心臓編・31『案ずるより産むが易し』
「ちょっと聞いてよルルク! ロズさんってばひどいのよ!」
プニスケの特訓をしてほどよい時間になったので宿に戻ってきたら、ロズとサーヤも特訓を終えて戻ってきたところだった。
そのまま合流してレストランで腰を落ち着かせたら、すぐにサーヤが噛みついてきた。
「魔術の訓練っていうから岩にでも撃つのかと思ったら、的がぜんぶ魔物だったのよ! こっちに近づかないようにしてくれたのはいいけど、いきなりってひどくない?」
「まあ、案じるより産むが易しって言うし」
「誰よアンジーが産んだヤスシって! 浮気!?」
「どういう状況だよ」
そんなことより注文しよ、注文。
今日の昼はバーベキューだったので肉はいいや。いつものスープとなんちゃってパスタにしよう。
各々メニューから好きなものを頼んだら、毎日恒例のホウレンソウの時間です。
「師匠もサーヤのご指導お疲れ様です。進捗はどうですか?」
「はい! 進捗ダメです!」
「ちょっと黙ってなさいサーヤ。……ひととおり属性魔術の確認をしてきたわ。基本属性と雷、氷の初級魔術はそれぞれ問題なく使えるみたいだけど、聖魔術はまだイメージが不安定ね。でも光属性はすでに中級も使えてるわよ。適性が高そうね」
「へえ。どんな魔術ですか?」
「『ドッペルゲンガー』ね。自分と同じ姿の幻術を自由に動かせるわ」
「すごいじゃないですか。かなり有用な魔術ですね」
「えっへん!」
褒めて欲しそうに見てくるサーヤ。
撫でてやるか。よしよし。
「えへへ」
「それで、ルルクは何をしてたのかしら?」
「プニスケの特訓ですね」
現状スキルでどこまでできるか、どういう使い方を考えているかを説明しておく。
とくに弾性の話ではロズが目を光らせていた。
「同じ物理防御でも、硬化と弾性の違いねえ……ほんと、よくそんな理術知識があるわねルルク」
「本の虫だったものですから」
前世でも今世でもね。
ただ弾性に関してはサーヤも知っているはずだけど……あれ。なんで目を逸らすんだサーヤ。高校時に物理の授業で習ったはずだろ? なあなあ。
「しょ、しょうがないじゃない。もう10年経ってるのよ」
小声で言い訳するサーヤだった。
まあ勉強しなけりゃ忘れることもあるか。物理の成績がどんな感じだったのかは追及はしないでおこう。
俺は膝の上に座らせたプニスケを撫でながら、
「そんなわけで、プニスケはどんどん強くさせるつもりです。な、プニスケ」
『そうなの! ボク、つよくなるの~』
プルプル震えて気合十分なプニスケ。空気が和んだ。
ひとまず特訓の報告はそれくらいだな。
あと大事なことがひとつ。
「師匠、オレたちが魔族を倒したって噂が流れてるのは知ってますか?」
「ええ。今朝に情報屋から仕入れたわ。昨夜、どこかの酒場で言いふらしていた男がいたらしいのよね」
「どこの誰だかわかりましたか?」
「それがこの街の人間じゃなさそうだったのよ。酒場にいた人たちも、誰も知らなかったらしいし」
それは妙だな。
この街の人間じゃないやつが俺たちのことを知ってるとは思えないし、魔族を倒したことを知っているとも思えない。
やはり何か作為を感じる。
「警戒しておいたほうがいいですか?」
「そうね。気に留めておいてね」
「かしこまりました。あと師匠のほうで仕入れた情報はありますか?」
「私たちには関係のない話だけど、復興状況はかなり良好よ。土魔術士たちが過労死しそうなほど働いたらしくて、建物関係はひとまず仮設状態で運営できるようになったみたいね。ギルドも中に入れたでしょ?」
「そうですね。受付嬢も屋根があって嬉しそうでした」
「ふうん。あなたの好みって、ああいうか弱いタイプなの?」
「違いますよ。オレの好みはメレスーロスさんみたいな美女です」
「誰それ、昔の女?」
食いついてくるサーヤだった。
昔出会ったエルフのお姉さんだと説明すると「ああ、エルフはしょーがないわよね。エルフだもの」と納得していた。まあエルフだからな。ちなみに日本人はみんなこの感覚を持ってると思っている。
「それで復興の話の続きだけど、一部の貴族が街の復興に尽力した人たちを集めて慰労会を開催するって話があるわよ。主催はケタール伯爵家ってなってるけど、これは建前ね。実際は子飼のモンターク子爵が手を回して動いているわ。貴族たちが襲撃されたっていう情報はすでに出回ってるから、本音は慰労会よりも自分たちが壮健なのをアピールするのが狙いじゃないかしら」
「そうでしたか。まあ、庶民への印象付けは街の運営にも大事ですしね」
「なに他人事みたいに言ってるのよ。あなたも招待客の一人よ?」
「え?」
寝耳に水だった。
街の復興に尽力っていっても、冒険者として魔族を倒して、被害にあった各団体に寄付をして回って、炊き出しなどの復興援助に食料と労力を提供して、あとは復興資金として金貨1000枚を寄付しただけなんだけど……。
「めちゃくちゃ貢献してるじゃない」
「してるわね」
「ん、だいかつやく」
してたわ。
招待されるのか。パーティとかめんどくさ。
そんな心が顔に出てたのか、サーヤが苦笑しながら手をうんと伸ばして頭を撫でてきた。
「ルルクはお堅い人づきあいが苦手かもしれないけど、何か頼まれるってわけでもないし、こういうときはしっかり顔を売っておきなさい。いざってときに貴族たちにコネクションがあるのとないのじゃ、物事を進めるときの手間が全然違うもの。それは今回でわかったでしょ?」
「そうだな……うん、がんばるよ」
「偉いわルルク」
お姉さん選手権で優勝しただけあるな、お姉さんポイント100Ptだ。
「ちなみに師匠、その慰労会はいつ頃ですか」
「たしか3日後の夜ね。場所はケタール伯爵家の大広間。いまのところ招待客はこの街の貴族たち、ルルクとエルニネール、冒険者ギルドの支部長、教会の神官とシスター数名、街の騎士のお偉方、商人ギルドの支部長、個人で多額の寄付をした商人たち、それと医療団体の医者数名ってところね。今朝の情報だから、まだ増えるとは思うけど」
「けっこう来ますね」
顔と名前、覚えるの苦手なんだよなぁ。
「ちなみに師匠は行かないですよね?」
「愚問ね。行くわけないわ」
「ですよね。サーヤも連れて行ってもいいんですか?」
「招待状次第ね。でも気になるなら直接聞くといいわ」
「誰にです?」
「彼に」
ロズが指さしたのは、宿とレストランを繋ぐ通路付近でキョロキョロしている筋肉巨体。
バベル=ケタール世紀末伯爵だ。
伯爵様がいったいこんなとこまで足を運んで、何の用だろう。
そう疑問に思ってると俺を見た伯爵は破顔して、こっちに歩いてきた。
一応、席を立ち一礼しておく。
「おお、ルルク! 探したぞ」
「バベル伯爵、どうしたんですか?」
「なに、復興の視察で近くまで寄ったのでせっかくなら友人に挨拶しておこうかとな。執事からこの宿におると聞いていたものでな。しかしここを選ぶとは、なかなか目が高いではないか」
肩をバンバン叩いてくる伯爵だった。
痛い。
「恐縮です。この宿も子爵令嬢に不便をかけないよう選んだものですが」
「おお! そなたがカールの姪っ子だな。以前見かけたことはあるが……こうして顔を合わせるのは初めてだな。私はバベル=ケタール伯爵である。噂通り、随分とべっぴんに育っておるな」
「サーヤ=シュレーヌと申します。お目にかかれて光栄ですわ、伯爵様」
サーヤはそう言って、スカートの裾を持ち優雅に挨拶を返した。わりとサマになっている。
伯爵は周囲を見回してから、大きな体を縮めて小声で言った。
「先の話は伺ったぞルルク。サーヤ嬢も息災でなによりだ。愚か者の処遇は私のほうでなんとかしておくのでな、存分に冒険者活動に励むとよいわ」
「ご迷惑をおかけします。ありがとうございます」
「私からもお礼とお詫びを申し上げますわ伯爵様。父にはしかるべき処罰を」
「うむ。任せるがよい」
内緒話はそこまでにして、身を起こしたバベル伯爵。
「さて、ルルクの顔も見られたことだし私はおいとましておこう。食事の邪魔をするわけにもいかんしな」
「よろしければ伯爵様もご一緒にいかがですか? ご馳走しますよ」
「済まぬが予定以外の飲食はできぬ決まりでな。誘いはありがたいが、こればかりは伯爵家当主として融通が利かんのだ」
「左様でしたか。これは失礼を」
「よいよい。ああそうだ、それよりルルク。3日後の夜は予定を開けておいてくれんか」
「何かご予定でも?」
「我が屋敷でささやかながら宴でも開こうと思っててな。復興中ゆえたいしたもてなしはできんが、腕によりをかけて料理を振舞おうと思っておるので一緒にどうだ。Bランク冒険者であるルルクとエルニネール嬢にはぜひともご足労願いたいが、もちろんサーヤ嬢と荷物持ちのロズ殿も一緒で構わん」
「かしこまりました。荷物持ちの一般人は当日予定がありますが、私たち三人はご相伴に預かりましょう」
まさか直接伯爵から誘われるとはな。
サーヤも一緒に行ってもいいと言質をもらったし、ちょうど会いに来てくれてよかったよ。
「ではルルク、このあたりで失礼する」
「こちらも失礼します」
挨拶を交わして、去っていく伯爵を見送った。
ふぅ、と息をついて座りこむ。
思わぬ遭遇に気力を使ってしまった。サーヤも少し緊張したのか水を飲んでいる。
それにしてもロズはずっと素知らぬふりをしながらプニスケを撫でてたし、エルニは我関せずといった顔でスープを食べていたな。
伯爵がいるっていうのに肝の据わったふたりだよ、ほんと。
そのあとはゆっくり食事をとって、ぐっすりと眠るのだった。




