リコリス青春編
あらすじの通り、短編集です。
この話自体は多分6作品目くらいに当たりますが、前の作品は全部リコリス本人のツイッタランドに沈殿してるので気になる人はそっちで見てちょ。
直近だとリコリスがコンビニで機関銃ぶっ放したり富士山で星座になったりしました。
リコリス多すぎてアカウント見つからんかも。知らんけど。
人物紹介その1
リコリス少年
→お友達が少ない俺くん。自分から話しかけにいけない性分で、いつも話しかけてくれる誰かを待っている。ちなみに中学1年生のショタ。身長が低いことを気にしている。まだリポビタンにはハマってない頃。
彼女
→人気のない図書室で静かに本を読んでいる文学少女。細い手足に白磁の肌という如何にも運動が嫌いな引きこもりスタイル。運動会もプールも全部休んでいる。なんか甘い体臭がする。ハァハァ。
その子と出会ったのは、ただの偶然だった。
ページを捲る音と、蝉の鳴き声。
窓から吹くそよ風に髪を靡かせ、長いまつ毛を瞬かせるキミ。
落ち着ける場所を探して辿り着いた静かな図書館は、しかしドクドクと胸の高鳴りでうるさかった。
「何を読んでいるんだ。」
思わず喉元から出たその質問に、彼女は困ったように微笑み答える。
「きっと君の人生に、1mmも関わらないつまらないことよ。」
彼女の笑みに後光が差した。
———俺の夏に、春が来る。
☆
俺は人付き合いがとても苦手だ。
つくづくそう思う。
教室の窓際の隅。そこが俺の席だった。
特定の友達は無く、挨拶する仲もほとんどいない。
孤独が好きな訳ではないが、やはり一人は気楽だ。
そんな俺の昼休みはいつも図書室で消費される。
窓際の隅。よく日の差す席に、彼女はいつも座っている。
俺は読むわけでもない本を適当に取り繕って対面に座った。
ふと彼女は気づいたように本から視線を上げた。
「あら。今日も来たのね。」
俺はぎこちなく頷いた。
彼女はそう、とそっけなく一言返す。
それから間も無くまた本の虫になった。
俺も邪魔しちゃいけないと適当に取った本を開く。
著アリストテレス。政治学(上)。
冒頭からよくわからない文字の羅列に俺は脳天を殴られた。
———しまった、適当に取りすぎた。
そういえば彼女は何を読んでいるのだろう。
俺は気になって本の上辺から盗み見るも、カバーがかかっていてわからなかった。
「ふふ。気になる?」
「………別に。」
「そう。」
それから暫く互いに無言だった。
ページを捲る音が二人の沈黙を取り持った。
蝉の鳴き声が今日はどこか遠い。
「少年。それ、面白いかしら?」
俺は首を傾げた。
「いや。何書いてあるか全くわからない。」
「そう。」
「………そっちは?」
「そうね。価値があるものは、ともすれば価値のわからないものばかりよ。」
「なんだそりゃ。」
「ふふ。悩むと良いわ。本とはそういう物よ。」
再び沈黙が降りる。
その時、予鈴が鳴った。
昼休みはもうじき終わる。
俺は後ろ髪をひかれつつ本を戻しに行った。
振り返ればあの席に彼女の姿は無かった。
まるで幻のような人だ。
思えば彼女のことを俺は何も知らなかった。
学年も、名前も、好きな本さえも。
何か大きなしこりのようなものが喉元をつかえた。
言語化できないこの感情はなんだろう。
その後の授業は手につかなかった。
翌日、俺はいつものように昼休みの図書室に向かった。
窓際の隅にやはり彼女は居た。
固唾を飲んで、俺は問う。
「何を読んでるんだ。」
彼女は困ったように微笑み答えた。
「きっと君の人生に、」
と、そこまで言って彼女は口を閉じた。
「いえ、1mmは関わったかもね。君も、私も。」
彼女はひょいひょいと手招きをし、隣の席を俺に勧めた。
「えっ?」
「気になるんでしょ。この本。」
「あ、うん。」
俺があたふたして答えると彼女はにこっと笑った。
「それとも気になるのは私の方かしら?」
俺は急に恥ずかしくなって否定した。
何と言ったのか記憶は定かではないが、とても見苦しいことだったのだろう。
その時の思い出は、いたずらな彼女の眼差しと、肩が触れ合った温かな感触。
一緒になって読んだ本はやはりわからなくて、ただただ自らの教養の無さを痛感した。
胸の鼓動が煩かった。
その心拍は秒針よりも速かったはずなのにどうしてか昼休みは短かった。
予鈴でさっさと消えた彼女。取り残された俺。
授業は手につかなかった。
ここのところいつもそうだった。
そんなある日のことだった。
いつもの昼休みに、彼女の姿がなかった。
俺はわけもわからず廊下を走り出した。
考えあってのことではない。
刹那的な衝動に突き動かされたのだ。
探そうにもクラスも学年もわからない。
名前だってそう。
それでも俺の体は動き出した。
廊下にも、教室にも、中庭にも、彼女の姿はみえない。
探して、探して、疲れ果てて、気がつけば図書室に帰ってきていた。
時計は予鈴10分前。
いつもの席に俺は腰掛け、項垂れた。
そんな折に対面に誰かが座る気配がした。
見上げればそこにいつもの彼女が居た。
「少年。疲れているみたいね。運動でもしてきたのかしら。」
「………。そんなところだ。あんたも走ってくると良い。肌が病的に白いぞ。運動不足だ。」
「あら、言うじゃない。」
彼女はくすりと笑い、思い出したように声を上げた。
「そういえば夏休みが近いわね。君は何か予定があるのかしら。」
俺は特に考えず首を振った。
「そう。君、友達少なそうだものね。」
「うるさい。」
「そう怒らないで。私がお友達になってあげるから。」
「だったら、夏休み。俺とどこか遊びに行かないか。」
じっと彼女の目を見つめて俺は言った。
長らく言葉にできなかった感情が、ついに形を得たようだった。
彼女は驚いたように目を見開くと、少し寂しそうに目を伏せた。
「ごめんなさい。誘いは嬉しいのだけれど、私、予定が立て込んでいるの。」
「どこか旅行でも行くのか?」
「そんなところよ。ちょっと遠い所。」
「そうか。じゃあ、来年の夏、空けといてくれ。俺がもっと良い所に連れて行ってやる。」
「今年でもう卒業よ。私はここに居ないわ。」
「構わない。迎えに行く。」
「ふふ。じゃあ約束。きっと私を迎えに来てね、小さな王子様。」
そう言って彼女は本から栞を抜き取って俺に渡した。
「これ、あげる。」
「いいのか?」
「夏休みになったら、たまには私のこと思い出して。」
受け取る際、俺は図らずも手が触れ合って気が動転した。
ふわりと薔薇の甘い香りが微かに舞う。
それは母のお気に入りの香水と似ていた。
俺は栞を大事に胸ポケットに仕舞った。
予鈴が鳴ったのは丁度その時だった。
「あら。時間みたいね。それではご機嫌よう。」
「ああ。またな。」
ふふ。と彼女は曖昧に笑う。
俺たちはそれぞれの帰路に就いたのだった。
以来、俺が彼女を見掛けることは無かった。
幻のような人だった。
夏休みが明けても、冬休みが明けても、彼女の姿はどこにもない。
先輩の卒業式で見かけることもなかったし、3年の教室にも居なかった。
当然、『約束』は果たせなかった。
連絡先くらいは聞いておくべきだったのだろう。
何かキツネにつままれたのだ、と今では考えている。
夏になると今でも思い出す。
ページを捲る音。蝉の鳴き声。
静かな息遣い。
拝啓、名も無きキミへ。
キミの夏はまだ続いているだろうか。
俺の夏は終わったよ。
春はまだ、やってこない。
人物紹介その2 (1/2)
リコリス中年
→あの甘酸っぱい青春から20年余り。リコリスは擦り切れた大人となっていた。終わらないタスク、低い賃金、長い残業、理不尽な上司。それでもリコリスの胸ポケットに眠る栞が、彼に生きる勇気をくれる。枕を濡らす夜も、彼女との思い出とリポビタンの甘味がボロボロのメンタルを支えてくれる。時折ふと出勤の朝焼けに、ぼやけてしまった彼女の顔を思い出す。彼女は元気でやっているだろうか。あの夏が彼女の中でも生きていたらいいな。今日もリコリスは働く。思い出と共に、彼は生きてゆくのだろう。リコリスの春は遠い。
人物紹介その2 (2/2)
高島緑 (たかしま みどり)
→余命、2ヶ月。末期がんの彼女は保健室と図書室を行き来する生活を送っていた。卒業まで持たないと知った彼女は人との関わりを極力絶った。仲良くなって別れが辛くなるのは彼女としても本望ではない。ただ、誰か一人くらいは泣いてくれる人が居るといいな。そんな折に、彼女は一人の少年と出会う。小鴨のようについてくる彼になにを思ったのか彼女は大きな呪いを残した。果たされない約束を結び、自らの生きた証をその胸に託す。いつか、泣いてくれる誰かがキミだったなら………。夏休みの半ば、日の当たる病室で彼女は静かに息を引き取った。貧しい家庭である彼女は共同墓地に埋められ、知らない誰かと人知れず眠っている。死の間際、夢にまで見た小さな王子の迎えは、きっと来ない。
人物紹介も設定も毎回破綻しているので覚えなくて良いです。
また筆が乗ったら新作が出ます。