第105話 クレアとシャーロット
『あなたは自分の承認欲求を満たすために、“生を司る能力”を乱用してしまった。結果として、あなたは死者を蘇生する代わりに罪の無い別の人間を殺しました』
『ちょっと死ぬ順番が入れ替わっただけじゃない』
『ちょっと順番が入れ替わっただけ、で殺されてはたまりませんよ』
『私にとっては、どっちもよく知らない他人だもの。どっちが先でも構わないわ』
『それがあなたの答えなんですね、シャーロット』
『呼び捨てにしないで。私を誰だと思っているの』
『あなたは、死者を蘇生する力を使うと代わりの者が死ぬことを把握していながら、力を使い聖女と崇められて喜んでいる、シャーロット様です』
『敬称を付けた点だけは褒めてあげるわ。それ以外は腹立たしいことこの上ないけれど』
私が『まねっこちゃん』を使って録音した会話を再生してみせると、シャーロットの顔はみるみる蒼くなっていった。
「なっ!?」
「これ、会話を録音できる魔法道具なんです。ペラペラと喋ってくれてありがとうございました」
「こ、こんなの卑怯よ!」
「そうですか? まあ、この音声を聞いた人々は、私が卑怯かどうかなんて気にしないでしょうね」
「……何が欲しいの。金? 権力? 名声?」
シャーロットは私を買収することにしたらしい。
判断が早いことは褒めるべき点だが、そんな誘惑に私が乗るわけはない。
「もしかして、シャーロットってお馬鹿さんですか?」
「は?」
「私がシリウス様以外のものを欲しがるわけがないじゃないですか。シリウス様さえいれば、あとはどうでもいいんです」
これだけシリウス様命の姿を見せたのに、まだ金や権力や名声になびくと思われているなんて。
金と権力と名声を三つまとめて天秤に乗せても、シリウス様の方が重いに決まっているのに。
「これを民衆に聞かせてあなたを聖女の座から引きずり降ろしたら、シリウス様はきっと私のことを見直してくれます。ああっ、早くシリウス様に褒められたい!」
「……分かったわ。今後は“生を司る能力”を乱用しないわ。念書を書いてもいい」
「シリウス様が相手だったらその手が通用したかもしれませんが……残念ですが、私相手にその交渉は難しいですね。この場を切り抜けたら、あなたがまた同じことを繰り返すつもりとしか思えないんですよね。私があなたと同じ悪人だからこう思うのでしょうか」
シリウス様だったら、きっとシャーロットの更生を信じてあげていた。
しかし、私にはとても無理だ。
「大丈夫よ。もうやらないわ」
「あはは。私とあなたは今日が初対面ですよ。初対面の相手の言葉を鵜吞みにするわけがないじゃないですか。しかもあなたには悪いことをしている前科がありますし」
額に青筋を立てたシャーロットがソファから立ち上がった。
「いいからその魔法道具を渡しなさいよ!」
「あーあ、簡単に本性を見せちゃって。お馬鹿さん」
「私、絶対にあんたのことを許さないわ!」
「悔しかったら奪ってみたらどうですか? あー、お馬鹿さんのシャーロットには難しいですかね?」
「言わせておけば……その発言、後悔させてあげるわ!」
シャーロットが呪文を唱えながら杖を振った。
その瞬間に強い光が放たれ……シャーロットは壁に叩きつけられた。
「……がはっ」
「本当にお馬鹿さんなんですね。あなたが手を出さなければカウンターを食らうこともなかったのに」
私を守ったことで発光している腕輪を撫でた。
やはり攻撃は最大の防御だ。
おかげで、もうシャーロットが襲ってくる心配はない。
「この結果のためにわざと挑発をしたわけですが、あまりにも単純……って、こんなことを説明してる場合じゃないですね」
大きな音を聞いた警備兵が部屋の前に駆け付けたようだ。
バタバタと騒がしい足音がする。
「聖女様!? 大きな音が聞こえましたが、何かございましたか!?」
『大丈夫よ』
「そうでしたか。早とちりをして申し訳ございません。失礼いたしました!」
警備兵がいなくなったことを確認した私は、もう一度『まねっこちゃん』を再生してシャーロットに聞かせた。
『大丈夫よ』
「こーんなのも録音しちゃってたりして」
しかしシャーロットは気絶しているようで、反応は無い。
「おっと。のんびりしている場合ではないですね。こんな時間稼ぎは長くは持たないだろうから、とっとと終わらせちゃいましょう」
私は気絶したシャーロットに近付くと、シャーロットの鼻血を彼女の唇に塗った。
「なんか鼻血って汚い気がしちゃいますよね。まあ血には変わりないので別に良いですが」
そして果物ナイフで自身の手に傷を付け、溢れてきた血を唇に塗った。
「これ、ファーストキスなんですけどねえ。あーあ、ファーストキスは血の味ですね」
そして血で真っ赤に彩られた互いの唇を重ね合わせる。
すぐに身体に強い衝撃が走った。
心臓を押さえながら這いつくばる。
「うぐっ……ああっ!」
時間にしては数秒だろうが、何時間にも感じられる苦痛の末、スッと身体から痛みが消えた。
「ハァハァ……これで“生を司る能力”は私に移った……んですかね」
身体が作り変わるような感覚があったから、きっと移ったのだろう。
確認のためにシャーロットを殺す……ことはやめておこう。
他人の命を軽く考える行為は、シリウス様に嫌われてしまう。
「では、さようなら。ただのシャーロット」
私は窓際へ行くと、リュックを漁り『オトナリさん』を取り出した。
そして『オトナリさん』と『まねっこちゃん』を接続する。
「これで、さっきのシャーロットの言葉を大音量で再生すれば……」
そのとき、広場からイザベラお姉様の声が聞こえてきた。
『聖女と言っても、あたしはただの小娘なの。こんな小娘を崇める必要は無いわ。あなたたちにはあたしなんて必要ない。聖女なんかいなくても、あなたたちは生きていける。あたしはそう信じているわ』
「…………やっぱり、やめておきましょうか」
イザベラお姉様の演説を聞いた私は、『オトナリさん』と『まねっこちゃん』をリュックにしまった。
きっとイザベラお姉様は、聖女の地位を望んではいない。
むしろ過度に聖女に頼らず、一人一人に力強く生きてほしいと願っている。
だからシャーロットの悪事を暴いて人々の信仰をイザベラお姉様に移すことは、イザベラお姉様の望むところではないはずだ。
「……誰が本物の聖女か分からないくらいの方が、自分の力で生きてみようという気になるかもしれませんね」
私は静かに城壁を降り始めた。




