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第109話 その後の世界をあたしは生きる


 あれからあたしたちは新しい町で回復薬を売り始めた。

 シリウスさんの言っていた通り、特殊な薬草はぐんぐん育って、アンディーは回復薬の作成で大忙しになった。

 あまりにも育つものだから、シリウスさんはこの薬草の厄介払いをしたかったんじゃないかと疑ってしまうほどらしい。


 とはいえ出来上がった回復薬はあっという間に売れるため、薬草がぐんぐん育つのはとてもありがたい……と思っているのは、あたしが回復薬の作成に関わっていないからかもしれない。


 何にせよ、回復薬が次々に売れるおかげで、儲けはかなりのものになった。

 そのため回復薬の作成が出来る従業員を雇うことが出来た。

 しかも薬草が貴重なため回復薬を作らせてくれるところは少ないらしく、応募は殺到した。

 アンディーがそうだったように、魔力を持っているものの魔法に関わる仕事に就くことの出来ない人は多かったらしい。

 これでアンディーの負担が減るといいのだけれど。


「こら! 薬草の量はきちんと守れ、シャーロット!」


「だってアンドリューの作った回復薬より、私の作った回復薬の方が優れてるって思われたいんだもん!」


「承認欲求のために勝手に薬草を使いまくるな! 瓶によって回復薬の質に差が出るのは店の信用に関わるんだからな!?」


 ……アンディーの負担が減るのはまだ先の話みたい。


 あたしは店内を箒で掃きながら、薬草の栽培と回復薬の作成をしている奥の作業部屋を眺めた。

 部屋からはまだ言い争う声が響いてくる。


 偽の聖女だと判明したシャーロットは、あのあと王宮を追い出された。


 シャーロット自身が禁忌の術を使ったことを述べている録音物が王宮に送られてきたことがきっかけとなり、王がシャーロットに『聖女を見分ける原石』を触らせてみたところ、光らなかったそうだ。

 さらに何故かシャーロットは禁忌の術も使えなくなってしまったとのことだ。


 よく分からないが、悪いことは出来ないものなのだろう。

 きっとシャーロットが偽の聖女だと気付いた別の勢力が、あたしが演説をしたタイミングで行動を起こしたのだ。


 禁忌の術……“生を司る能力”のせいで大雨が起こり、自分こそが本物の聖女でシャーロットは偽物だと名乗るあたしが現れ、シャーロットが禁忌の術を使ったと述べている証拠が出てきた。

 王家も動かないわけにはいかなかったのだろう。


 処刑されなかっただけありがたい話だけれど、住むところも仕事も無いシャーロットは王宮を追い出されて途方に暮れていたらしい。

 評判の悪いシャーロットを雇う店は少なく、また雇ったとしてもシャーロットの性格がこれなので、すぐにクビになっていたようだ。


 そんな様子を見兼ねたシリウスさんが、シャーロットをこの店に連れてきた。

 厳しく指導してやってくれ、と言いながら。


 シャーロットに思うところが無いわけではなかったけれど、あたしたちが住むところを奪ったことには違いないから、彼女を雇うことにした。

 それからというもの、シャーロットは毎日のように勝手なことをしてはアンディーに叱られながら働いている。

 いくら叱られても懲りない根性はすごいけれど、問題を起こさなくなるのはいつになることやら。


「っていうか、私のことを働かせすぎじゃない!? 私が優秀だから働かせたくなる気持ちは分かるけど、若い娘が朝から晩まで回復薬作りだなんて!」


「一種の刑務作業みたいなもんだろ。厳しく指導するようシリウスさんにも言われているしな」


「もう王宮に帰りたーい!」


 開店前だからか、シャーロットは大声でアンディーに苦情を言っている。

 毎日毎日、よく飽きないものだ。


「帰ってもいいけど、王宮からは追い出されたんだろ? のこのこ現れたら、今度こそ悪い魔女として処刑されるんじゃないか?」


「だからお詫びに回復薬を作ってるじゃない! 私の作った回復薬、あの町にある本店にも卸してるんでしょ!?」


「そんなもので許されると思うなら、今からでも王宮に戻ってみるか?」


「意地悪を言わないでよ。うわーん!」


 うわーんって……シャーロットはもういい大人なのに。


「はあ。俺よりずっと年寄りのくせに、ワガママばかり言うな」


 そうだった。

 いい大人どころか、シャーロットは相当長生きをしているのだった。


「年寄りじゃないもん。まだまだ若いもん」


「若いならキビキビ働け」


「アンドリューなんかきらーい! 助けてイザベラー!」


 名前を呼ばれたため、あたしは作業部屋の扉を開けて顔を出した。

 あたしに助けてもらえると思ったのか、シャーロットが期待の眼差しを向けてくる。


「それならシャーロット、午後からは接客の仕事をするのはどうかしら。そろそろ接客の方も人が足りなくなってきたのよ」


 あたしの言葉を聞いたシャーロットは、途端に不満げな顔になった。


「結局仕事じゃない! それに店に立つのはもっとイヤ。私、嫌われてるもん」


「じゃあ大人しく回復薬を作れるな? 午後から俺はイザベラと接客を代わるけど、仕事をサボるなよ? 午後から来る従業員と喧嘩もするなよ?」


「……分かったわよ。作ればいいんでしょ、作れば! 回復薬の作成に集中するから喧嘩もしないわよ!」


 文句を言いながらも、多少は罪の意識があるのか、シャーロットは回復薬作成に励んでいる。

 アンディーの言う通り、これは大雨を起こしたシャーロットにとっては刑務作業のようなものだから、朝から晩まで頑張ってもらおう。




 開店前に外の掃き掃除もしようと店の外に出ると、『惑いの森の死神の唄』が聞こえてきた。

 近所の子どもたちが歌っているようだ。


 昔は怖い唄だと思っていたけれど、シリウスさん本人を知ってしまうと怖いとは思えない。

 だってあの人は、悪事とは無縁の人だ。

 人間よりもずっと清い。


 きっとあの人に拾われたから、クレアは立派な大人になることが出来た。

 あの人がいたから、アンディーとあたしは一緒になることが出来た。

 あの人のおかげで大雨が止み、町は救われた。


 あの人には、感謝をしてもしきれない。


 そうとは知らず、子どもたちは『惑いの森の死神の唄』を怖い唄として歌っている。

 昔のあたしと同じように。


 だからあたしはその唄に続きを作った。

 勝手に作ったものだけれど、許してほしい。

 ほら……聖女権限として。ね?



 あたしは子どもたちに近付くと、にっこり笑ってこう言った。


「その唄、二番があるのを知っているかしら」


 首を振る子どもたちに、あたしは『惑いの森の死神の唄』を歌って聞かせた。

 幸せな、彼らの唄を。




♪惑わしの森の死神は、今日も人を惑わせる。

 銀の髪に蒼い目の、麗しい姿で惑わせる。

 魔法使いに出会ったら、男かどうかを確かめろ。

 銀髪碧眼美形なら、その男が死神だ。



♪惑わしの森の死神は、今日も森で歌い踊る。

 赤茶の髪に緑目の、お似合いの女と歌い踊る。

 死神の名には不似合いな、優しい笑みを浮かべつつ。

 永遠を過ごす絶対の星は、二度と孤独を感じない。





ここまでお読みいただきありがとうございます。

この話を最終話にしようかとも思いましたが、最後は幸せな主人公たちで締めようと思い直したため、もう少しだけ続きます。

あと3話、お付き合いくださいませ。


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