心臓編・29『スライムってこんなんだったっけ?』
「へ? いまこのスライム喋った?」
サーヤが声を裏返した。
エルニが足元のスライムを指先でつつくと、スライムはぽよよんと体を震わせて反応した。
『ボク、おなかすいたなの~』
……うん、間違いなく喋ってる。
喋るスライムなんて初めて見たな。
魔物も知力が高くなれば人語を話せるというが、会話できるレベルとなるとAランクでもマルコシアスなどの高レベル魔物くらいしか聞いたことがない。
スライムなんてすべてのステータスが一桁の最弱魔物のはずだ。
そんなはずはない、と思いつつも目の前のスライムは言葉を話している。
プニプニの体をゆっくり動かして、今度は俺の足にすり寄ってきた。
『おなかすいたのぉ』
「えっと……スライムくん? キミはスライムなんだよな?」
『うん。ボク、スライムなの』
「どうして話せるのかな?」
『生まれたときからはなせるの。どうしてかはわかんないなの』
ちゃんと会話は成り立つし、要領もいい。
間違いなく知力の高いスライムだ。
「ねえルルク、これどういうこと?」
「たぶん稀にいる変異個体ってやつだな。ここまでハッキリ喋れるってなると、知力値がめちゃくちゃ個体なんだと思う」
「へ~。そんなこともあるのね」
サーヤは感心したように言うと、スライムを抱き上げた。
「ひんやりしてる。プニプニで気持ちいい~」
「ん、わたしも」
「はいはい。ほら、落とさないようにね」
「……つめたい」
スライムと戯れ始めた。
いや人語を喋れるし危険はないっていっても、魔物だからね?
とくにエルニ、さっき水に引き込まれたの忘れてるだろ。
「ねえスライムくん。ごはんあげよっか」
『ごはん! ほしいの!』
「おいおい、魔物に餌付けはマナー違反じゃないか?」
「駅前のハトじゃないんだから、ちょっとくらいいいでしょ? それにスライムがごはん食べてるところ見てみたいわ」
『ごはん! ごはん!』
サーヤの腕の中でポヨポヨ跳ねるスライムくん。
まあ、確かに可愛いしちょっと見てみたい気持ちもわかる。
しゃーない。
「ほら、さっきの余りの野菜と肉。ゆっくり食べるんだぞ」
『わーいなの!』
串焼きの肉と野菜を串から外して、皿に盛ってやる。
地面に置くと、ぴょんと着地したスライムくんはいそいそと体をうねらせて食事にありついた。
のっぺりと覆うように皿に覆いかぶさり、少しずつ肉と野菜を溶かしていく。
おお、消化の様子が見える見える。透明なボディだからプライバシーも何もあったもんじゃないな。
俺たちはスライムくんの食事風景を眺めてほっこりした。
すべて食べて満足したのか、スライムくんは機嫌良さそうにプルプル横揺れを始めた。
『ありがとうなの~』
「いいんだよ。それよりスライムくん、親や仲間はいないのか?」
近くにそれらしきスライムは見当たらない。
はぐれなのかな。
『わかんないの。いつのまにか、ここにいたの』
「そっか」
「ねえルルク、このスライム飼っちゃだめ?」
「ダメ」
そんな子猫を拾うみたいに魔物を拾おうとするな。
即答したら頬をふくらましたサーヤ。なにげに後ろでエルニも残念そうにしてる。気付かないフリをしておこう。
「ちゃんと面倒みるから~毎日散歩連れてくから~」
「魔物だぞ。俺たちがよくても、街じゃ他の人がいるんだからな。もしスライムくんが誰かに危害を加えたらどうするんだ。責任取れないぞ」
「え~。じゃあ従魔契約したら? そしたら勝手に攻撃しないわよ」
そういえば、魔物を従魔にして使役するテイムスキルを持った人もいるんだよな。
従魔士自体滅多に見かけないから忘れてたけど、確かにスキルさえあれば飼育も可能か。
……そう、スキルさえあればね?
「我々にはテイムスキルがないので無理です」
「そこをなんとか! 神秘術センパイの力で!」
拝むようにして上目遣いのサーヤ。隣でエルニも同じようにしている。
そんなに神秘術は便利じゃありません。
「却下です」
「ルルクのいけず! 冷血漢!」
「なに言ってもダメなもんはダメ」
「ちぇ~……じつはスライムのこと嫌いだったりする? トラウマあるとか」
『……ボクのこときらいなの?』
スライムくんが傷ついたような声色でぷるぷるしてる。
ち、ちがうんだスライムくん。
「そうじゃないしスライムくんは可愛いと思う。けど、テイムスキルがないから従魔契約できないし、そもそもスライムも人間の街は危ないだろ? だから――」
『ボク、いらないこなの?』
「うっ……だ、だからそうじゃなくてだな」
純真なスライムくんの反応に謎の罪悪感が。
どうやってうまく断ろうか思い悩んでいると、森の方からガサゴソと物音が聞こえてきた。
振り向くと、ロズが森を抜けて湖に出てきたところだった。
「遅いと思ったら、なに遊んでるのよ」
「師匠ちょうどいいところに。見て下さいよこのスライム。変異個体なのか知力がめっちゃ高くて、言葉を話せるんですよね。でもサーヤとエルニが飼いたいって駄々をこねてて、困ってるところだったんです」
「あらほんとね、知力が1500超えてるわ。珍しい」
「ねえロズさん、飼ってもいいでしょ?」
「ん、かいたい」
どうやらおねだり相手を保護者に定めたらしい。
そりゃ保護者が許可すりゃいいだろうけど、だからそもそもテイムができないんだよ。
と、俺が呆れているとロズがにやりと笑った。
「あら、面白いじゃない。あなたたちも見なさい。『閾値編纂』」
ロズが地面に写したのは、スライムくんのステータスだった。
――――――――――
【名前】未設定
【種族】スライム(ルルクの眷属)
【レベル】1
【体力】5
【魔力】5
【筋力】8
【耐久】9
【敏捷】2
【知力】1580
【幸運】540
【理術練度】60
【魔術練度】90
【神秘術練度】5
【所持スキル】
≪発動型≫
『弾力操作』
『体温操作』
『巨大化』
『変形』
『眷属化』
――――――――――
「……え?」
眷属って、なにそれ。
そんなものにした記憶はないけど……。
「ルルクの眷属ってことは従魔なの?」
「そうみたいよ」
「そんな、俺契約なんかしてませんってば」
「この子に眷属化スキルがあるでしょ。これはお互いが主従関係を示せば魔物側からも従魔になることもできるスキルよ。滅多に見ないけどね」
「えっ……いや、でも主従関係ってなにもしてませんよ」
『ごはんくれたの』
スライムくんが地面からぴょんと跳ね、腕の中に飛び込んできた。
とっさに受け止める。
うわ、思ったよりひんやりしてる。
『ご主人様、ごはんくれたの』
「……それだけで従魔になったのか?」
『うん! ボク、とってもうれしかったの!』
腕の中でプルプル震えるスライムくん。
な、なにこの子可愛いんだけど。
この子が俺の従魔になったの? ほんとに?
「ルルクいいな~私がごはんあげればよかった」
「ん。ずるい」
おい睨むんじゃない。
そもそも料理係は最初からこっちだから。食べる係の君たちには文句を言われる筋合いなどありません!
とにかく、すでにスライムが従魔になってるなら話は変わる。すでにこの子は俺の従魔。べ、べつに初めて魔物の従魔をゲットできたからって決して喜んでいるわけではないんだけど、なってしまったものは仕方がない。
あ~仕方がないなぁ!
「スライムくん、これからよろしくな!」
『うん! ご主人様といっしょなの!』
スリスリとほっぺたに寄ってくるスライムくん。
きもちいい~!
「従魔にしたんなら名前くらい決めてやりなさい」
「あっそうですね。なんて名前にしよう」
「はいはいはいはい! 私決めたい!」
「ん、わたしも」
手を上げてぴょんぴょん跳ねるサーヤ。隣のエルニも小さく手を上げていた。
ペットに名前つけたい気持ちはわかる。
よし、候補にしようではないか。言ってみなさい。
「エリザベトバトリーがいい!」
「ん、エンシェントドラゴン」
「はい却下」
この子スライムぞ? 名前負けしすぎ。
そもそも真祖竜は最強の種族だ。
「え~じゃあジャンヌダルクで!」
「ん。ヨルムンガンド」
聖乙女も毒蛇王も却下だ!
なんでそんな偉そうだったり強そうだったりする名前なの。
スライムにはスライムっぽい名前を付けてあげようぜ。
「アーサー! ナポレオン! ジークフリート! スサノオノミコト!」
「グレンデル。スレイプニル。デュラハン。タラスク」
「……よし、今日からキミの名前はプニスケだ」
『プニスケ! ご主人様ありがとうなの! ボク、プニスケなの!』
もうめんどくさいから語感で決めました。
仲間たちからの大ブーイングは無視無視っと。
「さて思わぬ仲間が増えたけど、これで俺の『眷属召喚』スキルもようやく役立つときが来たぞ」
「そういえばあなた眷属いないのに眷属召喚スキルもってたわね」
ロズに出会う前からの初期スキルだし、ちゃんと使ってみたかったんだよな。
むかし屋敷で餌付けしてたネズミを実験がてら召喚しただけだったから。
俺はすぐに片づけを始める。
「ってことで、やることやったし帰るか」
「ちょっとまってよ!」
「なんだよ。プニスケは決定だぞ?」
「そうじゃない! 勝負はどうなったのよ勝負は」
ああ、そういえばお姉さん決定戦の途中だったな。
喋るスライムが衝撃的すぎて忘れてた。
「最後の勝負、どっちが勝ったの?」
「ん。きめて」
二人に睨まれて、俺は肩をすくめた。
「エルニを助けるために迷わず水に飛び込んだサーヤがかっこよかったので、第1回お姉さん選手権の勝者はサーヤです」
「やった! 私がお姉ちゃんよ!」
「ん……わかった」
エルニも身を挺して自分を助けてくれたことは理解しているようだった。
今回ばかりはタイミングもあったし、異論がなくてよかったぜ。
二人とも、次回まで一生懸命姉力を鍛えておくように。
「あなたたち、いったい何してたの?」
呆れた顔で、ロズがため息をついたのだった。




