心臓編・41『最硬の肉体』
ロズが道化王と死闘を繰り広げている頃、俺たちはスカトと睨み合っていた。
しかし膠着はそう長くは続かなかった。
援軍が先に到着したのは、スカトの勢力だった。
街のほうから幾つもの悲鳴と、地響きのような足音が近づいてきたかと思うとケタール伯爵家の正門――鉄の扉が破裂したように吹き飛んだ。
「おぐれでずまねぇカゲ様ぁ!」
扉を蹴り破って庭に駆けこんできたのは、巨人の半分くらいありそうな背丈の魔族だった。
ひしゃげた鉄扉が屋敷の壁にぶちあたって石壁が崩れる。応接室のあたりだが、中に誰もいないことを祈ろう。
それよりも。
「くそ、そっちが待ってたのはコイツか」
「ホッホッホ。天運は儂に向いておるようじゃのぉ」
「ぞれでカゲ様、ごいづをぶっどばせばええのが?」
巨体の魔族は、ずんずん足音を立てながら近づいてくる。
血の気の多いやつだ。俺の背後でサーヤが小さな悲鳴を漏らす。
いままで手を出そうとしなかったスカトも、ようやく重い腰を上げた。
「そうじゃの。では始めるとしよう――『ダークムーン』」
「『サンシャイン』」
スカトが唱えた魔術があたり一帯を暗闇に染め、エルニが即座に光魔術を放ってもとに戻した。
ほんの一瞬で魔術を無効化されたスカトが感心する。
「ほほう、さすが魔王の種じゃの」
「小細工なぐでもぶっどばず!」
巨体の魔族が殴りかかってきた。俺の体くらい大きな拳だ。一発でも喰らうとそれだけでも致命傷だろう。
スカトはエルニに任せて、こっちを先に制圧するとするか。
「『刃転』」
ミスリルの短剣だ。鉄を蹴破るほど頑丈な巨体だからといって、鉄を切り裂く超硬度の金属には敵うまい。
俺の刃が巨体の魔族の足を裂いて――途中で止まった。
「いだあい!」
「なっ」
『刃転』が弾かれてしまった。
感触まではフィードバックされないからどうなったかわからないが、肉が途中から異常に硬くなったような、そんな傷跡になっている。
足を押さえてうずくまる巨体の魔族。
「いだいよお。カゲ様、おで、いだいのぎらいだ~」
「ホッホッホ! 安心せい、おぬしの体はさらに頑丈になったわい。ほれ見てみろあの小僧の剣、アレはミスリルじゃ」
俺はもう一度『刃転』で巨体の魔族を斬りつける。
だが今度は、皮膚に傷ひとつすらつかなかった。
どうなってる。ミスリルだぞ?
「ほんどだ。おで、傷づがなぐなっだ」
「じゃろう? おぬしの肉体は最強じゃ。ほれ、いってこんか」
「うん。おでを傷づげだおまえ、ぶっごろず」
立ち上がって、再度こっちに突っ込んでくる巨体の魔族。
くそっ。
「『錬成』!」
地面に大穴を開ける。巨体の魔族は足を穴に突っ込んでバランスを崩し、顔面を地面に強く打ち付けた。
俺はサーヤとエルニを抱えてすぐに距離をとった。
あのデカさは寝転んで転がるだけで脅威だからな。射程には気を付けなければ。
「いだいどぉ」
「気のせいじゃ。ほれ、おぬしの顔には傷ひとつついとらん」
「ほんどだ。ずごい、ミズリルの皮膚ずごい」
驚くべきことに、地面には巨体の魔族の顔の跡がくっきりと残っていた。
そう、まるで顔の形のプレス機で押し込まれたようだった。
ってことは、そこから考えられることはひとつ。
「攻撃を受けた素材と同じ硬度になる……そんな属性付与の種族スキルでもあるのか?」
「ホッホッホ! 正解じゃ」
くそ、しまった。ってことはあいつはミスリルの硬度を持った半巨人ってことだ。
厄介すぎるスキルだな。
とっさのことで手加減なしの攻撃してしまったことを後悔するが、いまは悔やんでも仕方ない。
あのミスリルの巨体を倒す手段を考えないと。
「エルニ、魔術で頼む。ピンポイントで」
「ん。『ライトニングパージ』」
上空から雷の光線が降ってきて、巨体の魔族の体を撃ち抜いた。
「いだいよお~!」
「安心せい。ミスリルは魔力を受け流す性質じゃ。たいしたことないじゃろ」
「あ、ほんどだ」
バカなのか素直なだけなのか、言われたらケロっとする巨体の魔族。
魔術も効きが悪いのはかなり痛手だ。
しかし手をこまねいていると――
「今度は儂らの番じゃのう。『アシッドバレル』」
「うごおおおおお!」
ドスドスと地響きを鳴らして駆け込んでくる巨体の隣から、小さな液体の弾が飛んでくる。
どっちもヤバい予感。
「エルニ!」
「『ダウンバースト』!」
高圧力の風が空から吹き付け、魔術の弾を打ち落とし巨体の足を止める。
その隙に――
「『裂弾』!」
狙うはスカトだ。こいつさえ潰せばどうにかできる。
俺の放った座標攻撃は、スカトの頭を撃ち抜いた――瞬間、消滅した。
「ほほう、間一髪じゃのぅ」
スカトのやつ、霊素で自分の存在強度を補強して防ぎやがった。
まったく予想してなかったが、この上位魔族、神秘術にも精通していたのか。
「魔族が神秘術かよ。意外だな」
「魔族が魔術以外を使えぬと、誰が決めたんじゃ?」
たしかにそうだ。
偏見で見誤ったのはこっちだ。
しっかりしろ俺。
「『フレアランス』」
「『ダークホール』」
「『アクアカッター』」
「『アシッドウォール』」
凄まじい魔術の応酬が遠距離同士で展開する。
ほぼノータイムの詠唱で即座に多彩な術を撃ちだすエルニの攻撃は圧巻だが、それを的確な魔術で防ぐスカトも只者ではない。エルニと互角の腕をしてるやつなんて初めて見たけど、これが上位魔族の実力か。
「ぐぬぬ、おでもやぐにだづんだど!」
またも立ち上がってくる巨体の魔族。
さて、コイツをどうしたものか。
攻撃を受けたより硬いものと同じ性質を持つ体になるってことは、ミスリル以上の硬度で攻撃しなければダメージを与えられない。でも、それも途中で止まってしまって更に硬くなるってことだ。外傷に対して相当な強さを持つ特性だな。
しかもミスリル以上なんてもの手元には……。
俺はハッとする。
いや、ある。
「エルニ! ヒヒイロカネのインゴットをくれ!」
「ん」
魔術のあいまにアイテムボックスから、ヒヒイロカネのインゴットを取り出してもらう。
ずっしりと重いレアメタル。魔力との親和性が高いミスリルと違って、一切の魔力を拒絶して跳ね返す性質を持っている、完全に対魔法向きの金属がこのヒヒイロカネだ。
これで攻撃したら硬度がより高まるうえ、魔術は弾かれてしまうだろう。それこそ最悪の展開だ。
――だが、だからこそ。
「『錬成』! 『刃転』!」
「いだいっ!」
俺はヒヒイロカネのインゴットを小ぶりのナイフに変え、その斬撃を飛ばす。
予想通り巨体の魔族の皮膚を少し裂いただけで、また硬度が増して効かなくなった。
「ホッホッホ! ヒヒイロカネとはのう! これは思わぬ強化じゃよ! ヒヒイロカネの肉体を持つ者など、この世に二人とおらんわい! おぬしは真祖竜にも勝てるかもしれんぞ!」
スカトが喜びを爆発させたように笑った。
真祖竜にも勝てるかも、ね。
そりゃ魔族にとっちゃ喜ばしいことかもしれん。
「けど、もしかしたら真祖竜よりオレたちのほうが強いかもしれねえぞ?」
「ん、まけない」
俺は術式を練る。
エルニは俺の意図を読み取って、呪文を唱える。
ミスリル、ヒヒイロカネ、アダマンタイト、オリハルコン。
特殊な金属は数あれど、肉体がその特性すら受け継ぐなら対処の方法も様々だ。魔術を受け流すミスリル、魔術を反射するヒヒイロカネ、魔術に共鳴するアダマンタイト、そして加工次第で吸収も反射も思うがままのオリハルコン。
ならば打つ手はある。いや、むしろそこが攻略の糸口だ。
「『裂弾』」
俺はひとつめの術式を発動した。
いくら存在強度の違いで座標ごと破裂させると言っても、ヒヒイロカネの体にはどこに撃ち込んでもたいしたダメージは与えられないだろう。
だが生物の構造上、すべての部位をヒヒイロカネに変えることはできないはずだ。
粘膜、関節、臓器。硬度が高いと生体に影響が出てしまう部位は必ずある。
ならばそこになら、多少のダメージを通せるはずだ。
俺の放った座標弾は、巨体の魔族の舌を撃ち抜いた。
「あばあっ!」
血が舞い、大きな口を開ける巨体の魔族。
その隙をエルニは見逃さなかった。
「『ライトニングボム』」
エルニが放った一発の球体は、巨体の魔族の口の中に飛び込んだ。
雷の塊は、膨大な炎熱とともに弾け飛ぶ。
ヒヒイロカネの魔力を反射する特性のせいで、通常の何倍もの威力になった雷と炎が体内で暴れ回った。
「あばばばばばば!」
生命を維持するための柔らかな器官がことごとく焼き切れ、巨体の魔族はぴくりとも動かなくなって地面に倒れ伏した。
ひとりでは敵わない相手でも、いつだって二人で協力して勝ってきた。
俺とエルニはそうやって強くなってきたんだ。
「な、な……なんということじゃ……」
さっきまで余裕の笑みを浮かべていたスカトは、倒れた巨体を眺めて嘆いていた。
白腕の魔族をあっさり殺したって聞いたし、炎髪の魔族すらあっさりと殺していた。一見非情な奴だと思ったけど、死んだ仲間を慈しむ感情があったのか?
そう思っていると、スカトは激情を膨れ上がらせて俺たちを睨んだ。
「儂の最高傑作を……おぬしらよくもやってくれたのぅ。魔王の種に神樹の使徒、おぬしらはただ殺すだけでは済まさぬ。殺して新たな人形にしてやるから、覚悟するんじゃのぅ」
いや、違うか。
大事な道具を壊されて怒っているだけみたいだ。
なら、こっちも遠慮はいらないな。
俺たちはスカトに対峙して、戦いを続行するのだった。