表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅴ幕 【彼岸の郷土】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

359/366

帰郷編・21『摩擦』

「零!」


 校舎の入り口付近で、車椅子から落ちて倒れていた音無零。

 萌々香がゆさゆさと体を揺すっている。意識はないようだった。


「せ、せんぱいどうしようっ」

「落ち着いて。俺に任せろ」


 すぐに呼吸や心音を確認する。

 どちらも乱れてはいるもののしっかりと動いている。ただし顔色はかなり悪く、四肢が小刻みに痙攣していた。

 この症状は知っている。持病の発作だ。

 すぐに体を横向きにして、頭を上に向かせて気道を確保する。


「一神、車椅子の横ポケットに黄色いポーチがないか?」

「えと、これかな」

「それだ。その中から液体の入った容器を取り出してくれ」


 すぐに零の袖を捲る。

 手首には大きな腕時計サイズの端末が巻かれていた。メタリックな液晶部分をスライドさせて開くと、中には丸い穴があった。

 一神から液体の入った容器――()()()()()()を受け取って、空いている穴に蓋を差し込んで強くひねる。カチリと音がしたら、中の液体が少しずつ減っていくと同時に、零の顔色もみるみるよくなっていく。

 俺はスマホを取り出してアプリを開いた。


「せ、先輩、救急車呼んだ方がいいですか?」

「ちょっとまって……いや、大丈夫だ。バイタルサインも問題ない数値に戻ったし、顔色も良くなってきたな」


 呼吸も整い、表情も安らかなものになっていた。

 

 零の手首の端末は、身体情報の測定ができる最新の医療機器だ。かつ持病の発作が起こったときの薬液投与機能を兼ねていて、簡単に安全な注射ができる。

 バイタルの数値は俺のスマホにも情報が共有されるようになっているし、そもそも救急車が必要な数値に達したら自動で救急通報される仕組みになっている。


 音無家はかなりの資産家一族だから、末息子である零の自由を尊重しつつも、ちゃんとケアできるようにしてくれている。

 零が望まない限り日頃の生活に口を出してくることはないが、俺が一言呼べば救急車どころかドクターヘリを飛ばしてくれるはずだ。


 この音無家の事情は、小学や中学から同じ人たちは全員知っている。教室で発作が起こることもあったから、中学のときは俺と零が同じクラスになるように学校側も協力してくれていたしな。

 血色が戻っていく零の顔を見て、一神は安堵の息をついていた。


「安定してきたね。でも音無くんの発作、久々だよね?」

「ああ。高校に入ってからは滅多になかったんだが……」


 不治の難病を抱えているとはいえ、成長して体力もついてきたから発作もかなり減っていた。

 今回は想像以上に疲れが溜まっていたんだろう。色々と計画の変更もあって、考えることも動くこともいつもより多かっただろうからな。


 俺はひとまず零の体を持ち上げて、車椅子にもう一度座らせる。

 症状が良くなっても薬の効果でしばらくは目覚めないはずだ。


「ひとまず零を宿舎で寝かせてくる。宿舎の管理人も零の病状は把握してるし、素直に頼らせてもらおう」

「わかった。じゃあ私は音無くんの家に連絡しておくね。たぶん七色くんに任せるって言われるだろうけど」

「ああ、頼む」

「あ、あの……わたしはどうすれば?」

「萌々香さんは俺と一緒に来てくれ。儀式の準備は俺たちに任せて、零が目覚めるまで様子を見ててほしい」

「わっ、わかりました」


 俺はそのまま零をスポーツ棟の隣にある宿舎に連れていく。

 宿舎は、職員や学生が宿泊で使える建物だ。申請すれば誰でも安く宿泊できるので、文化祭や合宿シーズンでは満室になることも多いらしい。

 もちろん管理人が常駐しており、とくにワケありの生徒たちはよくお世話になっていて、実家嫌いの零もその一人だ。


「あの、七色先輩……わたし、レイ先輩に頼りすぎたんでしょうか」


 隣を歩く萌々香が、明らかに落ち込んだ声を漏らした。


「わたしだって先輩たちを助けたいのに、いつもレイ先輩の言うことに従うだけで……それすらも、今回は満足にできてなくて……負担をかけすぎてるのかも……」

「いや、萌々香さんは十分よくやってると思うぞ。未来を知ってる零についていくのだけでも大変だろうに、こいつは指示するときも要点しか言わないしな。気に病むことはない」

「……そうでしょうか」

「幼少期からずっと一緒にいる俺がそう言うんだからそうなんだよ。それに、発作が起きたのはたぶん俺のせいだ。風呂に入らせたのに、ろくに休憩も取らせなかったから……責任があるとすれば、俺だろうな」


 正直、俺がちゃんと零の体調を考えていれば発作を防げた可能性は高かった。

 そこまで気を配れなかったのは、世話係失格かもしれない。


「その責任を萌々香さんにも担ってもらうことになって悪いけど……零が寝ているあいだに儀式陣の準備を進められるのは、俺と一神だけだからな。頼らせてくれ」

「わかってます。わたし、七色先輩の力になれるなら、なんでもしますっ」

「助かるよ。とはいえ萌々香さんも眠かったら寝てて良いからな。零のバイタルサインは常に監視されてるし、もしもう一回発作が起こったら医者が飛んでくるから。文字通りな」


 医療班はあくまで零の意思を尊重して学校内まで踏み込んでこないだけだ。もし何度も発作が起こるような危険な状況になれば、すぐにやってくるはず。

 萌々香もコクリと首を縦に揺らした。


「そうですね。でも、レイさんは実家が介入してくるのは嫌だと言ってました。はやく自立したいって……だから、ここはわたしにまかせてください」

「そっか。じゃあ頼むよ」


 俺が知らないあいだに、零と萌々香は信頼関係を築けていたのだろう。

 あの偏屈な幼馴染が……なんだか嬉しくもあり、寂しくもある。そんな気がした。


 そうこう話しているあいだに宿舎までやってきた。

 何部屋か明かりがついており、ありがたいことに管理人室にもまだ電気がついていた。


 玄関のブザーを鳴らすと、すぐに恰幅の良いオバちゃん――管理人がやってきて、事情を話すとすぐに管理人室の隣の部屋に案内してくれた。いつも零が泊まる部屋だ。

 慣れた手つきで設備をテキパキ整えていくオバちゃんの隣で、萌々香も何か手伝おうとして右往左往している。

 少しだけ微笑ましいが、あんまり見ている時間もない。


 儀式陣のデータは共有してもらっているが、さすがに神秘術を理解している俺か一神が指示を出さなければならないからな。

 そろそろみんなの休憩時間も終わるだろう。


「じゃあ萌々香さん、こっちは任せた。零が起きて動けそうなら、またグラウンドに来てくれ」

「はい」


 零をベッドに寝かせたら、介助役は萌々香に任せて部屋を出た。


 心配じゃないと言えば嘘になるが、零のためにも儀式の進行を止めるわけにはいかない。もし失敗でもしたら、それこそ零はひどく自分を責めるだろうしな。

 ここは同じ神秘術士としてフォローしておかないと。


 そう思いながら宿舎を出た。

 だが少し進んだところでクラスメイトたちに出くわした。


「ふざけんな! こっちは本気なんだぞ!?」

「別にふざけてるつもりはないよ。僕は僕なりにやってるだけさ」


 憐弥と四葉だ。

 すぐ隣に橘もいる。何やってるんだ? 和気あいあいとしてるわけじゃなさそうだ。むしろ少しヒートアップしている気がする。


「ならもっと真剣にやれよ! クラス全員の命がかかってんだぞ!」

「はいはい、わかってるよ。僕だって死にたいわけじゃないしさ」

「わかってるだって!? なら、クエストとかミッションとか笑って言いながら面白半分でやってんじゃねえ!」


 うーん、かなり剣呑な雰囲気だ。

 憐弥は最近ずっとピリピリしているが、今夜は一段と激しいようだ。

 どうやら謎解きゲーム感覚が抜けきらない四葉に対して怒っているようだが……と、そこで割り込んできたのはダウナー気味の橘だった。寝起きなのかあくびをしている。


「あのさ~憐弥。余裕がなくなると極端に視野が狭くなるあんたのそういうところ、あたしは昔からカワイイと思うんだけど、今回はちょっとヤだな~」

「なんだよ萌。俺が間違ってるってのか?」

「だからそういうトコロ。だってさ、今回の件の根拠っていっちゃえば音無の占いでしょ? 占いでクラス全員がいきなり死にますって言われても、信じないのが普通じゃないの? あんたなら、いきなり言われて心から信じる? それで信じてないやつを責められるの?」

「……それは……」


 ド正論を突きつけられて、押し黙る憐弥。

 いくら的中率が高い占い師とはいえ、それはあくまで失せ物探しや恋愛相談に関してだ。人の生死を占って的中させたなんて、誰も聞いたことがないはずだ。


「あんたがそこまで信じてるには何か理由があるんでしょうけど、あたしにはサッパリ。そんでそれは四葉も一緒。たとえあたしたちが仮想取引(バーチャルトレード)感覚で参加してても、それを理由に責めるのは筋が通ってなくない? それともあんたたちが本気で信じてる理由を、事細かに説明してくれるワケ? こっちもバカじゃないからなんか隠してるのくらいわかるんだけど?」

「……それは言えない」

「だよね。ならこっちの態度に文句言うなっての」


 ピシャリと言い放つ橘だった。

 顔をしかめて逸らす憐弥に向けて、四葉も頷いていた。


「秘密は誰しも抱えるものだし、僕はそれを自力で解き明かすのが何より好きだから、あえて聞かないよ。だけどどれだけ切羽詰まった事情があって、君がそれを共有してくれたとしても、君と同じ感覚で事件に向き合えっていうのは無茶かな。僕が心から尊敬する探偵は、最期まで余裕を失わなかった不敵な英国紳士だからね」

「……クラス全員の命がかかっていても、か?」

「どうかな。もしそこに僕にとって心から大事な人が含まれていれば、話は変わってくるかもしれないけどね。だから君が焦る理由もわかるよ。綿部さんはとても純粋で良い子だからね」

「そうそう。寧音のことがあるからそんなキツイ言い方するんだって、あたしたちもわかってるから。だからさっきのは聞かなかったことにしてあげる。その代わり、あんたの熱意をこっちに強制しないでよね。せっかく楽しんでるのに冷めるっつーの」

「……わかった」


 憐弥は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべると、橘たちに背を向けた。


「怒鳴って悪かったな」


 そうして返事も待たずに、校庭のほうへと足早に歩いていく憐弥。

 四葉と橘は顔を見合わせて、ため息をついていた。

 追うつもりはないらしい。

 そこでようやく橘が、近くにいる俺に気づいた。


「あれ、七色いたの?」

「ああ。なんか……すまん」

「何が?」

「憐弥もいっぱいいっぱいなんだよ。代わりに謝らせてくれ」

「別に七色のせいじゃなくない? 寧音のことがあるからでしょ?」

「それだけじゃないんだ。あいつにとっては死に物狂いで何十年も追いかけて、両手に抱えきれないほどのものを犠牲にしてきたことが、全部無駄になってしまうかもしれないんだ。だから許してやってくれ」

「え。それってどういう――」


 橘の隣で首をかしげた四葉。

 俺はそのの肩をポンと叩いて、すぐに憐弥を追った。


 転生した憐弥は、帝王の妾の子に産まれて不遇な人生を送った。貧民街で育ち、幼い頃に母親を亡くし、たった一人で傭兵となって生きていた。いまの俺たちと同じくらいの年齢でようやく信じられる相手を見つけたと思ったら、その相手も理不尽に騙されて殺された。


 すべてに怒り、世界を憎み、革命を起こして父親を殺して帝王となった男、それがレンヤだ。

 そんな酸いも甘いも味わった人生の半ばで見つけたのが、仲の良かったクラスメイトたち……そして恋人だった綿部寧々だ。

 レンヤが帝王となって多くの犠牲を払い、命を蹂躙し、冷酷に国益や目的のために歩んできたのは、すべては元の世界に帰るためだった。


 だがそれが叶った直後に、また転生する運命が待ち受けていたのだ。


 気が立っているのも無理はない。

 とはいえ、その事情を共有できる相手もほとんどいない。

 いるとすれば、同じ記憶を共有している俺たちだけだ。


「憐弥。あんまり自分を責めるな」


 校舎からの校庭に降るための階段に、ぽつんと座り込んでいた憐弥を見つけた。

 その隣に、俺も腰かける。


「……聞いてたのか、七色」

「そりゃあれだけ大声で怒鳴ってたらな」

「悪い。俺だって頭ではわかちゃいたんだけどな。萌も四葉も、ああいう性格だってことはさ」


 ああいう性格っていうのは、良い意味で言えばポジティブ。悪い意味で言えば、真剣さが足りないように見える飄々としたところだろう。

 憐弥は夜空を仰いで、大きく息を吐き出した。


「だけどよ、命がかかってるときに『クエスト失敗したらゲームオーバーだね。リセットできないの?』とか言うんだぜ。ついカッとなっちまったよ」

「リセットね……」


 俺たちは二度目の卒業式を迎えようとしている。

 これでも一種のリセットだろうが、四葉が言いたかったことはそうじゃないだろう。

 ……ん? リセット?


 そのとき何か頭の隅にひっかかった。違和感のような、小さなトゲのようなものが。

 だがその答えが出る前に、憐弥が続けて言った。


「七色。俺は間違ってたのか? あっちの世界でも、戻って来てからも……」

「さあな。まあマタイサに戦争ふっかけてきたことは間違いだったけどな」

「おま……それはホント、言うなって」


 憐弥にとっては苦い過去のひとつだ。


「でもさ、あのときのおまえは、異世界の人たちの命がそれこそゲーム上のデータみたいな感覚だったんじゃないのか? クラスメイトのことしか考えてなくて、あの世界に生きる人たちの命の重みがすっぽり頭から抜けてたんじゃないのか?」

「ああ、それはそうだった。母親のことも聖女のこともあって、この世界にはクソみたいなやつしかいないんだなって思ってたし……ちゃんと見えてなかったんだよ」

「だろうな。けど、見えてないっていうなら、いまの四葉と橘も同じだ。あいつらは前回の記憶がないんだから」


 命に対して真剣さがないのではない。

 経験や知識の問題で、真実が見えていないだけ――つまり現実味がないだけなんだ。こればかりは仕方ないことだし、それを責めることはできない。

 そう言うと憐弥は目を見開いた。


「そうか……そりゃあ軽くもなるよな」

「以前の俺もそうだった。物語(すきなこと)ばかり見て、それ以外のものを軽んじてた。人間なんてたいしたもんじゃないって思ってた。そういうとき、自分の興味があるもの以外はどうしても他人事に映ってしまうもんだよな」


 転生前の俺は、零以外とは自分から関わろうとしなかった。

 色んなやつの気遣いにも気づかず、自分のことばかりで視野を狭めて生きていた。


「でも憐弥、おまえは俺と同じだ。あの世界で色々と経験して、自分で歩く道を選んできたんだろ?」


 どんな困難が待ち受けていようと、俺が仲間たちとの日々を選ぶように。

 憐弥もまた、元の世界に戻ることを夢見て、そして自らの手で勝ち取った。


「だから気にすんな。おまえが掴もうとしてる未来は、決して自分だけが笑ってる世界じゃない。四葉も橘も含めたクラスメイト全員が笑って生きている世界だ。あいつらもそれくらいわかってるって」

「……七色……」


 憐弥は大きく驚いた顔をしたあと、肩の力が抜けたように笑った。


「まさかおまえに元気づけられる日が来るなんてな。変わったな、おまえ」

「変えてくれたんだよ。あの世界がな」


 俺は顔を上げて、夜空を見上げる。

 遥か遠いあの異世界で、俺たちの帰りを待っているだろう仲間たちのことを想う。

 これが終わったら、さっさと帰る方法を見つけないとな。


「なあ七色。俺は絶対、この世界で生きるぞ」


 強い意思を感じて隣を見ると、憐弥がこっちに拳を突き出していた。ちょっとだけ恥ずかしそうに。

 かつての俺なら冷静を気取ってスルーしているところだったが、いまの俺は違う。

 憐弥の決意に、強く頷いた。


「ああ。俺たちで運命を変えてやろう」


 そしてゴツンと、拳を合せたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
青春してるねぇ 憐弥はともかく楽にとっては転生したことは、過去の生き方を見つめ、より良い生き方を選ぶいい機会だったのかもしれませんね だからこそルルクとして戻ろうとしているのかも 以前のままの楽だった…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ