弟子編・26『転移装置めっちゃほしい』
ギルドマスターに呼び出されていると聞いた時、俺は顔から血の気が引いた。
「大丈夫よ。お話を聞きたいだけだそうですから」
にっこりと笑ったギルド職員に最上階へ連れられた。
ごめんエルニ。
大乱闘を引き起こした罰として冒険者除名とかになったらどうしよう。逮捕されたらどうしよう。連帯責任にされてエルニに迷惑をかけた挙句、実家に連絡が行って悪評が立ちまくって親が責任を取らされてそのせいでリリスやリーナが路頭に迷ってそれから、それから……アワワワワ。
「ギルドマスター、お連れしました」
「うむ、入れぃ」
部屋は応接室のようで、大きめのソファがふたつ、真ん中にローテーブルがひとつ。
奥のソファにギルドマスターが座っており、その横には秘書のような怜悧なお姉さん。
睨まれているような気がして、つい背筋が伸びる。
「そんなに緊張しないで。ほら、そこに座ってね」
連れてきてくれた職員さんにうながされて、俺とエルニはソファに腰かけた。
職員さんはすぐに俺たちの前にお茶を置いて、部屋を出て行った。
ドアが閉まるのを見てから、ギルドマスターが口を開いた。
「少年少女よ、お主らの名はなんというんじゃ」
「……ルルクです」
「ん、エルニネール」
「ではルルクよ。先の顛末、お主の口から聞かせてもらえるかのぅ」
「は、はい。俺とエルニは冒険者になったばかりでして――」
俺は自分がGランク冒険者であること、この街には冒険者ランクを上げるために来たこと、今日の昼についたので時間があればクエストを受けようかと思っていたこと、そしてクエストボードの前でのことを、なるべく客観的に話した。
欲を言えばガラの悪い冒険者たちを責めたかったが、利己的な話し方では心証が悪いと思って、なるべく主観を除いた説明を心がけた。
黙って聞いていたギルドマスターは、話し終えると小さく唸って言った。
「ふむ……お主の話はまるで記録じゃのぅ。なぜそのような話し方をする?」
「それは、事実は感情と切り離すべきだと思ってるからです」
「それでお主が不利になったとしても、かのぅ?」
「はい。今回俺は、感情を抜きにしても自分が悪かったとは思ってません。それで不利になるなら、俺個人の判断が間違っていたということですから」
嘘だった。手を出した自分が悪いとは思っている。
でも、そのこと自体をエルニの前で認めるわけにはいかなかった。
ここで認めてしまえばエルニはまた自分を責めるだろう。
「お主個人の、かのぅ」
「ええ。これはパーティとしてではなく、俺があいつらに売った喧嘩ですから」
よし、最低限のことは言えた。
あの大乱闘の原因を俺個人の事情にしてしまえば、少なくともエルニへ罰が下ることはなくなるだろう。言外に、それをギルドマスターに伝えられたのは大きい。
あとは彼がどう判断するかだが――
「ファッファッファ! その歳でよくそこまで老獪になれるもんじゃのぅ」
狙いに気づいたようで、ギルドマスターが膝を叩いて笑った。
「お主、ルルクと言ったか」
「は、はい」
「そう警戒せんでよい。実のところ、大方の事情は他のモンから聞いとる。先にルールを破ったのはお主じゃなくてあの余所者だったということものぅ」
「いえ、先に手を出したのは間違いなく自分です」
「じゃが、先に口を出したのはあの余所者じゃろ?」
ギルドマスターは鼻で笑う。
「ルルクよ、お主は言葉の暴力は咎められぬと思っておるのか? 他種族の特徴を嘲り、侮蔑し、なじるような恥ずべき行いが、よりにもよって守るべき子どもに向けられたのじゃ。お主は自らの過ちを認めるがゆえ、その蛮行に責を問うなというのかのぅ?」
「いえ。断じて許すことができないものです」
「左様。なら儂の考えはこうじゃ。先に法を破ったのはあの余所者どもじゃ。お主は仲間を守るため、その喧嘩をそのまま買った。……さて、ここでギルドマスターとして騒動の責を負わせるのはどちらになるかのぅ?」
「……ですが、喧嘩両成敗ともいいます。ここで手を出した俺を罰しないのは、ギルドとして示しがつかないのではと――」
「わるくない! ルルクは、ぜったい、わるくない!」
隣のエルニが、我慢できなくなったのか叫んだ。
彼女らしからぬ行動に驚いたが、ギルドマスターはまた豪快に笑った。
「そうじゃ! その言葉がなによりの示しであろう。理不尽な差別に晒された仲間のために、強者に挑みかかった者を責めるなど、それこそギルドとして示しがつかんではないか。ルルクよ、お主はこの国の大人がそこまで腐っていると思うのか?」
「……いえ、思いません」
「よかろう。ならば今一度言おうルルクよ、お主に責は問わん。もし先に手を出したことを省みるなら、もう一度同じ場面に出くわしたときにでも我慢するがよい。もしそれができぬというのなら、お主の考える『セキニン』がどういうものか、しっかり考え直してみることじゃ」
「どういうものか、ですか?」
「うむ。お主はその歳の割には突出した思考ができるようじゃが、儂からすればお主の考え方は、他人の視線を必要以上に気にしているようにしか思えんからのぅ。お主にとっての『セキニン』とは、他人から押し付けられるものとしか聞こえんのじゃ」
……ああそうか。
俺はふと、納得する。
日本にいたとき、何か問題が起きたときに自分が責任を取るのではなく、他人から責任を取らされるシーンばかり見ていた。
政治家、芸能人、教育者……彼らは自分の責任を自分で決めることができてなかった。世間の風潮、他人の意見、無関係な叱責。そんなものばかりに振り回されていた。
それを無意識にずっと見ていたせいで、この世界に来てもなおあの理不尽な価値観にひきずられていたのか。
このファンタジーな世界でそんな凝り固まった考えじゃ、確かにもったいないよな。
「……腑に落ちました。ギルドマスター、ありがとうございます」
「うむ。お主の肩の荷が下りたならそれでよいわぃ」
フッと笑ったギルドマスター。
話してみればかなりの理詰めな言葉ばかりだった。さすが理術の国のギルドマスターだけはある。筋肉ムキムキで威圧感がハンパないから、見た目で脳筋かと思ってしまった自分が恥ずかしい。
「話は以上じゃ。ルルクよ、お主のこれからの活躍に期待しておるぞ」
「はい。それでは失礼します」
「うむ」
最後に一礼だけして、俺とエルニは部屋から出て行ったのだった。
去っていった二人の背中を見送ったあと、ギルドマスターは小さくつぶやいた。
「ふむ……特異な才を持つ神秘術士の少年と、魔王の素質を持つ羊人族の少女か……なかなか面白い組み合わせじゃのぅ。将来が楽しみじゃ」
嬉しそうに笑いながら、鑑定スキルを閉じたギルドマスター。
何を隠そう、このマッチョな老人は回復魔術が得意な聖魔術士なのだった。
□ □ □ □ □
冒険者ギルドの一階に降りてきた俺とエルニは、近くの空いていた椅子に腰かけた。
さすがに気疲れもあり、これからクエストを探す気にはなれなかった。
ひと息ついたら宿に帰ろうかと思っていたところに、見知らぬ男たちから声がかかる。
「おうボウズ、さっきはカッコよかったぜ」
「そうだそうだ! あんなクソ野郎どもに遠慮することねえんだ!」
「地獄が当然」
よく見ると、大乱闘のとき真っ先にあの余所者たちに殴りかかっていた人たちだ。
思い切り暴れてスカっとしたのか、俺の頭を乱暴に撫でながらもかなり上機嫌だった。
「ボウズはちっこいのに強いんだな。俺たちのパーティに入らねえか?」
「そうだそうだ! ふたりとも俺らとダンジョン潜ろうぜ!」
「ダンジョンは天国」
「コ~ラ~! このバカども、子どもに絡むんじゃないの! 安い酒ばかり飲んでないでもっと稼いできな!」
酒場の女給さんが、そんな3人を見て怒鳴りつけた。鼻息を荒くしてこっちに歩いてくる。
「やべっアイソー嬢ちゃんだ、ケツ蹴られっぞ! 逃げるぜ!」
「そうだな! ボウズと嬢ちゃん、また今度な!」
「天国で会おうぜ」
「まったく……あんたたち、大丈夫だったかい? あいつら悪いやつじゃないんだけどさ、能天気すぎて迷惑ばっかりかけんのよ」
ギルドを出て行った3人組の背中を、女給の少女が腕組みをして睨みつけていた。
気の強い美人さんだな。かなりスタイルもいい。でもなぜか、あきらかに靴の先に鉄を仕込んでいる――いわゆる安全靴ってやつだった。
たしかに尻を蹴られたら痛そうだ。
「ありがとうございます。でも先ほどは、あの方たちに助けられました……今度会ったら一杯ご馳走しないとです」
「そうなのかい? そりゃ殊勝なことだけど、酔っ払いに絡まれたら面倒だよ」
「じゃあノンアルコールにしときます」
「あいつらが酒以外を飲むもんかい。ま、夜になればたいていいるから、会いたければいつでも来な。その代わり、ちゃんとイヤなことはイヤって言うんだよ」
「はい、ありがとうございます」
善意でそう言ってくれているのはわかっていたので、素直にお礼を言っておく。
女給少女が酒場のほうへ引っ込んでいくと、後ろから肩をぽんと叩かれた。
振り返るとロズが立っていた。
「ルルク、なかなかの立ち回りだったわね。体術も上達してるじゃない」
「師匠……見てたんですか?」
「そりゃあ最初からね。あなたよりもエルニネールを、だけど」
そういやそうだったか。
ギルドまでついてきてたとは過保護な気もしたけど、さっきのことを考えたらそうでもないか。
「じゃ、今日はクエスト受けないのね?」
「はい。エルニも疲れたと思うのでゆっくりしようかと」
「ゆっくり? そうね、ゆっくりするわ」
「ありがとうござい――」
「ダンジョンでゆっくり魔物狩りよ」
え。
俺は休むつもり満々だったのに、ロズはそんなこと許すはずがないだろうと言わんばかりに、にやりと笑っていたのだった。
ストアニア王国王都、その中央に位置する地下迷宮のダンジョンは広い。
陸地では世界最深と言われており、現在確認されているのは地下108階層まで。70年ほど前に108階層に到達した冒険者パーティがあまりの広さに探索を断念して以来、この記録は破られていない。
ダンジョンには様々な人種がやってくる。種族という意味の人種はもちろんのこと、目的の種類の違いという意味でもそうだ。
一番多いのは間違いなく冒険者だ。
ダンジョン内には無数の魔物がいて、その肉や素材は珍しいものほど高値で売買されるから常にかなりの人数がダンジョンに潜っている。
隣国のマタイサ王国も貴重な魔物素材を数多く輸入している。土地が広く肥沃な大地が広がるマタイサ側からは食糧が、高レベルの魔物が溢れるストアニアからは魔物素材が交易の主要品になっているのは有名な話だ。
つぎに多いのは商人。
ダンジョン周辺にはかなりの数の露店が立ち並んでおり、食料や薬や武器、道具などの売買をはじめありとあらゆる商人がこのダンジョンに店を構えて混沌とした一大市場になっている。中には悪徳商人もいて、冒険者ギルドは詐欺や粗悪品に気を付けるよう冒険者たちに忠告していた。
そのつぎに多いのは日雇いの労働者希望者だ。
アイテムボックスの魔術器が金貨1000枚以上する貴重品で、所有者はごくわずか。それゆえダンジョンで出た素材や宝を運んだり守ったりする荷物番として働くため、雇い主を探している者がけっこうな数見受けられる。
あとはギルド職員や衛兵、医者などがダンジョン前の広場や10階層までの浅い場所に滞在していたりする。
ちなみにストアニア国民のうち、ダンジョン関連で生計を立てている人は3割超と言われている。関係者も含めれば半数がその恩恵に預かっている。他国からダンジョン王国と揶揄される理由がコレだ。
ダンジョンの入出場管理は冒険者ギルドに委託されており、入り口のそばには専用の入出場受付が設けられている。無論、受付を経由しなくても入場はできるが、素材売買のときにギルドカードの提示が必要らしい。
ギルドカード自体に潜った階層や倒した階層ボスの情報が記録される仕様だから、素材を盗んだりしてもバレるようだ。
「Gランク冒険者、ルルクです」
「エルニネール。Gランク」
「荷物持ちの一般人よ」
俺たちも受付に並び、ギルドカードを提示する。
子どもふたりが大人の荷物持ちをつけていることに疑問を抱いたのか、少し訝しげな受付嬢だったけど特に問題はないと判断してそのまま記録をつけていた。一般人は労働者用のレンタルギルドカードを渡される。
疑問のとおり、その荷物持ちが誰よりも強いんですけどね。
受付嬢はカードの入出場記録を見て微笑んだ。
「きみたち、ダンジョンは初めてね。初めての冒険者には簡単に説明しないといけないから、よーく聞いてね? ちゃんと覚えておくのよ」
「はい」
「ん」
子どもを諭すように優しく言う受付嬢のお姉さん。
俺たちも子どもらしく素直にうなずいておいた。きゅるん。
「ダンジョンは迷路になってるのよ。入り口は、あそこの大きな階段を下りて行った先にあるわ。地下1階から始まって、いまは108階まで確認されてるの。迷路は階段を下りたところからで、出口は次の階段になってるからすぐにわかるわ。きみたちは迷路を進みながら魔物や罠を避けてつぎの階に進めばいいの。これがダンジョンを進む基本の道筋よ、ここはまではわかるかしら?」
「はい」
「ん」
シンプルな迷宮構造だな。
「つぎはダンジョンの中でのルールね。途中までは他の冒険者さんとよく出会うと思うわ。こっちは行き止まりだったとかあっちが正解だったとか、そういう情報交換はたくさんしてね。みんなで協力して効率よく先に進むのもアリよ。でも、もし他の冒険者さんとトラブルが起きてもぜったいに喧嘩しないこと。危ないし、誰も見てないからって悪いことをするとつよーい魔物が出てくるからね。わかった?」
「はい」
「ん」
「それとあとひとつ。きみたちは子どもだから、たぶん地下5階くらいまでは普通に行けると思うけど、2人だけじゃそこより先には進まないこと。これはお姉さんと約束してくれるかしら」
「えっと、どうしてですか?」
「6階からはEランクの魔物が出るからよ。きみたちくらいの年齢じゃまだ危ないから、もし進んじゃっても魔物と出会ったらすぐに逃げるのよ。それに、6階から先は巡回のギルド職員たちもいないし、悪い大人たちも6階から先にいるの。騙されたり、物を盗まれたり、最悪殺されちゃったりするからね。いいこと? もちろん5階まででも危ないけど、とにかく子どもは5階まで。これはしっかり覚えておいて」
「はい! わかりました!」
ほほう、なるほど。
というか、5階まではFランク以下の魔物しか出ないのか。
俺は駆け出し冒険者っぽく元気に返事をして、お姉さんと約束しておいた。
……もちろん、守るつもりはないけど。というか守らせてもらえないだろうけど。
ほら、後ろに鼻で笑ってる保護者がいるし。
「説明は以上よ。あとは自分の目で見て判断して確かめてみて。それが冒険者よ」
「ありがとうございます」
「ええ。あと質問はある?」
「では……あそこ、入り口がふたつあるみたいなんですけど、何が違うんですか?」
俺が指さしたのは、階段への入り口になっている大きな通路と、その横にある小さな通路。
それぞれ冒険者たちはそこから出たり入ったりしている。
受付嬢はにっこり微笑んで、
「大きいほうは普通の入り口で、小さいほうは転移装置がある通路よ。でも、きみたちが使うのはまだまだ先になるわ」
「転移装置があるんですか?」
まさかあるとは。
「ええ。ちょっと難しい話になるけど、ダンジョンは入り口と10階層ごとに転移装置があるの。その転移装置にギルドカードをかざせば、そこの位置情報をギルドカードに記録できるようになってるのよ。その端末と入り口の端末は繋がってて、好きな時に転移できるのよ。そして一度記録した位置情報は保存されたままだから、一度出てもまた続きの場所から探索できるってわけなの。わかった?」
セーブポイント付きか!
なんて便利なダンジョンなんだ……。
俺が感動して目をキラキラさせていると、
「大きなダンジョンは全部この仕組みになってるわ。きみが大人になって他のダンジョンに行ったとき、同じものが見られるわ」
「そうだったんですか。……でも、そんな便利な転移装置があるのになんで普及してないんだろ」
「そりゃあダンジョン製のものは、他の場所では動かないからよ? そもそもダンジョンは大霊脈、魔素溜まり、大鉱脈の3つが重なった場所にしか発生しないからなのよ。それだけ強い力場じゃないと転移装置は正常に作動しないし、そもそも転移装置はダンジョンが勝手に生み出してるものだから、ダンジョンから離れるとそもそも動かないし複雑すぎて複製もできないんだけどね」
俺の独り言を拾って教えてくれる受付嬢。
知らないことばかりだった。色々知ってて詳しいな。
というか実家のあるムーテル領のダンジョンは小さめのものだったから、転移装置の話は聞いたことがなかったのかもしれない。ちゃんと調べておけばよかったかな。
「もう質問はいいかな?」
「あ、はい。色々教えて下さりありがとうございます」
「いえいえ。それじゃあ行ってらっしゃい。あ、ダンジョン内は時間がわからないと思うけど、巡回してるギルド職員に聞けば教えてくれるわ。あまり遅くならないようにするのよ」
「はーい」
元気よく返事をして入り口に向かうルルク。
その横に並んだロズが、小声で言った。
「転移装置、盗んじゃダメよ」
「師匠、俺をなんだと思ってるんですか?」
憤慨したポーズをとる。
本音を言えばめっちゃほしい。持って帰って構造や術式を研究したい。好奇心のおもむくままに弄りたい。……ま、受付嬢は言ってなかったけど、きっと盗んだりしたら重罪なんだろうな。
そんなことを思いながら、俺たちはダンジョンに入っていくのだった。




