第93話 リアたちも準備万端です
シリウス様とクレア様が店に出掛けた後、城内では使用人全員がホールに集まっていました。
決戦の日に向けて打ち合わせをするためです。
「この作戦にすべてを賭けるのです! 我らの結束力を見せるのです!」
リアは使用人たちを鼓舞するために、拳を高々と突き上げて宣言しました。
使用人たちも拳を突き上げて、各々気合いの掛け声を発しています。
「オイラたちは聖女さんの演説を邪魔している人物を見つけたら、妨害すればいいんスよね?」
一通り気合いを入れた後、ピーターが質問をしました。
「そうです。ですが妨害の方法として相手を殴ると、乱闘騒ぎになってしまいます」
「じゃあどうすればいいんスか? 噛み付けばいいんスか?」
「ピーター、浅はかですよ。暴力では何も解決しません」
暴力で掴む未来は、暴力で失われます。
問題を解決するために、もっと他の方法を模索する必要があるのです。
「そんなことを言われても、他に相手を黙らせる方法なんて……」
「そこです。そこが大事なのですよ、ピーター」
「へ? そこって何スか?」
「リアたちは、相手を黙らせるだけでいいのです。倒す必要はないのです」
「でも、どうやって」
リアは、待ってましたとばかりに大きなバスケットを取り出しました。
「相手の口にパンを詰め込むのです。野次を飛ばせないようにパンをぐりぐりとねじ込むのです。パンは剣よりも強し!」
「……それも暴力じゃないッスか?」
ピーターは解せないと言いたげな顔をしていました。
ですが、これは暴力ではないとリアは思うのです。
「町は今や大雨のせいで食糧難なのです。口にパンをねじ込むのは、ある意味施しなのです」
「物は言いようッスね」
「食料難の今、誰も口に詰め込まれたパンを吐き捨てることはしないと、リアは思うのです」
「知らない奴にねじ込まれたパンッスよ? そう上手くいくんスかね?」
ピーターはリアの作戦が失敗すると思っているようですが、この作戦は絶対に上手くいくとリアは思うのです。
なぜなら。
「口にねじ込まれたのが美味しいパンだったら、黙って食べると思うのです。だって美味しいので」
「……じゃあ仮にそれが成功して野次を止めたとして、そいつがパンを食べながら聖女さんに危害を加えようとしたら、どうするんスか?」
ピーターが痛いところをついてきました。
正直なところ、その可能性は考えていませんでした。
リアのシミュレーションでは、パンを食べる人たちは立ち止まって幸せそうにパンを味わっていましたから。
もしも暴徒がパンを食べながら聖女様に襲いかかろうとしたら……もしそうなったら……。
「…………動けないように足の腱を切るのがオススメなのです」
「暴力じゃないッスか」
「あとで回復薬をあげれば円満解決です」
「円満には解決しないと思うッス」
もう、そのときはそのときです。
何事も、案外なんとかなるものです。
「とにかく。我ら使用人は、縁の下の力持ちになるのです!」
ピーターはイマイチ納得していないようでしたが、無理やり話を進めることにしました。
「明日リアが、パンのいっぱい入ったバスケットを持って行くので、聖女様の演説が始まる前に取りに来てくださいね」
リアの話が終わるなり、マリー姉さんとアンが大きな箱を持って来ました。
中にはたくさんの魔法道具が入っています。
「決戦の日のために、人間に変身できる魔法道具をシリウス様が開発してくれたわよ。さあ、一つずつ持って行って」
「魔法道具の真ん中に付いている石を三回連続で叩くと人間になって、人間の状態で三回叩くと元の姿に戻れるよぉ」
「各自魔法道具がきちんと作動するか事前に森で確認しておいてね。初期不良があった場合は早めに知らせてちょうだい」
「分かったッス!」
リアの言葉には反対意見ばかりをぶつけていたピーターでしたが、マリー姉さんの言葉には素直に従っていました。
こうも差を付けられると、なんだか面白くありません。
「あ。ちょっとピーター、こっちに来て」
「なんスか?」
無防備に近付いたピーターの頬を、マリー姉さんが力いっぱい殴りました。
「何するんスか!?」
「シリウス様から、怪我人を一人用意するように頼まれてたのよね」
「だからっていきなり殴ることはないじゃないッスか」
泣きそうな顔で文句を言うピーターの頬を、マリー姉さんが優しく撫でました。
「ピーターなら、マリーの拳を受け止めてくれると思ったの。マリーはピーターのことを信じているから殴ったのよ」
「マリーさん……!」
殴られた直後だというのに、ピーターはまんざらでもない様子でした。
「アン、これがDVというものです。殴ってから優しいことを言う輩には、気を付けてください」
私がアンに注意をすると、狼の使用人たちの中から大きな声が聞こえてきました。
「アンちゃんを殴るような奴は、オレたちがズタズタに引き裂いてやる!」
「そもそも野蛮な奴をアンちゃんには近づかせない!」
「オレたちがアンちゃんを守る!」
「みんなありがとー! そうそう、明日は危険だから、アンお留守番なの。城から応援してるから、みんな頑張ってねー!」
アンが可愛く手を振ると、狼の使用人が歓喜の声を上げました。
大きく手を振りながら、アンの名前を呼んでいます。
まるでアイドルです。
リアのときはこんなことはなかったので、またしても面白くありません。
「さあ一世一代の戦いなのです。パンで世界を変えるのです!」
ヤケになったリアは、パンを掲げて叫びました。
このストレスは、パン生地をこねて発散しましょう。
「……なんかリアさん、暴走してないッスか?」
「リアは最近パン作りがマイブームなのよ」
「ああ。さっきの案は、趣味を仕事に持ち込んだ感じのやつだったんスね……」
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ここまで読んでくださってありがとうございます。
ついに次回から【最終章】に入ります。
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