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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅰ幕 【無貌の心臓】

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心臓編・39『道化の魔族』

本日更新2話目です。

 

「この儂――上位魔族スカトがお相手しようぞ」


 上位魔族スカト。

 影に潜んでいた魔族はそう名乗った。


 上位魔族か……厄介な相手だな。


 ロズ曰く、魔族の社会には国家という概念がないらしい。

 魔族領では常に縄張り争いが起こっている。強い魔族は力を示すために領土を広げ、覇権を争う。弱い魔族は自分が気に入った強い魔族に従い、隷属契約をもちいて庇護下に入るのだ。

 従えている魔族が多く領土が広いほど、高位の魔族たちは勢力を増していくのである。


 平たく言ってしまえば、昭和のヤンキーの派閥争いみたいなものだろう。

 そう思うとちょっと可愛い習性だな魔族たち。


 ちなみに覇権を争っている魔族たちは全員が上位魔族と呼ばれており、中位や下位の魔族たちとの実力の差は明確らしい。

 今回サーヤにちょっかいをかけようとしている魔族たちの元締めが、上位魔族のサトゥルヌと呼ばれていたはずだ。


 ってことは、この年老いた魔族はその黒幕と同じレベルの相手ってことだろう。


「上位魔族って、お前らに命令してるサトゥルヌってやつと同じだろ? 上位魔族が上位魔族に隷属することなんてあるのか?」

「ホッホッホ。ふつうはないじゃろう。じゃが儂ももう歳でのぅ、どうせ死ぬなら使い捨てられて死ぬほうがよいと思うての」

「……なるほど。そりゃ厄介だ」


 死に場所を探してる相手には死を脅しにできない。


 冒険者生活で培った肌で感じる危機感的には、まず間違いなく格上の相手だ。老いていなお立ち振る舞いに微塵の隙もない。

 ヴェルガナといいストアニアのギルドマスターといいスカトといい、この世界の老人はどうなってるんだ? ボケすぎて肉体の老化すら忘れてない?


 兎に角、警戒しつつ様子を探るべきだ。上位魔族ってことは確実に種族スキルを持ってるだろうから、予想を外されて不意打ちもあり得る。影に潜るだけが能力とは思えないしな。


「それでスカトさん、本気で俺たちとやり合う気か?」

「ふむ……正直、魔王の種や破滅因子の種なら勝てる自信もあるがのぅ。おまえさんとなると気が重いわぃ」

「買い被りじゃないのか」

「買い被りかどうかわからんゆえ(・・・・・・)、気が重いんじゃよ」


 うーん、頭も切れるタイプか。


 しかしスカトも迷っているようだ。まだ戦い始める気はないようなので、俺としては対話で時間を稼いでおきたいところだった。

 どう会話の糸口を掴もうかはかっていたとき、背中を引かれる。

 振り向くと、サーヤが不安そうな顔をしていた。


「ねえこの魔族、いま私のこと破滅因子って呼んだ?」

「……さあな」


 そりゃすぐ後ろにいたら耳に入ってしまうか。

 どうやって誤魔化したらいいか考えていると、スカトが不気味に笑う。


「おや、破滅因子の種は自覚がないのかのぅ」

「お前らの勘違いじゃないのか。サーヤはそんな危なそうな単語とは関係ないぞ」

「ほほぅ。儂が間違っておると?」

「そりゃどんなやつでも間違いくらいはあるだろ。別の場所を探したらどうだ?」

「ホッホッホ。破滅因子の種はこの場所におる。儂の術(・・・)にちゃんと反応しておるわ」

「だからそれが勘違いじゃ――」

「ルルク、もういいわ。きっと私のことなんでしょ」


 サーヤが口を挟んだ。

 俺は言葉をつまらせる。それを認めるわけにはいかないんだ。


「つまり私のせいで街が襲われたってことなんでしょ?」

「……サーヤ」

「いいのよ、大丈夫。……そりゃあ犠牲になった人たちには申し訳ないって思うし、死んだ人は謝っても許してくれないと思うけど。でもルルクが隠したり黙ったりする必要はないの。心配してくれるのは嬉しいけどね」


 サーヤは不安そうな顔を、精一杯笑顔に変えた。


「私ね、あなたに守られるだけで満足するような女になんかなりたくないわ。辛いことも嬉しいことも、ちゃんと分け合って生きていたいの。だから私のせいで誰かが傷ついたってこと、ちゃんと受け止められるわ。そもそも悪いのはこいつらだしね。謝る必要があるっていうならこいつらに謝らせるわよ」

「そうか。サーヤはそれで大丈夫なのか」

「もちろんよ。それに言ったでしょ? 一緒に罪を背負って生きてって。私、ルルクと一緒なら世界中を敵に回しても平気よ?」


 多少強がってでも、そうハッキリと言ったサーヤだった。

 ああそうか。

 守ると言いながら、俺自身がサーヤの強さを疑ってたのか、侮っていたのか。彼女がそれを望んだわけでもないのに。

 俺は自分の考えの甘さに苦笑した。


「そういうわけだから魔族さん、私たちはこれからもずっと一緒に生きてくの。あんたなんかに負けないわ」

「威勢がいいのぅ。それでこそ破滅因子の種じゃ」


 目を細めるスカト。

 とはいえサーヤの挑発には乗らないようだ。俺が隙を見せるのを待っているのか、刃を研ぎ澄ませるかのような雰囲気で静かに立っている。


 別の何かを待っているようにも見えるから、より不気味だ。

 こっちから神秘術で攻撃すれば不意を打てるかもしれないが……なんかイヤな予感がする。

 歯がゆい睨み合いが続く。


「ホッホッホ。じれったいかのぅ?」

「まあな。でもすぐに神秘王が来るぞ。おまえはそれでいいのか?」

「来るとよいのぉ。儂の配下に負けるかもしれんがのぅ」

「本物の不老不死だぞ? 負けるはずないだろ」

「ホッホッホッホッホ」


 スカトは大きく笑った。


「さてさて。相性というものがあるんでのぅ。儂の配下が勝つか、神秘王が勝つか……どちらにせよ、すぐに決着がつくとは思わんことじゃのぅ」



■ ■ ■ ■ ■



 その異変に気付いたとき、ロズは露店街を歩いていた。


 一日の始まりと終わりに情報屋に足を運ぶのがロズの日課だった。

 巷で飛びかっている噂や伝聞は虚実入りまじっており、正しい判別は困難だ。どんな些細なことでも誤った情報を掴まされると厄介なので、裏が取れている情報のみを扱う情報屋ギルドをつねに利用しているのだ。


 もちろんロズが人見知りで知らない相手に酒場で話しかけるのが苦手だから、というのが理由ではない。そう、断じてそんなことはないのだ。


 とにかく今日も情報を更新したロズは、特に急ぐ理由もなくのんびり歩いて宿に帰っている途中だった。


 ……尾行されてる。

 気づいたのは魔素の揺らぎのせいだ。周囲に怪しい気配はないが、ロズの周囲だけ常に魔素がかすかに揺らぎ続けている。まぎれもなく魔術による追跡だ。

 しかも直接ロズをターゲットにするのではなく、周囲環境を指定することで察知されないようにするという、かなり高度なもの。


 このレベルの追跡術は、ふつうの人間じゃ不可能。

 おそらく高位の魔族だろう。


「来たわね」


 ロズは小さくつぶやいて、目的地を変えた。

 足を速めて路地を抜け、どんどんひと気の少ない場所へ入って行く。足を止めたのは寂びれた公園のような広場だった。すでに陽が沈んでいるから誰もいなかった。


「もういいでしょ。出て来なさい」

「ホッホッホ。魔術にも長けておるという噂は本当のようじゃのぅ」


 広場の入り口に積まれた石材の影から、ずるりと姿を現したのは老父の魔族。

 白腕の魔族を殺したやつに間違いはない。


「さすが神秘王ロズよ。儂の『影追い』を見破るとはたいした慧眼じゃ」

「御託はいいわ。それよりどうやって街に近づいたのかしら。少し前の探査魔術には引っかからなかったようだけど」

「なに、単純なことじゃ。儂は街ひとつくらいなら空間を超えられるからのぅ」

「……上位魔族ね」


 影を使った移動術だろう。かなり有用なスキルに、追跡魔術の精度、そして神秘王を前にしても萎縮しない胆力。すべても併せ持っているなら、最低でも上位魔族に違いない。

 ロズが断定すると、上位魔族は首肯した。


「いかにも儂は上位魔族スカト。わけあってサトゥルヌの坊やに力を貸しておるのじゃ」

「それで私に何の用……かは、聞くまでもないわね」

「察しの通りじゃ神秘王。おぬしを殺しに来たわい」


 世間話のような口調で、殺意を向けてくるスカト。

 何を馬鹿なことを言っているのか、とロズがため息をつく。


「私を? むかし王位魔族(・・・・)ですら傷ひとつつけられなかった、この私を?」

「おや。かつての魔王様を倒したのは人族の破滅因子と聞いているんじゃがのぅ」

「その勇者を育てたのは私よ。やろうと思えば、私でも世界を救えたわ」

「なるほどのう……つまり神秘王とは破滅因子を生みだす我々の敵じゃったということか」


 殺意が各段に増した。

 スカトは睨んだままゆっくりと影に沈みながら、溶けるように言う。


「ならば神秘王、おぬしを殺すことになんの躊躇いもないわい。不老不死という存在がどれほどのものかは知らぬが、おぬしにも得手不得手があるじゃろう。儂の配下はちと手強いぞ?」


 影に消えたスカト。

 そしてそれと入れ替わるように、一体の魔族が影から抜け出してきた。


 白粉を塗りたくったような真っ白な肌に、真っ赤な鼻と唇、目の周りには青い化粧。

 現れたのは、まるで道化師(ピエロ)のような背の高い細身の魔族だった。


 そいつは満を持して登場したその瞬間、笑顔から一転、驚愕に口をひらいた。


「え? ちょ……え? カゲ様、もしかして今日の相手って神秘王ッスか? ムリムリムリムリ! 僕が勝てるわけないでしょ! ねえカゲ様? 返事してくださいカゲ様? カゲ……影王スカト様ぁ!」

「……なにコイツ」


 涙すら浮かべながら自分の影に頬ずりして叫ぶ道化の魔族。

 頭が痛くなってきた。

 こんなやつと戦わされるのか。


「はぁ。で、あなたはやるの? やらないの?」

「ええええっ! それ聞いちゃうんスか? 僕まだ下位魔族ッスよ。天下無敵の神秘王様となんてやっても意味ないじゃないッスか。絶対勝てないってわかってるのに戦う理由なんてあるんスか。僕だってこんなところで死にたくないッスし、ああでもカゲ様に戦えって言われたから戦うしかないんでしょうケド、ほんとに意味あるんスか? ないッスよね? こんなの無駄じゃないですか僕の無駄死にじゃないッスか! うわああああん! あ~イヤだイヤだイヤだ戦いたくない~……はあ、でもわかってるんッスよ。カゲ様が戦えって言ったからには戦わないといけないんスよね。あ~わかりました! わかりましたとも! まだ名すら授かれないこの下位魔族の一端、ここで死に花咲かせてやるッスよぉ! 『ファイヤーボール』!」


 喚いていた道化のは、手からポンッと軽い音を立てて、火球をふんわり山なりに撃ちだした。

 出来の悪い花火みたいだ、とロズはゆっくり落ちてくる火の玉を見上げてもう一度ため息を漏らしたとき。


 トンッ


 軽い音を立てて、ロズの胸に小さなナイフが突き刺さった。


「え?」


 視線を下げて自分の胸元を見る。

 何が起きたのか理解できなかった。

 不老不死の――あらゆるものであるがゆえに傷を負わないはずのロズの口の端から、血が漏れていた。

 熱のような痛みを感じたのは、憶えている限り記憶になかった。


「う、ぐ……」


 膝をついてしまうロズ。

 そんな神秘王を見下ろして、道化の魔族はニタリと嗤った。


「痛いですか? 苦しいですか? それは重畳。おバカな観客が騙されて舞台が盛り上がってきたところで、あ・ら・た・め・て・自己紹介をさせていただきましょう。ワタクシの名はスタンチ~~~ク。道化と不可解をこよなく愛する中位魔族にてございます」



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― 新着の感想 ―
[良い点] 道化師は自分を愚かに見せてこそ輝くというもの... 魔族一体をとってもキャラ立ってて面白い
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