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心臓編・35『認識阻害の弱点』

 

 解体が終わったということで倉庫に戻ってきた俺たち。


 倉庫の床には大きなシーツが広げられ、そこに予想外の量の素材が所狭しと並べられていた。

 肉は20キロほどありそうなブロックが10個以上もあるし、皮や骨は山のように積み上げられている。綺麗な血液はバケツになみなみ10杯ほどあり、噎せかえる匂いが倉庫内に充満していた。


 俺ついは感心して声を漏らす。


「へ~。オピオタロスだけでこんなに素材が出るのか」

「なんだ冒険者のボウズ、Bランクっていう割には解体直後見たのは初めてか?」


 解体屋のリーダーっぽい男が、大きなナタを担いで隣にやってきた。


 デカい図体にいかつい笑顔に血のついたナタの組み合わせは、どう見てもアメリカンホラーテイストな風貌だった。いきなり襲いかかってきても驚かないぜ。ちびるけど。


「冒険者って言っても、ずっとストアニアのダンジョンにこもってたんですよ。たまにダンジョンの外で狩った魔物もギルドに併設されてる解体屋でそのままバラしてもらって、不要な素材はそのまま買い取りしてくれましたから、解体後の全素材を見ることなんてなかったんですよね」

「ストアニアにいたのか。確かにダンジョンは敵倒したら自動で素材がいくつか落ちるだけだからな。ったく、解体(バラシ)屋にとっちゃ厄介な仕組みだぜ。まあでも、そういうことならキッチリ説明させてもらうぜボウズ」


 愚痴りながらも素材をひとつひとつ全員にむけて解説していく解体屋のオッサン。


「まず可食部が全部で350キロ。うち210キロは牛肉で、残りは蛇肉だ。これは全部モンターク子爵様の依頼分だったな。そんで骨や歯が牛90キロに蛇20キロ。皮が牛が20キロに蛇が60キロだ。利用可能な血は合計で320リットル。内臓はあそこで別にとって置いてるが、素材にも食材にもならねえから計量はしてねえ。冒険者のボウズ、不要な素材があったら言ってくれ。ギルド指定の標準価格になるがそのまま買い取ってやれるからな」

「それは助かります。では皮以外をすべて買い取りでお願いしていいですか?」

「おう」


 そのまま解体屋の男たちは荷車を持ってきて、素材を積み込み始めた。

 肉はモンターク子爵の使用人たちが荷車に積んで、母屋へ持って行った。

 残った皮は加工すれば色々使えるので、エルニにアイテムボックスに保存しててもらった。


「ボウズ、解体料金は子爵様持ちだから今回は不要だが、素材の買い取り代金はここじゃ手持ちが足りねえから、明日うちの店まで来てもらっていいか?」

「はい。どちらのお店ですか?」

「南街の中央通りにある『解体屋ジェイソン』って店だ。俺は店主のジェイソン、よろしくな」

「冒険者のルルクです」


 イメージ通りの名前でちょっとテンションが上がった。

 ああ、そうだついでに聞いておこう。


「ジェイソンさん、ちなみに明日お伺いしたときに別の魔物の解体もお願いしていいですか?」

「そりゃもちろん。なんの解体だ?」

「スターグリズリーです」

「……は?」


 目を点にしたジェイソン。


「ダメでしょうか」

「……ああ、いやすまねぇ。問題ない。そんな高級素材を頼まれるのは久々だったからよ。しっかしスターグリズリーなんてよく見つけたな」

「はい。ここから東の森に巣がありました」

「マジか。まあ、近くに街道もなけりゃ集落もないからな……しかしスターグリズリーか。こりゃ腕がなるぜ」


 ワクワクした様子のジェイソンだった。

 近くで話を聞いていたターメリク支部長もソワソワして何か聞きたそうだったが、一応子爵の前なので好奇心を抑えたようだった。


「そんじゃ子爵様。俺たちは帰りますわ」

「は、はいどうも、おお疲れさまでした」

「じゃあルルク、明日うちの店にな。忘れるなよ」

「はい」


 荷車を引きずって帰っていく解体屋ジェイソンの面々を見送った。

 こっちも素材を回収したし解体現場も見れて満足できたので、日も沈んできたことだしそろそろおいとましますか。


「ターメリク支部長、俺たちもそろそろ」

「そうですね。子爵様、我々も納品確認などすべて完了しましたので、このあたりで失礼しようと思います」

「は、はいかしこまりました……あっ、る、ルルクさんっ」


 声をうわずらせた子爵。

 より一層、視線を右往左往させていた。


「なんでしょう?」

「う、噂で聞いたのですが……ま、魔族を倒したというのは、ほほ本当ですか?」


 例の噂か。


 確かモンターク子爵のところにも白腕の魔族が来たと言っていたな。怪我はなかったとは言うが、自分を襲った魔族がどうなったのか気になっているんだろう。


 うーん。正直に言おうか迷うところだな。個人的には知らせてあげたいところだけど、ここで倒したお礼をするとか言われるのはとても困る。

 なんせ白腕を倒したのはロズだ。不要に他人の功績を自慢するのもイヤだしな。

 ここははぐらかしておこう。 


「その噂、かなり広がってるみたいですね。どうしてでしょう」

「……わ、私も知り合いから聞いただけなので……」


 肯定しなかったからか、肩を落としてしまった子爵。

 なんか予想以上に落ち込んだ表情をしてるな。

 もともと明るい顔はしてなかったけど、より一層、顔面蒼白って感じだ。


 一応フォローはしておこう。


「子爵様、白腕の魔族は結局誰も傷つけなかったらしいですよ。街を襲ったほうの魔族は別の人が討伐したみたいですし、警戒は必要ですがそう怯えなくてもよろしいかと」

「そっ、そう……ですか……」


 子爵は一瞬喜んだような表情を見せたが、また暗い顔でうつむいていた。

 素がこの顔色なのかな。

 まあ、これ以上は言う必要はないだろう。


「では私たちは失礼します。仲間も待っていますので」

「はっ、はい。お見送りします」


 俺たちはモンターク子爵に見送られて、屋敷を後にした。



□ □ □ □ □



 いつもの宿のレストランで待っていると、ロズとサーヤが帰ってきた。

 疲れ果てた顔のサーヤは、椅子に座るなりテーブルに体を投げ出した。ぐったりしている。


「お疲れさま」

「ありがとルルク、今日も大変だったわ……肉、肉が食べたい……」


 メニューとにらめっこするサーヤをよそに、涼しい顔のロズが隣に腰かける。


「今日は何をしたんですか?」

「ただの相対転移の訓練よ」

「……ただの? ロズさん、魔物に追いかけられながら相対転移で逃げるのって、ただの訓練なの? ねえこれって普通のことなの!?」


 悲鳴のような声で糾弾するサーヤだった。

 うわ~相変わらずスパルタだな。

 ちょっと同情してしまった。


「しかもいきなり転移の練習ってひどくない? ねえルルク、さすがにルルクだって転移覚えるのに時間かけたよね? 私にだけ厳しいの反対っ! シュプレヒコールよ!」

「あら、ルルクは一発で成功したわよ」

「……ウソよね?」


 ジト目で睨んでくるサーヤ。

 えっと、事実なので何も言えませんね。


「ってことは何? ルルクが一発で成功させちゃったせいで、私もそれくらいできるだろうって判断なわけ?」

「そこまでは期待してないわよ。ルルクが一発だから、サーヤは一日あればできると思ったのよ」

「できたけど! たしかに死に物狂いになったらできちゃったけど! マグレで一回だけね!」


 おお、できたんだ。

 おめでとうサーヤ。さすが天才児。


「そこ! 他人顔で拍手しない! 私はいま褒めて欲しいんじゃなくて、一緒に抗議して欲しいの! スパルタ研修反対! 過剰労働反対!」

「無粋なこと言うわね。私、何か約束を破るようなことしたかしら」

「うっ……たしかにルルクが約束してくれたとおり、戦闘させられてるわけじゃないけど……」

「ならいいでしょ。レベル上げる気がないならスキルを磨きなさい」

「う~でもぉ……魔物は怖いんだもーん……」

「はぁ、仕方ないわね。じゃあ明日は休みにするわ。あなたたちは慰労会もあるしね」


 サーヤにも少し甘いロズだった。

 休みを勝ち取ったサーヤは、とたんに上機嫌になり肉料理をたくさん注文していた。


「それで、あなたたちは今日は何を?」

「俺たちはですね――」


 指名依頼、プニスケのレベリングと成長、スターグリズリーの討伐、モンターク子爵家でのアレコレなどを報告しておいた。

 ロズは黙々とステーキを食べているプニスケを一瞥して、


「そうね。レベルは13になってるわ。格上と連戦したおかげでかなり成長速度は速いわね。ステータスはスライムらしく低いけどね」

「スキルはどうですか? 触手攻撃でスターグリズリーの皮を貫くくらいの威力があったんですけど」

「スキルも練度も特に増えてないから、おそらく弾力操作スキルも合わせて使っただけの効果ね。それでも驚きの成長具合ね」


 ふむふむ。

 やはり魔物でもレベル差があると経験値もたくさんもらえるのか。そしてレベルで練度が上がるわけでもないのも俺たちと一緒と。


「プニスケはどんどん強くなれそうだな」

『なの? ボク、強くなれるの~?』

「もちろん。世界一強いスライムにしてやるからな」

『わーいなの!』


 それまでステーキに夢中で話を聞いてなかったプニスケは、コック帽を傾けながら俺の手にスリスリと体を寄せてくる。

 プニスケの柔らかい体を撫でて癒されよう。


 サーヤの料理が運ばれてきたので、会話をいったん止めて食事に集中する。

 俺が周囲の客たちの視線に気づいたのは、デザートを選んでいるときだった。


「……師匠」

「ええ。見られてるわね」


 チラチラと、こっちを窺う視線がいくつもあった。


 最初はエルニの正体がバレたのだと思った。ただの人族に向けるような視線ではなく、それこそ羊人族のような相手に向ける、敵意のない好奇の視線だったからだ。

 しかし彼らがチラチラとみているのは、明らかにロズだった。


 これは……異常だな。あきらかにおかしい。


 ロズ謹製の認識阻害のローブは、言ってしまえば『相手がどういう人間か理解できない』という認識阻害と『認識阻害されていることを理解できない』という二重の術式を上書きしている。


 この場合、鑑定スキル持ちや神秘術に敏い相手なら認識阻害されていることは理解できるが、結局、ロズの見た目は正しく認識できないようになっている。それは認識阻害の仕組みそのものに関係することだからだ。


 そもそも認識阻害の術式は、認識相手のことを知っていれば効力がない。


 俺がロズやエルニを一目見て彼女らだとわかるのは、元々相手が認識阻害をかけていることを知っており、かつその見た目を的確に記憶しているからだ。認識阻害は幻術と違って見た目を変えてるわけじゃないので、脳が誤認しなければ効力を発揮しないのだ。


 ロズが注目を浴びているということは、表面上の認識阻害が効いていないということは確実だろう。ただしロズの容姿まで見破られているとは思えないロズの美貌に見惚れているというよりは、その顔や姿を一生懸命見破ろうとしているような視線だ。


 つまりロズの容姿とは関係のないところで注目されている可能性が高い。

 ま、考えるより動いた方が確実だな。

  

「師匠、ちょっと探ってきます」

「頼んだわ」


 そう慌てることじゃないかもしれないが、悠長にしている場合でもない。

 俺はレストランを見渡して、話を聞きやすそうな人物を探した。


 デート中のカップル、金持ちそうな親子、貴族らしき家族連れ、いかにも冒険者っぽい4人組の男たち。

 よし、あの冒険者たちだな。

 俺は席を立ち、金貨を数枚握って冒険者に近づいた。


「すみません、少々お話をよろしいですか?」

「なっ、なんだ……べつに見てないぞ?」


 動揺するリーダーっぽい男。

 俺は金貨をちらつかせつつ、にっこりと笑った。


「いえ、それは構いません。俺は旅のBランク冒険者のルルクといいます。皆さんはこの街の冒険者ですか?」

「お、おお……この街を拠点にしてるCランクパーティの【一本槍(ザランス)】だ。おまえのことは知ってるぞ。いまこの街で注目の冒険者って噂になってるからな」

「そうでしたか。それで【一本槍(ザランス)】の皆さん、どうして皆さんはうちの荷物持ちのことをチラチラ見てたんですか? あ、べつに責めてるんじゃないんです。純粋に疑問でして。教えていただければ嬉しいんですが」

「……そ、そうだな。すまねえ、別に他意があったわけじゃねえんだが」


 金貨を握らせると、男は素直に話してくれた。

 なんでも夕方に冒険者ギルドに戻ったところ、併設されている酒場で妙な噂を聞いたらしい。


 それは、様々な物語に出てくる伝説の神秘王がこの街に来ているという噂だった。神秘王は姿を隠すローブを羽織って少年冒険者たちのパーティに紛れている、というものだ。


 少年冒険者といえば、最近よく名を聞くBランク冒険者のことだろう。同じパーティには魔術士の幼女と大人の荷物持ちがいて、数日前から貴族の令嬢が加わったという情報がある。


 ということは、その神秘王が荷物持ちのフリをして紛れているんじゃないか、と予想がついた。彼らはいつも高級宿のレストランに入り浸っているという話なので、【一本槍(ザランス)】の面々もせっかく多めにクエスト報酬が手に入ったので、たまにはレストランで食事でもするかということになって見物がてら来たらしい。


「なるほど。情報ありがとうございました。今日はこれでたくさん食べて帰って下さい」

「いや、こっちこそすまねぇ。ジロジロ見た上に奢ってもらって」

「いえいえ。みなさんがいてよかったです。家族やカップルの邪魔はしたくないですしね」

「そうか。……ちなみに、事実なのか?」

「神秘王の話ですか? まさか。彼女は顔がコンプレックスでして、俺の術で周囲から見えないようにしてあげてるだけですよ」


 肩をすくめてからもう一度彼らに礼を言い、ロズたちのもとに戻った。

 小声でロズに耳打ちする。


「師匠、思ったより厄介なことになってますね」

「聞こえてたわ。面倒なことが起こりそうね。明日の朝すぐ、情報屋に行ってくるわ」

「任せました。念のため今夜は警戒しておきましょう」


 ロズの正体を知っている何者かが、意図的に噂を流したとしか思えない。


 神秘王が街にいるなんて、普通の市民からすればとんでもないビッグニュースだ。明日には街中の噂になっていることだろう。


 その面倒事が、ただ神秘王の名前に群がってくる好奇心だけならいいんだけどな。

 そんな風に楽観的に構えてみたものの、一抹の不安は消えなかった。

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