第110話 キス
もうそろそろいいはずだ。
シリウス様とは両想いっぽい感じがするし、もういいはずだ。
「……嫌だと言っている」
「嫌よ嫌よもー?」
「嫌は嫌という意味だ」
私に一切の手を出してこないシリウス様に焦れた私は、シリウス様の唇に自身の唇を付けようと迫っている最中だ。物理的に。
しかし、すごい力で抵抗をされている。
「いい加減にキスしましょうよ」
「そなたにはまだ早い」
「早くないですよ。私の年齢で結婚している人だって、たくさんいますよ!?」
「俺は死神だ。人間の理屈は当てはまらない」
「んもうっ!」
頑張ってはみたものの、腕力ではシリウス様に敵わない。
力尽くではキスが出来ないと察した私は、物理的に迫るのをやめた。
「シリウス様は私のことが好きじゃないんですか!?」
「……好ましいとは思っている」
「素直じゃないですねえ。私にフォーリンラブなんでしょう!?」
「妙な表現をするな!」
やはりシリウス様は、私を好きなことを否定しない。
それならいい加減、素直になってもいいのに。
「愛する人とはキスしたいと思うのが普通でしょう?」
「だから、そなたにはまだ早い」
「まったくもう。シリウス様は頭が固いんですから」
これ以上説得しても、まだシリウス様からキスはしてくれなさそうだ。
ここまでの奥手なら浮気の心配は皆無だとポジティブに考えておくべきだろうか。
「仕方がありませんね。これから私のことをクレアって呼んでくれるなら、今は妥協します」
「…………そうだな。俺の意見ばかりを押し付けるのは身勝手というものか」
「呼んでくれるんですか!?」
「ああ、クレア」
「キャーッ、嬉しいです!」
私はきゃあきゃあ叫びながら腕を振り回した。
そして静電気を起こすイメージを持ち、シリウス様を触った。
「痛ッ!?」
「隙ありっ!」
静電気に驚いた隙をついて、シリウス様の唇に自身のそれを当てた。
一瞬だったが、キスはキスだ。
「なっ!? 口付けも名前呼びも得るなんて、身勝手だぞ!?」
シリウス様は自身の唇に手を当てながら、私を非難した。
しかし私は、歯を見せながら笑った。
「身勝手で結構でーす。こういうものは、やったもの勝ちなんですよ」
「このっ……この悪魔!」
「わあ、死神にピッタリですね! でもどうせなら悪魔よりも小悪魔の方がいいです」
私は上機嫌でくるくると回った。
まさか私に使えるたった一つの魔法が役に立つ日が来るとは思わなかった。
シリウス様とのキスで浮かれる私の背中に、突然手が回され、動きを止められた。
そして…………唇に温かいものが触れた。
シリウス様の唇だ。
「え? え!? え!?!?」
「こういうものは、やったもの勝ちなんだろう?」
混乱する私に、シリウス様が勝ち誇ったように言った。
「……さすがは死神。やりますね」
「ふふん」
「えいっ、油断は禁物です!」
さらに私からももう一度キスをお見舞いする。
さっきよりも長く、情熱的に。
「……この俺が、やられて終わりだと思うか?」
キスを終えると、負けず嫌いが発動しているシリウス様と目が合った。
都合が良いので煽ることにする。
「悔しかったら根性見せてくださいよ、童貞坊や」
「言わせておけば!」
「キャーッ、童貞坊やに襲われちゃう。あはははは!」
「どこでそういう言葉を仕入れてくるんだ。このっ!」
私たちは笑いながらベッドに倒れ込み、もつれ合った。
情緒もへったくれもないが、これが私たちらしいかもしれない。




