心臓編・3『ストアニア王国エリア統括ギルドマスターの名において』
100階層のSランク魔物を倒した報酬は、宝箱が3つだった。
ひと箱目にはショゴスの素材セット。
数日かけてピカピカに磨き上げた泥団子のような光沢のある球体と、小瓶に入った黄金色の液体、それと赤身がかったの謎の金属のインゴットだった。全部ぱっと見じゃ正体不明なので、あとでロズに鑑定してもらおう。
ふた箱目は鏡みたいにピカピカの青銀色の短剣だった。
持ってみたら羽根みたいに軽い。おそらくなかなか市場に出回らないミスリル製だな。そういえば愛用の鋼鉄の短剣もかなり使い古していたから、そろそろ替え時かもしれない。
最後は指輪だった。
赤銅色のリングの内側に文字がびっしり刻まれている。もちろんただの指輪じゃないだろうから、これも鑑定してもらおう。
「拾ったわね。じゃ、帰るわよ」
記念すべき100階層突破だというのに、あっさり転移装置まで踵を返すロズだった。もうちょっと労いの言葉とかないんですか?
彼女にとってショゴスくらいは勝てて当然、という感覚なのだろう。
まあ瞬殺してしまったから、文句は言えないんだけどな。
ちょっと名残惜しい気はするけど、この後すぐに旅に出ることは聞いているので無駄にごねるのはやめておこう。
すぐに地上まで転移して、受付で出場確認をしてもらった。流れ作業のようにギルドカードの更新記録を確認した受付嬢が、階層情報とボス情報を見てギョッとして、バケモノを見るかのように恐る恐る顔を上げる。でもそれが俺たちだと知って納得したような表情になった。……うん。バケモノ扱いはやめて欲しい。
ギルドカードを受け取った俺たちが受付から離れると、ロズがいつのまにやら小包のようなものをひとつと、大きな包みをひとつ抱えていた。
「ルルク、エルニネール。4年間よくがんばったわね。これは私からのお祝いよ。開けてみなさい」
プレゼントだと!
こりゃ珍しい。滅多に見られないロズのデレモードだな。ああ、だめだめ。茶化したら拗ねてなかったことにされるから、素直に受け取らないと。からかうのはその後で。
俺に渡されたのは小さな包みのほう。包装をやぶり、中に入っていた箱を受け取り開けてみる。
一冊の本が入っていた。
分厚くかなり古いが、細かいところまで意匠の凝った装丁。この国には立派な印刷技術がすでにあるが、これはどう見ても一冊ずつ手作りしたものだった。丁寧に書かれた綺麗な文字で、表紙には『世界の伝記』と記されていた。
「師匠、これってまさか……」
「あなたの好きな、大陸中の珍しい伝承や物語をまとめた文学書よ」
「師匠愛してます!」
「ちょっとルルク! 抱き着かないでよ!?」
ありがとうございます! ありがとうございます!
ただの無茶ぶり大好きお姉さんじゃなかった!
うう、苦節4年……厳しい修行に耐えた甲斐がありました。
「ずみばぜん、ぼんどうにありがどうございばず」
「泣きすぎだから! 探したかいあったけどね! 鼻水くっつけないで!」
おっといけない。
死ぬほど嬉しかったけど、周囲の通行人たちもドン引きしてる。自重せな。
「そ、それでエルニネールはどうかしら。使えそう?」
「ん。ありがとロズ」
エルニは杖を貰っていた。
エルニの身長と同じくらいの長さだった。深茶色の木製で、先端がくるりと丸みを帯びているいかにもな杖だ。持ち手の部分に、クリスタルのような透明度の高い鉱石がいくつか埋め込まれている。
そういえば、この世界の魔術士たちは杖を持っているのを見たことがないな。たいてい装備しているのは万が一近接戦になったときのための護身用の短剣や小太刀くらいだ。みんな詠唱するだけで魔術が使えるから、わざわざ重い物を持つ必要がないというのが常識なんだろうけど。
なんのための杖か気になっていると、ロズが解説してくれる。
「杖は大気中の魔素を効率よく集めるためのアイテムよ。ふつうの魔術士なら、自然にある周囲の魔素だけで魔力を溜められるんだけどね……エルニネールは魔力の最大値が高くなりすぎて、杖を使って魔素を呼び込まないとすぐに周囲の魔素が消えて回復速度に支障が出始めてきたのよ」
「なるほど、強者ゆえの悩みってやつですか」
「そ。杖が必要なほどの魔術士は本当の本当に一握りよ。冒険者としても魔術士としても〝杖持ち〟は箔がつくわ。この街でもエルニネールも有名になってきたし、そろそろ持たせていいかなって思ったのよ」
エルニはすでにこの街で〝滅狼の羊〟の二つ名で呼ばれることもあるくらいだ。
原因はこの4年間、狼系の魔物を見れば問答無用にオーバーキル攻撃を叩き込みまくっていたせいなんだけどな。殺意の結果だ。
兎に角、それくらい知られていると、もはや幼女の見た目を利用して実力を隠すより凄腕の魔術士という認識をさせて、他人から絡まれないようにしたほうがいいかもしれない。少なくとも、〝杖持ち〟を安易に誘拐しようとする愚か者はいないだろう。
「師匠、なんだかんだ言って俺たちのこと見てくれてたんですね」
ジーンと感動する俺に、ロズはため息をともに一言。
「エルニネールはともかく、あなたは分かりやすすぎるわよ。それより、贈り物もしたしそろそろ出発するわよ。今日中に次の街についておきたいし」
「あ、ちょっと待って下さい。冒険者ギルドに寄って挨拶だけしてきてもいいですか?」
この時間ならギルドの酒場にいるであろう【発泡酒】の三人組や、給仕のアイソーさん、他にも世話になった冒険者たちにこの都市を離れることは伝えておきたい。
「しょうがないわね。さっさと行ってきなさい。ルルクが余計なことしないようにエルニネールもね。私は先に西門に行ってるわ」
「はい!」
「ん」
俺たちは冒険者ギルドまで走っていった。
ギルドはダンジョンからさほど離れていないのですぐに着いて中に入ると、見慣れた喧騒のなかにいつもの3人組を見つけた。
「デストロイさん、ソーダさん、ヘルヘブンさん!」
「お、ルルクじゃねえか。どうした」
「そうだルルク、慌ててどうかしたってのかぁ?」
「天国は逃げない」
昼間からいつもどおり一番安い酒――エールを飲んでいた彼ら。
俺は近くを通りかかった給仕さんに、追加で3人分のエールを出すよう銅貨を6枚渡す。
「おっルルク、なんだ奢ってくれるのか? さすがダンジョンの稼ぎ頭は違うぜ」
「そうだな! でもいいのか? 俺たち今日はまだなんもしてねぇぞ?」
「感謝。酒があれば地獄でも天国だ」
「ええと、今日でこの街を離れることにしたんで餞別です。みなさんにはお世話になりましたし、最後に一杯くらい奢らせてください」
ほんと、この4年間たくさんお世話になった。
酔いつぶれた3人を介抱するのは日常茶飯事だったし、ダンジョンではドジを踏んだ3人を助けまくったし、夜の街に連れられそうになったときはエルニは口を利いてくれなくなったし、それを聞いたアイソーさんの蹴りで撃沈する3人を宿まで連れていくこともあったし。
……あれ? お世話になったっていうより、お世話してないか?
まあ細かいことはいいか。
ここでの冒険者生活が楽しかったのは、この人たちのおかげだしな。
「ルルクぅ! たしかに、おまえはこの街ではおさまらないほどのビッグな男だ……」
「そうだぜ、おめぇとエルニネールの嬢ちゃんの門出だ。嬉しいが寂しいぜ……」
「別れは地獄……」
デストロイ、ソーダ、ヘルヘブンは涙で目を潤ませながら口を揃えた。
「「「だけど、どうせならもう一杯」」」
「こんのバカども! あんたらルルクとエルニネール嬢の旅立ちってのに、酒をたかることしか考えてないのかい!」
「「「痛ェ!」」」
通りかかったアイソーに、安全靴の先で思い切りケツを蹴られていた。うわぁめっちゃ痛そう。
呆れていたアイソーはすぐに微笑むと、俺とエルニの頭を撫でる。
「あんたたちはギルド有数の有名人になったからね、いなくなったらお姉さんも寂しいわ」
「俺もです」
「ん」
「でも自由を愛する冒険者相手に行くなとは言えないからね。あんたたちの無事と、さらなる活躍を願ってるわ。またいつでも戻ってきなさいね」
「はい、ありがとうございます」
「ん、ありがと」
気は強いけど美人で優しいお姉さんだった。
「ルルクぅ達者でなあ」
「そうだぞ怪我すんなよぉ」
「天国から、祈ってるぜ……ぐすっ」
ボロボロ泣いている【発泡酒】とも握手を交わして別れを告げた。
そのあと周囲の顔なじみの冒険者や職員たちとも挨拶を交わして、惜しみながらも長らく世話になった冒険者ギルドを後にし――
「ちょっと待てえぃ!」
ギルドマスターが階段を駆け下りてきながら俺たちを止めた。
相変わらず声がデカい爺ちゃんだ。
「あ、ギルドマスターもいらしてたんですね。俺たちいまからこの街を発つので、別れを言いにきまして」
「ぬぅ! そうじゃったのか……いや、それよりもルルク!」
ガシッと肩を掴まれる。
老父とはいえムキムキの筋肉パワーが地味に痛い。
「いましがたダンジョンの受付から緊急の連絡があったんじゃが、おぬしら100階層を突破したとは本当か!?」
「ええ。さっきボスを倒してきました」
「ふたりでか? 他のパーティは?」
「いつも通りふたりです」
そう言ってギルドカードを見せる。
ギルドマスターはカードの裏に100階層をクリアした証があることを確認すると、わなわなしながら声を震わせた。
「お、おぬし……なぜそれを報告せんまま行こうとしておった」
「え? 階層突破って報告義務ありましたっけ」
「ちがうわい! 100階層のボスならSランクの魔物じゃろうが! Sランク魔物討伐はAランク冒険者昇格の第一資格じゃぞ。おぬしらの実力がありながら、Bランクのままでいいと思っとるんか!」
うーん、そこは微妙なところなんだよな。
リリスと約束したのは、淑女学院を卒業するまでに冒険者として立派になることだ。
正直、その目標はBランク冒険者になった時点で達成したと言える。ムーテランの街ならBランク冒険者は少ないだろうし、この4年でかなり稼いで自立した生活も送っている。むしろもう一生遊んで過ごせるだけの貯蓄もある。まさにダンジョン富豪だ。
これ以上は冒険者ランクを上げる必要性を感じないけど、たしかにSランク魔物なんてダンジョンじゃないと見かけないだろうから、Aランク昇格の機会は少ないんだろう。この機を逃したら勿体ない……のか?
うーん、わからん。
「よいかルルクよ、Aランク冒険者になるためには複数のギルドマスターの権限が必要じゃ。この地でしか活動しとらんおぬしらにはまだ昇格は不可能。それゆえ儂もおぬしらの活動にはあまり干渉せんかった……しかし、旅に出るなら話は別じゃわい。おぬしらのような若く実力もある冒険者が外に出たときには、ギルド側もできる限りの援助をしてやるつもりじゃ。Bランクでは受けられぬ依頼も、Aランクなら受けることができる。それゆえ、儂は冒険者ギルドストアニア王国エリア統括ギルドマスターの名において承認する。冒険者ルルク、エルニネール……おぬしらに、賢者たちの祝福を」
ギルドマスターはそう言って、自らのギルドカードを出して俺たちのギルドカードに合わせた。
すると周囲の霊素が少しだけ動いて、カードに何かを刻んだ。
「……これであとは鍵ひとつじゃ。旅の先でまた冒険者として活躍することを、心から願っておるわい」
「はい。4年間、お世話になりました」
「ん、ありがと」
こうして俺たちはギルドマスターの認を受け、Aランク冒険者のための資格をひとつ手にしたのだった。
今度こそ別れを告げ、冒険者ギルドを後にする。
西門で待っているロズのもとへ向かうあいだの道、いろんな商店のディスプレイに飾っている最先端の理術器たちに心を奪われて寄り道しそうになる俺の襟首に、エルニが杖の先端をひっかけて首を絞めて連れ戻していた。ぐえっ。
……エルニさん、杖の使い方間違ってません?




