表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅰ幕 【無貌の心臓】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

66/333

心臓編・21『シュレーヌ子爵との交渉』

 

「ごめんくださーい」


 午後。


 昼食をとってひと休みしたあと、すぐにシュレーヌ子爵家を訪ねた俺たち。

 門のノッカーを叩いて声をあげると、すぐに使用人の少女が顔を覗かせた。

 もう三度目の邂逅なので困った顔をした使用人。こっちに近づこうともしないその子の後ろから、デブ父が出てきた。


「またお前らか! サーヤには会わせんと言ったら何度分かる! 帰った帰っ――」

「先日は失礼いたしました。子爵様に拝見するためには紹介状が必要と伺いましたので、こうして持参しました」


 俺はケタール伯爵家の家紋とバベル伯爵の一筆がしたためられた紹介状を掲げる。


 はっはっは、この家紋が目に入らぬか~。

 息を呑んで固まったデブ父は無視して、使用人の少女に言う。


「というわけで、シュレーヌ子爵様にお取次ぎを」

「は、はいただいま!」


 使用人の少女は慌てて門を開けて、俺を案内したのだった。






「どうも、私が当主のカール=シュレーヌです」

「お初にお目にかかります。冒険者のルルクと申します。こちらが同じく冒険者のエルニネール、後ろに控えておりますのが荷物持ちの一般人、ロズです」

「ご丁寧にありがとう。どうぞおかけ下さい。いま妻がお茶を持ってきますので、少々お待ちを」


 穏やかな雰囲気のシュレーヌ子爵は、そう言って背もたれに身を預けた。

 デブ父がシュレーヌ子爵の後ろに立ってこっちを睨んでおり、使用人の子はおそらく奥様方を手伝いに行ったのだろう、姿は見えなかった。

 もちろんサーヤは呼ばれていない。


「ルルクくん、君は先日、避難所で炊き出しを手伝ってなかったかい?」


 茶を待つ間に本題に入るわけにはいかないので、何か話題がないか探そうとしていると、意外にもシュレーヌ子爵が話を振ってきた。

 コミュ障の俺にとってはありがたいことだ。


「よくご存じで。もしかして子爵様も?」

「ええ、私も微力ながら力添えを少々」


 やはり見間違えじゃなかったようだ。


「それにルルクくん、失礼ながら君は避難所を巡って多くの支援金を寄付していないかな? 街で噂になっているよ」

「そうだったんですか? たしかに、できる限りのことをと思って寄付をして回りましたが……」


 バベル伯爵はそんな噂一切言ってなかったな。

 でも考えてみると、貴族が庶民の避難地での噂話を知っているほうがおかしいか。治安も悪化してるなか、護衛もつけずに無償で復興活動なんてふつう貴族がやることじゃないよな。


 シュレーヌ子爵をお人好し、と呼んでいたバベル伯爵の言葉は正しいのかもしれない。

 俺が頷くと、心なしか子爵の目つきがやわらいだ気がした。


 復興ボランティアの状況や各地の現状を話しているうちに、妻ふたりがお盆を持って紅茶を運んできた。使用人の少女もそのうしろからトボトボとついてくる。手伝おうとして手伝えなかったパターンかな。幸の薄そうな子だった。

 全員に紅茶が行き渡ると、


「では改めまして、ようこそ我が子爵家へ。たいしたもてなしはできませんがごゆっくりくつろいで下さい」

「ご多忙のところ突然の訪問にご対応頂き、誠にありがとうございます。早速本題に入らせていただきますがよろしいでしょうか」

「ええ、どうぞ」

「ではこちらを」


 俺はバベル伯爵からもらった書状を差し出した。

 そこに書いてあることは簡潔だった。



・まずはケタール伯爵家としてシュレーヌ子爵家へ通達が二つある旨。

・一つ目はケタール伯爵家の権限において、冒険者ルルクへシュレーヌ子爵本人との直接交渉権を持たせたこと。


・二つ目は交渉の内容。交渉の内容は以下の通り。

 1.シュレーヌ子爵家は世継ぎ予定の娘、サーヤを3年間ルルクとともに冒険者として武者修行に出すこと。なお、これはサーヤの意志を一番に尊重するものとする。

 2.その見返りとしてサーヤが修行中の3年間に発生する、シュレーヌ子爵家が支払う予定の税金および今回の特別復興支援金を、冒険者ルルクが一括で支払うとする。不足分・過剰分は3年後に清算される。


・なおこの交渉が無効になる場合は、サーヤ本人がルルクへの同行を望まなかったとき。あるいはルルクに一括の支払いが不可能だったときのみとなる。よってシュレーヌ子爵本人ならびにその家族には、サーヤ本人を除いて今回の交渉に異論を唱えることを禁ずる。



 というものだった。


 俺がバベル伯爵に望んだことがそのまま記載されてある。まあ、あれだけ大盤振る舞いに寄付したんだ。そりゃあこれっぽっちも手心を加えたりはしないだろう。


 条文を読んだ子爵は、しばらく驚いた顔をしたままだった。その手から手紙を奪って血走った目で読んでいるデブ父……まあ彼は視界に入れないでおこう。

 俺は子爵に問いかける。


「いかがでしょうか」

「いかがも何も、私がケタール伯爵の子飼である以上は拒否権はないようだからね。もっともこれだけの好条件、サーヤが望むなら行かせてあげたい気持ちが大きいかな。我が子爵家にとっても損はないみたいだし……メリーヌ、サーヤを呼んできてくれるかい?」

「はい、かしこまりました」


 妻のひとりが部屋を出て行った。


「ただね、ルルクくん」

「はい」

「サーヤは私の可愛い姪だ。冒険者ということは危険がつきものだろう? もし危険が迫ったとき、あなたはサーヤを守ってくれるのかい?」

「必ず。私の……いえ、俺の命に代えても」


 どんな苦境に陥っても絶対に死なせる気はない。

 サーヤも、もちろんエルニも。


「そうかい。その目でその言葉が誓えるなら、私にはもう何も言うことがないよ」

「ふざけるな!」


 と、ようやく我慢できなくなったのかデブ父が吠えた。


「冒険者だと! 3年間だと!? そんな危険な旅に行かせるつもりなどない! あいつをここまで育てるのにどれだけ苦労したと思ってる。俺は手放さんぞ!」

「父親として心配する気持ちはわかるよ。でも、さすがに伯爵様のご命令だからね」

「兄貴は何もわかってない! こいつらみたいな小汚い平民が伯爵に協力をもらっただって? そんなことあり得るか! きっと汚い手を使って――」

「黙りなさい。それ以上は、伯爵様を侮辱することになる」


 弟の暴走を止めたのは、鋭い刃のような雰囲気になった兄だった。


 口をパクパクさせて冷や汗をかいたサーヤの父。体の自由が利かなくなったようだ。

 ……たぶん威圧系のスキルだな。しかも効果を見る感じ、上位のスキルだ。


 たしかにそれ以上言われれば、俺だって黙っていられる立場じゃない。交渉中の俺たちを貶めることは俺たちに交渉権を預けているバベル伯爵を貶めることになるから。

 力づくでも黙らせたのは、兄ゆえの優しさだろう。


「ルルクくん、弟が大変失礼しました。この場には不相応とみなして退出させるので、少々お待ちを」


 シュレーヌ子爵が使用人の少女に視線を送ると、彼女は介護をするかのようにデブ父の体を支えながら部屋から連れ出した。


「……本当に失礼しました。親心ゆえのものだと、ご容赦願いたい」

「お気になさらず」


 本当に気にしてなかった。最初から路傍の石だと思ってたからね。

 雰囲気をリセットしたところで、サーヤが入ってきた。


「ルルク!」

「サーヤさん。お待たせしました」


 飛びつくように隣に来たサーヤ。俺にほとんど密着するように座った。

 反対側のエルニがムッとして、俺の太ももをつねる。

 痛い。


「それでルルク、どうなったの? 私、一緒に行ける?」

「はい。話は纏まりましたよ。あとはサーヤさんの意思確認だけです」

「その様子だと、サーヤも同意済みだったんだね」


 こっちの会話から悟った子爵は、嬉しそうな表情になって言った。


「それほど嬉しそうな顔つきのサーヤは、一緒に住んでいても長らく見ていなかった……。そうか、ルルクくんと一緒に行けることが本当に楽しみなんだね」

「そうよ伯父様! ルルクたちはほんとに凄いんだから!」

「そうなのかい。寄付金の額と言い、ルルクくんはお若いのにすでに大成しているんだね」

「恐縮です。……では子爵様、サーヤさんの同意も得られたということなので、納付金の計算をお願いいたします。紋印も添えてお願いしますね」

「ええ。ただ即日の用意が難しいと思うので、明日までには必ず用意しておきますね。ルルクくんの分とケタール伯爵様の2枚でよかったかな?」

「はい、お願いします。では明日の正午にまたお伺いします」


 交渉成立だ。

 俺はシュレーヌ子爵と握手を交わした。


「え? 私、今日行くんじゃないの?」

「性急だねサーヤ。ルルクくんとの契約は支払いが済んでからだよ」

「えー! 私お金で買われたのーっ!? 奴隷? 奴隷じゃないよね!?」


 泣きながら腕に絡んでくるサーヤ。

 そういやまだ説明してなかったか。


 逆側の二の腕の肉がエルニにもぎ取られるまえに、サーヤを引きはがしておく。


「違いますって。サーヤさんをお預かりする条件に、その期間に払うシュレーヌ家の上納金を俺が一括で支払うっていう条件にしたんですよ」

「お金じゃん! 結局お金で買ったんじゃない! 身売りなんてイヤだああ!」

「それくらい建前上必要なんですってば! 一般人がタダで貴族の子を預かれるわけないでしょう?」

「イヤよ! 貴族からの奴隷落ちなんてイヤ~!」

「落ち着いてくださいってば!」


 髪を乱してわめくサーヤ。

 なだめようと肩を押さえる俺。

 俺の足をゲシゲシ踏みつけるエルニ。


 そんな俺たちを眺めて、シュレーヌ子爵は嬉しそうに微笑んだのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] これは確かに感情のコントロールが必要だなw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ