弟子編・27『大好きな迷宮に囲まれて』
階段を下ると、そこは石国でした。
「いいぞ! これぞダンジョン! もっとだ、もっとよこせ!」
かつてゲームで遊んだダンジョンそのままのイメージだった。
石造りの迷路、飛び出す魔物、罠あり宝箱あり、ときおり出会う冒険者たちとの交流。もうこのまま一生ダンジョンを探索していたい~子どもでいたい~ずっとダンジョンキッズ~大好きな迷宮に囲まれて~!
出てくる魔物を倒しまくっていた俺は、テンションが上がりすぎて『冷静沈着』のお世話になってしまった。
ふぅ。クールダウン。
「ふっ……ただ惜しむらくは、敵が弱すぎることだぜ」
「そりゃまだ5層よ。雑魚しか出ないわ」
最低ランク魔物のグレイラビットとか、スライムとか、子ゴブリンとか。
子どもが探索する場所には子どもががんばれば素手でも倒せるし、倒せなくても殺される心配は少ない魔物ばかりだ。
「でもどうなんですか師匠。蹴り一発ですよ?」
「何言ってるの。あなた自分のステータスわかってる?」
いえ、鑑定持ちじゃないのでわかるわけありませんよ。
そう言い返して揚げ足をとってやろうか悩んでると、
「国にもよるけど、レベル19なら駆け出しの範疇はとっくに超えてるわよ。基礎ステータスは成長期前だから低いとしても、トータルステータスがそれぞれ300超えてれば余裕で一般成人男性以上なの」
「え、そうなんですか? たった300で?」
「あのねルルク、普通の人たちはそうそう体も鍛えないしレベリングもしないし魔物となんて戦わないの。冒険者なんて危険な職業、よっぽど自由が好きかひとやま当てたいって夢を持ってない限り、ふつうは選ばないわ」
「あ~……それはそうですよね」
そういえばこの業界には社会保障も健康保険もないんだった。
大金を稼ぐ前に怪我して働けなくなったらそこで人生終わり、だもんな。
手堅く強くなりたければ兵士や騎士を目指すのがふつうだ。俺の兄たちのように。
「このダンジョンは有名だし猛者も多いからステータス3000超えもそこそこいるけど、比較する相手としてはまだ早いわ」
「一番強い人でどれくらいなんですか?」
「情報だと、いまだとこの都市にSランク冒険者パーティが7組で、そのうちひとつがSSランクね。そこのリーダーのステータスは、たしか4000超えもいくつかあるって話よ」
「そうなんですか……あれ、エルニの魔力ってたしか6000くらいありませんでしたっけ?」
「この子が特別なのよ。魔力だけは上位魔族よりも多いわよ」
上位魔族か……いや、魔族を知らないから凄さがよくわからないけど。
まあ、格が違うってことだけは理解できる。あんな規模の魔術を連発できるんだし。
そんなことを話していたら、この階層の出口――つまり6階層の入り口に着いた。
見張りやなんかはいないので、気にせず降りる。
さっき忠告してもらった受付嬢の顔が頭をよぎる。
「ごめんお姉さん、俺悪い子だから約束破っちゃうんだ」
「戯言はいいからさっさと進む」
とはいえ、6~9層もたいして変わりはなかった。魔物がほんのちょっとだけ強くなったくらい。
違うことと言えば、出会う冒険者たちの視線が変わったくらいか。あからさまに悪意や敵意を向けてくる相手はいなかったけど、子どもパーティが歩いていると注目されることが多くなった。エルニが羊人族だという色眼鏡を差し引いても、そういう視線はかなり多かった気がする。
迷路もたいしたものじゃなく――というより、先達の冒険者たちが壁や床に道順を残してくれている――あっという間に10階層までたどり着いてしまった。上層階はネタバレってレベルじゃなかったな。魔物が出てくることを除けば、ただの散歩道になり果ててた。
10階層への階段を降りきった横手に、行き止まりの部屋がひとつあった。
部屋のなかには二メートルくらいの円柱のようなものが五本ほど離れて並んでおり、なにやら薄く青い光を放っていた。
「転移装置よ。登録してきなさい」
「おお、あれが」
俺は冒険者カードを取り出して、装置にかざしてみる。
装置から発生した霊素がカードに吸い込まれた。カードも装置と同じように薄く光り、やがて元に戻った。エルニも同じように位置情報を登録する。
あっという間に登録が終わったけど、エルニがロズのところへ戻っても俺はまだ装置をじっと見つめていた。
こんな貴重なもの、観察しないわけにはいくまい。
「……表層は転写の基礎術式だな。霊脈と随時接続されてるのは当然として、2層目のコレはなんだ? うまく見えないけどこれが位置情報を表してるのか? その下はもっと見づらいな、んんん、循環回路っぽいけど違う気がする。まさか召喚法の術式? いやそれにしては霊素の動きが静かだな。あと、このところどころに空いてる霊素の穴はなんだ。もしかして俺には見えないってことは……魔素か? ってことは転移装置は複合技術器? いやしかし――」
「はぁ、始まったわね。エルニネール、連れてきなさい」
「ん」
むんず、と羊幼女に襟首を掴まれてずるずる引きずられる。
部屋を連れ出されるまで、ずっと腕組みをして考えていた俺だった。
彼らと出会ったのは16階層だった。
「おい、ボウズ! ボウズじゃねえか!」
「そうだそうだ! さっきのボウズと羊の嬢ちゃんだよなぁ!」
「来たか、天国へ」
冒険者ギルドで会った3人組だった。
俺はすぐに頭を下げる。俺が怪我の治療をしてるあいだにこの人たちがギルドマスターに呼ばれていたことも知っている。
「さっきは言い忘れてましたけど、ありがとうございました。皆さんのご助力のおかげでギルドマスターからも罪は問わないと約束してくれました」
「いいんだって。あのクソ野郎どもはムカついたしよ。ボウズが殴りかかってなかったら、俺たちが先に手を出してたぜ」
「そうだそうだ! ギルドマスターもちゃんとわかってくれたしな」
「あいつら地獄。ここは天国」
ニッと笑う彼らだった。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。俺はルルクといいます。それでこっちの羊人族が、」
「ん、エルニネール」
「荷物持ちの一般人よ」
師匠、それで押し通すつもりなんですね。
それぞれ名乗ると、3人組も肩の力を抜いて挨拶を返してくれる。
「俺はデストロイだ。このパーティ【発泡酒】のリーダーで、斥候役をしてる。よろしくなルルク、エルニネールの嬢ちゃん。それと荷物持ちさん」
「俺はソーダ。いい名前だろ? ちなみに斥候だ」
「ヘルヘブンだ。斥候」
いや全員斥候て。
いろんなところが特徴的すぎてめちゃくちゃ憶えやすいパーティだった。
よく見れば3人とも短剣装備に小さな袋だけと、かなり身軽な恰好だった。魔物の素材をたくさん持って帰る気はあまりなさそうだな。稼ぎに来たんじゃないのか。
「そんでルルク、ここももうじき20階層だ。20階層に近くなれば、はぐれのCランクの魔物も出るようになるぞ。ここらで引き返さないと転移装置まで進まざるを得なくなるが、大丈夫か?」
「ええ、問題ありませんよ。今日は20階層の転移装置を登録してから帰るつもりですから。みなさんは何階層を目指してるんです?」
「俺たちも20階層までにするつもりだ。今日はいいつまみが手に入ったしな」
そう言って腰に吊り下げた小さな獲物袋を開いて見せてくるデストロイ。
中には生きたままの鳥の魔物がいた。体毛がかなり黄色くて、くちばしやトサカが赤い。サイズは手でつかめるくらいの大きさだ。気絶しているのか、息はしているが口を大きくあけて驚いたような顔をしていた。
図鑑でも見たことないやつだな。
「なんという魔物ですか?」
「ガーガーチキンって言うんだ。警戒心が高くて鳴き声がバカみたいにうるさいからあまり狩るのは好まれないが、肉はうまいぞ。酒に合うんだ。このダンジョン特有の魔物だな」
「そうだ! 仕事終わりの酒に、こいつを焼いて食うのがもうたまんねぇんだ」
「まさに天国」
ソーダもヘルヘブンも腰の獲物袋を嬉しそうに掲げる。
ひょっとしてこの人たち、酒のつまみを調達するためにダンジョンにもぐってるのか。
俺のなかで3人とも斥候な理由を聞きたい気持ちと、あえて聞きたくない気持ちがシーソーゲームのようにせめぎ合っている。
「なわけで、俺たちはあと転移装置まで進むだけだ。どうせなら一緒に行こうぜ」
「そうだそうだ! 俺たちが守ってやんぜぇ」
「怪我は地獄」
「ええ。ありがとうございます」
安全性はともかく、いい人たちなので同行を断る理由はなにもない。
レベリングもこのあたりの魔物をいくら倒しても微々たるものだし、ロズが断らないってことは同行してもいいということなんだろう。
【発泡酒】の3人と和気あいあいな雰囲気のまま進み、とくに問題もなく19階層まで到着した。19階層でもたいした魔物は出なかったし、それまで出てきた敵はすべて【発泡酒】の彼らが斥候スキルで敵を察知し、俺たちに近づく前に狩っていた。
わりと優秀な斥候パーティだった。
「あ、階段ありましたね」
「そうだな。ようやく酒が飲め――待てルルク!」
鋭い声をあげたデストロイ。
前方に、出口の階段を登ってくる牛に似た魔物が見えた。
あれは一つ目の魔眼牛、カトブレパスだ。まだ距離があるので気付かれてはいないが、こっちに真っすぐ歩いてきていた。
デストロイが舌を鳴らす。
「くそ、よりにもよってアイツかよ。〝斥候殺しのカトブレパス〟」
「そうなんだぜ……あの石化の魔眼が厄介でよぉ。今日は煙幕持ってきてねぇんだよ、ここは一斉に突撃して賭けるしかねえか?」
「天国か地獄か」
3人とも、Cランク魔物一匹相手にこの世の終わりみたいな表情を浮かべた。
ありがとうございます。全員同じ職業のデメリットもしっかり勉強させてもらいました。
まあ、一応聞いてみる。
「状態異常を防ぐ手段はありますか?」
「ないな。おまえら持ってるか? んなわけねえか」
「そうだな、そんなもんに使うくらいなら酒を飲むぜ俺は」
「地獄あるのみ」
う~ん、酒場のアイソーさんの言ってた意味がわかった。
性格はいいけど、色々残念な人たちだ。
ここはこっちで処理しておきますか。どっちにしろ俺も石化は効果半減だし、エルニに至ってはスキルで無効化だ。
「しかたない、後退するぜおまえら。どこかですれ違えば、抜けるチャンスは――」
「エルニ、お願いします」
「ん。『ファイヤーボール』」
小さな火球が真っすぐ飛んでいき、カトブレパスに直撃して爆散した。
真っ黒に焦げて倒れたカトブレパス。
「え?」
「い?」
「あ?」
ぽかんとした【発泡酒】の面々。
俺はぴくぴくしているカトブレパスに駆け寄って、すぐに持っている短剣で首を落とす。
するとカトブレパスは消えて、代わりに素材がドロップした。
地上と違い、なぜかダンジョン内で魔物を殺すとこうやってすぐ素材に変わってしまうみたいだった。特定の部位が確実に欲しい場合は、【発泡酒】の3人みたいに生け捕りにして持って帰る必要がある。
「角と蹄と肉か……魔眼が落ちてくれたらよかったんですけど」
「ん、にくおいしそう」
「今日の夕飯はこれにしましょう」
全ての素材を回収してロズに渡す。
ロズは自分の袋に入れるフリをしてアイテムボックスにしまっていた。
あっさりカトブレパスを倒した俺たちを眺め、Cランクパーティ【発泡酒】の面々は声を潜めて額を寄せ合った。
「なあソーダにヘルヘブン、あの子らまだGランクだよな?」
「そ、そうだぜ。間違いねぇよ」
「…………。」
「おーいみなさーん! そろそろ行きませんか~!」
呼んでいる俺の声に顔を上げた3人だったが、不可解な気持ちを胸にくすぶらせてしまいすぐに返事ができないようだった。
「どうしたんですか? ギルドに戻ったらお礼に一杯奢りますよ!」
「すぐ行くぜ!」
「そうだそうだ!」
「天国!」
しかしそんな感情も、酒の前では露と消えたのだった。
こうして俺とエルニは愉快な友人たちと知り合いつつ、ダンジョン攻略を開始した。
それからダンジョンを攻略しながら冒険者活動をすること4年弱。
俺たちの快進撃は止まることを知らなかったのだった――
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