竜姫編・3『レスタミア王国のゴーレム事情』
周囲の魔物をあらかた倒すまでレベリングを続けた俺たち。
ひと区切りがついた頃には、太陽もすでに頂点まで昇っていた。
腹がへったと幼女とスライムたちにせがまれたので、野外で料理をすることになった。
調理器具をアイテムボックスから出しながら、昼食の献立を考える。ロズに貰ったけど、意識と魔力を向けるだけで中身を自在に出し入れできるアイテムボックスが便利すぎる。
「準備も一瞬だな。じゃあ何が食べ――」
「「『おにく!(なの!)』」」
圧が凄かった。
いやまあ、わかってたけどさ。
ちなみに料理は好きだし味付けだけは得意だけど、レパートリーが少ないのが悩みなんだよな。料理人じゃないから許して欲しいもんだけど……肉料理といえばそうだな。みんな大好きハンバーグにでもしようか。
「やった! ハンバーグ!」
「ん! さいこう」
『わーいなの~!』
一気にテンションMAXのキッズたち。勢い良すぎてちょっと引いちゃったよ。
ま、喜ぶ理由もわかる。この異世界でもハンバーグは人気料理のひとつだ。
実はこの世界、圧力調理や低温調理なんかは存在しないけど、なぜかハンバーグやカレーなんかは大昔から存在してるらしい。
カレーは香辛料が高いから高級料理みたいだけど、実家では何回か食べた。ちなみに噂ではラーメンを食べる地域もあるとかないとか。
……そう考えたら、昔から転生者がいるっぽいな。
そう思わざるを得ないほど、時代と場所で食文化がちぐはぐなんだよなぁ。
兎にも角にも肉を挽くための機器は持ってないけど、うちには魔術が万能な幼女がいるのでハンバーグも問題ない。
エルニの風魔術で細かく刻んだ肉を叩き、ひき肉に仕上げていく。日本で売っていた市販品と違ってムラが出るが、これでハンバーグを作ると噛むたびに食感が変わるのでいつもと違った美味しさを楽しめるのだ。
ひき肉に刻んで炒めたタマネギと塩を混ぜてよく捏ねる。サーヤとプニスケががんばったから、少し贅沢に香辛料も使おう。
しっかり捏ねたら形を整えて叩いて空気を抜いて、熱したフライパンに。両面をしっかり焼いてからフタをしてじっくり火を通す。
そのあいだに硬い黒パンに串を刺して、火で炙っておく。シャブームの街で手に入れたオリーブオイルのような油があったので、それを熱して塩と唐辛子を少しまぜて味をつけて、焼いた黒パンに染み込ませてやわらかくしておく。
肉が焼きあがると、香ばしい匂いが周囲に充満した。腹ペコキッズたちも我慢の限界のようなので、パンとともに皿に盛って完成だ。
「「いただきまーす」」
「ん、たべる」
『たべるの~!』
熱々のハンバーグは肉汁がたっぷり入ってて美味しい。
パンもオイルがいい具合に染みてて食べやすい柔らかさになってくれている。ちょっと染みすぎているので、次からはオイルの量を減らすかな。
「レストランもよかったけど、やっぱりルルクの料理が一番好きよ」
「ん、さいこう」
『ご主人様すごいの~!』
キッズたちも満足のようで。
ひととおり食事を終えた俺たちは、しっかり後片づけをしてから街道へ戻った。
ちなみにレベリングの成果は、サーヤがレベル11でプニスケがレベル31になっていた。森の中とはいえゴブリンが50体以上いたからな。繁殖爆発前の中規模集落でブラックゴブリンもいたので、いまのうちに仕留められてよかった。
素材はレスタミアの街で売却すれば金にもなるし、その金はサーヤとプニスケの貯金にしておこう。
「ねえ、レスタミア王国ってどんな国なの?」
「来るときも人の住んでるところは通らなかったから俺は知らないなぁ。エルニは知ってるか? 一応レスタミア出身だし」
「ん、ゴーレムたくさん」
ほほう、傀儡兵か。
たしか土魔術の中級だったっけな。土や石を操る、独特のテクニックの必要な魔術って聞いたことがある。
「へ~ゴーレムって強いのかな」
「ん。よわい」
「それ、基準で? 私? それともプニスケ?」
『ボクなの~?』
「わたし」
「いやそりゃそうだろ」
魔族が同化した超巨大ゴーレムすら一撃で消し飛ばせる魔術士なんて、この大陸にもそうそういないだろうよ。
もっとも一般的な目線でいえば、ゴーレムを使う理由は強さより安全性にマージンを取ってるからだろうけどな。
現代社会だって、戦争でもなんでも機械が活躍するようになってきたし。
「ひとまず転移して向かおうか。関所にもゴーレムがいるといいな」
「そうね。練習練習っと」
サーヤが率先して転移して進んでいく。
俺もエルニとプニスケを連れて、関所まであっという間に進むのだった。
結論からいうとゴーレムはいた。
ただし、まったく予想していない形で見ることになったのだが。
「はわわわ……」
関所を見上げたサーヤが変な声を出した。
気持ちは分かる。
だって考えてもみてくれ。
街道を塞いでる石造りの関所、それ自体がゴーレムでできてるんだぞ?
足のない据え置き型のゴーレムが、胸にある扉を自分の手で開いたり閉じたりするんだぜ。もちろん操ってるのは魔術士だけど、どこぞの遊園地のアトラクションにでも来たみたいだった。
「レスタミア王国は初めてですか?」
冒険者カードを確認してもらうと、レスタミア王国側の兵士がにこやかに話しかけてきた。
「はい。これがゴーレム……すごいですね」
「そうでしょう。この〝要塞ゴーレム〟は我がレスタミアの誇りといっても過言ではないですからね。バルギア側以外の国境すべてに配置しております。マタイサ王国の兵士さんたちからも、防衛の仕事がなくてヒマだとよく愚痴を言われますよ」
「そうでしょうね。盗賊も魔物も避けて通りますよ」
なんせ拳を振り下ろすだけで人が潰れる大きさだ。
赤眼の魔族が操った大きさほどじゃないにしろ、脅威の塊だな。
「ちなみに冒険者のみなさんは王都へ向かわれますか?」
「いえ、そのままバルギアに抜ける予定です。もしかして、王都にはもっと大きいゴーレムがいたり?」
「いえいえ。さすがに危ないので王都に要塞ゴーレムはいません。ただ、魔石で作ったゴーレムたちはたくさんいますよ」
「魔石ですか? ミスリルのゴーレムとかいたりするんですか?」
魔石(または魔鉱石)とは、それ自体が魔力を発生させている鉱石の総称だ。
ミスリルやオリハルコンなんかもそのひとつで、それぞれ外部からの魔力に対する反応が違うらしい。ミスリル以外見たことないから何とも言えないけど、オリハルコンは魔力反応が自由自在に加工できるんだとか。
ちなみにヒヒイロカネはただ硬いだけの鉱石で魔力は反射してしまうから、魔石という扱いじゃない。むしろ対極にある性質だな。
兵士は苦笑して首を振った。
「貴重な天然魔石は使えはしませんよ。正しくは人工魔石です。魔術で生成した人工魔石を使って、高性能の自律駆動ゴーレムを造っているんです。操るための術者が必要ないし単純に強いので、王城の見張りなんかにたくさん使われてますよ。独特な見た目をしているので、王都に訪れることがあればぜひご覧になってくださいね。それと、間違っても攻撃しないように注意してください」
「わかりました。憶えておきます」
魔石ゴーレムか。一度見てみたいものだ。
今回はただ通るだけなので、王都には寄るつもりもない。また次の機会があったらだな。
特に問題なく関所を通過した俺たちは、三叉路になっている道を北西に向かって進んだ。
さっきの兵士の話だとこの道をまっすぐ進んだところに街が一つあるらしい。馬車で三日ほどの距離らしいので転移でいけば夕方までには着くだろう。
今日は野宿をしなくて済みそうだ。
バルギアまでは街を3つも経由する必要がある。街道は森を迂回していくから当然の距離だった。
「ふつうのゴーレムも、その間に見れるかな」
「ん、まちにいる」
「それは楽しみだ……ってエルニ、街に出たことあるのか?」
「ん。むかし」
そういや出会った時、前にどっかで誘拐されそうになったって言ってたっけ。
レスタミアにも獣人差別があるみたいなので、引き続きエルニには目を配っておかないとな。バルギアは種族差別がないらしいから、それまでは認識阻害ローブを着ていてもらおう。
「そうだ。プニスケ、しばらくエルニと一緒に行動してくれ。もしエルニが攫われそうになったら助けてやるんだ」
『わかったの! おねーちゃん、よろしくなの!』
「ん……ふふふ」
エルニは腕に飛び込んできたプニスケを思う存分愛でていた。
認識阻害のローブと羊人形があるから大丈夫だとは思うけど、万が一脱げてバレても従魔がいると手を出しづらいだろう。身内の安全には万全を期さねばな。
「私のときも思ったけど、ルルクって過保護よね」
「そうか? ふつうだろ」
もとより何が起こるかわからない異世界だ。
ロズに頼れなくなったいま、警戒と準備は怠る気はないぞ。わが社は24時間365日の安心安全サポート体制でお守りするルルソックです。
「そうだルルク、ゴーレムって私も使えたりするかな?」
「そりゃサーヤには適性があるから、知識さえあれば使えると思うけど。使いたいのか?」
やけに熱心に眺めてたけど、やっぱり興味があったか。
もしかして自分で戦うのが怖いから、ゴーレムに戦わせたいってことかな。確かにそのためにゴーレム魔術を作ったんだろうから目的としては順当だろう。
そう思っていたら、サーヤはニンマリと笑みを浮かべた。
「うん。後ろに立たせたらスタ〇ドっぽくてカッコいいじゃない?」
「そんなことかよ」
呆れて肩の力を抜いたら、サーヤは「そんなことってなによ! せっかく魔術とか使えるのにやらなきゃ勿体ないでしょ!」と怒っていた。
まあ、本音を言えば俺もやってみたい。
しかしまあ、サーヤってときどきロマン溢れる発言をするよな。それなりにマンガとかゲームとかのネタ知ってるし。
高校のときはクラスの中心にいるタイプだったからそんな態度まったくとってなかったのに、人は見かけによらないものなんだな。あるいはオタク気質な部分を隠してただけかもしれないけど……。
兎に角。
「わかったよ。どこかの街で本でも探して、エルニに術式研究してもらうか」
「やった! エルニネールもよろしくね!」
「ん。よゆう」
門外不出の術式とかじゃなければいいけど。
いや、さすがに普通のゴーレムはそんなことはないか。そういえばストアニアのダンジョンでもたまに使ってる冒険者がいたしな。
「じゃあ次の街では本屋に寄るってことで」
「ありがと。あ、でもルルク。シャブーム出るときみたいに娯楽書籍コーナーに居座るのはやめてね。店員さんがすっごい顔で睨んできてたんだから」
「……善処します」
本屋は聖地だ。
絶対できるとは言い切らない。断言しなければセーフなのだ。
そんなことを話しつつ、俺たちは次の街へ向かった。




