心臓編・46『パーティの名は』
エルニとサーヤを連れて食堂に向かった俺を待っていたのは、バベル伯爵とターメリク支部長だった。
ふたりはすでに朝食を終えたようで、食後の紅茶を飲みながら談笑していた。
オッサンたちが爽やかに笑いかけてくる。
「ルルクさん、おはようございます」
「おはようございます。ターメリク支部長も宿泊したんですか?」
「いえいえ今朝戻ってきました。昨夜はギルドも大変でしたから。徹夜ですよ」
俺たちが席に座ると、使用人たちがどんどん朝食を運んできた。
なかなか豪勢な朝食だった。
食べている間はターメリク支部長もバベル伯爵もたいした話はせず、食事が終わるのを待ってくれていた。
小心者なので待たれているとわかっててゆっくりできるはずもなく、いつもの倍くらいの速度で食べ終えた。幼女たちがおかわりをするのを横目に、紅茶を味わいながら話を始める。
「それでお二方、俺が意識を失ってから何があったか教えてくれませんか?」
一応、来る前にエルニとサーヤにはある程度は聞いていた。
ただし眠る俺のために部屋を貸してもらったあとは、ふたりとも朝まで隣にいたらしい。部屋の外がバタバタしていたけど、何をしていたのかは知らなかったようだ。
答えてくれたのはバベル伯爵。
「うむ。お主が倒した魔族たちの遺体を確認した後は、子飼の貴族たちに帰宅するように命じた。幸い、怪我人はいなかったようでな」
そうか。
シュレーヌ子爵も無事だったのはひとまず安心だ。
「ただ貴族たちが不安がっておったゆえ、魔族の遺体はみなに見せたぞ。ルルクよ、魔族の襲撃はまだ続くと思うか?」
「いえ、しばらくはないかと。完全になくなるかは不明ですが」
この街そのものが狙われているわけじゃないので、俺たちがいなければわざわざ襲ったりはしないだろう。
それに魔族領から魔族を呼んだのはおそらくスカトだ。あの影移動はほかの魔族の移動にも使えたんだろう。そうでなければ数日で魔族領からこの街に来れるわけがない。
そのスカトが死んだうえ、そもそもスカトじゃなければ破滅因子がサーヤだとは気づかれなかった。魔族たちの動き次第ではあるけど、すぐにまた襲撃ってことだけはないはずだ。
それに街としてどれだけ警戒しても、上位魔族が出張ってきたら俺たちじゃないと対抗できないだろう。それくらいスカトは強かった。
あとは俺たちがどうにかすべき問題だろうな。逃げ回るのは癪だが、どこか安全な場所に移動しておきたい。
「そうか。ルルクよ、魔族たちの討伐まことに大儀であったぞ」
「恐れ入ります」
「私からもお礼申し上げますよルルクさん。冒険者ギルドとしても三体の魔族の討伐を確認しました。いま本部にかけあって、討伐金などの報酬をどれくらい出すべきかを検討中です」
「謝礼というなら、街からも出さねばならんな。ターメリク、ギルド本部からの回答があれば先に教えるように頼む」
「かしこまりました」
謝礼なんていいのに。
金に困ってるわけでもないし、なによりサーヤを狙ってるんだ。巻き込んだのはこっちだと言っても過言じゃない。
俺が断ろうとすると、
「そういうわけにはいきませんよルルクさん。一人前の冒険者なら、不要だとしても礼金はきちんと一度受け取ってください。本当に不要ならそのまま寄付でもしてください」
確かにそうか。他の冒険者に示しがつかないもんな。
ターメリク支部長はテーブルを軽く叩いて、声のトーンを上げた。
「それよりも昨夜は何がどうなったのですか? 街では巨大な魔族が外壁の門を破って一直線にここまで走ってきたというじゃないですか。私たちも状態異常で意識が飛びましたし、気づいたら魔族の死体がみっつも転がってるしで、なにがなにやら」
「それはですね――」
俺は自分が目撃したことをおおまかに話した。
ひとまずモンターク子爵が魔族を手引きしていた件と、魔族の狙いがサーヤだということは伏せておいたけどな。言っても得はしないだろう。
ひととおり話すと、今度はバベル伯爵が腕組みをして唸った。
「うーむ……影を利用した移動に、傷つけるほど硬くなる体か。魔族が持っている種族スキルは厄介だな。特に移動か。どおりで検問にも引っかからなかったわけだ」
「そうですね。それよりバベル伯爵、ひとつ聞いてもよろしいですか?」
「かまわん」
「モンターク子爵は無事ですか?」
「……ルルク、お主はどこまで知っておるのだ」
目をギラつかせるバベル伯爵。
もともとの顔も相まって迫力がすごい。
俺も言葉を濁した。
「魔族が企んでたことはそれとなく、ですね」
「そうか、知っておるならいいだろう。モンターク子爵はいま、我が屋敷の地下牢で隔離しておる。だが勘違いするな……彼の安全のためだ」
「他の貴族たちに彼が仕組んだことだとバレたってことですか?」
「いや、まだ知られておらん。私に告白しそのまま他の貴族たちにも話そうとしたところを、私が止めて拘束しておる。たとえ脅されていたとしても、もし魔族に内通して今回の事件を起こしたことを王家にでも知られたら、モンターク家の奪爵は免れないだろう」
「そうですね。バベル伯爵はそれが本意ではないと?」
「あやつは気弱で流されやすい性格ゆえに貴族としては及第点以下だが、いち薬商家としては誰よりも国のために尽くしておる。私も貴族として、国の利益になるのがどちらかを選んでおるまでよ」
あくまで国のため、か。
判断基準を誤魔化さないのは好感が持てるな。
「でも大丈夫なんですか? モンターク子爵、奥さんを人質に取られてるみたいですし、解放したらどうなるか」
「それは安心せい。あやつの嫁は無事だった。先ほどモンターク家にやった使いから連絡があった」
「そうでしたか」
ほっと息をつく。
それならあとは子爵が罪の意識に耐えられるか、だな。
ここからはバベル伯爵の説得がものをいうだろう。
どうなろうと、これから先は俺にできることはなさそうだ。
「ルルクよ、我が子飼いの者が迷惑をかけたな。謝罪と礼を尽くそう」
「いいんです。それよりバベル伯爵、いまさらですけどターメリク支部長の前でこんな話をしていてもいいんですか?」
今回のモンターク子爵は、場合によっては国家反逆罪すら適用されるレベルのことをしている。
それをなかったことにする、なんて密談を部外者に聞かせてもいいんだろうか。
そんな心配は、ターメリク支部長が困った顔で否定した。
「残念ながら、私はすでに伯爵様の共犯ですからね」
「なにを言う。お主だって喜んで協力したではないか」
「それはまあ……モンターク子爵には、妻の薬でいつも世話になってますからね。それに私は冒険者ギルドの人間です。元々この国の人間じゃありませんし、貴族社会のアレコレにはとやかく言いません。それに言ったところで伯爵様が聞いてくださるとは思いませんから」
「ハッハッハ! わかっておるではないか!」
遠い目をしたターメリク支部長の背中を、バベル伯爵がバンバン叩く。
この二人、けっこう仲良いよな。
叩かれた背中が痛かったのか、バベル伯爵から椅子を離したターメリク支部長は、俺に苦い笑い顔を向けてくる。
「それと私からも一つ、ルルクさんにお伝えしておきます。ルルクさんたちはこれで魔族を5体……公には4体討伐しております。場合によっては、冒険者ランクの変動を行う可能性があります」
「Aランクですか?」
「いえ、Sランクです」
ターメリク支部長が即答した。
Aランクを飛び越してSランクとは。
そもそもSランクになる条件ってなんだったんだ? 聞いたことないけど。
「冒険者ギルドの規定では、Sランクへの推薦条件はパーティ単独で都市単位レベルの危機を救うことができる実力。およびそれに相当する実績があることです。もしパーティがGランクだったとしても、この条件を満たせばSランクに昇格することはあります。ただしパーティ内の冒険者全員が即座にSランク冒険者として認定されるため、昇格に関してはかなりの検討と選定、それに個別でギルドマスターの試験もあります。今回ルルクさんたちは文句なしの実績ですから、私としてはギルドマスターに口を利きたいところなんですが……」
ターメリク支部長は俺の顔色をうかがった。
うーん、Sランクか。
受注できるクエストに制限がなくなるみたいだけど、必要かどうかと言われたら微妙な気がする。
そもそもSランククエストなんて、王都に行かないと滅多にないしね。
「あとはこのマタイサ王国の規定だと、Sランク昇格者には王家から名誉爵位が叙爵されます。つまり継承権のない爵位ですね。土地の授与がない代わりに、様々な国家施設での優遇権利や納税義務の免除が受けられますが、ルルクさんとしてはいかがでしょう?」
「それなら遠慮しておきます」
もともと爵位に興味はない。
いまはまだ公爵家の継承権を(一応)持っているので、下位の爵位を叙爵されることはないだろう。兄のララハインが爵位を継いで子どもが生まれれば、弟である俺には継承権がなくなるので叙爵も可能なはずだが、どちらにせよ爵位には義務も付随する。
この国の貴族社会に縛られる気はない。
サーヤも子爵家の継承権があるからいらないだろうし、エルニは獣人差別があるこの国の爵位など不要だろう。
ならば答えはひとつ。
好きに生きる。
それがロズとルルクとの約束だからな。
「この国でSランク冒険者になるメリットがあまりなさそうなので辞退しますよ。Aランクならもちろん昇格させてもらいたいですけど」
「かしこまりました。そのようにギルドマスターへ報告しておきます。しかし、ルルクさんは欲がないですねえ」
呆れたターメリク支部長だった。
そろそろ話すべきことは終わったかな、という空気を感じた。
ああ、そうだ。
昼になる前に解体屋ジェイソンにスターグリズリーの肉を取りにいかねば。
「話も終わりでしたら、俺たちは行くところがあるので紅茶を飲んだらお暇しますね。もしかしたら、すぐに旅に出るかもしれませんし」
「性急だな。報酬はどうするつもりだ」
「シュレーヌ子爵家に預けておいてください。いずれ取りに戻りますので」
「わかった。ならばルルク、忘れぬうちにこれを」
バベル伯爵が差し出してきたのは、小さな袋。
軽かったので金じゃないなと思って安心していたら、ローブと指輪が入ってた。
「庭に落ちていた。おぬしたちの荷物持ちの持っていた物ではないか?」
そうだ。
ロズのローブと、アイテムボックスの指輪だ。
すでに認識阻害の術式は消えていて、ただの黒いローブになっていた。ずっと気になってたけど、なんの素材だろう。
気になって視てみる。
【 王狼の皮のローブ :〝聖遺級〟の装備品】
……うん、大事にしまっておこう。
「神秘王だという噂だったが、どうなのだ?」
「そうですね。噂は噂です」
確かに神秘王だった。
でもいまは、心臓にいる。
「そうか。荷物だけ置いてどこへ行ったのだ。今日は見かけておらんが」
「旅に出ました。昨日の夜、お別れを済ませたんです」
「……そうだったか。すまん」
それ以降、バベル伯爵が何か聞いてくることはなかった。
俺はローブと一緒に入っていたアイテムボックスの指輪を、右手の人差し指に嵌めた。少し大きかったが、指に嵌めると小さくなって完全にフィットした。便利な仕様だな。
感心していると、体の感覚に妙なものが混じった。
いままで感じたことのない、体の奥底がどこかに繋がる感覚だった。
ステータス欄に変化があることに気づく。
【 アイテムボックス : 所有者はルルク=ムーテル。所有権はロズから引き継いだ 】
……ああ、師匠。
こんなものまで残してくれたんですか。
何から何まで、本当にありがとうございます。大事に使いますね。
あとで中身を確認しておこう。
もっともロズの私物は、勝手に使ったりはしないと思うけどね。
『あれれ? ご主人様、ちょっと変わったなの~?』
ケタール伯爵家を出発し、南街の解体屋ジェイソンを訪ねた俺たち。
約束通りスターグリズリーの素材をすべて受け取り、なぜか礼を言ってくるジェイソンに別れを告げて店を出た。
魔術器を試したり『虚構之瞳』の性能調査など色々とやりたいことはあるが、その前に可愛いうちの子を眷属召喚で呼び出す。一晩ひとりぼっちにしてしまったし、寂しがってるかもしれないからね。
プニスケは俺と顔を合わせるなり、飛びついてきながらそう言った。
「わかるのかプニスケ」
『うん! ご主人様、つよくなってキラキラしてるの!』
眷属化してるからなのか、なんとなくわかるらしい。
俺はプニスケを撫でながら、
「キラキラしてるか。すぐにプニスケもキラキラするといいな」
『したいの! ご主人様といっしょがいいの!』
このこの~愛いやつめ~。
朝食がまだだったプニスケに露店で串肉や干し芋などを買ってやりながら、ゆっくり宿へ戻った。
「ねえルルク、これからどうするの?」
「ん。ロズいない」
不安そうに問いかけてくる幼女たち。
いままではロズの計画通りに旅をしていたからな。弟子としてついていくだけでよかったんだけど、これからは自分で考えて行き先を決めなければ。
ただ、当面の目的は決まっている。
「まずはバルギア竜公国へ向かおうかと思ってる。というか、そこしか選択肢がなさそうだし」
「ん、じゅんとう」
「なんで?」
サーヤは疑問符を浮かべた。
エルニが短く答える。
「まぞく、バルギアきらい」
神の時代から、魔族の天敵は竜種だった。
竜王のナワバリであるバルギア竜公国なら、ひとまずサーヤを連れて行っても安全だろう。
サトゥルヌが破滅因子のことをどうやって知ったかわからないが、魔術か神秘術を使ったことは間違いないだろうから、バルギアに滞在しているうちに探知術も弾くような結界術式を開発したいものだ。
俺がそう付け加えると、サーヤは手を打った。
「なるほど、いい考えね。あとはバルギアのご飯が美味しいといいわね」
「ん、じゅうよう」
『おいしいごはんなの!』
食欲が優先される成長期たちだった。
宿に戻って部屋を片付け、旅の準備を整えた俺たちは宿をチェックアウトした。ながらく世話になったので、見送りに出てきてくれた支配人に多めにチップを払っておいた。
さて、方々に挨拶してくるか。
「シュレーヌ家にも行かないとな」
「ありがとうルルク。お父様も喜ぶわ!」
身内の家族だからな。さすがに欠かせない。
俺たちは宿を出てまっすぐにシュレーヌ子爵家へと向かった。
昨日も魔族の襲撃のせいで外壁の門が壊れたという話を聞いたので、もしかするとまたボランティアに出かけて子爵が不在の可能性もあるかなーと思ってたら、さすがに疲れ果ててゆっくり寝ていたらしい。すぐに対応してくれた。
この街を出ることを告げたら、サーヤと子爵の別れのシーンが劇場ばりの雰囲気で展開された。
そんな全米が泣くほどの感動シーンを観たあと、俺は最後にもう一度、サーヤを守ることを誓わされた。
もちろん魂にかけて誓ったよ。
シュレーヌ子爵家と別れたら、つぎの目的地は冒険者ギルドだ。
この街でやってきたことはサーヤの案件を除いてほとんど冒険者として活動していたからな。ストアニアにいた間はダンジョン攻略がメインだったから、まっとうな冒険者としての経験になったし、とくにターメリク支部長にはお世話になった。
さっき街を出ることは伝えたけど、一応バルギアに向かうことも伝えておこう。
「ルルクさん! こっちですぅ」
ギルド内に入ると、いつもの受付嬢がめざとく見つけて手招きしてきた。
何かいつもより人が多いな。
周囲の視線を浴びながら、受付嬢に近づいた。
「聞きましたよ、魔族をたくさん倒したんですよね! みなさん噂してますよ!」
「ええまあ。また色々聞かれてたんですか」
「そうなんですぅ。ルルクさんが来てよかったですよ……」
そりゃこの街で俺の担当だった受付嬢だから当然だろうけど。
お仕事、お疲れ様です。
俺はポーチから常備薬を差し出した。
「なんかすみません。たくさんお世話になったお礼に……なるかはわかりませんが、こちらをどうぞ」
「もしかしてこれハイポーション? えええっ!」
「もし大事な担当冒険者が大怪我でもしたら、使ってあげてください」
「大事なっ……え、あの……っ」
うるうるした目で見つめてくる受付嬢。
毎日の仕事でドライアイになったのかな。ほんとお疲れ様だ。
気にせず俺は本題に入る。
「ターメリク支部長は戻ってますか? この街を出るので、最後に挨拶しておこうかと」
「えっ、ルルクさん行っちゃうんですか!?」
驚いて立ち上がった受付嬢。
何事か、と周囲の冒険者たちの視線が再度集まる。
思ったより大きな声を出してしまったことに、恥ずかしがって椅子に座り直す受付嬢だった。
「す、すみません……ルルクさん、本当に?」
「はい。バルギアに向かおうかと」
「そうだったんですね、だからこれを……ううん、ルルクさんは冒険者ですものね。旅に出るのも自由ですから……ぐすん」
しょぼんとした受付嬢だった。
後ろから、幼女ふたりが背中をつねってきた。
ステータス的には痛くないはずのに、なぜか痛い。
「それで、ターメリク支部長は?」
「あっすみません。支部長はまだお戻りになられてません。今日は夕方までお戻りになられないと伺ってます」
「そうでしたか」
まあ、この街のギルドを束ねる人だ。とくにいまは魔族襲撃の件で忙しいんだろう。
なら手を煩わせるわけにもいかないな。
「では、俺たちはバルギアに向かったと伝言だけお願いします。挨拶は今朝済ませてますので、伝言だけで結構です。それと一応、バルギア方面にクエストがないか見てきますね」
「はい、承りました……あ、そうだルルクさん」
ちょっと涙目の受付嬢は、後ろにいるエルニとサーヤをちらりと見て。
「サーヤさんも加入してコンビからトリオになったことですし、そろそろルルクさんたちのパーティ名を決めて頂きたいんです」
「そういえばそうでしたね。少々お待ちを」
俺は幼女たちをクエストボードの近くにあるテーブルに連れていく。
パーティ名か。
まるっきり忘れてたけど、これからこの3人と1匹で活動していくんだ。色んな場面で屋号は必要になるだろう。
どんな名前でもいいけど、呼ばれて恥ずかしくない名を決めよう。
こういうときはセンスのない俺より、名付け好きな幼女たちに頼るのが道理だな。
「ってことで第1回パーティ会議を開催します。議題はパーティ名です」
「わーパチパチパチパチ!」
「ん、ぱちぱち」
『わーいなの!』
「前もって言っておきます。パーティ名はすでに存在するパーティとかぶってはいけないので、シンプルすぎるものは却下します。あと偉人とかモンスターの名前も却下です」
「ブーブー」
「んむむ」
さて、幼女たち&スライムくんよ。
候補を上げるがよい。俺はもちろん審査員だ。
すぐにサーヤが手を挙げる。
「思いつきました!」
「どうぞ、サーヤくん」
「【愛の巣】がいいです!」
「却下です」
「ブーブー」
正気か?
名乗るたびに恥ずかしい想いをするだけだぞ。
「ん」
「どうぞ、エルニくん」
「【神殺し】」
「却下です」
「んむ……」
いやいや、神は国民の信仰の対象だぞ。殺すんじゃない。
冒険者エルニは殺意の波動に目覚めてるな。
『はいなの!』
「どうぞ、プニスケくん」
『【ご主人様だいすき!】なの!』
「ぐっ……認めてあげたいけど、却下するしかない……っ!」
『しょぼんなの~』
気持ちは嬉しい。気分はとってもハピネスワンダフル。
でも名乗るのが罰ゲームすぎる。
そのあとも【契りの円環】だの【破壊王】だの【みんなだいすき】だの【約束の道】だの【究極術士】だの、名乗るのがこっぱずかしくなるようなものばかり候補にあがってきた。
【みんなだいすき】に関しては、俺と幼女たちが鼻血を噴いて悶えた。
「まったく思いつかない俺が言うのもアレだけどさ、もうちょっとオシャレなやつとか欲しいんだけど。有名になったとき、噂されても威厳があるようなのがいいんだよな」
「威厳かぁ……わかったわ。じゃあ、これなんかどう?」
サーヤが提案してくれたのは、まさに俺が求めていた名だった。
それを聞いたエルニも二つ返事で「ん、さいこう」と認めていた。プニスケだけはよくわかってなかったけど、おいおい説明していくとしよう。
「よし、じゃあサーヤにちょうどいい運搬クエストでも探して、出発しようか」
「うん!」
Gランク冒険者のサーヤが受けられるクエストを探し、ちょうどレスタミアとバルギアと境町にある場所への運搬クエストを見つけて依頼書を取った。
受付嬢のところへ戻り、サーヤが依頼したあとにパーティ名の申請を行った。
「登録完了です。ではルルクさん、またいずれお会いできるのを楽しみにしてます」
「ええ。サーヤの故郷ですし、遠くないうちに戻ってきますよ」
「はい! 行ってらっしゃいませ! お気をつけて!」
こうして俺たちはシャブームの街を出発した。
色々あったけど、また新しい旅が始まるのだ。
つらいことも嬉しいことも、そのすべてをみんなで共有していこう。
俺は小さくつぶやいた。
「では行ってきます、師匠」
ルルク=ムーテル。
エルニネール。
サーヤ=シュレーヌ。
神秘王の最後の弟子たちは、こうしてここから旅立ったのだった。
■ ■ ■ ■ ■
「もう、泣かないの」
冒険者ギルドのカウンター内で静かに涙を流している受付嬢に、同僚が声をかけていた。
「だって、だってぇ……」
「まああれだけ若くてスゴイ冒険者だもんね。気持ちはわかるけど、冒険者なんだもん。縛ることなんてできないわ」
「うん……わかってるよ」
「それであの子たち、ようやくパーティ名決めたんでしょ? 何になったの?」
「えっと、これ」
受付嬢は同僚に登録票を見せる。
同僚はそれを一瞥して、首をひねった。
「どういう意味かしら?」
「さあ、わかんない……でも」
「そうね。わからないけど、彼らに似合ってる名前ね」
同僚は微笑んでから、受付嬢の背中をぽんと撫でた。
「さ、涙拭いて仕事するわよ。これから忙しくなるんだから!」
「うん。わかってる」
受付嬢は登録票をカウンターの内側に貼った。
いつでも見られるように、他の冒険者からは見えない位置にこっそりと。
登録票には、パーティ名とそのメンバーが書かれていた。
パーティリーダーはルルク。
メンバーはエルニネールとサーヤ=シュレーヌ。従魔登録としてプニスケの名前が記載されている。
「ほら、若い子が来たわよ」
「う、うん。こんにちは。こちらは冒険者ギルドの受付です。ご用件は――」
受付嬢は登録票をチラリと見て、仕事を再開した。
登録票の一番上に大きく載っていたのは、お気に入りの彼のパーティ名。
そこには決めたばかりの新しい名前が書かれてあった。
【王の未来】。
< 心臓編 → END
NEXT → 竜姫編 >
~あとがきTips・『数秘術・八百萬』のスキルについて~
〇スキルツリー
【神域級:森羅万象】 【神域級:魂魄之王】
↑ ↑
【極級:万属擬態】 【極級:幽体之王】
↑ ↑
【王級:千変万化】 【王級:精神之王】
↑→ → → → → ↑
【上級:自己掌握】
↓
↓
(負化反転)
↓
↓
【負:単一化】
〇補足説明
同スキルが再登場の予定はないため、裏設定公開。
『数秘術・八百萬』は〝明確な数として捉えきれない数〟という概念をもったスキル。いわゆる無量大数の概念。
スキルの特徴としては自己変化形のスキルであり、発展先は二種類。肉体か精神どちらかを無貌の存在としての概念を付与していき、最終進化系はどちらも不死の概念存在(=亜神)になる。
ちなみに創造神級スキルではないため、本物の神になることはない。
ならびに負化は自己の単一化であり、いわゆる〝不変の存在〟として機能するものになってしまう。それゆえ負化した時点で人間としては死を迎える。
〇背景
このスキルを神々が創り出した背景には、一人の少女が深く関わる。
神代の時代、まだこの星には生命が定着していなかったが、当時神々のもとで働いていた現在の種族のプロトタイプと呼べる者たちが神界にたくさんいた。
創造神のひと柱である第5神・時間と空間の神キアヌスが、この星をつくる際に多くの環境調整のために各種族のプロトタイプの個体を選別し、原初世界であるこの星で生活するように命じた。
そのなかのひとりであった人族原種の少女は、他の種族に比べて適応力が低く、まだ不安定だった星の環境変化についていくことができなかった。
少女は体をことごとく壊し、無残な姿で神界へと帰還。生命の源でもある微生物の毒にすら負ける脆弱な体になってしまった少女を見て、キアヌス神は少女に謝罪し、彼女を治すために抵抗力の高いプログラムを投与。
やがて少女は無事に体調を戻すと、キアヌス神への信仰心から再チャレンジを志願し、ふたたび星へと降り立った。やがて搭載されたプログラムによりあらゆる環境に対しての抵抗力が増大し、どのような環境でも生きていけるという特有の体質を獲得。
それから数万年ものあいだ他の原種たちが諦めて神界へ帰還したり、あるいは適応できずに死んでいくなか、少女だけが過酷で孤独な星で環境が安定するまで生き長らえた。やがて魂の寿命を迎えた彼女は、星の完成とともに輪廻の輪に戻っていった。
敬虔なる信心のため、寿命まで任務をまっとうした少女。
キアヌス神はそんな少女の想いを酌んで、彼女の軌跡を概念として固めて保存した。それが『数秘術八百萬』というスキルの元となったのだった。




