでも悔やみきれない。そんな彼も今や一線を退き、事件現場から手を引いていた。舞い込む依頼は専ら雑用だ。仕事に貴賎なし。いつか忘れていた大切なことはずっと足元に転がっていたのだ。
「よし、行くか。」
今日もたかし探偵は頭脳を巡らせ働いている。脱走猫、すぐ見つかると良いな。
複数の目撃証言を元に、とある町外れのフラワーショップに向かうたかし探偵だった。
〜おしまい〜
新たなる自由。新たなる隷属。
奇行とは即ち、囚われない心だ。
みんながいつか忘れてしまった自由は、取り戻せただろうか。
この話を読んで童心に帰れたなら俺もニッコリです。でへへ。