心臓編・33『美味しいお肉を狩ります』
「じゃあ行くわよサーヤ」
「イヤ! 私もセーラー服ほしい! お買い物したい!」
「あなたは新しい服買ったばかりでしょ。それにルルクも、あの服は一着だけだったって言ってたわよ」
「や~だ~! ほ~し~い~!」
駄々っ子のように甘えるサーヤに、困り果てたようなロズ。
感情のコントロールはどこに行ったんだって感じの情緒不安定ぶりだな。
明日の慰労会に向けて、さきほど正式な招待状を受け取った。
バベル伯爵との約束通り、招待状は俺、エルニ、サーヤの3人分。サーヤは貴族としてではなく冒険者として招かれており、この前ロズに買ってもらった冒険者用の服はまだ新品同然だった。新しい服を買う理由がない。
そのあとも全力でイヤイヤ期を遂行する10歳だったが、ロズが氷のような声で「さっさとしなさい」と『威圧』スキルを発動しながら言うと、さすがに怖かったのか大人しくなってたけど。
それでも朝食後、レストランの席を立ったサーヤは恨めしそうにエルニを睨んで言い去る。
「デートした上にそんな可愛い服まで……今日は抜け駆け禁止だからね」
「んふ。らぶらぶ」
「キィ~! いまならハンカチ噛みちぎれそうよ!」
「はよ行け。がんばれよ」
エルニも煽るんじゃないよ。
さて、今日はなにをしようか。
『ご主人様! きょうはボクもいっしょがいいの!』
「昨日はごめんなプニスケ。さすがに商店に従魔を連れては入れなかったからさ」
『いいの! おへやでがんばって練習してたの!』
宿でスキル向上の自主トレだったプニスケ。真面目に言うことを聞いてくれるなんて、めっちゃいい子や……。
うーん、プニスケも楽しめて実入りのある出掛け先かあ。
なにかあるかな。
「ん、クエスト」
「そうだな。冒険者ギルドに行ってみるか」
ひとまず目的があれば迷わなくていいか。
討伐クエストがあればいいけど。
俺とエルニ、プニスケは冒険者ギルドに向かうのだった。
「ルルクさん! こっちこっち!」
冒険者ギルドに入ると、いつもの受付嬢がすぐに声をかけてきた。
カウンターに向かうと彼女が俺の頭の上にいるプニスケを見て、
「ほんとにスライムを従魔にしたんですね!」
「そうなんですよ。懐かれてしまいまして」
『ボク、プニスケっていうの! こんにちはおねえさん!』
「わっ! こ、こんにちは……喋れるスライムなんて初めて見ましたよ。でもかわいい~」
はやくもプニスケに篭絡された受付嬢だった。
プニスケが可愛いのは同意するけど、ここにはプニスケを自慢しに来たんじゃないんだ。
「あの、それで俺に何か用だったんですか?」
「あっそうでした! ルルクさんに急ぎの指名依頼が来てます。探しに行こうかと思ってたところでした」
受付嬢はカウンターの下から依頼書を取り出した。
指名依頼か。久々だな。
ストアニアにいた頃はわりと多かった。あの頃はSランク冒険者たちを差し置いて俺たちが一番ダンジョン攻略を進めていたので、その噂を聞きつけた人たちからの依頼があったのだ。だいたい高難度クエストだったが、財布にも素材的にも実入りがよくて積極的に受けてたっけな。
「依頼主はモンターク子爵です。依頼内容はオピオタロスの討伐で、場所はここから北東の平原ですね」
「オピオタロスって、半牛半蛇の?」
たしか上半身が牛で、下半身が蛇のBランク魔物だったな。
性格は温厚で人を襲ったりはしないけど、こっちから攻撃するとかなり獰猛だという情報は図鑑で読んだことがあるな。
そんな相手を討伐クエストに指定するなんて、何かあったんだろうか。
「誰か襲われたりしたんですか?」
「いえ、そういうわけではないんですが」
受付嬢はちょっと言いづらそうにして、
「その平原はモンターク子爵の所有地でして、住み着いていたオピオタロスはほとんど無害なので、盗賊や魔物避けとして放置してたみたいなんです。ですがモンターク子爵、どうやらどこからかオピオタロスの肉がかなり美味しいという情報を手に入れたみたいでして……それで、ルルクさんにあまり傷つけずに討伐して欲しい、と」
「食用ってことですか」
ははぁ、なるほど。
急ぎの指名ってことは、明日の晩餐に出したいってことだな。
「わかりました引き受けましょう。距離はどれくらいですか?」
「歩いて半日ほどの場所ですね。こちらが地図です……この位置ですね。ルルクさんなら日帰りも余裕かと」
「そうですね。すぐに向かいます」
慰労会用の肉、ということで後ろのエルニも気合十分な様子だ。
さすがに魔術で爆破したりしないとは思うけど、念のため注意を払っておこう。
受付嬢にクエスト受注の手続きをしてもらったら、すぐに出発した。
『ボクもがんばるの!』
「ああ、頼むぞプニスケ。でも無茶はするんじゃないぞ~」
『うん! わかったの~!』
頭の上でポヨポヨ揺れて返事をするプニスケだった。
俺たちは街を出ると、聞いた方角に向かって少しだけ歩き、街からの視線が切れるとすぐに転移を繰り返す。
歩いて半日という距離だったので、さほど時間もかからずに目的地の平原に到着する。
ところどころに木が生えているが、草場も沼地っぽいところも点在している。湿地とまではいかないけど、色んな生物が住んでいそうだ。
オピオタロスを見つけたのは、そこそこ大きい沼の近くだった。
牛の上半身をのっそりと動かして草を食べていた。どうやら草食のようだ。図鑑のとおり下半身は大蛇で、沼に下半身をほとんど沈めており具体的な長さはわからない。
ただ少なくとも、アマゾンの奥地にしか生息してなさそうな巨大さだということは確実だ。
『ご主人様! おっきな魔物がいるの!』
「そうだよプニスケ。いまからあの魔物を倒すんだ」
『ボクもがんばるの!』
「ん、わたしも」
さて。やる気に満ち溢れているふたりだけど、どう攻めるかだな。
ただ倒すだけなら簡単だけど、なるべく傷つけないように、それにプニスケのレベリングにも使えそうだしな。
まずは動きを止めるか。
『言霊』を使えば楽勝だけど、それじゃ味気ない。
これも練習だな。
「エルニ、闇魔術の行動阻害術はなにか憶えた?」
「ん、ひとつ。やってみる」
師匠によると、闇魔術はかなりクセが強い魔術だという。
ほとんどがデバフ効果に特化しており、状態異常を与える術も多い。他の属性にくらべて理術の知識が必要な術式も多いが、相手とのレベル差の影響を一番受けにくい魔術らしい。
エルニはあまり闇属性を好まないので使っているのを滅多に見ないが、俺としては闇って言葉だけでもカッコいいからもっと使って欲しいんだよな。
「『グラビディレイン』」
エルニが小声で唱えた魔術は、効果範囲の重力倍化という決して軽くない影響を与えた。
いきなり体重が二倍になるのだ。不意打ちなら膝を折って転げるのが当然。
オピオタロスは地面に倒れ、混乱している様子だった。
「よしプニスケ、触手を伸ばして、オピオタロスを刺してみるんだ」
『うん! わかったの!』
プニスケを抱えたままなるべく接近する。
ウネウネと伸びていくプニスケの手が、石槍くらいの鋭さになっていた。昨日たっぷり自主練していた成果が出ている。
プニスケの触手槍がオピオタロスの前足わずかに刺さった。少しだけ痛かったのか、前足をよじるオピオタロス。触手がすぐに弾かれてしまう。
『ダメなの~ぜんぜんきかないの~』
「いや、もう十分だ。『刃転』」
斬撃を飛ばす。
表皮は柔らかく、あっさりとオピオタロスの首筋を裂いた。オピオタウロスは倒れたままみるみるうちに生命力を失っていき、ものの数分で死んでしまった。
すまないな。食うためだから許してくれ。
冥福を祈り、エルニにアイテムボックス内へ収納してもらった。
これでプニスケも戦闘に参加できたので、経験値はもらえるはずだ。レベル1だったからおそらく一度でいくつか上がっているだろう。
「プニスケ、体に変化はないか?」
『う~ん、わかんないの~』
「そうか。まあどんどん次にいくぞ」
目的のオピオタロスは討伐できたが、せっかく来たしもう少し狩りをしていくことにした。
なるべくプニスケのレベリングも兼ねておきたいので、いつもは無視している小型の魔物も狩っていこう。ひとまず魔物が多そうな森にでも入るか。
まず見つけたのはブラッディラビット。
獰猛な兎ですばしっこいが、俺の敏捷性に勝てるはずがなく回り込んでプニスケの攻撃でダメージを与える。そのあとはエルニの氷槍で仕留め、肉を確保。可食部は少ないが、兎系の魔物はエルニの好きな肉のひとつだ。
つぎに出会ったのは、頭がふたつある犬の魔物オルトロス。食べられはするけど肉はマズいのでスルーしようと思ったら、挑みかかってきたので仕方なく応戦することに。
俺がオルトロスの攻撃をすべて避けつつ、プニスケが触手の先で突く。見た目に変化はなかったけど、レベルが上がった効果なのかプニスケの触手がしっかり奥まで刺さっていく。胴体に何度も刺しまくっていたら、オルトロスは息絶えてしまった。自分の攻撃で倒せたので、プニスケがめちゃくちゃ喜んでいた。
オルトロスの群れの縄張りだったのか、このあたりにはオルトロス以外の魔物がいなかった。
経験値……ゴホン、魔物を求めて森を南下していくと、木々が途切れた広場のようなところに出た。
「なんだここ?」
中央に腰くらいの高さの切り株があった。直径が5メートルほどと、かつてはかなり巨大な樹だったようだ。しかしよく見ると切り株は空洞で、穴が下に続いていた。
魔物の巣だろうか――と思っていると、穴の中から獣の唸り声が聞こえた。
何かが出てくる気配がしたので距離を取っておく。
穴からにゅっと飛び出た手は、鋭いかぎ爪。
「ん、グリズリー」
エルニがDランクの熊の魔物かとつぶやいた。
しかし出てきたのは普通のグリズリーではなく、その3倍はあろうかという巨体。
まるで巨人のようなサイズの熊だった。
額には、星型の模様があった。
「うわっ! スターグリズリーだ!」
Bランク、成長するとAランクにもなると言われる重さ1トン級の魔物だった。
ちなみにその肉はかなりの高級品で、俺も実家で一度だけ食べたことがある。それはもう舌がトロける美味しさだった。
まさかこんなところで出会うとは。
「うおおおおエルニ、肉だ! こいつは肉がウマいぞ!」
「ん! ぜったいたおす」
『おにく~! ボクもやるの~!』
一気にハイテンションになって目を輝かせた3人(2人と1匹)に、スターグリズリーはビクッと後ずさった。本能が危機を感じたのだろう。
しかしこのサイズの魔物には滅多に天敵は現れない。自分より強い相手と出会ったことのない野生の獣は、自らの力を疑うことなく威嚇のうなりをあげて、俺たちに突っ込んできた。
「俺が引きつけるからエルニは後ろ足、プニスケは前足に攻撃してくれ。体は無傷でやるぞ」
「ん」
『はいなの!』
作戦を伝え、プニスケを連れて斜め前に走り出す。
近づいてくる獲物に目標を定めたスターグリズリーは、巨大な牙を剥きだしに噛みついてくる。
俺はすれ違うようにかわしてヘイトを取る。意外と俊敏なスターグリズリーは、すぐさま反転して俺を追おうとして、
「『ウィンドカッター』」
『とりゃ~なの!』
後ろ足は当然のようにエルニの魔術が切り裂いてしまう。
前足には、プニスケの触手が貫通していた。
おお、まさかスターグリズリーにも刺さるなんて。さっきのでレベルけっこう上がったか? それともスキルの上達速度が半端ないのか……要検証だな。
とにかくBランク魔物にもプニスケの変形攻撃が効くのはラッキーな誤算だ。あとは機動力さえなんとかすれば、まずまずの戦力として一緒に戦えるぞ。
「さて、じゃあ肉を頂くのでいつもの――『刃転』」
首、足の付け根を同時に切り裂いた。
巨大生物は血圧が高いのは常識なので、思ったより血が噴き出してあっという間に絶命したスターグリズリー。
可食部だけで数百キロはあるだろうが、とにかく回収せねば。さすがにスターグリズリーは素材としても高値で買い取ってもらえるし、肉は高級品なので自分で解体して無駄にしたくない。
街に戻ったら、魔物の解体屋にちゃんと持っていこう。
「ん、ちぬき?」
「いや、アイテムボックスで回収してくれ。解体は専門家に任せる」
ギルドなら腕のいい解体屋を紹介してくれるだろうしな。
エルニがスターグリズリーに触れてアイテムボックスに保管した。アイテムボックスのネックレスをじっと見つめてヨダレを垂らしている食欲旺盛な幼女だった。
思わぬ出会いに感謝しつつ、俺たちは街へ戻ったのだった。