竜姫編・2『スーパープニスケボール』
シャブームの街すぐ近くに転移ポイントを設置しておいたので、これから好きな時に帰ってこられる。
そう聞いたサーヤが上機嫌になるのも無理はないが、それにしても気分ひとつでこうも術式がうまくいくものなんだろうか。
「見ててねルルク! 『相対転移』!」
とくに集中するために時間をかけたわけでもなく、ごく自然に転移を発動したサーヤ。
街道のかなり先に出現して、こっちに手を振っている。嬉しそうだ。
俺もエルニとプニスケを連れてすぐそばまで転移した。
「コツを掴んだみたいだな」
「うん! なんかね、グワッとやったらできたのよね!」
「感覚派か。これだから天才肌は」
全部考えてからやる俺からすれば、まったく共感できないけどな。
兎に角、転移術式に慣れてしまえばかなり行動の幅が広がる。旅の時間短縮にもなるし、緊急離脱にも使えるし、それこそ戦いでも活きるんだが……。
「つっても、サーヤは戦うのキライだもんな」
「それなんだけどね、私考えたんだ」
しおらしくつぶやくサーヤ。
「今回の件もそうだけど、私が狙われたじゃない。強くなる才能があるのはわかってるし、戦いのスキルがたくさんあるのも知ってる。それが狙われる理由になるんだったら、これからもルルクたちに甘えるのはイヤなのよね」
「俺は戦う覚悟があるから気にしないぞ?」
「ううん、そうじゃない。私の問題なの。もし私にも戦う意思があったら、ルルクみたいな強さがあったら、あのときルルクに庇ってもらう必要もなかったなって……私、もうあんな思いするのはイヤ。怪我とか血とか怖いし戦うのは下手かもしれないけど、もう逃げないって決めたわ。だからルルク、私に戦い方を教えて」
「いいのか? 冒険者の敵は魔物だけじゃないぞ。盗賊や犯罪者、魔族や他の冒険者と戦うこともあるかもしれない。この世界で戦って生きるって、そういうことだぞ?」
「うん、いいの。それでも私は一人じゃないから」
覚悟を決めた目で見上げてくるサーヤ。
見た目は10歳だけど、芯の強さはただの10歳じゃないのはわかっている。そういえばクラスメイトの頃から、やたら強引で意固地なところもあったっけ。
俺は肩の力を抜いてうなずいた。
「わかった。じゃあ、まずはレベリングからだな。プニスケと一緒にやってくぞ」
「うん!」
『ボクもいっしょなの!』
ってことで、ちょっと予定変更だな。
レスタミア王国内に入るまでに、まずは魔物との戦いに慣れてもらおう。
転移でサクサク進んできたとはいえ、まだまだ国境までは遠い。
国境を越えてしばらく進むまでは街も集落もないので、このあたりなら多少派手にやっても問題ないだろう。
「エルニ頼む」
「ん、『全探査』」
俺の意図を読んでいたエルニが索敵魔術を放った。
「みなみ、ゴブリンたくさん。きた、グレイベアさんびき」
「まずは北だな。グレイベアにはさすがに鉄の剣じゃ心もとないだろうけど……魔術はどれくらい使えるんだっけ?」
「初級魔術はひととおりね。ロズさんに威力はそれなりって褒められたわ」
「なら問題ないか。行くぞ」
俺たちは街道から外れ、エルニの先導で森を進んでいく。
しばらく歩くと木々の合間にのっそりと動く灰色の熊がいた。ここからじゃ1匹しか見当たらないので、2匹はさらに奥にいるようだ。
まだこっちに気づいた様子はない。
「どうするの?」
「サーヤが思うとおりにやってみて、厳しそうなら援護する感じで。ただし森の中だから火は使わないように」
「わかったわ。『ウィンドカッター』!」
風の刃が生まれ、移動中のグレイベアの背中に傷をつけた。
「グォオオオオッ!」
不意を打たれて怒ったのか、すぐさまこっちに気づいて駆け出したグレイベア。
サーヤが一瞬体を硬直させたが、すぐに息を整えてふたたび詠唱を開始。
接触するまであと一秒のところで、つぎの術式が完成した。
「『アイスウォール』!」
突然生まれた氷の壁に、グレイベアが激突する。
したたかに頭を打ってフラフラしたグレイベアの背中に、氷の壁を迂回したサーヤが剣を突き立てた。
深く刺さった剣に、グレイベアが大きなうめき声をあげて無秩序に腕を振り回した。
「きゃっ」
とっさに離れたサーヤ。剣を手放してしまった。
困った顔でこっちを見てくる。
とはいえグレイベアは混乱しているようで、サーヤを狙うことなく暴れている。
放っておいても体力切れで死ぬだろうけど……。
「無駄に苦しませるのはよくないな。とどめを」
「わ、わかったわ」
サーヤは『ライトニングアロー』をグレイベアの脳天に的確に叩き込んで、しっかりと息の根を止めた。
魔術の腕はたいしたものだな。とくに狙いがハッキリしてて思い切りがいい。魔術の照準はイメージ力がモノをいうらしいからな……最初から分かってたけど、サーヤは魔術の才能も豊富だ。
剣の腕は師事する相手がいないから拙いけど、魔物相手なら身体能力でゴリ押しできそうなくらいのステータスになっていくだろう。
「やればできるわね、私!」
にかっと笑ったサーヤ。
俺も褒めておく。
「良い戦い方だな。魔術でけん制してから足止めと防御、剣で致命傷を狙う。剣士の基本戦術か」
「うん。ロズさんが戦うときはそうしろって」
「そうか。サーヤにも合ってると思うぞ」
もっとも魔術も神秘術も使えるサーヤなら、どんな戦い方でも合ってる気はするけど。
「ただ剣を手放したのは良くないな。体格の大きな相手なら、突きは臓器を狙うんじゃなくて神経か血管を狙ったほうがいいぞ。大事なのは一撃で仕留めるよりも攻撃を食らわないことだから」
「わかったわ。とっさだったから、何も考えずに突いちゃった」
倒れたグレイベアから剣を引き抜くサーヤ。
流れ出てきた血に顔をしかめつつも、血の付いた剣を拭いてすぐに手入れを始めた。
偉そうに言ったけど、俺自身、戦いに関しては素人だ。戦術も戦略もつねに自己流。あまり偉そうなことは言えた立場じゃないが、なるべくダメージを受けない戦術をとるのはこのパーティでは統一しておきたい。
集団戦闘はいざってときに判断が分かれると、それだけで致命的な隙になるからな。
ひとまずグレイベアの素材をはぎ取り、血抜きをして肉を回収する。
回収作業をしていると、血のニオイで気づいたのか残り2体のグレイベアが森の奥から現れた。
殺意マシマシの視線で近づいてくる。
「つぎはプニスケ、やってみるか?」
『うん! ボクがんばる!』
プニスケはポヨポヨと跳ねながらグレイベアに近づいていく。
さて、圧倒的にステータスの差があるプニスケはどう戦うのか。
心配だけど過保護じゃ育たない。危険な時だけ援護してやろう。
そう思って見ていると、プニスケがわずかに身を沈めたと思いきや、猛烈な速度で跳ねた。
『えいなの!』
『グモォ!?』
片方のグレイベアの顔面に直撃したプニスケ。そのまま跳ね返りもどってくると、地面に当たった瞬間またもう片方のグレイベアめがけて高速で飛んでいく。
もう1匹のグレイベアも反応できず、鼻っ面にプニスケの体当たりが直撃した。
2匹とも、たたらを踏んで後ずさる。
「なにいまの?」
「ん。はやい」
プニスケの敏捷値はたったの12だ。
理論値は幼児が歩く程度の速度なんだけど、いまのは敏捷性とは無関係の移動法だな。
「ルルク、どうなってるの?」
「いまのはだな……」
どうも、解説役のルルクです。
プニスケは自分の体を一部液体化させて緩め、即座に弾力操作でもとに戻した。
そのとき強い反発力が生まれるわけだが、弾性を操作して跳ねる方向を一点に集中させて、一気に射出。射出後は全身を弾力操作で硬化させて体当たりしたってところだな。
好きな方向に跳ねるスーパーボールみたいな感じだ。宿でヒマなあいだにしっかり考えたんだろうな。うちの子、やりおる。
「そう、名付けるならスーパープニスケボールだ!」
「ネーミングセンス悪っ!」
サーヤにツッコまれた。
うーん手厳しい。
そうしているあいだにも、プニスケは跳ねまわって攻撃を繰り返していた。グレイベアのほうが圧倒的に強いはずなのに、縦横無尽に跳ねては襲いかかってくるスライムに手も足もでないようだった。
しかしプニスケも分厚い皮と肉に覆われた体に致命傷を与えることができず、攻めあぐねていた。
「プニスケ、敵に当たるときに、鋭い触手を何本かちょっとだけ生やしてみて」
『わかったの!』
元気に返事をして、有言実行するプニスケ。
衝突する瞬間、モーニングスターみたいなトゲ付きボールになったプニスケの体は跳ねながらグレイベアの肉を削り取っていく。
さすがの痛みに悲鳴を上げだしたグレイベア。片方はなんとかプニスケを叩こうと腕を振り回しているが、もう片方が逃走に入った。
……えげつない攻撃を教えてしまった。
「逃げたほうは任せろ! そっちは仕留めるんだ!」
『はいなの~!』
俺は森の奥へ入っていこうとするグレイベアの首を『刃転』で斬りつけておいた。
さすがに傷を負ったグレイベアに、ミスリルの刃に耐えるだけの体力は残っていなかった。
さて、プニスケはっと。
『わーいなの! 勝ったの~!』
倒れ伏したグレイベアの体の上で、ポンポン跳ねるプニスケの姿。
サーヤが呆然としていた。
「すご……単独で勝っちゃった……」
「おお、一気にレベルあがったな」
かなりの格上に勝利したことで、プニスケのレベルが20まで上がっていた。
とはいってもステータスはほとんど増えてないけどな。スライムだからいずれ進化するとは思うんだけど、まだ変化する様子もなし。
継続していこう。
「ねえルルク、私は?」
「レベルか? そのままだぞ」
「え~……私もひとりで倒したのに」
頬を膨らませたサーヤ。
残念ながら、サーヤのステータス的にはかなり格下の相手なんだよな。そもそもレベリングは、低レベルの魔物相手じゃほとんど意味はない。
まあ質が無理なら量をこなすまでだ。
「この調子でゴブリンも倒すぞ」
「よし! つぎこそレベルアップよ!」
『ボクもがんばるの!』
意気込むサーヤとプニスケを連れて、俺たちは南へ向かったのだった。




