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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅰ幕 【無貌の心臓】

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閑話 エルニの悩み

番外編です。新編は次話から更新予定。

気に入って頂けたらブクマ、ご評価いただけると幸いです。

毎日更新がんばりますので、応援よろしくお願いします。

「エルニが部屋から出てこない?」


 俺がそう聞くと、ロズが腕を組んでうなずいた。


「そうなのよ。さっき迎えにいったんだけど、何度ノックしても鍵を開けてくれなくてね。ちょっと宿まで戻って連れ出してくれない?」


 ストアニア王国に来てから少し経った頃。


 早起きしてすでに冒険者ギルドでクエストを吟味していた俺は、首をひねっていた。

 エルニが寝坊するならまだしも、起きていて部屋から出てこないなんて珍しい。朝食のサンドイッチもすでに作って持ってきてるのに。


「わかりました。師匠はここで待ってます?」

「先にダンジョン前の広場に行ってるわ。ポーションもいくつか補充しておきたいし」

「じゃあエルニを連れ出せたらすぐに向かいます」

「よろしくね」


 そこでロズと別れて、王都の街を走って戻る。

 すでに朝から店を開けているところも多く、いろんな声が飛びかっている。


 この理術の国に来てそれなりに経つが、何度見ても見尽くすことができない情報量だ。

 現代知識のおかげで売られている物はそれなりに理解できるが、原理や構造なんかはさっぱりだ。自分でも作れるとすればオルゴールくらいだろう。


 理術練度、もうちょっと上げないとなぁ。


 そんなことを思いながら宿に着く。

 借りてる部屋まで来てドアノブを軽くひねって確認。当然、鍵がかかっていた。同室の俺も鍵を持ってるけど、さすがに勝手に開けたりはしない。


「エルニ? ルルクですけど開けていいですか?」


 ノックしてみる。

 中からモゾモゾと動く気配がしたものの、そのあとはシンとして返事はない。


「体調が悪いんですか? 一応、食事は持ってきましたけど」

「……いらない」


 くぐもった声が漏れてきた。

 いらないとは珍しい。


「大丈夫ですか? どこか具合が悪いんですか?」

「……ちがう」

「それならよかったです。でも、それならどうして出てこないんですか?」


 変に気を遣うのは逆効果だと思って、直接聞いてみた。

 しかし無言。

 これは難航しそうだ。


 こういうときは、貴族スキルの出番だ!

 女性は褒めて褒めて褒めまくる。

 たいていのことはこれで乗り切れる、と社交の家庭教師が言っていたからな。


「そういえばエルニ、このまえダンジョンではありがとうございました。27階層で道に迷ったとき、エルニがいなければ遭難してましたね。まさか風魔術で空気の流れを感知できるなんて思ってもみませんでしたよ。さすがエルニです」

「…………。」

「それとこの前のクエストのお礼もまだでしたね。俺じゃああの気難しいお爺さんと仲良くなれませんでしたから。エルニは誰からも好かれますし、うらやましい限りです」

「…………。」

「そうそう、魔物の素材回収もいつも助かってますよ。俺はひとつひとつ手で拾わないと集められませんからね。エルニの土風混合魔術はほんとうに凄いです。もうエルニなしではダンジョンにも潜れませんよ」


 さあどうだ。

 ルルクくん本気の誘い文句だ。

 ……。

 …………。

 だ、だめか。


 俺なんてまだまだ貴族戦闘力たったの5のゴミだな……。

 力足らずを痛感しながら、ドアの正面に立って精一杯話しかける。


「エルニ……その、気を悪くさせたら申し訳ありません。ちゃんとエルニのことを見てるつもりではいたんですけど、きっと気づけない部分もあったんだと思います。こういうことを言うのは本当に心苦しいですが、もし何か不甲斐ない部分があったら正直に言っ『ガチャ』ぁだッ!?」


 いきなり扉が開いて顔面をぶつけた。変な声が出てしまった。

 痛いけど声が出たのはびっくりしただけだ。


 一歩下がると、今度はゆっくりと扉が開く。

 エルニはなぜか、毛布を頭からかぶっていた。


「エルニ、どうしたんです?」


 聞いたら、腕を掴まれて部屋に引き込まれる。

 すぐに扉を閉めて鍵をかけたエルニは、毛布をかぶったままベッドに座った。


 俺もバカじゃないので、ここで焦って言葉をかけるようなことはしない。

 自分から話してくれるまで待っていると、しばらくしてエルニは口を開いた。


「ん……ルルク、わらわない?」


 なんのことかはわからないけど、ここでふざけて爆笑するような度胸はない。


「ええ。笑いませんよ」

「……ん、みて」


 エルニは少しだけ迷っていたが、意を決したようにかぶっていた毛布を取り去った。


 うーん?

 いつものエルニだが?


「んーん……かみ、ごわごわ」


 恥ずかしそうに自分の髪や手首の羊毛を触るエルニだった。

 そう言われてみれば、たしかに一時期にくらべて全体的に毛の量が増えてる気がする。あまり気にしてなかったけど、なんだかもっさりしてきてるな。


 まあ、羊人族なんだからそういう時期もあるんだろう。


「ゴワゴワ……けものくさい……いや……」


 ベッドの隅に座り込んで、また毛布をかぶってしまったエルニ。

 そういえばこの街に来た初日、冒険者ギルドでどこぞのクソ野郎がエルニの髪をゴワゴワとか獣臭いとか言いやがったことがあったっけ。


 ふざけんなよサラサラだぞ、って思った記憶がある。ちゃんと石鹸で洗ってるしなんならいつもいい香りするんだぞ、と。

 まああの場でそんなことは言えなかったけどさ。色んな意味で。


 あ~思い出しただけで腹が立ってきた。

 いかんいかん。冷静沈着冷静沈着。


「エルニは、毛の量が気になるんですか?」

「ん……はずかしい」


 まあ女の子だしね。

 毛量の多さで悩むのは羊人族ならではかもしれないけど、それなら俺にも提案がある。


「エルニ、ひとつお願いしてもいいですか?」

「……?」

「これはエルニの悩みを解決するのと同時に、俺たちの安全にも関わることなんですが」


 そう言って、部屋の机をガサゴソあさってハサミを取り出す。


「俺に、エルニの髪を切らせてください」




■ ■ ■ ■ ■




 エルニネールは小さい頃から他の子たちより毛の量が多かった。


 それは冬の直前になるととても顕著で、手入れをしていないとすぐにボサボサになるくらいだった。

 そのせいで、友達からは鳥の巣とからかわれることもあった。


 そのたびに母に泣きつき、髪を切ってもらっていた。ふつうの子たちは切ってもらうまでもなく、それなりの毛の量になれば伸びるのは止まり、換毛期になれば自然に抜けていくのに。

 親にわざわざ手入れをしてもらわなければならないなんて、とても恥ずかしいことだった。


「あ~懐かしいですね。俺もよく母親に切ってもらいましたよ」

「ん……ルルクも?」

「はい……あ、いえ。母親代わりのひとに、ですよ。母は生まれたときに亡くなってますので」


 椅子に座ったエルニネールの髪を器用に切りながら、取り繕ったように言うルルク。

 意外だった。

 エルニネールの知っているルルクは、自分でなんでもできる多芸だから。


「自分でできることが増えたのは最近ですよ。むかしは、ひとつのことしかできない出来の悪い子どもでした」


 どこか沈んだ声で言うルルク。

 エルニネールに気を遣って言ったわけじゃないことくらい、理解できた。


「俺の小さい頃……まあ、いまも小さいですけど。もっと小さい頃は、すぐ泣いてすぐ怒ってすぐワガママ言ってばかりでしたね。会えない母親に会いたがったり、嫌いな野菜があったらぶちまけたり……とくに親と会えないのはつらかったですよ」

「ん……わかる」


 エルニネールもまた、家族や仲間をすべて亡くしたばかりだ。

 ルルクのおかげで復讐は果たせたが、それだけだ。

 手元には何も残らなかった。


 夜になると、世界にたった一人だという暗闇のなかにいるような孤独に苛まれる。

 その気持ちは痛いほどわかった。


「でも、俺は最近ようやく気付いたんです」

「ん、なにを」

「俺はひとりじゃないってことを」


 ぽんぽん、とルルクがエルニネールの肩を撫でるように叩く。

 切られた髪が肩から落ち、床に散らばる。

 かなりの量の毛だった。

 見ててイヤな気持ちになる。


「おっ、いいですよエルニ。いつもより可愛くなりました。腕も足もばっちりですね」


 やはり器用なルルクは、エルニネールを眺めて満足そうにうなずいた。

 料理ひとつをとってもわかるけど、ルルクには職人気質があるからこういう細かい作業は得意なんだろう。

 ゴワゴワしていた髪も、指どおりが良くなっていた。


「ん、ルルクありがと」

「どういたしまして。ああ、そうそう。さっき言ってたお願いなんですけど」


 と、風魔術で落ちていた髪を集めてゴミ箱に捨てようとしたエルニネールに、ルルクは言う。


「毛、もらえませんか?」

「……るるく?」


 思わず表情がこわばった。うっすらと感じていたルルク変態紳士説がゆっくりと頭をもたげる。

 ルルクは慌てて手を振り、


「ち、違いますよ。そういうんじゃなくてですね……さっき言ったじゃないですか。俺はひとりじゃないんだって思えるようになったって。そのきっかけが、物なんですよ」

「ん……もの?」

「はい。大切な人や家族からもらった物を近くに置いていると、なんだか一人じゃないなって気持ちになるんです。だからエルニ、その毛をちょっと使わせてもらってもいいですか?」


 そう言ったルルクは、ちょっと恥ずかしそうだった。


「それにエルニにとっても、悪いことじゃないですよ」




□ □ □ □ □




「よし、できた」


 三十分くらいで完成したそれを眺め、俺はうなずいた。

 納得の出来になるまで何回か必要かと思っていたけど、一発でできて良かった。


「るるく、すごい」


 後ろから覗き込んだエルニも、感心したように声を漏らす。

 俺の手には白い小さな人形があった。エルニを模した羊毛製(フェルト)人形だ。

 手のひらにちょこんと乗るサイズで邪魔にならないから、いつでも持ち運びが可能。

 もちろん、ただ飾るためだけに作ったんじゃない。


 本番はここからだ。


「『閾値編纂』」


 その人形に霊素を籠める。式が展開されて書き込まれていく。

 数値は単純。二つの指針を用意してやるだけだ。ひとつは距離。もうひとつは方角。

 しかしこれは決められた数値じゃなく、変数(・・)だ。


 その変数は、材料と同じ遺伝情報を持っている本体――つまりエルニ本人との距離と方角を指し示してくれるコンパス的な役割を持つ。


 これぞ、名付けて『エルニンレーダー』。

 もちろん見つけても願いをなんでもひとつ叶えてくれたりはしないけど、エルニを見つけたいという願いは叶えてくれる神秘術器人形が完成した。


「よし、成功!」


 かねてから考えていた、エルニの誘拐対策アイテムだ。

 俺は羊人形(エルニンレーダー)を紐でしっかりと縛って掲げる。


「どうですかエルニ。これで常にエルニの場所がわかります」

「ルルク……」


 あれ、なんだろう。

 めちゃくちゃ驚かれてるというより、めちゃくちゃ恥ずかしがられたんだけど。

 やっぱり常に居場所がわかるとか、ストーカー的発想すぎたか?


「……ごめん、返したほうがいい?」

「んんんん!」


 首をブンブン横に振ったエルニだった。

 まあ、ならよしとしよう。


「じゃあエルニ、これを師匠に見せて及第点がもらえたら、あとで師匠に渡す分も作っていいですか?」

「ん。もちろん」


 そしたら師匠も常にエルニの場所を把握できる。

 俺だけならまだ不安だけど、あの神秘王がレーダーすら手にしたら鬼に金棒だ。


「ん、でもルルク」

「どうしました?」

「わたしも、ルルクのそれほしい」


 …………。

 え~、ちょっと言われる可能性は考えてましたが。


「でもエルニさん……これ作るのに、結構な量の遺伝子情報が必要なんですが?」

「ん、切って」


 いつもよりあきらかな強い口調でエルニは言った。


「ルルクのかみ、切って」

「……はい」


 そうして一時期、俺の髪が似合わない短髪になったのだった。


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