帰郷編・13『百舌鳥神社の似てない姉妹』
本当に日本に帰ってきたんだなあ。
学校から百舌鳥神社への道のりの途中、ぼんやりと思った。
あっちの世界に転生して十年ほどが経っていたので、慣れ親しんだ日本の街並みにもどこか新鮮味があった。
大人になってから住んでた街に帰省するとこんな感じなのだろうか。しかも二度と戻って来ないつもりだったから、なおさら感慨深い。
もっともこっちの景色は何一つ変わっていないので、十年ぶりの帰省というよりタイムマシンに乗って帰ってきたといった方が適切かもしれない。
「へ~。こんなとこに本屋があったのか」
百舌鳥神社は学校から歩いて十五分ほど。
俺の家の方向とは反対なのであまり来ることはなかった。せいぜい年始に初詣に行くくらいだし、俺の家からはこの道は通らないので、ひっそりとした通学路に小さな本屋があるのは知らなかった。
店の中では、カウンターの奥で爺さんが新聞を読んでいる。平和だな。
「あ、あの……七色先輩」
「ん?」
後ろから、控えめな声が聞こえた。
空耳じゃなければ、うつむきがちな少女――百舌萌々香が久しぶりに口を開いてくれたらしい。
もともと沈黙は嫌いでも苦手でもないが、学校を出て早々に話題がなくなったので、どうしたものかと悩んでいたところだった。残念ながら貴族スキルは現代日本だと完全な口説き文句になるらしいので、向こうから話しかけてくれるのは助かる。
俺はせっかく話しかけてくれた後輩の言葉を一言一句聞き逃すまいと耳をそばだてた。
「七色先輩たちは、別の世界の記憶があるんですか?」
「うん。百舌さんは零からどこまで聞いてる?」
「先輩たちが必ず死んでしまうことと、それでもどこかで生き続けることになることです」
「いつ知ったの?」
「入学してちょっと経ってから……七色先輩と初めて会った数日後です。零さんが、声をかけてくれて」
「あいつナンパしたってこと?」
「ち、ちがいます。親友にも言ってなかったことを零さんが言い当てて……それで、協力するから先輩たちのために力を貸して欲しいって……」
「それどう聞いても占いをナンパに使っただけなんだが」
なんて男だ。
まあ、脅さなかっただけマシか。
「そういえばさっき言ってたけど、俺と百舌さんって、どこかで会ったことあった? 気を悪くしないで欲しいんだけど、顔を憶えるのが苦手でね」
「だ、大丈夫ですっ。七色先輩のことはいつも見てたので……気にしてないです」
手をワタワタと振って気にしてないアピールする百舌。
いやぁ良い子だ。
「入学してすぐ、わたしの友だちが零さんの占いに行ったんです……そのときちょっとした騒ぎに巻き込まれて、ひとりで泣いてたところを七色先輩が助けてくれて……」
「あ~そんなことあったな。その時期はまだ予約制じゃなかったから迷惑かけて悪かったよ。ごめん」
「いいんですっ。ぜんぜん、これっぽっちも、むしろうれしかったというかなんというか……」
小声でごにょり始めた百舌。
よく聞こえないけど、口元がニヤついているから思い出し笑いでもしてるんだろう。
「それで零に弱みを握られた、と」
「ち、ちがいますよぅ」
「冗談だって。じゃあ二年近くも零の手伝いをしてくれてたってことか」
「はい。零さん、色んな未来を知ってるから、まだ知識にない実験とか実証とか、なるべく三年二組のみなさんにバレないように進めてて……それで今回が、その本番みたいで」
「それで百舌さん家の『聖典』を使うって流れになったのか」
「はい」
「というか『聖典』って何?」
さっきは普通にスルーしたけど、かなり気になる。神の力がどうとか言っていたが、あっちの世界で言う神器のようなものなのかな。
「わたしも詳しくは……ただ数百年も前からうちの神社で保管してるのは確かです。お爺ちゃんいわく、使える者は限られてるし、神通力を宿したものだから世間には公表してないんです。本殿の金庫に保管してたんですが、昨日の夜にこっそり取りに行ったら、鍵が開けられて箱だけが残ってて……」
「盗まれたことがわかった、と」
零が驚いていたってことは、いままでの世界線では一度も起こらなかったことだろう。
百舌は肩を落として、ただでさえ小さい声をさらに弱めた。
「わたしがもう少し早く取りに行っていれば……」
「気に病むことはないさ。零なら見つけられるだろうし、そのための俺たちだ」
「……はい」
泣きそうな声で返事をした百舌。
真面目な子なんだろう。
「でも百舌さんはどうして俺たちのために手伝ってくれるんだ? 百舌さんには関係ないはずだけど」
「そんなことないです」
そこだけやけに力強く否定した。
「それにわたしと零さんの目的は、もうひとつあるんです。ひとつは三年二組のみなさんを死の運命から救うことで、もう一つは……」
百舌は長い前髪の隙間から、チラリと俺を覗き上げて言った。
「もしその運命が避けられなかった場合、二度目の人生の七色先輩を救うつもりなんです」
「二度目の俺を?」
「はい。レイ先輩が言うには、七色先輩は二度目の人生でも十年も生きられないそうなんです。だからレイ先輩は、ずっと二段構えで準備してるんです」
「……俺の二度目の死、か」
思い当たることはある。あの世界では何度も死にかけたからな。
もっとも零が俺を救うために何をしてきたのかは教えてくれなさそうなので、想像するしかないが。
「わたしはそこまで七色先輩を慕う零さんに賛同して、手伝うことを決めたんです。体が不自由な零さんでは、そこまではできないから」
「そっか。優しいんだな、百舌さんは」
自分のためじゃない。
他人のために躊躇なく動けるのは優しさであり、人間的な強さとも言えるだろう。
百舌は控えめで大人しいけど、弱い少女なんかじゃない。
「あのぅ、さっきはちゃんと聞きそびれちゃったんですけど……七色先輩たちは一度転生したんですか? いわゆる異世界転生?」
「ああ。ヘリコプターに潰されて異世界転生して、魂を巻き戻して戻ってきた。だからいまの俺は、零いわく『前回の世界線の俺』ってことだな。……なんか改めて言ったら、めちゃくちゃ変なこと言ってる気がするけど、嘘じゃないからな?」
「し、信じます。零さんも言ってました。転生か転移か、タイムスリップ、タイムリープのどれかだろうって」
ああ、だから俺たちに聞いた最初の言葉が「何周目か」だったのか。
記憶を保持して人生を繰り返していたら、どれに該当しても「何周目」って言葉が当てはまるもんな。納得した。
「そこまで想像がついてるのはさすが零だ。何人分もの未来を見たんだろうけど、百舌さんは何回分か聞いてる?」
「いえ……でもかなり多いのは間違いないかと思います。検証済みって言葉はよく聞きますから」
「気になるよなぁ……あ、神社のクスノキだ」
大きなマンションを過ぎたところで、前方に樹が見えた。
樹齢千年近くにもなるという、天然記念物のクスノキだ。
百舌鳥神社の境内に聳える巨木は、何度見ても圧巻だ。住宅街のど真ん中に生えているのもなかなか趣がある。
「あ、そうだ。ここは表側に回ってちゃんと参道から入るべきか……?」
「だ、大丈夫です。裏門があるので、近道できますから」
どことなく恥ずかしそうに言う百舌。
まあ自分の家の敷地に入るのに、わざわざ正面からっていうのも変な話か。
百舌が先導する形にかわって歩くと、すぐに木々が生い茂る神社の敷地についた。
林になっている裏側には錆びついた小さな門があり、そこを開けて小道に入る。木に囲まれると、一気に静かになった。
神社らしい厳かな雰囲気だ。
「そういえば家って境内にあるのか?」
「いえ、隣接はしてますけど境内ではないです。一応、そういう決まりになってますので」
「そっか。そういや神社って所得税取られないって本当?」
「へ? あ、ええと……寄付とか祭事とかは、たしかそうみたいです」
「お~。じゃあ宮司の資格とって百舌さんと結婚したら将来安泰だなぁ」
「け、けけ結婚!?」
声を裏返して驚いている。
そんな大きな声が出せたのか。
「百舌鳥神社はいつも賑わってるし、参拝者も多いだろ? いいなぁ歴史ある神社の家柄は」
「あの、えと、でもぉ」
アタフタする百舌だった。
まだ高校二年だし、結婚の話題は早かったかな。
そう思っていたときだった。
「あれ~モカじゃん? 誰それ、あんたの男?」
小道の反対側から、派手な格好の女が歩いてきた。
金髪に染めた髪に分厚い化粧。短いスカートに黒いロングブーツ。肩からブランドのバッグを提げている。
なかなか神社では見かけない野生のギャルだ。
「リ、リカお姉ちゃん……」
野生のギャルじゃなかったらしい。百舌の姉か。
そんな百舌姉はニヤニヤと笑いながら、大股でこっちに近づいてくる。その後ろにはこれまた派手な髪色の男がいる。彼氏だろうか……いや、この感じは彼ピだろうか。よし、彼ピに一票を入れよう。
小さな石が敷き詰められた細い道なので、すれ違うのも一苦労だ。
俺が一歩横に避けると、百舌姉はなぜか足を止めて物珍しそうな顔で俺をジロジロと見てくる。
「へ~あんたこんな地味なのがタイプなんだ」
地味言うな。平凡なだけだ。
「でもアンタにはお似合いじゃん。よかったね~彼氏できて」
「か、彼氏じゃないよ……」
「あ? なんか言った?」
「え、と……」
「あん? ハッキリしゃべれって」
「あの、ええと」
「だ~か~ら~! もうちと大きい声で喋れっつってんだよ! いつもウジウジウジウジ鬱陶しい! 耳ついてんの? ねえ、聞こえてますか~?」
怒鳴りながら妹に迫る姉。
……ふむ。この世界で生きていた頃の俺には兄弟がいなかったので、いままでならこのコミュニケーションが姉妹にとって普通かどうかは測りかねていただろう。
だが、いまの俺には妹も兄もできた。これが大事な妹にする行動じゃないってことは、身をもって実感できる。
だから俺は躊躇わず、身を縮こまらせる百舌の前に出た。
「……なにあんた?」
「通りすがりの地味男だ」
うーん、自分で言っても違和感がない。
そりゃ鬼塚にも散々言われるわけだ。
「へ~。モカの男ごときが調子のってんの? てか、それカッコつけてるわけ? ダサすぎて笑い死にそうなんだけど~」
「ん? これくらいでカッコつけてるに入るのか?」
物語の主人公なら、もっとスマートに助けると思う。あとカッコつけるつもりなら自分のことを地味男とは絶対に言わない。
俺の言い方が気に喰わなかったのか、額をピクリと震わせた百舌姉。
「てかそこどけよ。あたしがモカと話してんだよ」
「怖がらせてるみたいだからさ。怖がらせないって約束してくれるなら良いけど……」
「は? 何様だよてめぇ!」
「おい梨々花。そいつ誰だよ」
百舌姉の肩を叩いて、後ろから登場した真打――金髪男。
唇ピアスに首筋の入れ墨。なかなかこっちもファンキーだな。
「知らねー。モカの男っぽいけど、ウザいんだよね。てか制服ってことは高校生っしょ? 年上には敬語使えよクソガキ」
「あ、敬語か……忘れてた」
そういえば、あっちの世界では年齢で敬語を使いわけるっていう概念が薄かったな。
貴族は家柄の方が重要だし、冒険者は自由だ。俺はムーテル家の教育により初対面の相手には敬語で接していたが、そもそも。
「敬語って敬意を持てる相手に使うモンだしなぁ」
「はぁ? 舐めてんじゃねーぞ!」
「おい梨々花、このガキ絞めていいか」
あ、ついうっかり言ってしまった。
どうやら完全に怒らせてしまったようだ。
仕方ないが、ここは両手を上げて無害アピールしておこう。
「すまん。素直なのが俺の長所なんだ」
「てめぇぶっ殺す!」
どうやら説得に失敗したらしい。
躊躇なく殴りかかってくるピアス男。喧嘩慣れしているようで、大振りではなくコンパクトに拳を振り抜いてきて――
……ん?
いや、遅くないか?
俺は首をひねって躱す。
「ちっ」
そのまま続けて数発、顔に拳を撃ち込んでくるピアス男。
……やっぱり遅い。
動作の起こりを隠せてないからどこを殴ろうとしているのか見え見えだし、そもそも拳の速度もあまりに遅い。
なんだこれ。
「……あ、もしかして」
「うおっ」
手を出す気はなかったが、踏み込んできた足が隙だらけだったので、ついうっかり足首を払ってしまった。
転倒するピアス男。
「ちょっ! なにしてんのよ!」
「ゆ、油断しただけだ!」
すぐに立ち上がって、今度は拳を顔の前に構えるピアス男。
少し隙が減ったが、まあ誤差の範囲内だな。ナギの構えに比べたら赤子も同然。日頃からナギと訓練してた身とすれば、ハッキリと隙が視える。
それに、
「これがステータスのない世界か」
この世界は、本来の肉体強度以上に能力が上がらない。
つまり地球上では、すべての人間がレベル1なのだ。
もちろん俺も例外じゃない。ルルクのときに比べれば弱体化も甚だしい。
だが俺は竜王との殴り合いに慣れてしまった。音速を余裕で超えてくる竜王の相手をしていた俺にとって、いくら肉体的に弱くなったとしても、この程度はまるで脅威に感じないのだ。
「なんで! 当たらないっ!」
「そりゃ遅いからなぁ。諦めてくれない?」
「死ねコラァ!」
「しかたない。見様見真似だけど――鬼想流、『蓮突き』」
「オ゛ェッ!?」
隙だらけの喉に、手刀を突き入れる。
ピアス男は喉を押さえて転げ回った。足をバタバタさせて、無言で叫んでいる。
そんなに痛かったか?
「軽く打ったつもりなんだけど……ごめん大丈夫?」
「ちょっと!? なんでそんなガキに負けてんの!?」
彼ピを非難する百舌姉だったが、返事もせずに涙を流して苦悶するピアス男。
ナギ直伝の手刀突きだけど、そんなに効くものか?
……あ、そういえば鬼想流は武芸百般。常在戦場の武術って言ってたから、もしかして、技のひとつひとつが人体破壊を目的にしてるのか……?
それなら悪いことをしたなぁ。
「すまんピアス男さん。悪気はないんだ」
「コヒュー、コヒュー」
「ごめん上手く聞こえない」
「コヒューっ! コヒューっ!」
呼吸音がヤバイ気がするが、ピアス男は顔を青ざめながら俺を指さす。
俺……というか、俺の後ろ?
なんかめちゃくちゃビビっている。
そう思って振り返ろうとしたとき、
「ぎゃあああああ!」
百舌姉が叫んだ。
「何コイツら!? 何、何ぃぃいいい!?」
肌が真っ黒で目が真っ赤、牙を生やした人型の魔物がいた。
グールだ。
死霊系のDランク魔物。
実体があるタイプで、グールに血を吸われた人間も確率でグールになってしまうという魔物化させる厄介な性質を持つ。噛まれると危険な相手だが、動きはかなり遅い。
あっちの世界ではもはや雑魚として扱っていた魔物が数十体ほど、いつの間にか俺たちを囲んでいた。
いつの間にか召喚されていたらしい。まあ、さすが由緒正しい神社だからか、ここは霊素で溢れているからな。
「百舌さん、俺から離れないで」
「は、はいっ」
「ヤダヤダヤダ! こっち来ないでっ!」
グールは尻もちをついた百舌姉ににじり寄っていく。やはり呼吸が苦しそうなので、魔物はこの世界の環境には適していんだろう。
「ねぇナオキ助けなさい! ちょっ、どこ行くの!? おい、こらぁ!」
「うわぁああ!」
彼女を見捨てて逃げ出したピアス男。
見捨てられて絶望する百舌姉。
助けるのは簡単だが……あ、いいこと思いついた。
「なあ百舌姉。助けて欲しいか?」
「何よガキ――」
「じゃ、俺は行くよ。達者でな」
「うそうそうそ! お願い! 助けて! ごめんなさい!」
「そうか。なら妹にお願いしろ。妹がOKすれば助けてやる」
「えっ」
何を言っているのか分からない様子の百舌姉。
俺は無言で待つ。
さて。グールが飛びかかるか姉としてのプライドが折れるか、どっちが早いか……は、比べるまでもないようだった。
「ごめんモカちゃん助けて! もうイジワルしないから! お願いっ!」
「だそうだけど、百舌さんどうする?」
「お、お姉ちゃんを助けてくださいっ!」
迷いなく言う百舌さんだった。
たぶん日頃から辛く当たられていただろうに、ほんといい子だな。
「言ったでしょ!? お願い、ねえ、どうにかしてよぉ! ひぃぃ!」
叫ぶ百舌姉。恐怖が許容量を超えたようで、へたりこんだ地面に染みが広がっていく。
俺はすぐに霊素を集め、操作し、術式を唱える。
密度が濃いおかげか、小規模ながら正しく発動した。
「『光弾』」
俺の手のひらに生まれた光球はまたたくまに空間を走り抜け、すべてのグールの頭を撃ち抜いたのだった。




