心臓編・25『新しい仲間』
「どうしたのルルク、疲れた顔して」
「あ、おはようございます師匠。気にしないでください、たいしたことじゃないですから」
翌朝。
レストランで、あくびをしながらロズに声を返した。
俺の両隣では、エルニとサーヤがもりもり朝食を食べている。ふたりとも育ち盛りなので、皿いっぱいにミートボールのようなものを積み上げて頬張っている。
寝不足気味なのは、その幼女ふたりが原因だ。
あのあとサーヤを連れてこっそり部屋に戻ったら、待ち構えていたエルニから怒涛の質問攻めにあった。昨日の顛末をアレコレ詳しく話して納得してもらえたのはよかったものの、今度は寝る場所でひと悶着。ベッドはふたつしかないので、どっちが俺と寝るかで幼女同士が揉めに揉めたのだ。
女子同士ふたりで寝たらいいのでは、と口を挟んだら殺気の籠った視線で睨まれたので、縮こまって大人しくするしかなかった。
結局、3人で寝るというカタチに落ち着いたのだ。
そんなわけで左右をガッチリ挟まれて、熟睡も安眠もできなかったのだ。ねむい。
「それより師匠、昨日の報告からです」
いかなる時も上司にホウレンソウを欠かさない部下の鑑の俺は、前夜にシュレーヌ家であった騒動を簡潔に話した。
ロズはどうでもよさそうに、
「あっそ。じゃあ契約は予定通り今日なのね」
「午後一番にうかがって納付してきます。ついでにサーヤの着替えや旅に必要な道具なんかも取りに行きますね」
「わかったわ。ならサーヤ、これあげる」
「ふぁい?」
口の周りにソースをつけたまま顔を上げた新弟子に、ロズはぽんと銀色のネックレスを投げて渡した。
サーヤは口の中の物をもぐもぐと嚥下してから、ネックレスをかかげて首を傾げた。
「これなに?」
「アイテムボックスよ」
「えっ! アイテムボックスって……伝説級の激レアアイテムよね!?」
目を見開くサーヤ。
そのとおり、アイテムボックスは装備品アクセサリで等級は〝伝説級〟に位置づけされている。
なぜなら空間拡張の魔術は、禁術指定のひとつ極級魔術だ。
当然、その術式が組み込まれている魔術器なんて市井の人間の手では作ることはできない。
いまの時代、ダンジョンでのレアドロップでしか手に入れることができないので、市場価格は金貨数千枚はくだらない値打ちがついている。エリクサーと同じく、コレひとつで家が買えるレベルだ。
とはいえ、そんなものをポンとあげられる理由はある。ロズも数個持っているし、俺たちもかなりの数を持っていた。
俺はサーヤに耳打ちする。
「実はストアニアのダンジョンの地下80階層のボスを初手の一撃で倒すと、だいたい4回に1回落ちるんだよ。確率は約25%」
「なによその攻略サイト見ました、みたいな情報」
「アホほど周回して試したからな。エルニの魔術の良い練習台になってたし」
「……ちなみに、相手は?」
「Aランクのマルコシアス」
もはや慣れ親しんだ天狼くん。
かつてあれだけ苦労したAランク魔物も、いまではエルニのほどよい練習相手だった。何かイヤなことがあるとマルコシアスをボコりに行ったエルニ先輩マジパネェっす。
まあ、そのおかげでアイテムボックスの装備品がそれなりの数手に入ったのだ。一応かなりの貴重品なので売らずにとっておいている。ストアニアに戻ればいくらでも手に入るんだけど、なんか売るのが勿体なくてね。貯金はあるけど心が貧乏性なんだよ。
ちなみにロズはもともと持っていた指輪型のアイテムボックスを使っている。
エルニとサーヤはネックレス型のアイテムボックスだ。
「そ、そう……ありがとうロズさん」
「入門祝いよ。収納量はレベルに比例するみたいだから、しっかりレベル上げしなさい」
「うっ……がんばります」
才能は素晴らしくても、やはり戦闘には尻込みするようだ。
サーヤはネックレスを大事に装備して、また食事を再開した。
「師匠の今日の予定は?」
「情報収集してからは特にないわね……でも、サーヤの服を選びたいわ」
目をキランと輝かせる。
サーヤは正統派美少女なので、服選びも楽しそうだよな。
「じゃあ午後にシュレーヌ家へ行った帰りは、買い物にしましょうか。サーヤ、午前のあいだに冒険者ギルドに行って登録をしておこう」
「はーい。ついに私も冒険者かぁ」
「ちなみに師匠、この街にはいつまで滞在する予定ですか?」
「長居する予定はないけど、出るのは『破滅因子』のことをもう少し調べてからにするわ」
ああ、そういえばその問題もあったな。
白腕の魔族が探していたという謎のワードだ。
言葉からするとかなり物騒だが、陽動にあれだけの騒ぎを起こすことを考えてもかなり重要なものなんだろうけど……。
「師匠でも知らないこともあるんですね」
「そりゃそうよ。私なんて世界の歴史に比べたら些細なものよ」
「充分ご長寿ですよ」
「……なにか言ったかしら?」
「今日も師匠は美しいですね、と言いました」
おっと口が滑った。死亡フラグは華麗に回避しておかなければ。
兎に角、破滅因子が何かを突き止めないことには魔族の襲撃を防ぐ手立てもないだろう。俺たちが旅に出てもこの街にはシュレーヌ子爵を始め、守りたい相手がたくさんいる。
ま、情報収集はロズの日課なので任せるとして。
そろそろ食事も終わりそうな幼女たちを眺め、俺はこれからのサーヤの育成プランを考えるのだった。
「では、こちらがサーヤさんの冒険者カードです。くれぐれも失くさないようにしてくださいね」
すでに顔なじみになった受付嬢がサーヤに鈍色のカードを渡した。
最初は冒険者になることに消極的だったサーヤもいまやカードがいざ手元にくると、目をキラキラ輝かせていた。
「サーヤさんはルルクさんたちのお仲間ということですけど、パーティ加入登録はしておきますか?」
「あ、お願いします」
「かしこまりました。ランクに差がありますので、クエスト達成時のポイント共有はできませんがよろしいでしょうか?」
「はい、かまいません」
それと同時にパーティ加入も行っておく。
いままではコンビだったから考えてなかったけど、トリオになったからパーティの名前とかも考えておいたほうがいいのかな。無記名パーティじゃ締まらないもんな。
名前は3人で話し合って決めよう。急ぐ必要もないし。
「ではサーヤさんは、通常どおりGランク冒険者からのスタートになります。先ほど説明したとおり、所属パーティでの登録クエストからはポイントや報酬が得られませんので、クエストは個人で受注してください。パーティリーダーのルルクさんはしっかりと新人の教育をお願いします。それとサーヤさんが個人で受けたクエストの過度な手伝いはお控えくださいね」
「「わかりました」」
ひととおり注意事項を受けた後は、冒険者ギルドの仕組みやクエストボードの見方やクエストの受注方法、ポイントの仕組みなどの説明をしていく。
彼女はクラスメイトだった時から成績優秀だったので、たいていのことは一度で憶えていた。
サーヤも俺と同じく軟禁生活だったため、図鑑などを読破して魔物や薬草の見分け方なんかもそれなりに知識を持っていたから、初心者向けの講習は必要なさそうだった。あとは武器や防具など、装備品を整えればいつでもクエストに行けそうだ。
「あ、ルルクさん。ちょうどいいところに!」
「おはようございますターメリク支部長。どうかしましたか?」
ギルドの奥から顔を覗かせたのは、インテリ系支部長。
手招きされたので、エルニとサーヤをともなってギルドの奥へ。
前と同じ部屋に案内されて、支部長とひざを突き合わせた。
「ルルクさん、あのあとの首尾はいかがでしたか? なにやら伯爵様の私兵団と剣を交えたとか」
「ええ、おかげさまで滞りなく交渉できました。ありがとうございました」
「いえいえ、あれくらいのことは。……それでルルクさんには先日の件の報酬と、折り入って頼みたいことがございまして」
前置きもそこそこに支部長が話す。
どうやらマタイサ王国のギルドマスターから、魔族討伐に関して俺たちに特別報酬を授けること、加えて白腕の魔族の遺体をギルドで回収できないかという内容の相談だった。
報酬はわかるが、遺体は何に使うのか疑問だったので聞いてみた。
そしたら冒険者ギルドとしては、今回の魔族襲撃にただやられただけではメンツが保てないから、魔族を撃退したことを世間に証明したいのだそうだ。
「もちろん無償ということではございません。素材としての買い取りはもちろん対象外ですが、特別報酬としてさらに金貨100枚は上乗せするつもりです。いかがでしょう?」
「ええっと……」
ぶっちゃけ報酬に関してはどうでもいい。というか遺体はロズが持っているし、そもそも端から渡す気はなかった。
無差別に街を襲った魔族たちには俺も言いたいことはあるけど、その遺体を晒すなんてのは別の話になってくるからね。それに白腕の魔族は騎士道精神を持っていたみたいだし。
死体蹴りするなら赤眼の魔族のほうだったんだけど……跡形もなく消し飛ばしてしまったからなぁ。いや、エルニが悪いとは言ってませんよ。俺も花火大会のノリで『爆裂』を見上げてたし。たーまやーって。
俺の返事の色がよくないことに、支部長も顔を曇らせる。
「やはり難しいでしょうか」
「そうですね……遺体はいずれ彼の故郷に返すつもりですし。いくら敵とはいってもメンツのために死者を使うのは承服できませんね」
「ですよね……かしこまりました。では、ギルドマスターにはそのように対応します」
すまない、支部長さん。
上との板挟みで大変だろうけど、そこは業務の一環として耐えて欲しい。
「話は変わりますが、ルルクさんはこの街をいつ発つつもりですか?」
「まだ決めてはいませんが、どうしました?」
「しばらく滞在するつもりでしたら、よろしければ滞っているクエストを受けていただきたいのですが……」
「それくらいならぜひ。今日は予定がありますので、明日にでも受けさせていただきます」
「ありがとうございます!」
まあ、せめてそれくらいはね。
それにたしか残っていたクエストはオークの集落殲滅だから、サーヤの戦闘見学にはちょうどいいかもしれないし。
「それと支部長、こちらからも聞きたいのですが……魔族への警戒態勢は今後どうされるつもりですか?」
「ケタール伯爵側から連絡がありまして、このまましばらくは厳重警戒を維持すると決めたようです。冒険者ギルドも方針を合わせるつもりです。ただルルクさん、伯爵様からはそれとなく赤眼の魔族を探す必要はないと通達があったんですが……まさか……」
目を細めていらっしゃる。
まあ、探す必要のない相手を探すのは時間と労力の無駄だから、連絡がくるのは当然だろうな。
ターメリク支部長は冒険者ギルド職員だし口は固そうだ。ここは誤魔化す必要はないだろう。
「ええ、じつはそっちも我々が討伐済みです。ただし跡形もなく吹き飛ばしてしまいましたので、証拠はありませんが」
「ハァ、やはりそうでしたか……って跡形もなく? え、じゃあ街の北で起こった謎の大爆発は、もしかして……」
おっと、口が滑ってしまった。
とはいえさすがにそこまで白状する必要はないだろう。赤眼の魔族がもういないことさえ伝われば、問題はないはずだ。
「ルルクさん、あなたたちはいったい……」
「そろそろ次の予定の時間ですね。それでは支部長、俺たちはここで失礼します」
追求しないよう態度で示しておく。
支部長は空気を読んでくれたのか、それ以上は何も言わなかった。
俺は部屋を出るとき、言い忘れていたことを思い出した。
「あ、そうそう。赤眼と白腕はもういませんが、魔族は他にもいるみたいですから警戒を緩めないでください。我々も魔族たちの狙いを見極めるまではこの街にいるつもりですけど、街全体を守れるとは思っていませんから……くれぐれも油断しないようにお願いします」
「は、はい! かしこまりました」
背筋を伸ばした支部長は、緩みかけていた気を締め直したのだった。




