表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅰ幕 【無貌の心臓】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/333

心臓編・20『交渉の基本は腕力』

 

 ケタール伯爵家の裏庭には兵士のための訓練場があった。


 およそ十メートル四方の訓練場で、奥には弓の的や藁人形などがかけられており、これからやろうとしていることにはうってつけの場所だ。ムーテル家の屋敷の訓練場よりもひと回り小さいけど、遠距離魔術を使うような想定じゃなさそうなので十分の広さだ。


 伯爵自身も毎日利用しているのだろうな。俺たちが案内されたときには、伯爵を一回り小さくした筋肉ムキムキの濃い顔の男たちが筋トレに励んでいた。なにがけ男塾だよ。


 俺はそこで、伯爵に負けず劣らずの筋肉男(マッスルマン)と向き合っていた。

 筋肉男は長槍を正面に構え、こっちを睨みつけている。


「私兵団副団長、ダンベルだ。参る」

「ルルクです。よろしくお願いいたします」


 かなり鍛えられているから、油断は禁物だ。副団長ってことはそれなりにレベルも高いに違いない。


 伯爵は俺の実力を見定めようと、離れた場所に座ってじっと見ている。その横でエルニは杖を握りしめて応援していて、ロズはあくびをしている。緊張感のない師匠だぜ。

 どうすれば認めてもらえるかは聞いてないけど、まあ勝てばいいんだよね。


 審判を務めるのは私兵のひとり。彼は腕を上げて、


「それでは試合を執り行う。局部への攻撃は反則。それ以外への攻撃は制限なしだが、過度な攻撃による致命傷は反則とみなす。片方または双方が戦闘不能に陥るか、敗北を宣言した時点で試合は終了とする。終了後に攻撃に移れば反則負けとみなす。それでは――はじめっ!」


 合図とともに、ダンベルが槍を固く握りしめて地面を蹴った。


 おお、思ったより速いな。敏捷値は1500くらいかな。

 主要都市でもない貴族の私兵団とはいえ、さすがは副団長だけある。


 とはいえ、レベル50オーバーの俺にはかなり遅く感じる速度だった。

 とくに敏捷性は得意分野なんだよね。


「よっと」


 俺がしたことといえば、こっちからも進んで殴っただけだった。 

 突き出された槍を見切って斜めに一歩、そのまま前方に一歩、とっさに槍の柄を下げて身を守ろうとしたダンベルの視界を横切るように逆側へ一歩。

 あとはがら空きの胴体を一発殴っただけ。腹パンだよ腹パン。


「ウグゥッ!」


 俺の筋力値は敏捷値ほど高くないけど、それなりのダメージを通せたようだ。

 ダンベルは大きく後ろに吹き飛び、体勢を崩して膝をついた。

 痛みに顔をしかめているけど、まだ戦闘不能ってわけじゃなさそうだな。いい腹筋してる。


「ぐっ……なんというスピード。素手でもここまでのパワーとは」


 悔しそうにまた槍を構えて立つダンベル。

 今度は無理に攻めようとせず、待つつもりらしい。

 まあ速度で負けてれば当然の判断だろう。


 あまりチマチマ攻めても時間がかかるだけなので、ここは手っ取り早くやろう。決闘をしに来たわけじゃないからね。

 拳を握り、離れた距離のダンベルに向けて真っすぐに突き出す。


「『拳転』!」


『刃転』の、拳バージョンだ。

 離れた相手にぶつけるいわゆる〝ジェットパンチ〟的な技だ。『刃転』と同じく転写術の応用なので、霊素が視えていればどこに来るかわかるんだけど、視えない相手からすれば武術の遠当てのように見えるだろう。


 ちなみに、いま思いついてやってみた。

 成功したってことはスキルが増えたってことだ。やったね。


「また平然とスキル作って……」


 ロズが呆れたように苦笑していた。


 当然神秘術が使えないダンベルは、身構える間もないまま殴り飛ばされる。

 さすがの筋肉の鎧も、無防備な角度でアゴを殴られれば意味はない。

 フラフラと足を躍らせてから、倒れたダンベルだった。


「勝者、ルルク!」


 審判がすかさず腕を上げた。

 うん、無難に勝てたな。

 パチパチパチパチ、と拍手が聞こえて振り返ると、伯爵が目をギラつかせて立ち上がっていた。


「見事。ダンベルを赤子の手をひねるかのように倒してみせるその実力、間違いはないようだ。疑って悪かったルルク殿」

「恐れ多いお言葉です、ケタール伯爵様」

「バベルでよい」


 ニィ、と迫力のある笑みを浮かべたバベル伯爵。

 どうやらいまの試合がお気に召したようだ。


「それで相談なのだがルルク殿」

「いかがしましたか、バベル伯爵」

「私とも一戦交えてはくれぬか」

「……失礼ながら、危険ですよ?」

「そんなことはわかっておる。だが、血が滾るのよ。強者とまみえることこそ、我がケタール家にとっての名誉なのだ」


 あかん! めっちゃ脳筋や!

 見た目通りというかなんというか、この人もなかなか厄介な御仁(ごじん)だな。


 でもこの目は言い出したら聞かない人の目だ。

 はあ、しゃーない。


「かしこまりました。では、ご期待に沿えるよう務めさせていただきます」

「手加減は無用ぞ。思いっきりやってくれたまえ」


 こうしてなぜかバベル=ケタール伯爵との第二ラウンドが始まったのだった。


 もちろん結果は俺の圧勝。

 思いっきりやれって言われたから思いっきり殴ったら、気絶してしまったのだった。







「ハッハッハ! 愉快! 実に愉快だったわ!」


 気絶して医務室で手当てを受けていたバベル伯爵。なかなか起きなかったので俺がハイポーションをかけるとすぐに目覚めた。

 起き上がった伯爵は俺の背中をバンバン叩きながら豪快に笑った。


「ルルクよ、貴殿、うちの私兵団に入らんか?」

「勿体ないお言葉ですが、遠慮させていただきます」

「ふむ、まあそうであろうな。その実力であればいずれはこの国一番の冒険者となろう。私の部下に収まるような器ではないか」

「買い被りですよ」


 どうやらかなり気に入ってくれたらしい。

 ここまでになるとは予想外だったが、これで交渉もしやすくなった。結果オーライだ。


 俺が交渉の件をそれとなく伝えると、バベル伯爵はすぐに起き上がって肩に手をかけてきた。まるで親友のように応接室まで連れて歩かされた。


 淹れなおしてくれた紅茶――さっきのよりさらに上等なものに変わってた――を飲んで喉を潤すと、バベル伯爵は話を切り出した。


「それでルルクよ。魔族を屠った貴殿が、この伯爵に何を求める?」

「簡単にいうと交渉権です。それと、納税の肩代わりの許可を頂きたい」

「交渉権? 我がケタール家とのか?」

「いえ、シュレーヌ子爵家です」

「ほう……あのお人好しの愛妻家(・・・)か」


 おや。

 どうやらバベル伯爵はシュレーヌ子爵の男色の噂ではなく、事実のほうを知っているらしい。

 この街の貴族を牛耳る伯爵家だから当然かもしれないけど、そのあたりの関係性も一概には言えなさそうだ。まあ俺が口を挟むものでもないだろう。


「そうです。実は私たちのパーティに新しい仲間を迎え入れたいと考えてまして」

「貴殿らの? それは羨ましいことだな。さぞ才能ある者なのだな?」

「はい。シュレーヌ子爵家の世継ぎを任されているという、サーヤ=シュレーヌ令嬢です」

「おお、知っておるぞ。あやつらがひた隠しにしている秘蔵っ子か。北部の公爵家との婚約話が立ち消えてから数年姿を見ておらんが、なんでも嫁入り修行に専念しているとか」

「ご存じでしたか。その彼女です。しかし問題がありまして――」


 俺はこれまでに直面した問題を、当たり障りのないように説明していく。シュレーヌ子爵家に子息がいないこと、世継ぎがサーヤだけだということ、サーヤの父親がサーヤを王族か上位貴族と結婚させて家督を継がせたいと企んでること。そしてそのために軟禁して、自由を奪っていること。


「ふむ。しかしその程度は貴族としてありふれておる話だぞ。ルルク、貴殿はどうするつもりだ。私の力添えでシュレーヌを説得して仲間にしたところで、サーヤとやらは子爵家の世継ぎであることに変わりはあるまい? 貴族の息女は、成人までに婚約するのが通例であるぞ」

「要は、子爵家としての地位を担保すればいいんですよね。俺は、3年あればサーヤ個人が子爵よりも遥かに優位な立場に立てると確信してます。彼女は俺とは比べ物にならないほどの才能を持っていますので。それから3年後にサーヤが自ら望む相手と婚約すれば、個人としても貴族としても問題にならないかと」


 俺は断言する。わりと出まかせだったけど、こういうブラフは大きいほど良いって言うしね。

 

「3年か。まだ13歳だろうに……だが、面白い」

「ゆえにバベル伯爵殿、サーヤ=シュレーヌを俺たちの仲間に迎え入れるため、シュレーヌ子爵家との交渉権を頂きたい」

「ふむ。具体的には?」

「サーヤ=シュレーヌを私たちの仲間に迎えることを条件に、シュレーヌ子爵家から街や国へ納める3年分の上納金と今回の復興支援金、その全額を俺が支払うこと。ならびに特別義援金として俺個人から街へ金貨1000枚を援助することを約束します」

「なに!? 本気かルルク!」


 ソファを蹴飛ばす勢いで立ち上がったバベル伯爵。


「そのような額、一介の冒険者の貴殿が払う、と?」

「失礼ながら、私にとってはそこまで痛む懐ではございません」

「……それは誠なのか」

「ええ。ご懸念とあれば、こちらを」


 俺は冒険者カードの裏側を提示する。

 本来、個人情報になるのであまり他人には見せちゃいけないんだけどね。


 とはいえストアニアでは、俺とエルニがダンジョン攻略者筆頭だったのは周知の事実なので、そのうちここにも伝わるかもしれないしな。知られて損するワケでもない。


「ストアニアのダンジョンの100階層突破とな! 貴殿、Sランクの魔物すら倒しておったか。確かにそこまでたどり着けるというなら魔物素材の売却だけでも金貨数万枚分の収入にはなる……なるほど。ダンジョン富豪であったか」

「そういうわけで、バベル伯爵にはお口添えをお願いしたい次第です」

「無論そのような破格の条件、私が飲まんわけがなかろう。というかルルク、私や街に一切デメリットがないではないか、これを交渉と呼んでよいのか?」

「……お言葉ですが伯爵、交渉の(てい)でないと世間一般的にマズいのでは?」

「ハッハッハ! 違いない!」


 俺の悪い顔に、嬉しそうに笑ったバベル伯爵だった。


 そうして話は纏まり、バベル伯爵からケタール家の家紋とともに一筆をしたためてくれた書状を受け取った。

 これでシュレーヌ子爵家への囲い込みがほとんど完成したわけだが……やり残したことが少し。


「して伯爵殿。魔族の遺体をご覧になりますでしょうか」

「おお! そうだった。見せてくれたまえ」


 さすがに高そうな絨毯を汚すかもしれないしな。また裏庭に移動する。

 ロズのアイテムボックスから白腕の魔族の遺体を出して、地面に横たえる。

 冥福を祈っておいた。


「うむ。間違いなくあのときの魔族だ」

「奥方様が被害に遭われたとか」

「そうだ……だが、こやつは誰も傷つけんかった。やろうと思えば私すらひねり殺せたであろうに」

「そのようですね。街中でも、無関係の人間を巻き込もうとはしませんでした」

「魔族にも色々あるということだろう。こやつは殺戮者ではなく、戦士だったのだな」

「ええ」


 全員で黙とうを捧げる。敵とはいえ、むやみに遺体を視線に晒すのはあまり気持ちのいいものではないのでまたロズがアイテムボックスに収納した。

 バベル伯爵にも複雑な感情が見え隠れしていたが、彼は大きく息を吐き出すと、


「しかし、赤眼の魔族とやらは殺戮者だったのだろう? またこの街を襲っては来ないとも限らぬし、住民たちにも私としても不安が残るな……」

「それなのですが伯爵殿。赤眼の魔族は金輪際この街には現れませんよ」

「ルルク、そのような保証がどこにあるというのだ」

「現れませんよ」

「だから、」

「現れません」


 目を合わさずに断言する俺だった。

 その意味をしばらく考えていたバベルだったが。


「ハッハッハ! そうか、信じようルルク! 赤眼は故郷に帰った(・・・・・・)、そういうことだな」

「さあ、どこへ行ったのでしょうね」


 わざとらしく遠い目をしたおいた。

 まあ、直接言ったわけじゃないからこれくらいはいいだろう。リップサービスってやつだ。

 バベル伯爵にはこれからも世話になるだろうし。

 あ、でもそうだ。


「しかし伯爵殿。お耳に入れておきたいことが」


 俺は白腕の影に潜んでいたという3体目の魔族のことを話した。

 影に潜み、ロズですら取り逃した相手だ。


 バベル伯爵は楽観的な表情が一転、口元を結んで眉間にしわを寄せる。

 魔族の目的がわからなかった以上、今後どう攻めてくるかもわからないのだ。来なければそれでいいが、来るならいつ再来するかも不明だ。


「そういえば、白腕がなにか問うておったな。たしか「破滅因子はどこだ」、だったか。聞き間違いだったかもしれんが私にはそう聞こえたな」


 思い出したように言うバベル伯爵。

 新しい情報だった。


「破滅因子……知ってますか師匠」

「…………。」


 こっそり聞くと、ロズは難しい顔をした。

 確証がないのか、あってもこの場では説明できないことなんだろう。


 すべての用事が終わった俺は、次の目的地へ向かうためバベル伯爵にいとまを告げるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ