第100話 平穏
私たちの作戦が大成功だったかと言うと、すぐには結果が出なかった。
しかし確実に、人々の間にシャーロットを疑う声が出始めている。
ゆっくり、じわじわと、私たちの作戦が効いてきているようだ。
それに、そろそろ送っておいたアレが王城に届く頃だ。
彼らがアレをただの悪戯と判断するか、真実と判断するかは分からない。
やれるだけのことはやった。
あとはこの国に任せよう。
「おはよう、クレア」
城中に吊るしたてるてる坊主を回収していると、イザベラお姉様が階段を降りてきた。
朝から身だしなみの整った完璧な姿だ。
「おはようございます、イザベラお姉様。城での生活は慣れましたか?」
「ええ。本当に、三食昼寝付きの生活ね……」
イザベラお姉様が城に来てから数日。
マリーは、生粋の令嬢であるイザベラお姉様のお世話を楽しんでいた。
毎日ヘアアレンジを行ない、着せ替え人形のように様々なドレスを着せている。
イザベラお姉様は、城内で特にすることもないので、マリーのさせたいようにさせていた。
「世話になり過ぎだよな」
先にホールに来ていたアンドリューさんが、読んでいた魔導書から視線を上げた。
アンドリューさんは城の図書館に置かれている魔導書の多さに感動して、城に来てからずっと魔導書を読んでいる。
アンドリューさんは魔法とは関係のない仕事に就いていたが、本当は魔法に強い興味があったのかもしれない。
「気にすることはない。久方ぶりの客人で、使用人たちも仕事の甲斐があると喜んでいる」
シリウス様もホールにやってきた。
気を遣っているわけではなく、シリウス様の言う通り、使用人たちは客人の登場に喜んでいた。
私が城に来たのは四年前だから、城に誰かがやってきたのは四年振りのことだ。
使用人たちが代わる代わるやって来ては、二人の世話を焼こうとする。
今思うと、私が城に来た頃、リア以外の使用人たちは私の世話を焼くことをわざと控えていたのかもしれない。
あの頃の私は、幼く不安定だったから。
きっと今の二人のように大勢の使用人にお世話をされていたら、毎日疲れ切っていたことだろう。
「雨、止んだわね」
「はい。ようやく『魂の調整』が終わったみたいです」
長かった雨の日が終わり、今日は輝く太陽が地上を照らしている。
「町が元通りになるまでには、まだまだかかるでしょうけれど」
「それでも、終わったんです」
「あんたたちの戦いも?」
「ええ。ですよね、シリウス様?」
私が見上げると、シリウス様が柔らかく微笑んだ。
その優しい顔つきにドキリとする。
これまでは常に心配事があったせいで、必要以上に険しい顔つきになっていたのかもしれない。
「これでやっと肩の荷が下りましたね」
「余にはまだシャーロットを更生させる仕事が残っているがな」
「……でも、俺たちの出る幕はもう終わったんですよね」
アンドリューさんが確認した。
その通り、イザベラお姉様とアンドリューさんの役割は終了した。
今は、二人が町で危険な目に遭わないように城で匿っているに過ぎない。
「イザベラ。俺たち、いつまでもお世話になるわけにはいかないと思うんだ」
「そうね。そろそろ、ほとぼりが冷めた頃かしら」
「さすがにまだだとは思うが……前とは別の町でなら生活ができるかもしれない」
「そうかもしれないわね。でも、どこの町が良いのかしら」
イザベラお姉様もアンドリューさんと同じ考えのようだ。
もしかしたら、このまま城で一緒に暮らす未来もあるかもしれないと思ったが、二人は人間の町で暮らすことを選んだようだ。
「……いつかは言い出すと思っていた。予想よりも早かったがな」
シリウス様も、二人が城を出て行くと思っていたみたいだ。
シリウス様は私のことも人間の町に出そうとしていたくらいだから、人間は人間の町で暮らすべきだと思っているのだろう。
しかし元の町に戻れない二人は、どうやって暮らしていくのだろう。
私のこの疑問は、シリウス様の一言ですぐに消え去ることとなった。




