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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅰ幕 【無貌の心臓】

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心臓編・40『神秘 VS 道化』

 

「かはっ」


 ロズは血を吐きながら道化の魔族――スタンチークを睨みつけた。


 魔術を使った気配はなかった。もちろん神秘術も同様だ。たとえ使っていたとしても、あらゆるものであるロズに傷を負わせるなんて理論上は不可能。

 つまりこれは、魔族個人が持っている種族スキルかユニークスキルだろう。


 この体に傷を負わせるなんてどういう性能かはわからないが、大人しくしている理由はない。

 記憶にある限り初めて傷つけられて動揺してしまったが、これくらい対処できないワケじゃない。


 ひとまず数歩下がり、アイテムボックスからハイポーションを取り出して、ナイフを抜くと傷に浴びせた。

 傷はまたたくまに塞がり、痛みも消えていく。

 スタンチークは大袈裟に首をかしげる。


「おやおや。不老不死を自負するわりにそんなものを持っていたとは準備がよろしいデスね」

「色々、想定してるのよ」


 念のため持っていてよかった。

 もちろん、弟子たちに使うためのものだったけど。


「……それで、私に何をしたの?」

「道化は愚者ではないデスよ。答えると思いマスか?」

「そりゃそうね」


 さて、どうするか。

 傷をつけられたこと自体はたいして問題じゃない。


 どんなスキルを持っていたとしても、ロズが本気で勝とうと思えば一瞬で勝てるだろう。リソースに困らない『虚構之瞳(みとおすもの)』と『森羅万象(あらゆるもの)』の数秘術コンボで、相手の手札を全てを見破った上で圧倒的な出力で封殺できるのだから。


 でも、ロズだって戦いが嫌いなワケじゃない。

 むしろ強敵との手探りの真剣勝負は好きだった。


 なので今回『虚構之瞳(みとおすもの)』は使わないでおこう。相手のスキルを看破するのも戦いの醍醐味だし。

 よし、そうしよう。


 この体に傷をつけたスキルの正体を、まずは考えてみる。

 視線を誘導してまでナイフを投擲してきたのだ。無条件で確実に傷を負わせられるようなものじゃないんだろう。ということはスキル自体に殺傷能力はない。ナイフさえ避けていれば大丈夫だと思う。


 回避を考えるなんて思っても見なかったけど、レベルがカンストしているおかげで敏捷値もそこそこある。戦い方を変えるまでだ。

 それに。


「じゃ、つぎはこっちの番よ」


 ロズは指先を弾く。

 合図を起点に指の一部を微弱な電荷にして放出。自らの一部である電荷を任意につなぎ合わせて順路(ルート)を形成。その瞬間、別の指をその順路を自動で通る高電圧の雷に変化させて撃ち放った。


森羅万象(あらゆるもの)』を使った攻撃でも、比較的シンプルな技だ。

 いくら相手が強くても、電撃そのものは光速に近い。目視してから避けられるようなものじゃない。霊素を視認できなければ察知もできないから、大抵は直撃する。


 パァン!


 予想通り、数本に枝分かれさせた雷がスタンチークの体を撃った。

 ふつうなら麻痺は確実の高電圧だ。痙攣する魔族ができあがる――はずだったが。


「さすが神秘王デス。ここまで痺れる攻撃を受けたのは初めてデスね」

「ちっ」


 無傷だった。

 これまた術を使った気配がないのでこれもスキルによる防御だろう。ロズを傷つけたものと同一のスキルかはわからないが、かなり強力なものを持っているようだ。


「ではこちらも――『ウィンドカッター』」

「『相対転移』」


 スタンチークが放ったのは初級魔術だが、さっきのこともあって油断はできない。転移で大きく回避したロズに、道化師は嗤う。


「ふっふっふっふ。警戒してマスね~」

「当然……よっ!」


 パチンと指を弾く。

 不意打ち気味にまた雷を叩き込むが、やはり無傷。

 タイミングではなく、雷が無効化されているのか?


「ふうむ。神秘王とあろうものが同じ攻撃デスか? 『アースバレット』」

「『相対転移』」


 土の弾丸を回避。

 挑発に乗るほど若くはないが、確かに別の攻撃方法を試したほうがよさそうだ。

 しかし単純に攻撃力が足りないだけなら、魔術を使うにしてもこの空き地では広さが足りない。


 ……しょうがないか。

 あまり気が乗らなかったが、背に腹は代えられないことを悟った。


「あまり神秘王を舐めないでよ」

「ではワタクシが驚くことでもしてみせてはいかがデス?」

「じゃあそうさせてもらうわ――『地形(フィールド)顕現』」


 ロズが発動したのは、想念法の上級術式だ。


 世界樹が記録しているのは、なにも人間の意識だけじゃない。動植物や空間そのもの、あるいは星々の記憶すらも保存されている。


 そこから呼び出せるものは多岐にわたるが、コレは神秘王としてロズが自信をもって言える最大級の想念法だ。

 幻覚ではなく、実体そのものとして空間を呼び寄せる神秘術だ。


 対象は周囲数メートル。そこに別の広大な空間を歪めて捻じ込む。そうすると空間同士が反発し、呼び込んだ異空間は別次元へと弾かれてしまう。

 もちろん中にいる者も一緒に、だ。


 つまり『地形(フィールド)顕現』は、ロズが解除するまで戦いの舞台を異空間へと移すフィールド結界術式。

 そして呼び出したのは一面に広がる水。


 雪山に囲まれた平野にぽつんと存在する、浅い湖だった。

 無論、さっきまでいたはずのシャブームの街はどこにもない。


「ほおう! 転移ですかな? 奇妙な体験なのデス!」

「驚くのはここからよ。『雷雲召喚』」


 ロズが唱えた瞬間、空にはどす黒い分厚い雲が生まれる。

 そこからゴロゴロと鳴る膨大な雷の存在感に、スタンチークの笑みが固まった。

 もちろんそれだけじゃ終わらない。


「『アイスストーム』」

「うおおっ!」


 風氷混合の魔術を発動。

 竜巻のような無数の氷の槍が、スタンチークを包み込む。


 さらに指を弾くと、ロズの作った電荷の道を伝って雷雲から数百本の雷がスタンチークめがけて墜落した。さっきのは無傷で凌がれたので、今度は強めのやつを見舞っておいた。


 爆発したような轟音と極光が世界を満たす。

 そして足元は水。継続的な電撃が幾度も行き来し、スタンチークに襲いかかる。

 あまりの熱量に水分がみるみる蒸発し、水蒸気となってあたり一帯に立ち込めた。


 環境ごと使った、理術も応用した戦略級術式だ。ロズは軽くやっているが、本来なら集団儀式魔術くらいじゃないとここまでの威力は出せない。

 これでさすがに無傷ではないとは思うが。


「はぁ、はぁ……やりますデスね」


 全身をびっしょりと濡らしたスタンチークが、息も絶え絶えに笑っていた。

 ふむ。どこにも傷ついている様子はない。

 さすがに訝しむロズだった。


「どういうカラクリで無傷なのか、さすがに気になるわね」

「教えるワケないでしょう? しかしこうも激しいと、ワタクシの見せ場がありませんよ。道化は見られることで輝く役者なのデスからね」


 おどけたように言うスタンチーク。その指先が微かに動き、キラリと何かが飛んでくる。

 とっさに体をひねって躱したロズ。後ろで数本の針が転がった。

 しかも毒のような黒い液体がついている。


「ふん、毒が私に効くとでも?」

「効かせるのがワタクシの仕事デス!」


 スタンチークが笑顔のまま突進してきた。

 ロズは冷静に後方に転移して距離をとる。スタンチークの戦い方を見る限り、意識を誘導して確実に攻撃を当てたがっているのがわかる。視界を狭めるのはよくない。


「『閾値編纂』」

「ぬ! 透明化デスか!」


 ロズは自分の体に背景情報を投影した。


 この水辺のフィールドを選択した理由は、単に得意な雷と相性がいいからだけではない。ロズが最も得意とする『閾値編纂』の認識操作術式は、周囲の情報量が少ないほど自身にも反映させやすくなる。

 相手からすると背景に同化したように錯覚するはずだ。


 キョロキョロと周囲を見渡すスタンチーク。

 その死角に回ったロズは、今度は火と光の大規模魔術を行使しようと呪文を唱える。


「クソ! どこへ消えたのデス! 卑怯デスよ出て来なさい――なんてね」

「えっ、ああっ!」


 見えていないはずのスタンチークが、後ろ手でナイフを投擲してきた。

 ロズの太ももと肩に刺さり、血が舞う。


「くっ、なんでなのっ」

「甘いデスよ神秘王。ワタクシは道化師、こと騙し合いには慣れているのデスよ」

「そんな御託はどうでもいいのよ」


 この体に攻撃を効かせたり、どんな攻撃にも耐えたり、認識阻害を打ち破ったりと、本来ならあり得ないことばかり起こる。

 痛みを堪えながらナイフを抜くと、視界がグラリと揺れた。


「う、やば」


 毒だ。

 とっさにアイテムボックスからキュアポーションを取り出して飲む。

 体から違和感が薄れていく。状態異常になったのなんていつぶりだろう。


「しぶといデスね」

「それはこっちのセリフよ」


 とにかくスタンチークのスキルの秘密を見破らないと。

 とはいえこっちから攻撃しても効かないから無駄に魔力や体力を使ってしまう。相手も同じだろうが、底が見えないのは精神力も消耗する。

 道化師相手に長期戦はマズいだろう。


 正直、やろうと思えば千年だって戦い続けられるんだけど……さすがにそこまでする気はない。


 まっとうに戦って勝ちたい。こんなときは、どうすればいい?

 こんなとき。

 ロズの中の戸惑いが迷いに変わったとき、彼女は自然とつぶやいていた。


「こんなとき、ルルクなら?」


 あの愛弟子ならどうするだろう。どう考えるんだろう。

 4年間、そばで彼を見続けてきた。常識にとらわれない価値観、想定外の知識量、そして突飛な発想力。それらを持っている彼ならこういう窮地でなにを考える?


 ただひたすら攻撃する――違う。

 回避しながら様子を探る――違う。

 新しい術を土壇場で生み出す――これも違う。


「ルルクなら、ルルクなら……」


 ロズは記憶を掘り起こす。

 彼の思考の根底にある、その柔軟性を。

 そして思い出した。

 魔術なんて一切使えないのに、禁術の基礎理論をぽんぽん思いつく彼が言っていた言葉だ。


『師匠は禁術を重く考えすぎじゃないですか? だって『全探査(フルサーチ)』も『爆裂(エクスプロージョン)』も、ひとつひとつの現象はごく普通の理術反応を利用したものですよ。その規模が大きくなって威力や範囲や効能が想定以上に高まったから、それを『中央魔術学会(セントラル)』が禁術登録にしただけですよね。『全探査』はイルカやコウモリにも似たようなことができますし、『爆裂』は小さな反応ならストアニアの商店で買えるものだけでも再現できますよ? ようは大きく考えすぎなんですよ。漠然とした巨大な力も、根本は意外と単純なものかもしれないですから』


 根本は意外と単純。

 ……ああ、そうか。


 ルルクは物事をとらえる視野が広いんだ。まるで別の世界からこの世界を覗いているような、そんな視点で見ている。障害物があったとき、彼は上を越えるだけじゃなく横から躱して進むことも常に選択肢に入れているのだ。

 ならば。


「師匠の私が、こんなところでつまずいているわけにはいかないじゃない」


 ロズは薄く笑った。

 もっと広く考えるべきだ。必ず効かないはずの攻撃を届かせ、高威力の攻撃でも無傷でやりすごし、見えないはずの相手を見る。

 このすべてに共通しているのは……。


「結果を反転するスキル、かしら」


 それがスタンチークの特性か。

 ロズが確信をもってそう言うと、道化師は一瞬、殺意剝き出しの笑顔を表情に浮かべた。

 

「ふっふっふ! さすが神秘王といったところデスか。ご明察、ワタクシのユニークスキル『不可解な道化(アンノウンクラウン)』は、不確かなことを確かに確かなことを不確かにする能力デス。……でもワタクシの力がわかったからといって、結果は変わらないデスよ? 不老不死の体もワタクシの前では単なる肉塊。ワタクシたちの相性は抜群なのデス!」

「そうね。もしもう少し前に出会ってたら、もう殺してくれって頼んだかもしれないわ」


 でも、いまはもう死ぬ気はない。

 悠久の孤独を乗り越えた彼女は、余裕の笑みを浮かべて作戦を組み立て始めた。


 神秘王と道化師。

 彼らの第二ラウンドの鐘が鳴った。

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― 新着の感想 ―
舐めプ始めるところはマジで理解できんね 仮にこれで死んだら歴史上もっとも間抜けな人間だわ
[一言] 魔族が自分の弟子狙ってるって分かってるのになんで舐めプしてるんだこいつ
[良い点] いいですねえ、こういう特異な異能持ちの敵。 『当たるという結果に導く』という某ランサーの特殊スキルを彷彿とさせる。 [一言] 読み続けていたら、そう思わせていただけだった。
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