帰郷編・14『なんで見ず知らずの年上のギャルと使い古されたラブコメみたいになってるんだろう』
ドサリ、と倒れたグールたち。
するとまるで幻だったかのように、光の粒子となって消えていく。消え方がどことなくダンジョン内に似ているが、素材は落ちたりしなかった。
「百舌さん、大丈夫か?」
「は、はい……助けてくれてありがとうございます」
ぺこりと頭を下げた百舌は、地面に座り込んで鼻水を流す姉に近づいた。
「お姉ちゃん怪我はない? 大丈夫?」
「も、モカ……なにいまの。バケモノが出て来て、消えて……」
「怖かったね。リカお姉ちゃんが無事でよかった」
「……夢? いまの絶対夢じゃんね? じゃなきゃあんなバケモノ……」
呆けているようだが、まあ無理はない。
死霊系魔物なんて異世界でも恐怖の対象だからな。数も十体くらいいて召喚の規模も大きかったし、トラウマになってもおかしくない。
それにしても、これだけ霊素が安定していると普通に神秘術が使えるようだ。スキルとしての発動はできないから、毎回一から組み立てないとダメだけど術式は安定している。
念のためもう一度、
「『光球生成』」
「ひいっ!」
俺の手のひらに生まれた光の球を見て、顔をひきつらせる百舌姉。
「夢ちがうのぉ!?」
「そうだぞ」
「ヤダぁ~もうムリぃ〜」
「せ、先輩、その光の玉消してあげてください……」
「ああ、すまん」
術式を解いて光を霧散させる。
ブルブル震える姉の肩を抱いて、百舌は申し訳なさそうに言う。
「すみません先輩。お姉ちゃんを家まで連れて行きたいんですけど、少しだけ待っててくれますか?」
「ああ」
恐怖のあまり漏らしたみたいだしな。放置はさすがに酷だろう。
百舌はすぐに姉に肩を貸して立ち上がらせようとしていたが、腰が抜けたのか上手く立てないようだった。懸命に持ち上げようとしているが、小柄な百舌では難しそうだ。
しかたない。
「手伝うよ」
「あ、あの……ありがとうございます」
逆側の肩を支える。
百舌姉はぎょっとして俺の顔を見てきたが、諦めたように目を閉じて、大人しく俺たちの歩みに合わせてフラフラと足を動かした。
少し進むと道は二手に分かれていた。片方は境内に、もう片方は大きな日本家屋に繋がっていた。
どうやらあれが百舌家らしい。最近あまり見なくなった瓦の屋根だ。けっこう築年数も経っていそうで、控えめに言うと趣がある佇まいだった。率直に言うと、幽霊屋敷みたいだな。
「お姉ちゃん、もうちょっとがんばって」
「ぐすん……うん」
だいぶ素直になった百舌姉。ビビッて漏らしたところを舐めていた妹とその彼ピ(ではないが)に見られたのだ。しかも自分の彼ピには見捨てられている。
もはやプライドも何も残ってなさそうだった。
「ただいま」
百舌がガラガラと引き戸を開けると、土間があった。昔話で見たことのある間取りだ。
姉を土間の片側に敷いているすのこに座らせて、「おじいちゃーん」と家の中に呼びかける。だが返事はなかった。
「おじいちゃんいないみたい。お姉ちゃん、ひとりで立てる? お風呂入ろ?」
「……うん」
百舌が靴を脱がしてやると少しだけ力が戻ったのか、震える膝を使ってなんとか自分で立ち上がる百舌姉。初めて立った赤ちゃんみたいだ。がんばれ。
「着替え取ってくるからね。がんばってお風呂まで行っててね」
「わかった……」
「七色先輩ごめんなさい。もう少しだけ待っててください」
そう言って家の中に駆けて行った百舌。
さすがに他人の家なので勝手に上がろうとは思わないが、手持無沙汰なので玄関を観察させてもらおう。珍しい古民家っぽい玄関だしな。
広い土間と下駄箱があって、左手には昔の洗濯場みたいな場所がある。さすがにいまは洗濯機を使っているからか、洗い場には綺麗な花瓶に花が生けてあった。あれは……百合の花か。ほのかに香りが漂っている。
「あ、あのさ……」
「ん?」
小さな声が聞こえて振り向くと、百舌姉がへろへろな姿勢で廊下の壁に手をついてこっちを見ていた。
縋るような視線を向けてくる。
「つ、ついてきて……」
「え?」
「ついてきてって言ったの……」
「なんで?」
「こ、こわいから……あんた、お風呂入ってるあいだ、ドアの前にいて……さっきのことは謝るから、おねがい……」
泣きそうな顔で、生まれたての小鹿のように震えるギャルがいた。
ギャルの母鹿になった憶えはないが、
「まあそれくらいなら」
どこで待っていても同じだろうし、一応、俺たちの事情に巻き込んだ可能性の方が高いわけで、罪悪感がないわけでもない。
それに現代日本で魔物に襲われたという稀有な体験をした一般人だ。今後の妹のためにも、少しは優しくしてやったほうがいいかもしれない。
俺は靴を脱いで家にあがる。
ゆっくり進む百舌姉の後ろを歩き、廊下の奥にある脱衣所までついて行った。
百舌姉が扉を閉めると、中で服を脱ぐゴソゴソという音が聞こえてきたので、少しだけ離れておく。
「ね、ねえ……そこにいる?」
「いるぞ」
返事をすると、少しだけ安心したような息をつく音が聞こえた。
「……いる?」
「いる」
「離れないでよ?」
「はいはい」
なんで見ず知らずの年上のギャルと使い古されたラブコメみたいなシチュエーションをしてるんだろう。正直気まずい。
早く戻って来い、妹よ。
俺の祈りが通じたのか、すぐに服を両腕で抱えた百舌が廊下を走ってきた。
「あれ先輩……?」
「かくかくしかじか」
覗き疑惑の目を向けられる前に説明しておく。
姉と違って素直な妹は、すぐに納得してくれた。
「お姉ちゃん、入るね」
「モカ……あの、ね……あたし……」
「お話はあとでね。いまはゆっくりお湯につかって休んで。先輩とわたしはすぐ外にいるから、安心して」
「……うん。ありがと……」
ちょっとは和解したかな。これからは姉妹で仲良してくれるといいんだけど。
百舌が脱衣所から出てくると、扉を閉めて恥ずかしそうに言った。
「あの、姉がご迷惑をおかけしました……」
「大したことないよ。百舌さんは大丈夫だったか?」
「はい。先輩が守ってくれましたから。でもさっきのはいったい……?」
「魔物だ。俺たちが転生した世界のモンスターだな」
異世界にはああいうモンスターがうようよいて、それを倒して金を稼いでいる職業があることを説明しておく。俺がその一人だったことも。
それから、召喚という仕組みについても。
またもや誰が召喚したのかは定かじゃないが、霊素が安定した環境ほど召喚も安定するようだ。図書室のときはサーベルタイガー一匹だったから、今回は確実に規模が大きくなった。
「そう何回も召喚できるとは思わないけど、また同じことが起こる可能性はあるから気をつけないとな」
さっきのはいつの間にか召喚されていた。
俺がいくら霊素の流れに目を配っていても、透視スキルがないこの世界では木々の向こう側は視えないし、待ち伏せされていてはその都度対処するしかない。
とはいえ霊素が安定しているのは俺にも利点になっている。置換法の術式もある程度なら問題なく発動できることは確認した。Cランク魔物くらいの相手なら、対して苦労はしないはずだ。
百舌はすぐに周りのことを心配し始めた。
「そうですか。レイ先輩の用事の前に、境内のひとたちにここを離れるように言った方がいいですかね……?」
「かもな。百舌さんの家族も含めて、何かしらの理由をつけて――」
と、とるべき行動を考え始めたときだった。
「帰っとったか萌々香」
「あ、おじいちゃん」
玄関の方から、音もなく歩いて来る老父がいた。
和服を着た、白い髭を蓄えた小柄な爺さんだった。
電車内で出会っていれば席を譲るのをためらわない年齢だが、その雰囲気はまるで刀のように尖っていて、目つきも老父のソレではない。戦場にいる騎士のようだ。
なんとなくヴェルガナを連想してしまう。
百舌祖父は、廊下を滑るように歩いてくると、ピタリと足を止めて俺を見上げる。
「おんし、誰じゃ?」
「お初にお目にかかります。七色楽と申します」
これは敬意を持つべき相手だ。俺の直感がそう告げていた。
老人は片眉を上げて、
「ほぉ……ワシは百舌源三じゃ。よく来たな、かまどの孫よ」
「祖父を知ってるんですか?」
七色かまどは俺の祖父だ。
あまり国内に戻ってこない両親に代わって俺を育ててくれたパワフルな爺ちゃんで、いまだ現役の新聞記者として国中を飛び回っている。
「古い知り合いじゃ。んまあ、最近はまったく将棋会館にも来よらんがのぉ。あやつは息災か?」
「はい。元気は有り余ってますよ」
「ふん、ならいい。くたばる前にもう一回くらいは顔出せって言っとけ」
そういえば源三って名前は何度か聞いたことがある。百舌の爺ちゃんだったか。
一神とは母同士が知り合いだったり祖父同士が知り合いだったりと、いやはや意外と世間は狭いものだなぁ。
その源三は鼻を鳴らすと、
「そんで萌々香や。梨々花の靴がひどく汚れておったが、梨々花はどうした?」
「お姉ちゃんはお風呂だよ」
「そうか。無事じゃったか」
安堵の息をついた源三。
……この様子だと、何かあったかくらいは勘付いているようだ。
「源三さん、少々お話が」
「なんじゃかまどの孫」
「楽です。源三さんは霊素が視えるんですか?」
率直に聞くと、源三は眉をへの字に曲げた。
「おんし……音無の坊主の差し金か? 妙なことを吹き込まれておるな」
「零は幼馴染ですが、別に変なことは吹き込まれてはいないですよ」
「嘘つけぃ。霊素だの神秘術だの、若い頃から目に視えんモンを信じても碌なことにならんわい」
悪態をつく源三だったが、その態度がわざとらしく見えたので、むしろ確信した。
「いえ。霊素は源三さんにとって目に視える物ですよね?」
「……かまどの孫、いや、楽。おんしまさか……」
「はい。俺も神秘術士なんですよ。源三さんは、霊素に異変を感じ取ったんですよね?」
俺はさっき起こった出来事を包み隠さず伝えたのだった。
「そうじゃったか。世話をかけたのぅ」
百舌家の居間だった。
座布団に座り、囲炉裏を挟んで茶をすするのは俺と源三。
百舌姉はすでに風呂を上がり、自室で休んでいる。怖い怖いと俺のそばを離れようとしなかったが、源三が『結界を張り直しといたから安心せぃ。それでも怖いならワシがイチから根性鍛えなおしてやるわい』と言ったら、そそくさと自室に戻っていったのだ。
どうやらグールより祖父の方が怖いらしい。
するとなぜか萌々香が、自分のことのように嬉しそうに言った。
「あのねおじいちゃん、七色先輩、すごかったんだよ。手に光を集めてシューッって一発で魔物たちを倒したの」
「なんと……おんし、相当腕が長けとるようじゃのう。ワシも長ぇこと生きとるが、光に干渉できる術士なんぞ聞いたこともねぇ」
「大げさですよ。俺なんてまだまだです」
俺は肩をすくめる。
ちなみに百舌のことは萌々香と呼ぶことにした。ここじゃみんな百舌さんだからな。
萌々香も家だからか、学校よりは少しばかり声が大きくなっている。それでも近くじゃないと聞き取れないほど小さいのは変わらないんだけど。
あと、家に帰っても前髪は上げないらしい。お爺ちゃんだって孫の顔くらいしっかり見たいだろうに……いや別に、ちゃんと顔が見たいとかではないんだけど。
「そんで、おんしらは何しに来たんじゃ? もしや萌々香とねんごろな仲じゃとは言うまいな……?」
「お、おじいちゃんっ」
「違います。じつは厄介なことが起こっていまして……」
俺は転生のくだりは伏せて、学校にも魔物が現れたこと、零の占いで俺たちが明日死ぬことを知ったこと、それを防ぐためにこの神社に祀られていた『聖典』が必要なこと、しかし萌々香が昨夜に持ち出そうとしたら盗まれていたことを話した。
その聖典を探すのに、何か縁のあるものが必要だから借りに来たことも。
源三は喉の奥から「カーッ」という謎の音を出して、
「なんじゃ萌々香、おんし、黙って持ってこうとしとったんかい」
「ご、ごめんなさい……」
「まあええわい。ワシも油断しとった。盗人も妖魔も許すとは……ったく結界士の名折れじゃのう」
源三は自分に悪態をつきながら、懐から布に包まれた小さな四角い物体をひとつ取り出した。
それを目の前に置き、囲炉裏の火のゆらめきに瞳をギラリと輝かせて、俺をまっすぐに見つめた。
「で、楽。おんしが取りに来たんはコレじゃろ」
そう言って布を丁寧に剥がしていく。
中から現れたのは、白木でできた箱だった。ただし中身はない。盗まれたからな。
源三は呆れたように息をつくと、
「そんで、何か言うことはあるか?」
中身のない箱を見せて、まるで俺を試すかのように問いかけた。
盗人のメモは萌々香が持ち出したので、本当に箱だけだ。汚れのない白い木でできていること以外は何の変哲もない箱だ。
だが俺はその箱を見て、素直に思ったことを言うのだった。
「もしかして、その箱が聖典本体ですか?」
あとがきTips~現代日本における神秘術~
〇神秘術とは
霊素を使った神々の権能を再現する術式を『神秘術』と呼ぶ。
大きく分けて3種類の技法で構成されており、楽が転生した異世界ではそれぞれ【召喚法】【置換法】【想念法】と呼ばれている。
〇日本における神秘術の扱い
かつてまだ神々がいた時代では日本列島のどこにでも霊素や魔素があったが、時代の移り変わりとともに環境開発が進み、魔素は消え、霊素もごく一部でしか見られなくなった。科学の到来とともに神々の時代は完全に消え去った。
日本の歴史上の神秘術最盛期は平安。陰陽術とも五行術とも呼ばれていて、おもに【召喚法】が一般的だった。触媒無しで召喚法を使える術士はごく稀で、物理的な干渉を起こすレベルの【置換法】を使える者はさらに稀だった。だが現代に名を残すほどの一部の術士は、その才覚を存分に発揮し、平安期の魔物たちと戦っていた。
〇現代日本の神秘術
特定の一族では古くから継承されてきた神秘術だが、もはや術士も術も残されているのはわずか。現代で確認できているのは召喚法と置換法のそれぞれ一部のみ。百舌源三は結界術を得意とする術士で、百舌鳥神社の宮司を引退してからは、霊的な防衛を仕事として日本各地を回っている。
ちなみに源三が知っている神秘術は以下。
・占星術(召喚)→占い師がいまでも使えるやつ。現代では一番よく目にする神秘術。
・結界術(置換)→『情報強化』を発展させたもの。厳密に言えば霊素操作の応用であり、術式ではない。霊素の変化を防ぐ術、と思ってOK。
・錬成術(置換)→物質の状態操作。すごく腕が良いと硬いスプーンをちょっと曲げられる。昔はテレビでたまに見たが、最近はスプーンにタネがあることが多い。
・気功術(召喚)→いわゆる精霊召喚。身体性能にバフをかけて機能を底上げする。昔の神秘術士は道具にも使えた。武術の達人が使うと結構強い。
とまあ見ての通り、科学が発展したおかげで完全に廃れているのがわかります。
そんななか、余裕で『光弾』とかレーザー光線撃つ七色くん……チートですね。




