心臓編・37『慰労会』
「ルルク様、エルニネール様、サーヤ=シュレーヌ様ですね。ようこそお越しくださいました。上着やお手荷物などはお預かりいたしましょうか?」
「お招きいただきありがとうございます。アイテムボックスがありますので結構です」
「かしこまりました。では、会場までご案内致します」
ケタール伯爵家の門で招待状を見せると、使用人がそのまま会場の大広間まで案内してくれた。
大広間にはすでに商人や医師たちなどが何人かいて、それぞれ歓談していた。こういうパーティは身分の低い者から順に案内されるようで、貴族たちは別室の待合室にいるんだとか。
もちろんただの冒険者に権力はないから、俺たちは商人や医者などの平民たちと同じ扱いだ。
そっちのほうが気が楽でいいから、むしろありがたい。
「ん……ごはんない」
大広間をぐるりと見渡して、エルニがしょんぼりしていた。
空いたテーブルがいくつもあるから、全員揃ってからどんどん出てくるんだろう。それまで我慢してくれ。
「おやルルクさん、先に来てたんですね」
不満そうなエルニをなだめていると、後ろから声がかかった。
振り返ると、髪をぴっちり固めたインテリ風の顔見知りがいた。隣にはドレスアップした女性が立っている。
「こんばんはターメリク支部長。ご一緒のお美しい貴婦人は?」
「私の妻です。ローレルと申します」
「お初にお目にかかります、妻のローレルです。いつも夫がお世話になっております」
「初めまして、冒険者のルルクです。後ろは仲間のエルニネールとサーヤです。こちらこそ支部長にはいつも良くして頂いており、頭が上がりません」
上品で綺麗な奥さんだな。うらやましいぜ。
まあ冒険者ギルドっていう世界的組織で支部長してるくらいだもんな。真面目で義理堅い性格だし、そりゃ結婚くらいできるか。
ターメリク支部長は後ろのエルニとサーヤにも挨拶を交わす。
「エルニネール嬢もサーヤ嬢もいつにもましてとても可愛らしいですね。両手に花とは羨ましいですルルクさん」
「いえいえ、二人ともおてんばでして。支部長こそこんなにもお綺麗な奥さんがいるなんて本当にうらやま――痛っ!」
幼女たちに両足を踏まれた。
花っていうか危険物だわ。社交辞令くらいは許して欲しいもんだよ。
ターメリク支部長は大人なので、愛想笑いでスルーしてくれた。その優しさが嬉しい。
とりとめのない雑談をしていると、貴族たちが順々に入ってきた。
この街に住んでいる貴族はほとんど参加しているので、当然そのなかにはサーヤの伯父、カール=シュレーヌ子爵もいた。第一夫人が一緒だ。
シュレーヌ子爵は俺たちに気づくと、すぐに歩み寄ってきてくれた。
「やあサーヤ。元気そうだね」
「お父様! 元気も元気よ。修行は大変だけどね」
「そうかい。ルルクさんエルニネールさん、娘がお世話になってます。ご迷惑をかけていませんか?」
「とんでもない。サーヤさんが来てからというもの、賑やかで楽しくなりましたよ」
「ん。ねごともうるさい」
「ちょっとエルニネール! それは言わないでって言ったでしょ!」
「ん、そうだった。うっかり」
「わざとでしょ! ねえ!」
喧嘩を始めた幼女たち。
それを微笑ましく眺めながら、俺たち保護者はなんでもない内容の雑談を続けた。
そうしているうちに貴族も含めて招待客が全員集まったのか、入り口の扉が閉じられた。それと同時に奥の小さな扉が開いてどんどん料理が運ばれてきた。
テーブルに並べられる大皿を見て、みんな喉を鳴らす。かぐわしい料理の香り……おっと、あの本日の主役といわんばかりにデカいステーキの山はオピオタロスの肉だろうな。ひと際目立っているぞ。
使用人たちから飲み物が配られると、バベル伯爵が舞台に上がった。
パーティだから正装してるけど、ジャケットの胸筋あたりがはち切れそうだな。みんなに見られてるからってパンプアップするんじゃないよ、ここはボディビル会場じゃねえぞ伯爵。
「皆の衆、長らく待たせた! 復興活動もひとまず峠を越え、街はなんとか持ち直してくれた。今日は復興に尽力してくれた諸君らを労う会だ。ゆえに堅苦しい挨拶は抜きにして、紳士淑女の諸君、今宵は存分に楽しんでいってたまえ。乾杯」
「「「乾杯!」」」
バベル伯爵の短い挨拶のあと、パーティが始まった。
立食式でとくに様式がないため、あとは自由にしていいそうだ。とりあえずバベル伯爵に挨拶に向かうか。
「エルニ、サーヤ。おまえらはどうす――」
「これ見てエルニネール! お肉にお肉が詰まってる!」
「ん、つぎたべる。こっちもいい」
「あっなにそれ美味しそう。そっちを先にもらうとして、あとであっちにも行きましょう。目の前でステーキ焼いてくれるみたいよ。ふふ、肉がいっぱいね」
「ん、せいはする」
さっきのケンカはどこにいったのか、仲良く食欲のままに動いていた。
まあ、幼女たちは放っておいてもいいか。
俺はひとりでバベル伯爵のもとへ向かった。
さすがこの街を仕切っている親元だけあって、挨拶する貴族たちも多い。しばらく順番待ちをしてから、ようやく俺が話しかける隙ができた。
「こんばんは、バベル伯爵」
「おお、ルルクよ。ちゃんと食ってるか? なんでもオピオタロスはお主が仕留めてきてくれたそうだな。さすが凄腕の冒険者よ」
「恐縮です。このような場に子どもの自分をお招き頂いて、本当にありがとうございます」
「当然よ。お主が一番貢献したといっても過言ではないからな。年齢など些細なことを気にするでない」
「そういって頂けると幸いです。めいっぱい楽しませてもらいます」
「うむ。お嬢ちゃんらはすでに楽しんでるようだしな、ハハハ!」
「……うちの子たちがすみません」
近くのテーブル付近で、ステーキソースのどっちが美味しいか口論を始めていた幼女たち。周囲の大人たちも、生暖かい目で見守っていた。
次の挨拶もあるようなので、バベル伯爵との会話はそれくらいで切り上げておいた。
「俺も腹減ってきたな。まずは――」
「失礼。ルルク殿とお見受けするが?」
そろそろ俺も料理にありつこうかというところで、見知らぬ貴族たち複数人に話しかけらてしまった。
「あ、はい。冒険者のルルクです。あなたたちは?」
「私はサーバルという者だ。爵位は男爵。お目にかかれて光栄である」
「吾輩はクレーマン。子爵である」
「同じく子爵位のカムス=デルラークだ。よろしく」
それも何人も寄ってきて、あっという間に囲まれてしまった。なんだなんだ。
なんでもみんな俺が魔族を討伐した噂と、神秘王が仲間にいるという噂を聞いていたから事実が知りたかったようだ。
どちらもはぐらかしておいたが、復興支援の寄付や、今回のオピオタロスの肉を獲ってきたことなど話題を広げられ、貴族たちとじっくり話をさせられてしまった。
何回か持病の仮病を使おうと思ったけど、顔を売っておけってサーヤに言われたから我慢して付き合ったよ。
入れ替わり立ち代わり話しかけてくる貴族たちから解放されたのは一時間も後のことだった。たぶん参加した貴族全員と話をしたんじゃなかろうか。
そのころには、エルニとサーヤは腹をぷっくり膨らませて窓際の椅子に腰かけていた。
ふたりは知り合い以外に話しかけられることなく、存分に楽しめているようだった。
「ふ~疲れたぁ」
「おつかれさまルルク。ご飯まだ食べてないでしょ」
「いやあ貴族たちの勢いがすごくて」
「だと思った。はいこれ」
サーヤが大きめの皿にバランスよく盛った食事を差し出してくれた。
俺は礼を言って受け取り、腰を落ち着かせて食べ始める。
ちゃんとオピオタロスのステーキもとっておいてくれたみたいだな。
「噂どおりウマいなオピオタロス。赤身の味が濃い。さっぱりしたこのソースにも合うし」
「よね~。魔物の肉の味って、見た目じゃわかんないもんよね」
「ああ。それこそ大味っぽい見た目のスターグリズリーが高級肉だもんな。ジェイソンさん曰く、霜降りの部分がかなり多いみたいだぞ」
「A5ランク肉みたいなのかしら。楽しみだわ~」
「ん、わくわく」
さっきまで食べ過ぎで苦しそうだったのにもう次の肉の想像をしてやがる。
無限の食欲だな。
「でもパーティって言っても、ホント気楽な感じよね。もうちょっと堅いイメージがあったわ」
「そうだな。ま、主催はバベル伯爵だし」
「……拳で語るタイプのパーティじゃなくて喜ぶべきだったかしら」
苦笑しながら納得するサーヤだった。
エルニは新調したセーラー服のスカートをつまんで、
「ん、でもちょっとざんねん」
「なあにエルニネール、踊りたかったの?」
「ん。かわいいふくだから」
ジト目のまま頬をぷっくり丸めたエルニだった。
帝国の貴族の子どもに人気だけあって、この世界の美的感覚にはセーラー服はかなり可愛いみたいだな。俺としては海軍服か学生服ってイメージがあるせいで、ダンスには不向きな気がしてしまうけど。
「でもダンスがあるようなパーティなら、ちゃんとメイクアップもしないとね。私も貴族用のドレスがいくつかあるし、今度そういうパーティがあったら任せなさい。エルニネールをもっと可愛くしてみせるわ!」
「ん、おねがい」
なんか本当の姉妹みたいだな。
口に出したらまた姉妹マウントが始まりそうなので、黙って見てるだけだけどな。
幼女たちの会話になごんでいると、見知った顔がパーティ会場から抜け出していくのが見えた。
トイレって雰囲気でもなかったので、少し気になった。
「すまん二人とも、ちょっとここで待っててくれ」
「どこいくの?」
「野暮用」
「はーい」
俺も後を追って、会場から出た。
目的の相手は、屋敷から出たところで見つけた。玄関先の階段で、なぜか膝を抱えて震えていた。
ただならぬ雰囲気だったので、声をかけるか少しだけ迷ってしまう。すると夜風に乗って、彼の独り言が聞こえてきた。
「ごっごめんなさいごめんなさい……でで、でもこうするしか……ごめんなさい」
言うまでもなくモンターク子爵だ。
彼のデフォルトのコミュ障みたいな様子は置いておいて、言葉の内容にどこか不穏な響きがある気がした。
さすがに見て見ぬふりをしないほうがいいな。
「こんばんは、モンターク子爵」
「ひっ」
俺が声をかけてから近寄ると、モンターク子爵はびくっと肩を震わせてこっちを見た。
「どうしたんですか? こんなところで」
「なっ、なんでもないんです……なんでも」
「なんでもない人は、自分に言い聞かせるように謝ったりしませんよ」
ちょっと冷たい言い方になったかもしれない。
でもそれより、彼の様子が気になっていた。
モンターク子爵はより一層顔を蒼白にして、唇を震わせた。
「そ、それは……あの、その……」
「何があったんですか? 私でよければ伺います」
「それはっ! そ、それは……それは……」
「それは?」
俺が聞き出そうとした、その時だった。
モンターク子爵は懺悔するように、虚空を眺めて言った。
「も、もう遅いんです……ごめんなさい……でで、でもこうしないと妻が……妻が……」
何を言ってるんだ?
疑問を抱いたその瞬間、とつぜん屋敷の中から悲鳴が聞こえてきた。
誰か女の人の悲鳴。
それと、男の怒声がたくさん。
俺が振り返ったとき、パーティ会場の大広間の灯りはすべて消えており、真っ暗な窓だけが壁に浮かんでいた。