心臓編・42『流星召喚』
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「ふっふっふ! ワタクシこそ不死を殺せる唯一の存在! 不死は可死に、最強は脆弱にデス!」
スタンチークが数十本ものナイフを宙に投げ、風魔術を唱えた。
広範囲に広がったナイフが踊るように、様々な方向から襲いかかってくる。
ロズはそれを転移と移動をくり返し、ギリギリで避けていく。
この魔族、魔術や攻撃そのものはたいした強さではない。しかし駆け引きと先読みが異様にうまく、視線や呼吸の癖から転移先やタイミングを読まれてしまっている。
そしてロズの攻撃は、
「『フレアパージ』!」
「ふっふっふ! 無駄デスよ」
やはり傷ひとつつかない。
「なんてふざけたスキルなの?」
「イライラしてマスね~いいデスねいいデスね~。実はワタクシ、このスキルだけでスカト様の最高傑作に昇りつめた道化師なのデ~ス」
死角から飛来するナイフを身をよじって躱す。
風魔術で数十本ものナイフを操りつつ、自分の手元で新たに取り出したナイフをジャグリングしているスタンチーク。ほんと器用なやつだ。
ロズは舌打ちしながら指を鳴らし、雷でナイフを数本撃ち落とした。
「悪あがきが上手デスね。さあ、どんどん行きマスよ~ほほいのほい!」
「ああもう鬱陶しい! 『雷雲召喚』!」
「またそれデスか。手数が少ないデスね~」
うるさいやつだ。
高威力の雷系術式を得意としてきたロズは、こと戦いにおいて苦労したことはなかった。不死の肉体のおかげで戦いに対策なんて必要もなかったので、習得した神秘術スキルの数はすでにルルクに負けているし、魔術だってそこまで多くの呪文を習得していない。
まさかここにきて苦労するとは思わなかった。
「後悔先に立たずね。でもここで成長したら、私も師匠らしいわよね」
この雷雲は、ふと思いついたことを試すためのもの。これだけでダメージを与えようとは思っていない。
ロズは電荷を拡散して操作する。一撃の威力を落とすかわりに、電撃の道筋を無数に分岐させて迂遠させる。ランダムに配置された網目のような順路を生成し、
「喰らいなさい!」
「ぬうっ!」
指を弾き、雷撃を落とした。
水のフィールドを紫電が巡る。
今度は高電圧の一撃ではなく、細かな攻撃を何度もくりかえすようにスタンチークの周囲を往復させる。空気に拡散したものも多く熱はそれほど発生しないので水蒸気も立たず、静かな電気の筋がジジジジジと音を立てながら水面を駆けまわった。
ロズはじっと、スタンチークを観察する。
やがて雷撃がすべて拡散して消えると、スタンチークが大きく息を吸った。
「ブハッ! ゼェ……ゼェ……」
「どうしたの? 息が上がってるわよ」
やはりスタンチークは無傷。
だが、なぜか呼吸を荒くしている。
「黙れ……デス!」
いつのまにか落ちていた周囲のナイフを、またもや風魔術で浮かせて飛ばしてくる。
さっきに比べて単調な攻撃だ。転移をするまでもなく地を蹴って避ける。
「引っかかったデスね! 『ストームエリア』!」
「ふん、こっちのセリフよ」
周囲のナイフが一斉に竜巻のように全方位から襲いかかってきた。
しかしロズは回避も防御もとらず、指を鳴らして雷撃をスタンチークに叩きつけた。
相討ち――にはならなかった。
スタンチークがロズの攻撃を無傷で受けた瞬間、襲ってきたナイフたちもロズの体をすり抜けた。あらゆるものであるロズの性質を、今度は否定せずに。
こっそり取り出していたハイポーションをアイテムボックスに戻しながら、ロズは笑った。
「やっぱりね。見破ったわ、あなたの本当のスキル」
スタンチークのスキルは、一度にひとつしか判定を持てないのだろう。攻撃と防御に同時には使えないのは確実だった。
そのうえ防御に使うとき、継続した攻撃を防ぐたびに体に大きな負担がかかっている。ということは、ただ結果を反転させているわけではない。そんな概念的な部分を司っている力ではないのだ。
ロズは言う。
「あなたのその『不可解な道化』、不確かなものを確かに確かなものを不確かに、って言ったっけ? それウソでしょ」
ロズも最初そう勘違いしてしまったけど、もしそんな概念としての力が有効なら、防御のときだけ苦しむ理由にならない。
こいつは道化師だ。
愚者のフリをするのも、賢者のフリをするのも得意なのだろう。
「……なにを根拠に言っているのデスか」
「とぼけても無駄よ。あなたのユニークスキルは結果を反転させるものじゃない。肉体の変化を制限するスキルね?」
ロズをふつうの人体として認識し制限することで、ナイフが刺さるようになった。その能力なら、どんな攻撃も先に自分の体の変化を固定してしまえば傷ひとつつかない。
しかし固定してしまうということは、心臓も呼吸も止まってしまうということだ。
だから長時間の使用には苦痛を伴う。
「見破ったと思ったら、誤認させられてたってわけよね。ほんと道化だわ。まあ言い方ひとつで無敵みたいな印象を受けたけど、ようは理術的解釈ができる能力ってわけよね。そしたら対処の仕方もいくらでも思いつくわ」
「ええい黙るのデス!」
スタンチークは口調を荒げると懐のナイフをすべて放出し、暴風とともに叩きつけてきた。
無数の死角からの攻撃だが、タネが割れれば防ぎようもある。
「『アイスルーム』」
四角い透明な氷の部屋を、ロズを囲むように作成。
『不可解な道化』が〝結果反転〟という概念レベルの能力なら、氷くらいは軽く貫けるはずだった――が、ナイフはすべて弾かれて落ちる。
ただの氷の塊すら破れない道化師の、化けの皮が剝がれ落ちていく。
まあ正直、冷静に考えれば最初からわかっていた。
ロズの肉体に傷をつけられても、『森羅万象』そのものを打ち破られたわけではなかったからだ。
ロズの不老不死スキルは〝神域級〟だ。下位スキルじゃ破れないはずなのだ。
表面上は傷つけられていても、それはただ相手の攻撃に合わせて『森羅万象』がそれらしい傷を再現したに過ぎないことだった。
つまり強敵と戦いたいというロズのワガママに、『森羅万象』が合わせただけのことなのである。
スタンチークは、本当にロズを殺せるスキルを持っていたわけじゃなかった。本人やスカトには勝算があったのかもしれないけど、王位存在としてのロズとは格が違いすぎたのだ。
「クソガアア!」
「さあ、そろそろ幕引きにするわよ。『地形顕現』」
つぎにロズが呼び出したフィールドは、火山の噴火口だった。
二人が立っているのは、周囲にマグマが煮えたぎる岩の上。ふつうの人間なら立っているだけで猛烈な暑さで呼吸が苦しいが、ロズはもちろん涼しい顔だ。
スタンチークも上位魔族としての強度があるので、暑さごときたいした影響はなかった。
それよりロズの周りの氷が溶け始めたのを見て、ニヤリと嗤った。
「馬鹿デスか! 氷の結界も溶けるのデスよ!」
「いいのよ。もう終わりだから」
このフィールドは最終手段のための場所。
せっかくだから派手に、ね。
ロズは天に腕を掲げ、最後の術式を紡いだ。
「『流星召喚』」
その瞬間、空から落ちてくる巨大な塊。
隕石だ。
フィールド結界でなければ地上に多大な被害をもたらす、破壊の大質量。マグマに囲まれた岩の足場くらいは簡単に消滅させられる。
「ま、さか」
スタンチークが迫りくる運命を悟って息を呑んだ。
ロズは笑みを浮かべながら道化の魔族に手を差し出した。
「じゃあ、一緒に溶岩に落ちましょうか」
「クソがッ! 貴様も道連れデス!」
「ふふ、ウソよ。『相対転移』」
掴みかかってきたスタンチークを、上空に転移してやりすごす。
つぎの瞬間、隕石が爆音と衝撃波をまき散らしながら火口へ飛び込んだ。
スタンチークはスキルを使って無傷のはずだ。でも足元の岩は粉々に崩れ落ちてしまっていて、彼が落下したのはマグマの湖。スキルを解いた瞬間が彼の最後になるだろう。
溶岩のなかにずぶずぶと沈んでいく道化師の姿を眺めて、ロズはつぶやいた。
「さようなら、道化師さん」
なかなか楽しい戦いだった。
最後に『虚構之瞳』を使って答え合わせをする。
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【 『不可解な道化』
>対象の身体変化を制限する上級ユニークスキル。
>>他者に対してはスキルや術式による変化のみ制限可能。自己に対しての制限はないが、制限中は生体活動も停止するため、長時間の使用は極めて危険。道化の末路。 】
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やっぱり正解だった。
でも本当にスタンチークはそのユニークスキルひとつで戦ってきたらしい。レベルも高くステータスも高かったが、戦闘に使えるスキルはそのひとつしかなかったのだ。
ロズはスタンチークのステータスが【死亡】に変わるのを確認して、『地形顕現』を解除したのだった。