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幼少編・3『公爵家の恥さらし』

 

「旦那様、ルルク様をお連れしました」

「来たか」


 ここは二階、家族用のダイニング。


 ヴェルガナの部屋でこの世界や我がムーテル公爵家のことを教えてもらっていたら、メイドが俺を呼びに来た。何やら父親が俺に話を聞きたいんだとか。

 無視する選択肢はとれそうになかったので、しぶしぶ移動する。


 ダイニングに入ると、一番上等なソファに腰かけた父親が俺を睨んでいた。


 ディグレイ=ムーテル公爵。

 (ルルク)の父親にして王国騎士団の第二団長を務めている、王国騎士筆頭のひとりだ。


 二メートルは余裕で超える背丈にイカツイ顔。リンゴくらいなら軽々と握りつぶせそうなゴリラみたいな見た目で、実際その身体能力も一般人の比じゃないらしい。

 本当に俺の父親か疑ってしまうくらい、体格が違うのだ。


 ただ座ってるだけなのに小動物くらいなら睨み殺せそうな猛獣みたいな威圧感だった。

 俺は威張っても子ウサギほどの存在感しか発揮できないので、大人しく言葉を返しておく。


「はい、お呼びでしょうか」

「体調はどうだ」


 心配してる……わけじゃないな。

 周囲からは複数の視線が、俺の言動に注目していた。


 父親(ディグレイ)の近くには他の家族が座っていた。

 一番近いソファに腰かけているのは、吊り目で怜悧な風貌の30代女性。シンデレラの継母みたいな雰囲気の彼女は、ヴェルガナ情報だとおそらく第二夫人のマティーネ。

 その隣にいるぽっちゃりとした子どもはマティーネの三男坊で、俺より2歳年上の兄だ。たしか名前は……なんだっけな。


 そこから少しだけ離れたソファには、大学生みたいな若い女性が小さな娘と並んで座っている。

 母親が第三夫人のリーナで、幼女のほうが妹だろう。妹の名前はたしか、リリスだったっけ。母親の腕に隠れるようにしてこっちを怯えた目で見つめていた。


 なるほどなるほど。

 この詰問は俺の心配じゃなく、彼らに情報共有するためのものだな。


 そりゃ死んだはずの忌み子が生き返ったんだから、死霊になったんじゃないかと怯えるかもしれないしな。この世界ではそういう魔物(・・)がいるらしい。呼び出された理由は単純明快だった。


 だったら俺はハキハキと答えることにしよう。いまの俺はエナジードリンク10本飲んだ後くらい生命力に満ち溢れているぞ。それに、ヴェルガナにはルルクは無感情ながら礼儀正しかったとだけ教えてもらっていた。

 ルルクであることをアピールするため、レッツロールプレイだ。


「はい。元気です」

「そうか。魔素毒は消えたということだが心当たりは」

「いいえ。ステータスのスキルでは治癒系の確認はできません」

「……そうか」


 低く唸るような声を漏らすディグレイ。

 これは現在進行形で俺も悩ましい。


 ヴェルガナいわく、他の系統のスキルにももちろん治癒スキルはあるから教会に行って鑑定魔術をかけてもらえばハッキリするらしいんだが……。


「父上、教会で鑑定してもらうことはできますか?」

「それはならん。何度も言うが、おまえは外出禁止だ」

「……そうですか」


 ですよねー。

 わかってはいたさ。体内の毒が消えたとはいえ、俺は魔素欠乏症――いっさい魔術が使えない(・・・・・・・)貧弱な坊やだ。


 このムーテル家は歴代の男児すべてが優秀な騎士になって、王国へ貢献してきたという。

 そんな中で生まれた忌み子は、まさに公爵家の恥なのだ。

 もちろんルルクの存在はひた隠しにされており、街を平気な顔で闊歩することを許されるはずもなく、しばらくはいままでと同じ軟禁状態で屋敷に閉じ込められるのだろう。


 現代日本なら虐待通報案件だけど、残念ながらここは異世界でなおかつ貴族社会のど真ん中の家柄。そういう物語にもいままでたくさん出会ってきたから理解できるけど……くそぅ、当事者となると悔しいものがあるな。


 兎に角、食い下がることなく大人しくうなずいた俺に、ディグレイは大きくため息を吐き出した。すぐに近くにいたメイドに酒を用意するよう言いつけて、不機嫌な表情になっていた。もう俺のことは視界にすら入れようとしなかった。

 たった数回の会話で、俺との面談は終わりってことだろう。


 そんな父親の態度には愛情がないどころか憎しみすら籠っているものだったが、その理由もヴェルガナに聞かされていた俺は、何も反応せずにペコリを頭を下げて部屋から退出した。

 ふう。

 扉を閉めてひと息つく。


「いやぁ、嫌われてるねぇルルクくん」


 第二夫人や第三夫人からは、あからさまに煙たがられるような顔を向けられたな。

 ちなみに第一夫人(ルルクの実母)は、ルルクを産むときに亡くなっている。父親(ディグレイ)息子(ルルク)を恨んでいるのは、どうにもそのあたりの事情も関係してそうだ。

 ただ忌み子ってだけじゃ、ここまで毛嫌いしないだろうしな。


「だからって同情するよ。おまえが悪いってわけじゃなかったのにな、ルルクくん……」 

「おいモヤシ!」


 感傷に浸っていると、後ろから声をかけられた。

 七色時代にもモヤシと呼ばれたことは何度かあるから、自然とその罵倒が俺のことだと察してしまったぜ。なんか前世に負けた気分だ……。

 それはそうと、この病人上がりの5歳児をモヤシ呼びしたのは、


「たしか……キウイ」

「ガウイだ!」


 ああそうそうガウイね。ちょっと肉付きのいい2歳年上の兄。

 ヴェルガナ寸評では悪ガキという評価だったか?


 いかにもいじめっ子です! みたいな態度で近づいてくる兄に対して、俺はちょっと迷った。ダイニングから出てすぐの廊下だし、扉を開ければ会話も聞こえてしまうだろう。

 しばらくルルクのフリして大人しく過ごすって決めたんだよ。ヴェルガナ以外関わらないで欲しいんだが……。


「おいモヤシ、おまえビョーキ治ったんだってなぁ?」

「ん~……そうともいうし、そうじゃないともいうし」


 毒は消えたけど後遺症だけ残ってる、みたいな?

 俺の曖昧な返事に、ガウイは一瞬不快そうな顔を見せたが、すぐさま粘着質な笑みを浮かべて俺の肩に覆いかぶさるように手をかけてくる。


「もう元気なんだろ? じゃあ俺と遊ぼうぜ。モヤシに拒否権はないからな!」

「遊ぶって、なにするの?」

「ちょっとした水遊びだよ。ほら、来いよ」

「綺麗なお姉さんになって出直してきて」

「へ?」


 おっとしまった、つい煩悩が。

 5歳児にしてはマセすぎた回答だったな。

 誤魔化すためにも、純真なフリをしてついていくことにしよう。


「なんでもない。もちろんいいよ。遊んでくれるの嬉しいな~」

「おお! 話がわかるじゃねえかモヤシ!」


 まあどっちにしろ連れていかれるんだろうけどな。

 水遊びってなにをするんだろう。まさか屋敷の敷地内に川があるってわけでもあるまい。


 あまり良い予感はしなかったが、ガウイは見た目以上に力が強かった。どうせ腕を振りほどくことなんてできないので、俺は何も言わずにガウイに引きずられるように移動するのだった。



□ □ □ □ □

 


 拝啓、両親へ。


「我は乞う、母なる命の源よ――」


 俺はいま、猛烈に感動しています!


「我に清涼なる一滴の雫を与え――」


 魔術の詠唱。

 それすなわち異世界の醍醐味だ。

 魔術とは、現代日本じゃ絶対に味わうことのできない物語の一部だった。幾度も読み漁ったファンタジー小説やマンガに当たり前のように存在する空想技術。自由自在に使いこなすことを夢見なかった少年少女はいないだろう。

 それが目の前で実現しているのだ。これは夢か? 夢なのか? そうならそうと言ってくれ。そうじゃないならお願い夢から醒めないで!


「彼を穿つ礫となりて弾け飛べ――『ウォーターボール』!」


 何もない空間から生み出され、発射される水の弾。ああこれが魔術、魔術なのね! ワタシ、感動で、感動の涙で前が見えまへぶしっ


「よっしゃ! 顔面に当たったから10点っ!」


 ぽっちゃり兄ことガウイが、5歳児のプリティフェイスに水弾を当てて喜声をあげていた。


 ちなみに一階の客用風呂である。一度に20人くらい同時に入れるんじゃないかってくらい、無駄にデカくて豪勢な風呂場だ。まるで銭湯だな。

 そのピカピカに磨かれた浴槽の端に立たされた俺は、ガウイの魔術の練習台になっているのである。


「連続で当ててやるからな! 動くなよ!」


 また詠唱を行い『ウォーターボール』の魔術を行使していく。

 つぎは外れ、右に逸れた。そのつぎも外れ、左に逸れた。そのつぎは足に当たった。足は3点らしい。


「くそっ! なかなか狙い通りにいかねぇな」


 詠唱は同じなのに、水の弾の軌道が変わっていく。

 標的役はすこぶるヒマなので、脳内で両親に手紙をしたためた後はガウイの観察をするだけだった。


 力づくで的にされてる屈辱? おいおい、相手は子どもだぞ? 俺は大人なので、子どもの遊びに慈愛の心で接しているからそんなものはまったく感じない。ガウイくんよ、どんどん魔術を練習して俺の犠牲を糧に少しでも成長してくれ。そして大きくなったら一発殴らせろよ?


「また外れた! なんでだよ!」

「腕が動くからじゃない?」


 正面から見ていると、ガウイが魔術を発動する瞬間、俺に向けている右腕がわずかにブレる。あの腕の向きでイメージして照準を合わせているなら、そのわずかなズレが数メートル離れている俺に到達するときには大きなズレになっているっぽい。


「動いてねぇよ!」

「動いてるよ。左手で右腕を固定しながらやってみたら?」

「うるせぇ!」


 俺の指摘が気に食わなかったからか、わざとらしく左手を後ろに隠して魔術を発動した。

 見当違いの方向に飛んでいった水の弾。


 あーあーせっかく綺麗に並べていた桶が崩れちゃったよ。俺の足元にまで転がってくる。

 そのあとも何度か右腕だけで狙いを定めていたが、掠ることもなくなった。


 ふぁ~あ。ヒマだなぁ。ガウイは『ウォーターボール』しか使えないみたいだし、同じものばっか見てるせいで感動も薄れてきた。もっと違う魔術も見たいんだけどなあ。

 何度も失敗していると、やがて肩で息をし始めたガウイ。汗が額に滲み始めている。魔術には体力を使うんだろうか……いや、アレか。ファンタジーでよく聞く魔力切れってやつか。


「おいモヤシ! つぎは当ててやるから、これが最後だ!」

「はーい。当てられたらいいね」


 軽い挑発を送ると、顔を歪めて叫びそうになったガウイ。しかし口から出そうになった言葉を飲み込んで、今度こそ左手を右手に添えてから詠唱を開始する。おお、さてはプライド(当てられない悔しさ)がプライド(バカにされた怒り)を凌駕したな。


「『ウォーターボール』!」

「いいフォームだ。左手は添えるばべっ」


 顔面直撃。ガウイくんに10点!


「やったぜ! ほら見たかモヤシ! 俺が本気出したらこんなもんよ! 天才だぜ!」

「ふっ、もはや君に教えることは何もない……」


 マジで何もないからね。知識不足で。

 ガウイは得意げな顔で腕を組んでふんぞり返る。


「いいかモヤシ! 俺が魔術の天才だってことは盲目ババア(・・・・・)には黙っておけよ! あのクソババア、俺の魔術がヘタクソだっていっつもバカにしてきやがるんだ。今度わざとクソババアのケツに魔術当ててやるよ!」

「それ、怒られない?」

「クソババアは俺が下手だって思ってるんだろ? なら当てても事故だって言い張ればいいんだよ」

「なるほど」


 我が兄ながら小狡いやつだな。


「……でもさ、ガウイ」

「なんだよ」


 俺はガウイの後ろを指さした。


「それ、本人に聞かれてたら意味なくない?」

「えっ――へぐあっ!?」


 ヴェルガナの拳骨がガウイの脳天に降り注いだ。

 がうい は めを まわした。


「まったく……この悪ガキは反省ってものを憶えないさね。ほら、お仕置きしてやるからくるんだよ」

「は、放せクソババア! よくも殴ったな! 俺はリョーシュの息子だぞ!」

「そうかい。だからどうしたってんだい」

「父上に言いつけてやる! おまえなんかクビだ! 死刑だ!」

「言いたけりゃ言いな。その領主からアンタらの教育を言いつけられてるのがアタシさね。それにアタシを追い出す度胸があるなら、坊や(ディグレイ)もさっさとそうしてるさね」


 ずるずるとガウイを引きずっていくヴェルガナ。

 部屋を出る前にふと立ち止まって、こっちを振り返った。


「ルルク坊ちゃん、そろそろ夕飯だからアンタもさっさと着替えて部屋に戻りな。明日は早朝から指導するからね。この悪ガキに好きなようにさせる腑抜けた根性、叩き直してやるさね」

「あっはい」


 早朝からトレーニングか……運動嫌いの俺には気が重いぞ。

 まあ明日のことは明日の俺に任せよう。とりあえず腹が減ったな。そろそろ夕食みたいだから、大人しく待っていようか。


 おっとその前に着替えないとな。転生してからこの短時間で、もう着替えるの三回目だ。

 うーん、洗濯係のメイドさんを探して、お漏らしじゃないよって伝えておいた方がいい気がする。絶対勘違いされるもんな。


 ……というか異世界の食事か。楽しみだ。

 高位の貴族の晩餐だから質素ってことはないだろう。


「さぞかし豪華なものが出てくるんだろうなぁ」


 そのつぶやきがフラグになることは、俺はまだ知らなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] ウォーターボール、飛んでくるのが見えているんだから、避ける練習すればよいのに、当たるように助言するって、どういう思考構造なのか不思議。
[気になる点] 主人公の性格やばいな
[一言] 「さぞかし豪華なものが出てくるんだろうなぁ」そのつぶやきフラグになることは、俺はまだ知らなかった。 父親から、いらない子供とこれだけ態度で示されているのに、よくこれほど楽観的に考えられるな…
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