第107話 やりたいこと
シリウス様の執務室に移動した私は、正面に座ることを意識して置かれた紅茶を無視して、シリウス様の真横に陣取っていた。
そういえば、この執務室は今後、仕事のために使われることは無くなるのだろうか。
「なぜ真横に座る」
「正面に座らないといけないルールはありませんよ」
「横にいたのでは話しづらいだろう」
「そんなに私とお喋りがしたいんですか? シリウス様ったら可愛いんですから」
「そうは言っていない」
ムッとした様子のシリウス様を無視して、腕に抱きつく。
振り払われなかったのをいいことに、その状態のまま話を続ける。
「シリウス様って昔、パンを手作りしていたらしいですね」
「ああ、よく知っているな。もう何十年も昔のことだ」
「今度一緒に作りましょうよ。材料もパン焼き窯もあるんですから」
「魔法で作った方が早く美味いと思うぞ」
「一緒に作りたいんです! 共同作業がしたいんです!」
どさくさに紛れてシリウス様の身体に抱きつく。
またも振り払われなかったので、そのままの状態で話を続けた。
「……分かった」
「あと、てるてる坊主も一緒に作りましょう」
「もう雨は止んだぞ」
「だーかーらー、一緒に作りたいんです!」
「共同作業か」
「そうです」
シリウス様と一緒にやりたいことはまだまだある。
私は指を折りながらやりたいことを述べていく。
「あとあと、ドレスやアクセサリーも一緒に作りましょうよ。私がデザインするので、一緒に布や宝石を選びましょう。あっ、宝石の採掘も一緒にしたいです。それに魔法道具にも興味があって……」
「そなたはやりたいことがたくさんあるのだな」
「やりたいことじゃなくて、『シリウス様と一緒にやりたいこと』です」
「そうか」
「オペラも聴いてみたいし、演劇も観てみたいです。観劇後には感想会をしましょうね。それにチェスも一緒にやりましょう」
オペラや演劇にはまだ行ったことがないが、一人で観ても楽しいものらしい。
それならシリウス様と一緒に観たら、最高に楽しいに決まっている。
どこが良かったとか何に感動したとか、語り合うのも楽しそうだ。
一緒にチェスもやってみたい。
きっとシリウス様は、勝つまで勝負を止めない。
シリウス様は変なところでムキになる子どもっぽさがあるから。
いつものカッコイイ姿も好きだが、そういう子どもっぽいところも可愛くて好きだ。
「山にも行って、海にも行って……そうだ。町のお祭りにも行ってみましょう! いろんな町を巡って、お祭りを制覇するんです!」
「そなたといると、やることが尽きそうもないな」
「せっかくシリウス様とずっと一緒にいられるんですから、やりたいことを全部やるんです。もちろん、シリウス様のやりたいこともですよ? 考えておいてくださいね」
「余のやりたいこと……か」
シリウス様は少し考えてから、チラッと私のことを見た。
「やりたいことではないが、その……またアレを作ってほしい」
「アレって何ですか? 料理ですか?」
「また、と言っただろう。余はそなたの手料理を食べたことがない」
「それもそうでしたね。それならアレって何ですか?」
「アレはアレだ」
「それじゃ分からないですってば」
どうして固有名詞を言ってくれないのだろうと思っていると、シリウス様は諦めたように懐からアレを取り出した。
「……アレというのは、クレアちゃん人形のことだ」
「あははっ。真っ二つじゃないですか」
シリウス様の取り出したクレアちゃん人形は、見事なまでに真っ二つにされていた。
「すまない」
「いいんですよ。シリウス様の代わりに怪我を負ってもらう目的で作ったんですから。これで正解です」
まさかクレアちゃん人形に本当に効力があるとは思っていなかったが、グッジョブ。
……というか。
クレアちゃん人形が真っ二つになっているということは、シリウス様はクレアちゃん人形を置きっぱなしにはしておらず、持ち歩いてくれていたということだ。
「クレアちゃん人形を肌身離さず持っていてくれたなんて。私、嬉しいです!」
「……入れっぱなしにしていただけだ」
そんなわけはない。
シリウス様が気付かなくても、入れっぱなしにしていたら、使用人の誰かが洗濯をする前に気付いて取り出すはずだ。
いつも嘘はいけないことだと言っているくせに、こんなところで嘘を吐くなんて。
素直じゃないんだから。
「でも、新しいクレアちゃん人形が欲しいんですよね?」
可愛い嘘に乗ってあげても良かったが、つい素直じゃないシリウス様をいじめたくなってしまった。
「要らないものなら捨てて終わりにすればいいのに、シリウス様はまた新しいクレアちゃん人形が欲しいんですよね?」
「…………」
「もう認めちゃったらどうですか。私のことが好きだって。私のことが好きだから、私の人形を肌身離さず持ち歩きたいんだって」
「…………ぐうっ、余は認めん!」
否定じゃなくて認めないと言っている時点で、認めているようなものだと思う。
…………えっ!?
シリウス様って私のことが好きだったの!?!?
ふとシリウス様を見ると、顔を背けて私から物理的に距離を取ろうとしていた。
そうはさせるものかと、抱きついた腕に力を込める。
「早く私に堕ちてくださいね?」
私はシリウス様の心臓の位置に、指でハートマークを描いた。