心臓編・12『夏野菜の冷製パスタ』
「よし、これで最後っと」
ギガントアンツの首を『刃転』で切り裂くと、いままで聞こえていたカサカサという足音が聞こえなくなっていた。
念のためエルニの『全探査』で索敵してもらったが、坑道内に生き残りはいないらしい。これでようやく完全殲滅だ。
俺はひと息ついてから、坑道を振り返った。
腰につけたランタンが真っ暗な道を照らす。そこには死屍累々にギガントアンツの死骸が転がっていた。
ギガントアンツは単体でCランクの魔物だ。甲殻が固いが、魔術は通りやすい。坑道に巣くう習性があるから炎の魔術は使えないので、集団戦を加味してのAランククエストってところだろう。
まあミスリルの短剣のおかげで『刃転』の威力も上がって、その硬い甲殻ですらバターのように切れてしまうから俺としては苦労はしなかった。
いい武器が手に入ってよかったぜ。
「さて……素材集めるかぁ」
「ん、がんばる」
ギガントアンツは50体くらい倒した。
自分で必要な素材はないけど、討伐確認のために触覚だけは持って帰らないとならない。
めんどくさいけどやるしかないのだ。めんどくさいけど。
俺が触覚を切っては、エルニがアイテムボックスに収納する。黙々と作業を進めているなかで、なにやら不穏な物音が聞こえてきた。
羽音だ。
細かく、幾重にも重なった羽音。
風の流れが少しだけ変わった。
「エルニ」
「『全探査』」
あっというまに詠唱を終えて発動したエルニ。
最近どんどん詠唱時間が短くなってるな。
「ん、こっちくる。ベルゼブブ」
「おっ、次の目的がむこうから」
おそらく血の匂いに誘われてきたんだろう。飛んで火にいる夏の虫だな。
素材集めは中断して、もう一度構える。
こんどは単体戦なので任せてもらおう。集団戦のギガントアンツはほとんどエルニに任せたから、こっちも少しは仕事しないとな。
俺は羽音が近づいてくるのを確認して――
「『裂弾』」
姿が見えたベルゼブブの眉間に、座標攻撃をぶちかました。
パン、と軽い音を立ててベルゼブブの頭部が吹き飛んだ。
体液をまき散らせながら、地面に落ちて転がる蝿の王。
出合い頭に即死させられるとは思ってなかっただろうけど……ごめんな、俺、虫キラいなんだ。
「ん、さすが」
「さあ素材集め再開だ」
ギガントアンツに一体だけベルゼブブが混ざっているが、やることは変わらない。
ベルゼブブの素材は体表部分は全部切って回収する。どれも硬くて軽いから、武器や防具なんかの素材としても高値で売れるのだ。
まあ、Aランクの魔物の中では人気はイマイチだけどな。蝿だし。
「ん。終わった」
素材を集め終わった頃には、廃坑の入り口まで戻ってきていた。
空を見ると昼を少し過ぎたところだった。日差しが熱い。
ちょうど昼時だから飯にでもしよう。
「何食べたい?」
「やさい」
今日は野菜の気分のようだ。
木陰に移動して、食べたい野菜を出してもらうとアイテムボックスから夏野菜がボロボロでてくる。出発前に街の露店で買ったばかりの旬のものだ。そのなかから、なるべく栄養価の高そうなものを選んでいく。
メニューは……そうだな、冷やしパスタにしよう。
まずはナス、タマネギ、赤ピーマンをフライパンで炒める。下味には塩だけでいい。
トマト、キュウリ、ミョウガは生のままスライスだ。ミョウガは半分は細かく刻んで、食感の違いを出してやる。
鍋で湯を沸かしてパスタをゆでる。パスタはストアニア王国の主食のひとつだったので、たくさん買い込んである。前世のパスタほど細くはないが、そのぶんもっちりしてて香ばしい。
つぎはスープだ。沸かしたお湯に塩、鳥の骨(肉つき)とイノシシの肉を袋で縛ったものを投入。出汁がとれたら袋を上げて灰汁を取り、さらに塩と胡椒で調味。
さて、ここからが大事。
「エルニ、冷やして」
「ん。『アイスエリア』」
熱いスープを、キンキンになるまで魔術で冷やす。
肉の脂が白く固まるまで冷やして、凝固した油を取り除いていく。エルニはちょっと残念そうな顔をしていたけど、動物性の脂は冷えてるとあまり体に良くないっていうからね。
ゆであがったパスタの水を切り、焼いた野菜、スライスした生野菜を並べて、その上から冷たいスープを豪快にかける。
あとは小さな氷を作って飾って、完成だ。
彩り豊かな夏野菜の冷製パスタ。
「じゃ、いただきます」
「ん、たべる」
まずは上にのっている夏野菜から。
塩で炒めただけの素材のうまみに、鶏ガラのスープが合わさるように舌にとろける。ナスは濃厚、タマネギは甘く、赤ピーマンは弾けるうまさだ。
生野菜ももちろん新鮮でウマい。みずみずしいキュウリとトマト、シャキシャキなミョウガの香ばしさ。
そしてもっちりとしたパスタもまたスープが絡んで冷たくて美味しい。麺とともに口に入ってくる刻んだミョウガも絶妙なアクセントだ。
「んふ~」
お嬢様も満足なようで。
暑く照っている日差しも、今はひんやりした食事で心地いい。
ひと仕事終えた俺たちは、のんびりと過ごすのだった。
とくに急ぎの用事はなかったので、森を抜けた後は散歩がてらゆっくりと街へ戻った。
ヒマついでに魔術の詠唱についてエルニに色々聞いてみた。
詠唱速度が人によって違うというのは有名な話だけど、エルニはどんどんスピードが上がっている。かなり長いはずだった『全探査』でも、最近は数秒以内に終わらせてしまうほどだ。これは一般的な魔術士の中級魔術の詠唱よりも少し短い。
なぜそんなに早くできるのか、というとやはり魔術練度とイメージの才能が関係している。
そもそも、魔術は魔力を属性情報へ変換して解き放つ術式だ。
必要なのは燃料である魔力、変換のために使う呪文、出力のための術式名だ。
このうち省略できるのは呪文。言葉とイメージの力で魔力をうまく属性変換できれば、それだけ呪文は短くなっていく。
発動に必要な部分と、短縮しても問題ない部分。それが個人の才能や魔術ごとに違うわけだけど、使っているうちにどんどん理解できるようになっていくんだとか。その上達速度も練度というステータスに含まれている。
魔術練度が他人の何倍もあるエルニにとって、詠唱時間もわずかで済んでいる。なおかつ中級までなら詠唱はほぼ省略できている。
さすがエルニ。
ただし〝無言魔術〟は技術的にまだ不可能らしい。詠唱完全省略がそれに近いけど、発動時に術式名を唱えることは必須だ。
魔術陣さえ刻んだ道具――いわば魔術器があれば、もちろん再現は可能だけどな。
とはいえ日用魔術と違って攻撃用の魔術は情報量が多いうえに消費魔力も何十倍ある。魔術器にしようとするとかなり大きくなってしまうので、戦争などの防衛戦くらいでしか使えないらしい。
小型化できなくもないが、それにはミスリルなどの魔力伝達が非常に高い金属が必要らしいので、コスト的に実用化は不可能なんだとか。
ん~奥が深いぜ、魔術の世界。
これをほぼ全人類が研究、実現できる才能を持ってるんだから、そりゃ一番発達する技術だな。
「ん、でも神秘術もすごい。てんいできる」
「そうだな。召喚法、置換法、想念法の作用範囲内なら神秘術も引けを取らないんだけどなぁ」
神秘術の可能性も、ないわけじゃない。
ちなみにいままで理解した法則を簡単に説明すると、こうなる。
召喚法は〝場所を問わず実在する物と霊素を使用し、物体、事象、現象に作用させる〟もの。
置換法は〝手元に実在するものを使用し、霊素で物体、事象、現象に相互作用させる〟もの。
想念法は〝手元にないし実在しないが、霊脈を使用し世界樹に記録された集団意識を現実に作用させる〟もの。
だいたいこんな解釈で間違ってないと思う。一部例外を除くけどな。
だから逆に言うと、定義はあるのに固定化されていないもの(たとえば常に変化している炎や風、水などの形を持たない属性物)は操ることができない。
属性術式がほぼ魔術専門なのはそういう理由だ。
術ひとつの現実への影響力は小さいけど、使い勝手がバツグンにいいのは魔術。
術ひとつの使い勝手は悪いが、作用対象への影響力が大きいのは神秘術だろう。
「ん、まじゅつ、げんじつをあやつる」
「そうだな。神秘術は現実を歪める。こういう解釈が近いかな」
そして理術は、現実を現実のまま変えてしまう技術。つまり科学だ。
奥が深いぜ、三大技術。
「ん……もっとべんきょう」
「そだな。妹弟子も加わるしな」
ロズにはああいったが、負けてられないな。
俺たちがそんな風に話し合っていたときだった。
前方――街のほうから、煙が上がっていた。
火事か?
いや、それにしては規模が大きいな。何かあったに違いない。
「エルニ、転移する」
「ん」
すぐに街のそばまで転移した。
門にいるはずの兵士はおらず、街の至るとこから煙が上がっていて、叫び声と混乱が町中に広がっているようだった。
「何が起こってる……?」
「『全探査』」
エルニが索敵魔術を放った。
「ん……まち、おそわれてる」
「襲われてる? 誰に? テロか戦争か?」
「ん、このまりょく……まぞく?」
なんだって?
耳を疑ったが、エルニの索敵魔術に狂いはないはずだ。
そういえば魔族を見かけたってバルギア竜公国の国境で聞いていたっけ。それがここまでやってきたのか?
でもわざわざ街を襲う理由はなんだ。王都でもなければ、ここが国家防衛や経済的に重要拠点でもない。魔族はそもそもなんの目的で大森林を越えてこんなところにやってきたんだ。
いまの情報じゃ、何もわからない。
ひとまずロズと合流しようと、エルニにロズの居場所を聞こうとして――
「スゴイ! スゴイ!」
「スゴイネ! カミサマのマジュツ!」
すぐそばで、鉄を引っかいたような声が聞こえた。
そこにいたのは、小さな羽根の生えたゴブリンみたいな妖精だった。
デミゴブリン。Eランクの魔物だ!
俺はすぐにミスリルの短剣を抜いて切りかかろうとしたが、その直前、俺たちの真後ろに大きな気配が膨れ上がった。
「クフ~! ま~さかまさかの掘り出し物じゃないで~すか~」
そいつは褐色の肌で、エルフのように耳のとんがった容姿をしていた。
ただし眼球は充血したように真っ赤。八重歯が鋭い、徹夜明けのダークエルフのような姿だった。
こいつが魔族か。
俺は直感的に理解した。
赤眼の魔族はぺろりと唇を舐めると、エルニを眺めて嬉しそうな声を上げた。
「破滅因子をい~ただきにき~たら、ま~さか魔王の種も同じところにいるとは。サトゥルヌ様も予想外の~ご馳走で~すね~……さ~て、この場合はワタクシ、いただいちゃってもよろし~いので~すかね~?」




