弟子編・23『王のスキル』
マルコシアスが奈落の底へと消えていくと、霊素が拡散し開いていた穴がすべて閉じた。
それを確認した俺は、全身の力が抜けていくのを感じた。
「ルルク!」
倒れそうになった俺をエルニネールが支えた。
幼女に肩を貸してもらうなんて恥ずかしいけど、足腰がガクガクだった。
いやあ、めちゃくちゃ疲れたな。
魔力みたいに自分の力を使うわけじゃないけど、ここまで強い想念法スキルは霊脈に接続して操作するから、膨大な体力と集中力を消費する。要はフルマラソンを走った後みたいに疲労困憊になるのだ。
全力でカッコつければ立てるけど、強敵を屠ったあとなのでちょっとくらいは休ませてほしい。ほら、エルニネールも甘やかしてくれるしね。いい抱き心地だぜ。
「ボウズ! 無事か!」
エルニネールが俺を支えると同時に、森からザムザが出てきた。
あれ、戻ってきたのか。
馬の準備を頼んだはずだったけど……さすがに時間が経ちすぎて心配だったのか。剣も抜き身のまま下げてるし、急いできたのか木の葉が頭についてる。
ザムザは近くまでくると俺たちが無事なことに息をつき、それからエルニネールを見て少し驚いたような表情を浮かべた。
そういえば、エルニネールが羊人族だってことを知らなかったっけ。いまは認識阻害してないから、そのままの姿が見えるもんな。
「すみませんザムザさん。心配かけて」
「いや……無駄な心配だったようだな。安心したぞ」
剣を納めて笑みを浮かべたザムザだった。
「ちらっと見えたが、あの天狼を跡形もなく葬り去るとはな……ボウズ、そんな奥の手があったのなら教えてくれりゃあよかったのに」
「すみません。正直、自分でも通用するか半信半疑だったんです」
実際『言霊』はほとんど効かずに弾かれていた。
Aランクの魔物に『伝承顕現』がどこまで通じるかは最後の賭けでしかなかった。これが通用しなかったら死ぬ覚悟だったし、そのせいでほっとして体力の限界とともに足腰が立たない状態になってしまったのだ。
「なんにせよ、只者じゃなかったのは嬢ちゃんだけじゃなかったんだな。ボウズもその歳でAランク相当ってなりゃあ、俺はとんでもねえパーティと知り合っちまったみたいだぜ」
「ははは……あ、そうだ。俺はルルクです。今回は助けていただいて、本当にありがとうございました。ザムザさんがいなければ、エルニネールを救うことはできませんでした」
「気にすんな。男たるもの女のピンチにはなんとしても間に合わねえとな」
ニッと笑ったザムザが拳をつきだした。
俺も笑って、ゴツンと拳をぶつける。
「さて帰るぜお二人さん。ほら嬢ちゃん、ルルクなら俺が抱えてやるから貸しな」
「ん……やだ」
ザムザが好意で手を出したのを、エルニネールはなぜか嫌がった。
非力なエルニネールは俺の体を支えるだけで精一杯なのに、なぜか顔をフルフルと横に振る。
「エルニネール、このままじゃ坂道も登れませんよ。手を貸していただきましょう」
「んーん」
「どうしたんですか、ワガママなんて珍しいですね」
食べ物に関してはワガママばかりだけど、それは言わないでおく。
エルニネールは俺を支えながら一生懸命歩いているが、かなりノロノロとしたペースだ。
この速度じゃ日が暮れてしまう。
「エルニネール」
「ん!」
頑として首を横に振る幼女。
ザムザが頭をポリポリと掻いて、
「あ~、こりゃ参ったな……まあ、嬢ちゃんの気持ちもわかるけどよ、このままだとルルクもつらいぜ? そうだろルルク」
「そうですね。エルニネール、お気持ちは嬉しいのですがザムザさんに代わって貰えますか? 肩と足が痛いので」
「……ん、わかった」
不服そうだったけど、ようやく了承してくれた。
ザムザは俺をひょいと抱え、歩きながら振り返る。
「しかしウルフもガルムも綺麗さっぱりいなくなるとはな。マルコシアスの討伐の証がないのは残念だが……ま、脅威は去ったんだ。報告だけはギルドにしておかないとな」
「そのことなんですが……」
「わかってる。ルルクや嬢ちゃんのことは言わないでおいてやるよ。通りすがりの超強い魔術士がやっつけてくれたってことにしようか」
「ありがとうございます」
ほんと察しのいいひとだ。
俺たちがマルコシアスを討伐したと言いふらしたところで、証拠もなければ実績もない。信じてもらえたとしてもデメリットのほうが多いだろう。
それにエルニネールのこともある。今回のことでわかったけど、羊人族ってことを加味しなくても、エルニネールは魔物に人気なようだ。いい意味じゃないけどな。
もっとしっかり実力をつけるまでは目立ちたくない。
そのあたりを言わずに理解してくれるザムザは、俺たちにとって本当にありがたい存在だった。
獣道を登りながら、俺はそんなザムザの顔をじっと見る。
イケメンとは言い難い粗野な見た目だが、真っすぐな目をしていた。
こんな大人になりたいものだ。
「どうしたルルク、俺に惚れたか?」
「そうですね。俺が女ならホレてたかもしれませんね」
「たっはっは」
「あっはっは」
お互い冗談を言い合って笑うのだった。
「ん……」
そんな後ろを、不機嫌そうな顔をしたエルニネールがついて歩くのだった。
フレイアの街についたのはそれから3時間ほど後のことだった。
西門はすでに開かれており、どうやら北部の魔物は無事に討伐されたようだ。
マルコシアスの話では巨人ということだったので、きっとロズがやっつけたのだろう。
ザムザが門兵に事情を説明しておく。兵士たちは怪訝な顔になっていたが、すぐに斥候を渓谷まで走らせていた。
どこかで休みたかったけど、まずはロズと合流するのが先決だろう。冒険者ギルドに向かってもらった。
「ルルク! エルニネール!」
予想通り、ロズは冒険者ギルドで待っていた。
ザムザと共に渓谷へ向かったことは聞いてなかったのだろう。門兵に聞いてみればすぐにわかったことだったが、この旅でわかったことといえば意外にこの神秘王は人見知りなのだった。自分から知らない人に話を聞きに行くことがどうしても苦手みたいだ。
存外、可愛い師匠だな。
そんなちょっと抜けたところがある師匠も、さすがに心配していたようだ。
俺とエルニネールが馬から降りると、普段の不遜な態度はどこへやら、安心しきった顔をして両手を広げ――
「ルルクくん! エルニネールちゃん!」
その後ろから飛び出した受付嬢が俺たちに抱き着いたので、広げた腕をぷらぷらさせながら顔をひきつらせて固まってしまった。ぷくくっ。
「もう! 地下室で隠れててって言ったでしょ!」
受付嬢もかなり心配してくれていたようだ。
ぎゅっと抱きしめられながら、受付嬢の柔らかい感覚を素直に楽しんでおく。
いやあ役得役得。
「すみません、ちょっとそこまで」
「そんなノリで危ない渓谷に行くなんて、もうクエスト受けてあげませんよ!」
なんだバレてたのか。
ああ、そりゃそうか。ザムザが冒険者ギルドにも伝えるように言ってたんだもんな。
「ご心配をおかけしてすみません。師匠も、すみませんでした」
「……いいわ。詳しい話は聞かせてくれるんでしょうね」
「もちろんです」
ようやく受付嬢の腕から解放された俺たちは(もうちょっとそのままでもよかったけど)、特別にギルドの応急室を使わせてもらえることになった。
入って鍵を閉めると、ロズが防音の魔術を部屋にかけていた。
俺とエルニネールはベッドに腰かけて、ロズは椅子に座った。
「それで、相手は何だったの?」
「マルコシアスとその眷属でした」
「……で、倒したのね?」
「はい」
素直にうなずくと、ロズは頭痛がするように額を押さえた。
「はぁ……どうやって、は聞かないわ。あなたの想念法は私にもあまり理解できないものみたいだし。それより、どうだった? 初めて格上と戦った感想は」
「まったく歯が立ちませんでした。『伝承顕現』以外のどの術も、エルニネールの魔術も」
「ん……くやしい」
『伝承顕現』が効かなければ間違いなく死んでいた。
エルニネールの魔術も、かすり傷程度のダメージしか通せなかった。
「じゃ、あなたたちの課題は見えたかしら」
「はい。俺には単体相手にもっと攻撃力の高い術と、それと防御にも使える術が必要です」
「わたしも、いりょくぶそく」
「それだけでいいの?」
「いえ。俺もエルニネールも、マルコシアス相手に攻撃が通じなかったのはレベル差がありすぎたせいだと思います。技を磨くのもそうですけど、レベルもあげていかないとダメみたいです」
「ん」
これは、帰りの馬の上でエルニネールと話し合った上での結論でもあった。
ベテラン冒険者のザムザにも教えてもらったのだが、レベルというのは単にステータスが変わるだけじゃない。同じ防御力や攻撃力でも相手に与えるダメージが変わったり、状態異常攻撃や防御にも影響してくるんだそうだ。
特にダンジョンでは、罠による状態異常がレベルのおかげで効かないこともあるんだとか。だから通常の冒険者はステータス値よりレベルを意識するほうがいいらしい。
さすがザムザさん。尊敬するぜ。
「そういうわけで、俺たちにはレベルを上げる修行もお願いしたいんです」
そう言うと、ロズは表情を緩めた。
「合格ね。じゃ、ちょっと待ちなさい」
とロズはアイテムボックスから紙を2枚取り出し『閾値編纂』をおこなった。
俺とエルニネールのステータスが転写される。
――――――――――
【名前】ルルク=ムーテル
【種族】人族
【レベル】19
【体力】320(+690)
【魔力】0(+0)
【筋力】210(+510)
【耐久】290(+310)
【敏捷】320(+750)
【知力】340(+670)
【幸運】101
【理術練度】350
【魔術練度】0
【神秘術練度】4320
【所持スキル】
≪自動型≫
『数秘術7:自律調整』
『行動不能耐性』
『冷静沈着』
≪発動型≫
『準精霊召喚』
『眷属召喚』
『装備召喚』
『転写』
『変色』
『凝固』
『融解』
『閾値編纂』
『刃転』
『夢幻』
『言霊』
『伝承顕現』
――――――――――
おお、レベルが19に上がってる!
マルコシアスを撃破したおかげだろう。ステータスも敏捷が高いのは相変わらずだけど、体力と耐久が低すぎるからやはり術式で必要なのはまずは防御系かな。
メレスーロスに効果付与の術式を教えてもらっていればよかったかなぁ。
まあ、後悔しても仕方ない。
それよりエルニネールのほうはっと。
――――――――――
【名前】エルニネール
【種族】羊人族
【レベル】20
【体力】340(+670)
【魔力】1040(+5800)
【筋力】80(+110)
【耐久】230(+690)
【敏捷】90(+110)
【知力】310(+930)
【幸運】777
【理術練度】140
【魔術練度】3050
【神秘術練度】40
【所持スキル】
『全魔術適性』
『魔術耐性(中)』
『行動不能無効』
『癒しの息吹』
『草花の歌』
『賢者の耳』
――――――――――
さすが魔術特化型。魔力の加算ステータスが5000を超えている。しかも石化無効とか麻痺無効とかのスキルが統合されて『行動不能無効』になってるな。さっき攫われたときに眠らされたっぽいから、レベルが上がって耐性がついたのかな。どっちにしろチートな成長だと思うんだが。
というか、これならもう上級魔術も使えるんじゃないかとは思うけど……上級魔術は戦術級のものばかりだというからな、エルニネールは中級でもそれに近い威力がでるから、やはり突貫力の高い単体魔術のほうが優先だろうな。
あ、そういえば。
「師匠は〝魔王の種〟って知ってますか? マルコシアスがエルニネールのことをそう呼んでたんですが」
「ええ。スキルの『全魔術適性』のことよ。魔王というのは魔術を統べる王位存在だもの。これがなければ、そもそも魔王スキルを手に入れられないし」
「魔王スキル? なんですかそれ」
「いくつかあるけど、代表的なのは『魔術無効』よ」
えっ、なにそのチート。
というか、魔王とか神秘王って、人間がそう呼んでるだけじゃないんだな。
ちゃんとそういうスキルがあるからそう呼ばれるのか。初めて知ったよ。
「そりゃあ一般的には知られてないからね。魔王もわざわざ吹聴しないでしょうし」
「もしかして、師匠も『神秘術無効』とか持ってたりします?」
「当然持ってるわよ。神秘王だもの」
うはー。
不老不死なのは置いておいても、そもそも神秘術が無効化されるなんてチートすぎる。そりゃあこの世界のほとんどの人には関係ないだろうけど、俺にとってはただでさえ絶対に勝てない相手が絶対に勝てない能力まで持っていた、みたいな状態だよ。
ほんと、味方でよかった。
「……でもマルコシアスが魔王の種って、ほんとに言ってたの?」
「あ、はい。じつは長い間エルニネールの故郷を守ってたらしいんですけど、その目的が魔王の種だったらしいんですよね」
「そうだったの……でもおかしいわ。マルコシアスには鑑定スキルはつかないはず。あれは聖属性スキルよ。マルコシアスの適性は雷と風だから持ってるはずがないわ。エルニネールが魔王の種のスキルを持ってるなんて、どうやって知ったのかしら……」
「あ、そうでしたね。たしかに変ですね」
ってことは、エルニネールのことを教えた者が他にいる?
偶然知ったなんてことはないだろうし、もしそうならそいつはマルコシアスを利用してフェンリルを生み出そうとしたってことになる。
今回は失敗に終わったけど、まだエルニネールが狙われる可能性はあるかもしれない。
ううむ……なんかスッキリしないな。
「そんな不安な顔しなくていいわよ。なるべく私が見張ってておくわ」
「はい……俺も、何かいいスキルが作れないか考えてみます」
攫われてもすぐに居場所が特定できるスキルとか、それこそ仲間のもとにワープできるスキルとか。
そう考えながら言うと、ロズが驚いたような顔をする。
「……やっぱり、そもそもあなたは考え方が違うのね」
「どういうことですか?」
「一般人にとって、新規の術式やスキルは神から授かるものって考えなのよ。才能や日々の努力の結果、神が付与してくれるものよ。だから既存のスキルをつけるって目標を立てて努力はするんだけど、スキルを開発するなんて考えないわ……でもあなたにとってスキルは新しく作るものなのね」
ああ、なるほど。
神が実在するこの世界じゃ、スキルは神からの贈り物みたいな感覚なのか。
ゲームやマンガじゃスキルは無限にあるし、設定によっては作れたからな。そりゃ根本的に捉え方が違うわけだ。
「それならあなたのスキルが異常なほど増えてくのも納得だわ。期待してるわよ、弟子」
そう言って、ロズは楽しそうに笑うのだった。




