第103話 四年振りの
イザベラお姉様とアンドリューさんが去った惑いの森の城で、私が何をしているのかと言うと……城の外壁の掃除だ。
『オノボリさん』を使って城の高い位置まで登り、壁を雑巾で拭いていく。
雨のせいで、ずいぶんと汚れてしまったようだ。
「そなたは何をしているのだ」
「見ての通り、外壁の掃除です」
「別に今するべきことでもないだろう」
「大雨で汚れましたから。お城は綺麗な方が良いでしょう?」
「確かに汚いよりは良いが……うーむ。いろいろあったのだから、もう少し休んでからでも良いのではないか?」
スッと空を飛んできたシリウス様が、私の掃除を見守っている。
そんなに心配そうな顔で見つめなくても、落ちないから安心してほしい。
それにもし落ちたとしても、シリウス様の腕輪があるから大怪我をすることはないはずだ。
「これは反省の意味もあるんです」
「反省?」
「後悔はしてませんが、ちゃんと反省はしてるんですよ、私」
「何の話だ」
私が外壁から飛び降りると、地上に落ちる前に、慌てた様子のシリウス様が受け止めた。
「何をしている!?」
「今回はベッドを出現させないんですね」
私が過去に行なった追いかけっこを思い出しながら笑うと、シリウス様は眉間にしわを寄せた。
「何を笑っている。余が受け止めなかったら、死んでいたのだぞ!?」
「シリウス様の腕輪があるから大丈夫ですよ。それに受け止めてくれたじゃないですか」
シリウス様に抱えられたまま、二人で地上に降りた。
シリウス様は焦ったためか首筋に汗をかいている。
怪我をしない算段で飛び降りたが、思いがけずシリウス様が私のために焦ってくれて、なんだか嬉しい。
地上に降りた私は、額に手を当てて眩しさを軽減させつつ、太陽を背負った太陽の似合わない男、シリウス様を見上げた。
「……シリウス様。シャーロットは本当に反省すると思いますか?」
シャーロットはこの太陽を見て、何を思っているのだろう。
自分のしでかしたことの大きさを実感しているだろうか。
「いくらシャーロットでも、町の被害状況を見れば反省をするはずだ」
「やっぱりシリウス様は善性の生き物ですねえ」
自分が善性だからこそ、他人にも善性を期待してしまうのだろう。
「でも、私はそうは思いません。シャーロットは自分の行為を後悔はするかもしれませんが、反省はしないと思います」
この話は長くなる。
このまま眩しい太陽の下で会話を続けるべきではないだろう。
「シリウス様。このあと、お時間はありますか?」
「そなたに労りのご馳走を用意したため呼びに来たのだが」
「ご馳走!? じゃあお話は美味しいご馳走を食べてからにします!」
「話なら食事中でも聞ける。そなたは食事マナーを気にする方でもあるまい」
「そうなんですけど、話をしながらだと100%集中してご馳走を味わうことが出来ないので……ご馳走には真摯に向き合いたいんです」
「……変わっていないな」
何を思い出したのか、シリウス様がくすりと笑った。
そうだ、私も思い出したことがある。
「おめでたい席ですし、アレをやってくださいよ、アレ」
「アレとは?」
「花火みたいなのがパーンって咲く魔法です。私が初めてお城に来た日に、シリウス様が使っていた魔法」
「……その件は忘れて欲しかった」
アレは、シリウス様的には黒歴史なのだろうか。
私的には忘れられない嬉しい出来事だったのだが。
「当時はいきなりで戸惑っちゃいましたけど、私、嬉しかったんですよ。誰かに歓迎されたことなんてなかったので」
「……では四年振りにあの魔法を使うとするか。作戦の成功は、聖女がそなたの姉だったことが大いに関係しているからな」
「やったあ!」
私はシリウス様の腕に自身の腕を絡ませながら、追加のお願いをした。
「あと、『ようこそ!』って言いながら、私をお城に招き入れてください」
「そなたは余計なことばかりを覚えているな!?」
* * *
四年振りの歓迎魔法を受け、美味しいご馳走を食べ終わった私は、ついに話を始めることにした。
あの日の話を。
「ねえ、シリウス様。聖女を引きずり降ろす作戦のとき、私が何をしていたか分かりますか?」
「兄に追いかけられていただろう」
「そうなんですよ。ジャンは本当にろくなことをしないんですから……いえ、その後です。実は私はその後、王城に行ったんです。私個人の計画のために……」