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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅰ幕 【無貌の心臓】

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心臓編・18『魔族を討伐した冒険者』


 朝食後すぐにシュレーヌ子爵家を抜け出た俺は、寄り道もせずに宿まで戻ってきた。


 まだ午前中の早い時間だ。

 ロズ、エルニ、サーヤの3人はちょうど宿に併設されているレストランで食事中だった。


 俺もシュレーヌ家の質素な食事ではあまり腹も膨れていなかったため、迷わず同席する。

 パンとスープを注文して腰を落ち着けると、すぐにサーヤが身を乗り出してきた。


「おかえりルルク。ねえ、どうだった?」

「聞いていたとおりでしたね。子爵様は聞いていた以上に好感の持てる人でした」

「でしょ? 伯父様はとっっっても善い人なのよね。でも損ばかりする性格だから、ほんとかわいそう。それで何かいい案は浮かんだ? あのバカオヤジ、説得できそう?」

「直接は難しそうですね。でも少し使えそうな状況になりましたよ」


 支援金のことを話した。

 サーヤが顔をしかめる。


「うちの財政状況じゃ絶対払えないわね。パパがまたどこかに借金頼むしかないわ」

「そのつもりみたいです。だから、そこを利用させてもらいましょう」

「……ルルクが代わりにお金出すの? そのかわりに私を寄越せとか?」

「いえ、さすがにそこまで直接的にはいきませんよ。いくらお金がないからって一介の冒険者相手に金を借りるような真似は、さすがに貴族の立場上難しいでしょうから」

「ならどうするのよ」


 ムムム、と眉間にしわを寄せた10歳児。

 貴族社会のことは実家にいた間にある程度学んでいる。交渉するための条件や貴族としての建前や見栄があるなら、そこを押さえてしまえばいいだけだ。

 

「まずは冒険者ギルドに行きます。師匠、白腕の魔族の遺体、たしか回収してるって言ってましたよね?」

「ええ。アイテムボックスに保存してるわ」

「それを使わせてください」


 一夜明けて、さすがに情報も整理されてきた頃だろう。

 目撃された魔族は2体。赤眼と白腕。


 当然この2体は冒険者ギルドが討伐対象に認定しているだろう。最優先の討伐対象として街かギルド自体がクエストを発注するはずだ。

 そこに思い当たれば、あとは交渉力次第だ。


「なるほどね。さすが『悪知恵』スキル持ちね」

「えっ! ルルクってばそんなスキルが?」

「ないですよ。師匠、信じる子がいるのでやめてください」


 ひとまず方針は決まったので、ゆっくり食事を続ける。

 ちなみに高級宿のレストランということもあり、スープもパンもしっかり満足できる味だった。


 次からもこういう宿がいい、とエルニがこそっと俺に耳打ちしてきた。それはもちろん俺も同じだったが、こういう大きめの街ならともかく小さい街にはないから約束はできない。


 サーヤは外泊すら初めてだったようで、柔らかいベッドでぐっすり眠れて大満足だったようだ。同室がエルニなのも特に気にならなかったらしいけど、寝る前にエルニが認識阻害のローブを脱いだときはめちゃくちゃ驚いたんだとか。

 そういえば、エルニが羊人族だとは教えてなかったっけ。


「エルニネール、めっちゃ可愛いわよね。ぎゅっとしたいもふもふしたい……」


 エロオヤジみたいな目になるサーヤだった。


 しかしサーヤには残念なことに、エルニはサーヤを警戒しまくっていた。頬を膨らまして「このおんな、いやらしい」とか「このおんな、きらい」とか愚痴を漏らしまくっていた。どうやら昨晩、セクハラまがいのことをされたようだな。

 これから姉妹弟子になるんだから仲良くしてほしいもんだよ。


 歩きながらそんな話をしているうちに、冒険者ギルドに着いた。

 半壊した建物の前にクエストボードを掲げて、受付も臨時に設けている。内容はほとんどが復興活動の手伝いだったが、俺たちの要件はそこではない。

 昨日の受付嬢を見つけると、こっちから話しかける。


「おはようございます。Bランク冒険者のルルクです」

「あっ、昨日の! お帰りなさい、クエスト大丈夫でしたか? じつはルルクさんがクエストに行ってるあいだ、とんでもないことが起こりまして」

「知ってますよ。それでちょっと話がありまして。ここじゃあ他の皆さんの視線があるので、目立たない場所に移動したいのですが」

「わ、わかりました。討伐の件ですか?」

「ええまあ」

「すぐに支部長を呼んできます」


 慌てて半壊した建物に入っていった受付嬢。

 たぶん昨日受けたクエストの討伐だと勘違いしてるっぽいけど、訂正する必要もないので言わないでおく。


 受付嬢は、眼鏡をかけた壮年の男性とともに戻ってきた。体つきを見る限り冒険者上がりの人っぽくはないので、ギルド職員から支部長になったのだろう。腰が低そうな男だった。


「どうも初めまして。私はシャブーム支部の支部長を務めているターメリクと申します」

「ルルクです。後ろにいるのはパーティメンバーなのであしからず」


 なんだか香ばしい名前の人だな。

 この場面では個人の挨拶はいらないので、後ろの3人を軽く指しておく。サーヤは厳密にいえばまだ冒険者でもないけど、いずれ同じパーティに入るなら嘘ではないだろう。

 支部長は軽く会釈をして、半壊した建物を指す。


「よろしければ中へどうぞ。崩れた部分はすでに土魔術で補強してるのでご心配なく」

「ええ。お願いします」


 支部長についてギルド内に入る。

 受付があった場所を越えてその奥――事務室のような場所に案内された。勧められたソファに座って膝を突き合わせる。

 俺、エルニ、サーヤは大人しく座ったけど、ロズは扉の近くで壁にもたれかかって立った。


「ではルルクさん。昨日はAランククエストを二件同時に受けて下さったと報告を受けておりますが、その件でよろしかったでしょうか」

「はい。あ、すみませんその前に……エルニ」

「ん。『サウンドカーテン』」


 エルニが防音の魔術を施しておく。

 念のため、ね。


 中級風魔術『サウンドカーテン』を、完全詠唱省略で発動したことにターメリクは少し驚いた表情を見せたが、場数を踏んでいるのだろう、言及することなく話をつづけた。


「では改めまして。昨日のクエストの件、依頼は完了したということでよろしかったでしょうか?」

「はい。無事どちらも討伐完了です。エルニ」

「ん」


 アイテムボックスから、討伐の証としてギガントアンツの触覚を50近く、ベルゼブブの各素材をテーブルに出した。

 さすがの支部長ものけぞった。


「お、おお……たしかに確認しました。たった4人でこれだけの成果とは」

「んーん、ふたり」

「え? おふたり、ですか……?」

「はい。俺とこのエルニネールで討伐しました。こっちの子はまだ未登録なので、後ほど登録してパーティに加入するつもりです」

「そ、そうですか……後ろの方は?」

「私は荷物持ちの一般人よ」


 やっぱりここでもその設定で押し通すんですね、師匠。

 眼鏡がずり落ちかけるほど驚いていた支部長だったが、並べられた素材を見てハッとして、


「す、すぐに報酬をお持ちします」

「ちょっと待って下さい。この報告はついででして」

「……何か、本題が?」

「はい。昨日の魔族襲撃の件ですけど、ギルド側もすでに襲撃した魔族の情報を把握してると思いますが、どうですか?」

「もちろんです。貴族街に襲来した白腕の魔族、それと街全体を無差別に襲った赤眼の魔族。この2体を確認しておりますが……まだ行方はつかめておりません」

「討伐クエストは出る予定ですか?」

「ええ。まだ依頼書は作成しておりませんが早急に……ただ、魔族となると実力は未知数でして。昨夜から王都のギルドマスターに連絡を取っておりますが、まだ伝書が届いておらずクエスト難易度をいくつに設定して良いかわかりかねているところでして」


 困ったように言う支部長。


 そりゃそうか。今回は滅多にない魔族相手の討伐クエストだ。実力を計りかねてしまうと低ランクの冒険者じゃ返り討ちに遭うだろうし、必要以上に高ランクにすれば成功報酬金額が跳ね上がってしまう。依頼元が街かギルドかは知らないが、予算もあるだろう。


「とはいえ……おそらく緊急クエストになるかとは思います」

「魔族相手にですか?」


 緊急クエストはCランク以上の冒険者は強制参加の集団クエストだ。

 さすがにCランクレベルじゃまともに戦っても瞬殺されるだけだと思うが。


「もちろん討伐は難しいので、捜索がメインになるかと思います。しかし、相手が街のどこに潜んでいるかわからない現状です。潜伏した魔族を見つけ出して排除する……それがこの街で冒険者ギルドとしてできる最大の貢献でしょう。私もできる限りのことをしたいと思っております」


 眼鏡の下の瞳をギラつかせ、意気込む支部長だった。

 インテリっぽいわりに意外と正義感の強い真面目な人だな。

 そういう状況なら交渉もしやすそうだ。


「ちなみに支部長、魔族討伐は貴族の方々――具体的には街を預かってるケタール伯爵家からの要請になったりしますか?」

「ええ、その予定です。白腕の魔族は最初にケタール伯爵家へ攻め入ったらしいんですよ。そのとき人質になったのが第一夫人でして、ケガはなかったそうなのですが奥様が大変お怒りで……なんとしてでも討伐しろ、と伯爵様に迫ったみたいです」

「それは好都ご……ゴホン、とてもご懸念されているでしょう。では支部長、ぜひとも我々をケタール伯爵様に紹介して頂けませんでしょうか?」

「……それは、なぜでしょう」


 視線が鋭くなった支部長。

 いくらAランククエストを同時達成した冒険者だからとはいえ、そう簡単に街のトップに会わせるわけにはいかないだろう。さっきまでの好相から一転、警戒していた。


 予定通りの流れなので、俺はここで手札を切る。

 後ろに立っているロズに視線を送ると、ロズはアイテムボックスから魔族の遺体を取り出した。


 この世界の魔族はいわゆるダークエルフのような外見だ。褐色の肌に尖った耳なので、パッと見て魔族だとわかる。それに加えて両腕だけ真っ白な外見をしていれば、この遺体が誰なのかも一目瞭然だろう。

 ちなみに胸に穴が空いているが、血はすでに止まっている。防腐処理などもロズが行っている。


「なっ!? それはまさか!」


 大声を上げる支部長。

 俺は即答する。


「白腕の魔族の遺体です。我々はアイテムボックス持ちのパーティなので、保管してもらってます」

「な、なっ……!」

「伯爵様の奥様を怒らせた魔族を討伐した褒美として、ぜひとも伯爵様にお目通り願いたいのですが……いかがでしょう?」


 俺がそう言うと、ロズはすぐに魔族を収納した。

 言外に、伯爵に会わせなければ討伐したことを黙っておくぞという脅しでもある。


 一介の冒険者を伯爵と会えるよう仲介するか、無下に断るか。どっちが街の――ひいてはギルドの得になるかを計算できないほど、支部長も愚かではなかった。


「や、約束しましょう。すぐに伯爵様との間を取り持ちます」

「ありがとうございます。では、昨日のクエストの報酬をよろしくお願いします」


 にっこり笑った俺とは対照的に、支部長は冷や汗がとまらなかった。


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