心臓編・26『やっぱりカワイイは正義』
後半は神秘術の説明回です
冒険者ギルドを出た俺たちは、ロズとの待ち合わせ場所にしていたシュレーヌ家の屋敷近くにある喫茶店へ入った。
街はまだまだ復興作業中のため客は少なかったが、こういう慌ただしいなかでも営業してくれるだけありがたい。
少し早めの昼食をとるつもりだったが、朝にたらふく食べていた幼女たちはあまりお腹が空いていなかったようで、紅茶を飲みながらしばらく歓談していた。
ロズが顔を見せてすぐに店を出て、シュレーヌ子爵家へ。
約束通り、3年分の上納金と昨夜の謝罪も兼ねてそこそこ多めに金貨を渡しておいた。子爵はかなり恐縮気味だったが、冒険者になったと報告したサーヤがニコニコしていたからか、ちゃんと受け取ってくれた。
そのあとはサーヤの部屋で服や身の回りの道具などを集め、アイテムボックスに収納。
例のお気に入りの人形ももちろん持っていくだろうと子爵が尋ねたが、サーヤは首を横に振った。
「それはここで預かっててお父様」
「いいのかい? 大事なものなんだろう?」
「とっても大事……でもね、もう本物がいるから」
そう言って俺の腕に抱き着いたサーヤ。
ちなみに俺はエルニのケリを喰らった。理不尽だ。
そんなこんなでサーヤが正式に家を出た。とはいえまだこの街にはしばらく滞在するので、なにかあったときのために宿の場所を伝えておく。
子爵やその妻たちはかなり寂しそうだったが、笑顔を崩すことはなかった。
「さて、それじゃあお買い物よ!」
それからはロズのお楽しみの時間だった。
服屋や装備屋も普段と変わらず営業しており、装備屋はむしろ魔族の襲撃効果でにぎわっているくらいだった。
まず最初に見たのは服屋で、予想通りサーヤは着せ替え人形がごとくロズの好みの服をあれやこれやと着せられていた。
エルニのときと違ったのは、サーヤ自身がかなりノリノリだったことだ。
「ねえ見てルルク! これなんかどう? こっちはどうかしら? これはちょっとエロくない? こ、これはどうみてもコスプレ……っ! あ、これ着心地いいかも! これはスカート短くないパンツ見えてない? うーん、ちょっとこれはないわね……」
などなど、着替えるごとに感想を求めてくるのだった。
反応がいいからロズもますます楽しんでおり、サーヤのサイズに合う服はすべて着たのではないかと思うくらい試着を繰り返していた。
結局ロズが選んだのは2種類の組み合わせ。
エルニと似たお嬢様学校風の襟付きのシャツに膝上までのスカート、赤色のローブの組み合わせ。
もうひとつは動きやすそうだけどフリルのついた七分袖のシャツ、短めのヒラヒラスカートに白いアンダーパンツ、それに赤色のマントの組み合わせだ。
それぞれ後衛と前衛を意識しての組み合わせなんだろうけど、やはり防御力をあまり意識してなさそうな可愛さ重視の服だった。上から鎧を着させる気はなさそうだな。
どっちも少し大きめのサイズにして2着ずつ購入。
もちろん初期装備はすべてロズのポケットマネーからだった。
たいした金額でもなかったので俺が出そうとしたんだけど、そこは師匠として矜持が許さないらしい。ときどきこうしてこだわりを見せるロズは、どことなく体育会系っぽい。
つぎに向かったのは装備屋。
お子様冒険者らしい鉄の小剣と、小さめの盾、それと財布にアイテムポーチを迷わず購入。
もっともアイテムボックスがあるから収納には困りはしないだろうけど、駆け出し冒険者がアイテムボックス持ちだとバレたら色々面倒事が起こるだろうということで、カモフラージュのためのアイテムポーチだ。
それとやっぱり、鎧は買わなかった。
最後に向かったのは靴屋。
まだ成長期前なのですぐに買い替えるだろうが、靴は冒険者の命といっても過言ではない。服で防御力を上げられないなら、せめて機動力を落とさないようにしなければ。
可愛い靴がないと仏頂面のロズをさしおいて、機能性重視で革のブーツを勧める俺だった。
サーヤも不満そうに眺める。
「どっしりしててあんまし可愛くなーい」
「厚底は危険な物を踏んだ時に守ってくれるし、革は草や木の枝から足首を守ってくれるんだ。アキレス腱を切ったら動けなくなるし、毒虫のいるところや泥の中だって歩くんだぞ。靴はどうせすぐ汚れるんだから、せめて足元だけでも防御力を重視してくれ。エルニでも靴だけはしっかりしたの履いてるんだぞ」
靴は戦いだけじゃなくて、移動や冒険の命綱でもあるのだ。
結局、俺のごり押しもあってしぶしぶといった顔で革の靴を選んだサーヤだった。とはいえ俺の選んだものというだけで、かなり嬉しそうに頬をゆるめていた。
すべてのコーディネートを終えた俺たち一行は、ひとまず宿に戻ることにした。
サーヤの服装はすべて既製品なので、そこに必要な魔術や神秘術をかけて防御力をある程度加算していく。オシャレ重視の服は素材に魔力が通りづらいのであまり効果はないが、かすかな違いが命を分けることもあるのだ。
サーヤのステータスにはわざわざ隠すようなところはない。名前もちゃんと貴族とわかるよう登録しているので、認識阻害は必要なかった。
ロズが耐衝撃、耐熱、耐刃の魔術を服や上着に重ねがけしていく。
サーヤはベッドに寝転がりながら、疑問に思ったことを聞いていた。
「ねえロズさん、防御魔術ってなに属性なの? 私にもできる?」
「耐衝撃は土、耐熱は火、耐刃は風よ。全部中級だからそのうちできるようになるわ」
「へ~ぜんぶ違うのね。ルルクの服にもかけてあるの?」
「ルルクは魔力がないからどんな魔術補正も意味ないわ。かけるだけ無駄よ」
「え、じゃあ無防備なの?」
「いやいや、神秘術で代用してるって」
さすがに防御にはちゃんとリソースを振っているぞ。
というか俺のステータスは防御面がスカスカなので、装備に頼らないとすぐに怪我するんだよ。まあ怪我しても速攻治るけど。
「神秘術でもそんなことできるの? チートして『無敵召喚!』とかしてるんじゃないよね?」
「違うって。服には認識阻害で見た目だけふつうの素材に見えるようにしつつ、『錬成』で素材結合を強化して破れにくくしてる感じだ」
「『錬成』? どんな術式なの?」
「物質の構成や状態を自由に変えられる術式だよ。置換法の上級術」
「へえ。それを服にまで……ほんと器用なもんね」
「練度が無駄に高いからな。まあマントは『閾値編纂』と『錬成』と『転写』を合わせて、強い衝撃に反応して多重結界化するように設定してるから、もともと素材の性能もあってたしかに魔術に対してなら無敵に近い性能してるけど……」
まあそれもこれも、異常な耐久性能のユニコーンの皮のおかげでもあるんだけど。
ありがとう超レア魔物ユニコーン。僕はいまあなたに守られて生きています……。
「どれくらいの魔術なら耐えられるの?」
「ん~……エルニの『爆裂』ならギリ大丈夫だった」
「それってどれくらいの威力なの?」
「街がひとつ吹き飛ぶ」
「いや無敵じゃん」
わからんよ?
『爆裂』より強い攻撃魔術がどこかにあるかもしれないし、そもそも神秘術に対してはそこまでの性能じゃない。それに熱や衝撃波防げても、放射線は防げないしね。
「じゃあ、そのマントを壊せるとしたらどんな攻撃なの?」
「俺の得意技の座標破壊の術式を、俺がマントにかけてる存在強度より補強して、的確に撃ち込まれたりすれば破壊できると思う」
「ルルク、神秘術の練度いくつ?」
「7000ちょっと」
「あなたバカなの? そんな相手いないでしょ」
いやいや、何を言ってるんだサーヤよ。
「いるぞ」
「どこに」
「そこに」
ロズを指さすルルク。
サーヤは一瞬「あっ」という顔をして、大きくため息を落とした。
「そりゃあ〝王位存在〟には通用しないでしょうけど……でもいま生きてるのって、バルギアにいる竜王と、ロズさんだけって話でしょ?」
「わからんぞ。伝わってないだけでどこかにいるかもしれん。可能性は無限大だ」
「出会う確率は天文学的でしょうけどね」
そんな無駄話をしていると、ロズが作業を終えたようだった。
服をすべてサーヤに渡してから口を挟んでくる。
「ちなみにサーヤ、私じゃルルクのマントは壊せないわよ」
「ロズさんでも? ウソでしょ?」
「存在強度の補強って独特のセンスがいるのよね。硬化とも違うし、認識強化とも違う。そりゃあ転移のときに多少は使ってるけど、ルルクみたいに武器にまで昇華できるほどの強固な存在強度を、自分自身以外にかけられるような術士なんて聞いたことないわ。逆に聞くけど、ルルク、あなたどういうイメージで物質の情報強化してるわけ?」
「え? いや普通にですね、霊素を使って物質情報を固定してるだけなんですけど……」
そういや、あまり意識してやってたことじゃないな。
てっきりロズにも使えると思ってたんだけど。
「私、神秘術の王位存在といっても、すべての術を誰よりも上手に使えるわけじゃないのよね。スキルだけならよっぽどルルクのほうが多いし。ほらそもそも王様って、べつになんでもできる存在ってわけじゃないでしょ? 一番強いって意味でもないのよ。ただ全体への影響力が大きいだけで、術式ひとつひとつなら専門家のほうがよっぽどうまくやってるわ」
「じゃあやっぱりルルクのマントは無敵じゃない」
「そうかもね。でも、ルルクを殺すのにマントに触れる必要なんてないわよ。それこそが神秘術の意義だもの」
肝が冷えることを言うロズ。
楽観的な表情をしていたサーヤも、顔をこわばらせる。
ロズの講座が始まった。
「いいことサーヤ。物質から物質へ力を伝えるために使うなら、理術が一番効果的よ。直接的な干渉力だけで作用するから影響力も大きい。目的地へたどり着くための力の方向で例えるなら、理術は直線なの。
でも障害物があるときに、それを避けたり壊したりしてたどり着くことが得意なのは魔術。力の方向は曲線。魔素を魔力に、魔力を属性情報に変換する過程で力は減衰するから影響力は小さくなるけど、目的地へ届かせる力だけなら一番なの。それが魔術。
そして迷路みたいな状況に陥ったとき、最も効果的なのは神秘術。力の方向で例えるなら、転移よ。術式さえ完成すれば一気に目的地にたどり着くことができる。そのかわり、その術式を組むのが相当に難しいのが神秘術の弱点よ。目的地が一歩ずれただけで、術式の影響力がゼロになってしまうのも難点ね。それが神秘術の特徴。
だからルルクを殺す、という目的があったとき、神秘術士にとってはマントの性能がどうとかはあまり関係がないのよ。装備品や外付けの防御力は、あくまで魔術や理術に対抗するためのもの。神秘術に対抗するなら、本人の防御力を上げる以外に方法はないわ」
「へ~なるほど……すごいわね。めっちゃわかりやすい」
「私には『教育者』というスキルがあるからね。真意が伝わりやすいようになってるのよ」
感心するサーヤだった。
実際の術式は実践派のロズだが、こういう座学向けの内容はほんとうに憶えやすくて助かる。
あまり他人のスキルをうらやましいとは思わないけど、その教育者スキルだけはぜひ欲しいし、なんなら全人類に持っていてほしい。
「あ、じゃあロズさん質問! ちょっと疑問に思ってたことなんだけど、召喚法の事象改変についてなんだけどそもそも召喚法って手元にない物に作用させる術式でしょ? 私、実際にまだ何かを召喚したことないんだけど、召喚したものがもともとあった場所には何が代わりに生まれるの?」
「良い質問ねサーヤ。置換法の転移とは違って、そもそも召喚法は物質を時空的事象としてとらえる技術じゃないのよ。まず霊素の特性がどういったものかわかるかしら?」
「えっと、世界樹から生まれている、世界を構成する力場の一種?」
「そうね。より正しい言葉だと〝相違空間の次元情報記憶〟と解釈すべきね。もしこの世界がひとつの大きな水たまりだとするなら、元素は溜まっている水そのもの、魔素は波紋、霊素は写り込む景色と言えるわね。魔素と霊素は、そもそも物質ではないのよ。だから術式を組まないと現実に作用しない。鍛えることで感知はできるけどね」
「なるほど。じゃあ霊素は虚像ってこと?」
「そう。その虚像を現実に落とし込んでくるのが神秘術。召喚法は次元情報にアクセスして、召喚対象をもともとあった場所にはなかったことして、手元に持ってくる技術なのよ。最初からなかったことにされた空間には、そこにあるべきものがもともとあったように配置される。私はそれを次元的修復、と呼んでいるわ」
「じゃあ、消えたからって空気が流れ込んできたりすることはないの?」
「そうよ。現実への影響は、召喚された場所には一切生じない。それが召喚法。置換法は空間情報を上書きするから影響はあるんだけどね」
そうそう。
召喚法は、物質と霊素を同時に使用して、次元情報に影響を与える技術。
置換法は、物質にむけて霊素を使用して、物質に影響を及ぼす技術。
この違いを正しく理解できれば、目的に向けてどんな術式を組めばいいのか、自然と理解できるようになる。
「じゃあじゃあ! 置換法の転写なんだけど――」
サーヤは持ち前の地頭の良さと、勉強好きな性格がうまくかみ合ってどんどんロズに質問を重ねていく。
そういえばエルニも昔は魔術の質問をたくさんしてたなぁ。もちろん俺も最初はなぜなぜ期だった。根気よく質問に付き合ってくれるロズは、そういう意味ではいい師匠なんだよな……実戦にさえ行かなければ……。
そんなことを思い出しながら、夕飯まで続く勉強会に付き合う俺だった。
~あとがきTips~
〇神秘術のおさらい
世界樹と繋がっている霊脈。そこから発生している様々な色の霊素を配列させることによって、術式として組み上げる技術。実際に霊素に色がついているわけではないので、ルルクはそれぞれ数字のようなイメージで認識している。
術式は数式と同じく、正しい順序や組み合わせをすることで計算式が成り立ち、発動する。
・召喚法
・置換法
・想念法
神秘術には大きく分けてこの3種類の作用法がある。詳しくは本編で説明。
ただし想念法だけは大気中の霊素だけではなく霊脈も含めて直接操作するため、かなりの練度と集中力が必要。




