心臓編・36『破滅因子の物語』
今夜は慰労会。
貴族たちとの会食のせいでどことなくソワソワし、いつも以上に早く目が覚めた小心者の俺は、プニスケを連れていつもどおりレストランで朝食を取っていた。
今日はサーヤが休みをもらっていたので、せっかくならエルニにも休んでもらおうということになった。幼女たちはしばらく起きてこないだろう。
「プニスケ、今日はなにかしたいことあるか?」
『おいしいごはんがたべたいの!』
慰労会にはプニスケは連れていけないので、解体屋ジェイソンに行ったあとはプニスケと一緒に出かける予定だ。
美味しいごはんか。
このレストランも美味しいけど、ここじゃなく外で食べたいってことだろう。
とはいえ、従魔を連れて外のレストランで食事は難しい。
もともとペットOKの店ってあんまりないんだよ。このレストランも本当はダメみたいなんだけど、俺は宿の上客ってことで特別に許可をもらっている。
つまりマネーのパワーである。まあ、スライムじゃなければ許可は降りなかっただろうけど。
「よし、じゃああとで屋台にでも行くか」
『わーいなの!』
喜ぶプニスケが頬にスリスリしてくる。きもちいい。
たしか街の東側に屋台が並んでる露店通りがあったから、そっちに行こう。マタイサ王国はどこの街にもたいてい露店があるから気楽に食べに出かけられてありがたい。
そう予定を決めつつ紅茶を飲んでいると、ロズが宿の外から帰ってきた。
「あら、相変わらず早起きねルルク」
「師匠こそ、もう情報屋に行ってきたんですか?」
「ええ。今日は前に調べてもらってたことを報告してもらう約束もあったからね」
「調べてもらったって、もしかして破滅因子のことですか? わかったんですか?」
「ええ」
ロズは席に着くと、ちらりと店員が視線を寄越してきた。
昨日の噂がかなり出回っているせいで〝俺と一緒にいるローブ姿の人物〟のことをみんな興味津々に見てくる。
とはいえまだ朝なので、レストランにも人は少ない。わざわざ人目を避ける必要はないだろう。
ロズも気にすることなく話を進めた。
「情報屋によると、破滅因子は魔族領の伝承にまつわる単語らしいわ」
「伝承ですか! 魔族にもあるんですね!」
「声を抑えて。まったく、ほんとあなたは伝承に関わるとポンコツね」
「すみません……それで、どんな話なんですか?」
舌を出してちょっとだけ反省すると、生暖かい目を向けられた。
ロズは続ける。
「魔神と竜神の話ね。創造神8柱が天地を創造したあと、生命を誕生させる前にそれぞれ種族の神をつくったんだけど、その黎明期の頃から竜神と魔神の仲が悪かったのは聞いた事あるでしょ? 魔族の言い伝えでは、そのとき魔神は竜神の眷属――つまり竜種を滅ぼすために『滅竜の剣』を、竜神は魔族を滅ぼすために『破滅因子』を作り出した、というものなの。そしてそれぞれが時代によって姿形を変えて、いまもなお世界のどこかに存在しているという話よ」
「なるほど。滅竜の剣に破滅因子……魔族視点だと自分たちを滅ぼすモノだから、破滅因子って呼んでるんですね。ちなみに今回魔族たちが探してる破滅因子が具体的になにか情報はありましたか?」
「さすがにそこまではね。でも、ある程度予想はつくわ」
ロズは会話の合間に、遮音の結界を張った。
どんなに聞き耳を立てても会話が聞き取れないようにして、さらに小声になった。
「人族の伝承にも、魔族を滅ぼす話があるでしょ。あなたの好きな伝承にもなってるやつよ」
「ええ。師匠にもらった本にもありました。村人勇者と王位魔族の話ですよね」
「そう。人族では悪い魔族を滅ぼす存在を、つねに勇者として崇められてきた。もちろん実際に魔族全体を滅ぼしたことはないけど、800年前に侵攻してきた魔族に生まれた先々代の魔王を倒したのも、当時勇者と呼ばれた人族だったわ。勇者の仲間には羊人族とドワーフの魔術士、エルフの弓使い、そして竜種がいたわ。まあそれはともかく、その頃にも魔族と戦う存在は勇者と呼ばれていたのよ。もっと昔からそれは変わらない」
「ってことは、破滅因子というのは勇者のことなんですか?」
「おそらくね」
まさか人間のことだとは。
でも、この街に勇者なんかいるのか?
ロズは神妙な顔つきで声を落とす。
「……どうやって知ったのかはわからないけど、魔族の情報網はバカにならないわね」
「もしかして、いるんですか勇者が。この街に?」
「正確には勇者の種ね。かつて現れた勇者と同じスキルを持った人間がこの街にいるのよ」
「……もしかして、サーヤのことですか」
ピンときた。
圧倒的なステータスを生み出す『万能成長』というスキル。あれは魔王の種である『全魔術適性』と同様に、成長すればいずれ勇者スキルを生み出すための素質じゃないのか。
俺の予想に、ロズはうなずいた。
「かつての勇者も『万能成長』を持っていて、レベル50を超えてステータスがカンストした時点で勇者スキルが目覚めたわ。つまりサーヤは世界を救うほどの力を手に入れられる存在なのよ。だから、なんとしてでも弟子にすることにこだわったの」
「でも師匠、サーヤにあるのはそれだけですか?」
せっかくの機会だ。俺はずっと気になっていたことを尋ねてみた。
ロズが時折サーヤに向ける、敵意のような鋭い視線。
世界を救える可能性のある子どもに、理由もなくあんな目を向けるだろうか。
「……それは、また別の話よ」
俺に教える気はないらしい。
うん、まあ予想通りだけどね。
いずれ話してもらえる時が来ることを祈ろう。
「兎に角、魔族の狙いはサーヤだったってことですか。だから貴族たちを順番に……」
「まだ推察段階よ。確定じゃないからサーヤには言わないように」
「確定してても言いませんよ」
もし自分を狙った魔族がこの街を襲って、そのせいで何人も死んだと知ったら。
前世から根が優しい彼女のことだ、自分を責めてしまうだろう。悪いのは魔族であってサーヤじゃないのに、気に病んでいつもみたいな明るい笑顔を浮かべられなくなるかもしれない。
それはイヤだった。
「あなた、ほんとサーヤに過保護ね」
「なんとしてでも守りたいんですよ……今度はちゃんと」
かつてヘリコプターに潰されて死ぬ直前、俺は何もできなかった。最後に俺に縋ってくれたのに、彼女を守ることができなかった。
だから今度こそ守るのだ。何があろうとも。
心の中でつぶやいて、俺は意志の強い目をロズに向けた。
「師匠も絶対に言わないでくださいよ」
「わかったわよ。あなたを怒らせるのは私でも勘弁だしね」
肩をすくめたロズは、席から立って結界を解いた。
またどこかへ出かける気だろうか。
「あなたは解体屋でしょ? 私は例の噂の出処を探ってくるわ。情報屋はまだ掴んでなかったみたいだし」
「いいんですか? また注目を浴びません?」
「何言ってるの。私、ルルクがいるから注目されるのよ。一人なら誰も気にしないわ」
そういえばそうか。
噂では、俺と一緒にいるフード姿が神秘王ってことになってるんだもんな。
認識阻害自体は効果があるから、むしろ一人で歩いたほうが噂の相手だとは思われないのか。
それじゃあ今日はそれぞれ行動だな。
「じゃあ昼は外食しますし夜は慰労会に行ってくるんで、また明日の朝ですね」
「そうね。あなたも気をつけなさいよ」
「はい。ではいってらっしゃい師匠」
レストランを出て行く師匠に手を振った。
ロズを見送ったら、腕の中のプニスケが触手をのばして俺の頬に触れた。
『ご主人様、さみしいの?』
「ん? どうして?」
『なんだか、とってもさみしそうなの』
まったく自覚はなかったが、プニスケが心配するような顔をしていたらしい。
俺は可愛い従魔をゆっくり撫でる。
「そうだな。でもプニスケがいるから大丈夫だよ」
『それならいいの。ボク、ずっとそばにいるの』
「ありがとな」
でも、なんか気になるな。
ロズが出ていった入り口を見つめていると、なぜか胸騒ぎのようなものを憶えたのだった。
□ □ □ □ □
エルニとサーヤが食事を終えるのを待ってから、ふたりを解体屋に誘った。エルニはアイテムボックスのために同行必須だったが、サーヤもせっかくならとついてくるようだった。まあ、ひとりで待っててもヒマだろうしな。
解体屋ジェイソンは南街の一番大きな通りの、商店が並んだその端にあった。
店自体はカウンターがひとつあるだけの小さいものだったが、裏には大きな倉庫があった。昨日見たモンターク子爵家の倉庫の倍はあろうかというサイズの倉庫だ。
中央には大人が10人以上並んで寝られそうな巨大なテーブルがあり、魔術設備も相当充実していた。
これが解体屋の現場か。圧巻だ。
「ま、解体屋はこの街じゃウチしかねぇからな。持ち込まれる魔物みーんなまとめてバラせるようにデカいの作ったってわけだ」
店主のジェイソンが自慢げに言う。
「で、どうよルルク。ここならスターグリズリーも出せそうか?」
「はい、これならテーブルも潰れないと思います。でも念のため……『錬成』」
床に手を当てて、テーブルの下に柱を何本か作成して補強する。
さすがに重量がトンを超える魔物だからな。乗せて壊したらシャレにならないし。
「おお、神秘術なんて初めて見たぜ。噂通り神秘術士だったんだな」
「はい。作業が終わったら戻しますからご安心を」
「いや、できればそのままにしててくれ。強度があがってちょうどいい。テーブルもここから動かさないしな」
意外と好評だった。
「じゃあ、エルニ」
「ん」
「うおおお! でけぇ……すげぇ、巨人かよ」
「すごいわね……ルルクたち、こんなのを軽く倒せるんだ……」
エルニがスターグリズリーを出すと、あまりの大きさにジェイソンは叫んでしばし放心していたが、我に返ると従業員たちに檄を飛ばして解体を始めるよう合図を送った。
隣で口をあけてスターグリズリーを眺めるサーヤも、半ば呆けていた。
「解体はどれくらいかかりそうですか?」
「そうだな。グリズリー系は内臓にも可食部があるから、なるべく繊細にやらせてもらうってことでつきっきりでやっても今日いっぱいかかる。それでいいか?」
「はい。では明日にまた伺います。よろしくお願いします」
「おう。まかせとけ!」
作業を頼んで解体屋ジェイソンを後にした。
さて、それじゃあプニスケのために屋台巡りでもしますか。
『わーいなの! いっぱいたべるのー!』
「エルニとサーヤはどうする? 朝食食べたばっかりだと思うけど」
「ん、いっしょ」
「当然いくわ。せっかくの休日なんだもの」
頭にプニスケ、右腕にエルニ、左腕にサーヤが身を寄せる。
ちょっと歩きづらいけど、まあ迷子になられるよりはいいだろう。
ああ、そうだ。迷子と言えば。
「なあサーヤ、髪切る予定ないか?」
「ん~いまのところは。どうして?」
俺は以前、神秘術で『羊人形』を作ったことを話した。
サーヤの人形も作っておけば行方不明になることもないし、いずれサーヤにも『閾値編纂』を憶えてもらって、俺とエルニの人形を持たせてこっちの居場所を把握できるようにしておくのもいいかもしれない。
そう話すと、
「だからルルクのポーチに人形くっついてるのね。可愛い趣味かと思ってた……そういうことならもちろん髪くらいあげるわよ。それよりちゃんとルルクの人形ちょーだいよ?」
「もちろん」
こんなこともあろうかと、ルルク人形は前に髪を切ったときにいくつか作っているのだ。
エルニのアイテムボックスからルルク人形を取り出して、サーヤに渡してもらう。なぜかエルニがちょっと不満げだった。
「こ、これがホンモノ……」
そういえばサーヤ、前世時代の俺の姿を模した人形を毎晩抱いて寝てたんだっけ。
そっちはサーヤの手作り人形だったみたいだけど、今度のは俺本人のお手製だからな。サーヤ的には公式グッズみたいな認識なんだろう。そう考えたらちょっと恥ずかしい気がする……なんだろう、この微妙な気持ちは。
「これでいつでもルルクの場所がわかるの?」
「それはサーヤ次第だな。『閾値編纂』でサーヤ自身が俺の座標位置の変数を書き込まないといけないから、作るのは簡単じゃないぞ。勉強がんばれよ」
「教えて! すぐ教えて!」
目を輝かせて腕を引っ張ってくるサーヤ。
「ん……わたしも」
いままで神秘術に興味がなかったエルニも、物欲しげに見上げてくる。
サーヤに対抗したいんだろうけど、さすがに『閾値編纂』はエルニにはハードルが高い。そもそも霊素を視認できるようにならなければならないからな。そんな物欲しげに見つめられてもどうしようもないんだよ。
グイグイ迫ってくる幼女たちには悪いけど、ここは丸投げ作戦でいこう。
「ふたりとも、明日師匠に相談してくれ」
「え~」
「んむぅ」
そんなことを話してるあいだに、屋台がたくさん並んでいる東街の露店通りに着いた。
そのまま幼女にサンドイッチされながら、ゆっくりと食べ歩きをする。店では食べないような珍しいものから定番の串焼きまでいろんなものが並んでいて、プニスケはまだしも朝食をとったばかりだというのに幼女たちもたらふく食べるのだった。
ちなみに、一番食べたのはエルニだった。
吸引力の変わらない胃袋を持つ幼女、さすがだ。
~あとがきTips~
〇創造神8柱と魔神と竜神のこぼれ話
まずこの世界全ての種族の共通認識として、かつて創造神8柱があらゆる世界を創造したという神話がある。
●創造神8柱
・存在と確率の神
・秩序と混沌の神
・生と死の神
・事象と真実の神
・時間と空間の神
・完全と超越の神
・個性と境界の神
・虚構と空想の神
創造神8柱のうち〝時間と空間の神キアヌス〟が、この世界を統治することとなった。
さらに生命を生み出す時、知性体にそれぞれの神を授けることになった。
ヒト種には人神、竜種には竜神、魔族種には魔神などを生命の柱として創造し、彼らにそれぞれの種の生命活動を導くように任せた。
●魔族領に伝わる『魔神と竜神』の伝承
まだ神話の時代、それぞれの血を受け継ぐ種族生命が世界に定着する前、魔神と竜神は性格が合わずに喧嘩ばかりするようになっていた。
たいていはくだらない理由の喧嘩だったが、キアヌス神が宥めるも根本的な相性が悪く、魔神と竜神は憎み合うようになってしまった。
やがて神話の時代が終わり、それぞれの種族が大陸に生命として定着し始めた時、キアヌス神から授かった権能を用いて両者ともに相手の種族を滅ぼす手段を生み出してしまった。
魔神は『滅竜の剣』
竜神は『破滅因子』
魔神は魔素の扱いに長けた神であり、その血を受けた魔族種たちもまた魔術を得意とする種族だった。
もし魔族種が竜種と争いになった時、竜種に魔術の対策を取られたとしても最終兵器が『剣』であれば魔術と並行した対応も取りづらく、そして竜種自慢の硬い鱗を貫くことで屈辱を味わわせることができる。そんな理由から『滅竜の剣』が生まれた。
竜神は身体能力が高く破壊に特化した神であり、その血を継ぐ竜種もまた肉体とブレスが強力な種族になった。
もし魔族種と争いになった場合、多彩な魔術で翻弄されることが目に見えている。そこで竜神が考えた対応策は、とりたてて特徴もなくバランスの取れた才能を持つヒト種人族に、竜種としての特徴を凝縮し反映させることだった。無関係なはずの他種族を利用して味方につけ、魔族種を滅ぼそうとする『破滅因子』は、まさに卑怯で傍若無人な竜神らしい方法だった。
――と、ここまでが魔族領に伝わる伝承の大枠である。
それ以降は神話から派生した物語が各地に散らばっており、悪い竜種たちを『滅竜の剣』で倒す英雄譚などが語られることがある。
ロズが仕入れた情報はここまで。
ヒト種で語られる『勇者』の物語や〝レベルアップで各身体能力が大幅に上昇する『万能成長』〟の特徴と照らし合わせ、魔族領に伝わる『破滅因子』が『勇者』のことであると結び付けたのはロズの判断である。
ちなみにルルクが魔族領にも興味を抱いたのはこの時からである。