第102話 いつだって、何度でも
シリウス様は一度部屋へ行くと、薬草の苗を持って戻ってきた。
「これが門外不出の薬草の苗だ。回復薬の作成方法は知っているな?」
「知ってはいます。ただ薬草は貴重なため、実際に回復薬を作ったことはありません」
「それは都合が良い。薬草はたくさんあるからいくらでも練習をするといい。むしろ練習で失敗するくらいでちょうどいいかもしれない」
「失敗するくらいでちょうどいい、ですか? 薬草は貴重なものですよね?」
シリウス様の薬草を知らないアンドリューさんが、不思議そうな顔をしている。
見た目は普通の薬草だが、あれは普通の薬草とは違う。
「この苗はあまりにも強く育ちも早い。そのため採取できる薬草の量も多い……手に余るほどに」
「そのくらい強い方がありがたいです。薬草を育てるのも初めてですので」
「苗は必ず植木鉢の中で栽培し、くれぐれもその辺の地面には植えないように。生態系を破壊しかねないゆえ」
「薬草はデリケートで育てるのが難しいと聞いていますが……」
もう薬草の常識は捨ててほしい。
シリウス様の薬草は、雑草レベルの強さになっているらしいから。
「この薬草は大雨にも負けず、大雨だからと収穫を怠っていたら、ビニールハウスを破壊した」
新事実だ。
もはや雑草レベルどころではなかった。
長雨だから薬草を植木鉢に移して避難させたのだと思っていたが、あれは長雨を乗り越えた苗だったのか。
しかもビニールハウスを破壊するなんて、どれだけの生命力なのだろう。
「どうしてそんな」
あまりにも常識外れの薬草に、アンドリューさんは唖然としている。
「戯れに余の魔力を混ぜた肥料を与えたらこうなった」
「……すごい苗なんですね。大切に育てます」
アンドリューさんは常識を捨ててすべてを受け入れることにしたのか、薬草の苗を大事そうに受け取った。
「これと同じ苗をすでに店内に運び込んでいる。大量に」
「同じ強さの薬草の苗を、大量に……? 薬草は貴重なのに……?」
シリウス様は次から次へと常識を覆してくる。
これ以上、アンドリューさんを常識から引き離さないであげてほしい。
「回復薬の作成が間に合わず育ち過ぎた薬草の処分方法に困ったら、料理に入れるといい。意外とイケる」
「薬草の処分に困る……? 薬草を料理に混ぜる……?」
「アンドリューさん。シリウス様に普通を求めてはいけません」
あり得ないことを言われ過ぎたアンドリューさんは、考えることをやめたらしい。
薬草の苗をペットのように撫で始めた。
シリウス様は混乱中のアンドリューさんを放置して、今度はイザベラお姉様に魔法道具を手渡した。
「これもやる。これを振りかけると簡単に髪の色が変わる。こっちの眼鏡は掛けるだけで目の色が変わって見える。シャーロットを糾弾した以上、変装が必要になるときもあるだろう。離れた町とはいえ、シャーロットの信者がいるかもしれないからな。それから……」
すぐにイザベラお姉様の両手は魔法道具でいっぱいになった。
にもかかわらず、シリウス様はさらに魔法道具を乗せようとしている。
「シリウス様。やたらとお土産を持たせてくる親戚のおばさんみたいですよ」
「似たようなものだろう」
似たようなもの、だろうか?
私は妹だが、シリウス様は赤の他人のような……?
とんとん拍子に話は進み、イザベラお姉様とアンドリューさんは、支店へと転送魔法で移動することになった。
まさかこんなにもあっさりとさよならをすることになるとは思わなかった。
もっと長い間、イザベラお姉様と同じ城で暮らせると思っていたのに。
「なんで泣きそうな顔をしてるのよ」
別れが寂しくて目に涙を溜める私を、イザベラお姉様が抱き締めた。
「これが永遠の別れってわけじゃないんだから。会いたくなったら会いに来ればいいでしょ」
「いいんですか!?」
「なによ、それ。いいに決まってるじゃない」
私はいつでも会いに行ける。
いつでもイザベラお姉様に会いに行ってもいい。
……大切な、家族だから。
私はイザベラお姉様を抱きしめ返した。




