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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅰ幕 【無貌の心臓】

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弟子編・19『神秘王の指ぱっちん』

 

「支部長! 現在街内のCランク以上のパーティは!?」

「護衛専門の【魔除け本(タリスマンブック)】、討伐向けのCランク【火竜の息(サラマンダーブレス)】の二組だ! 明らかに戦力不足だが……すぐに連絡を取ってくれ! 街の北側を固めるぞ!」

「かしこまりました! 行って参ります」


 ドタバタと走りまわるギルド職員たち。


 先日知り合ったパーティ【魔除け本(タリスマンブック)】もこの街に来ているらしい。

 というか緊急クエストはCランク以上のパーティは強制参加なんだな。Aランク魔物相手の防衛任務に行かされるなんてかわいそうだけど、いずれは俺たちもその立場になるかもって考えたら、他人事じゃないな。同情できるときにたっぷりしておこう。


 俺もそろそろ宿屋に帰ったほうがいいかな、と思っていたときだ。

 ギルドの入り口に、見覚えのある幼女のシルエットがひとつ。


「ん、ルルクいた」

「エルニネールも来たんですか……あれ、ローブは?」


 深緑のローブは脱いでいて、お嬢様学校の制服みたいな姿でテコテコ歩いてくる。


「ん……必要ない」

「ああ、そういえばこの国は獣人差別禁止でしたっけ」


 ギルドの職員たちも見覚えのない羊人族を珍しがってはいたものの、それ以上の意味のある視線ではなかった。まあ、それどころじゃないからかもしれないけど。


「それでどんな状況なの?」

「あ、おはようございます師匠。さっき西門に狼の魔物が現れて、あと街の北部にAランクの魔物が出たらしいです。緊急クエストが指令されたらしいですけど、Cランクが2組だけしかいないみたいですね」

「Aランクってなんの魔物か聞いたの?」

「さあ、そこまでは」


 まだ情報が錯綜しているからか、正確な発表はないようだ。

 なんにせよ街の防御を固める必要はあるため、戦えるものは北門へ向かっているようだ。わざわざ討伐に向かうことはないだろうから、魔物が街に向かって来たら防衛戦ってことになるみたいだ。


「ルルクくん! 申し訳ないんだけど、受付業務はしばらく中断するわ。ギルド職員は北門で防衛戦の準備があるのよ。君とエルニネールちゃんは危ないからここの地下室に隠れてなさい」


 受付嬢はギルドの職員通路を指さした。

 通路の奥に、跳ね上げ式の扉が開いている。地下に食糧庫でもあるんだろう。


 さすがに俺とエルニネールも、Aランクの魔物相手に戦えるなんて自惚れてはいない。Aランク相当といえば蝿王ベルゼブブとか海魔クラーケンとか、二つ名持ちのボスクラスの魔物だ。魔術を使ってくるのは当然ながら、レベルもものすごく高いはず。


 それこそ上級の冒険者や騎士団が討伐しに出てくるような相手だ。

 もしかしてエルニネールの最大一撃なら、ちょっとは対抗できるかもしれないけど……。


「そんな危ない橋、いくらなんでも渡らせない……ですよね?」

「私をなんだと思ってるの? さすがに実力差がありすぎるわよ」


 ロズに睨まれた。


「でも、そうね。北にいるってことはどっちにしても邪魔になるわよね。もし一時間くらい待ってみて、その魔物がいなくならないようなら私が行ってちゃちゃっと片付けてくるわ」

「おお、さすが師匠。頼りになりますね」


 神秘王が戦うなら安心だ。

 というか旅の邪魔にならなければ放置するつもりだったんだな。


「そりゃそうよ。自分たちの街は自分たちで守らせるわ。よほど理不尽な状況じゃない限りはね」


 ロズがエルニネールの頭を撫でながら言う。

 それもそうか。いくら神秘王だからといって目につく脅威すべてを排除する必要はないし、そんなことしてたら周りの人間が成長しないだろうからな。


 誰もいなくなったギルドの一階の酒場で、座りながら待つことしばらく。


 ロズは「ちょっと見てくるわね」と言ってギルドから出て行った。

 もちろん俺たち弟子は留守番だ。

 今回ばかりは出番はなさそうだな。


 退屈だなぁ、と思っているとエルニネールの腹がくぅと鳴いた。

 そういえば朝食がまだだったな。


「何か食べますか?」

「ん、おかなすいた」


 とはいってもポーチの中には携帯食料と水筒くらいしかない。

 ……どうせ無人なんだし、厨房でも借りるか。

 銀貨一枚置いておいて、食材も多少使わせてもらおう。


「ちょっと厨房に行ってきます」

「ん」


 エルニネールを残して酒場の奥へと向かう。

 しかしそれを見計らったようにギルドに入ってくる影があったのだが、俺はそれに気づかなかった。




■ ■ ■ ■ ■




<~フレイアの斥候兵の独白~>



 自分には、斥候の才能があった。

 

 幼い頃から身軽で、筋力や魔術よりも敏捷性に優れていた。駆けっこではいつも負けなかったし、それなりに高い身体能力が自慢でもあった。


 小さい頃の夢は、冒険者になることだった。

 斥候という役割はダンジョンなどでとても重要で、隠れている敵や罠を見抜いて無効化し、宝箱を見つける。

 そんな風に冒険者になってダンジョンに潜り、一獲千金を夢見ていた。

 でも、あきらめざるをえなかった。


 このフレイアの街に生まれ育った自分には、家族がいる。両親と弟の四人家族だ。父はしがない雑貨屋の店主で、母はその手伝いに忙しい。弟は自分とは違って病弱で、あまり外には出られなかった。

 冒険者になってダンジョンに行くためには、このフレイアの街から離れられなければならない。


 父と母は毎日働きづめで、なんとか暮らしていけるほどの収入だ。弟の面倒を見るのはずっと自分の役目だった。もしここで街から出て行けば、両親のどちらかが弟の面倒を見なければならない。そうすれば収入も減り、破産したら一家揃って身売りしなければならなくなるだろう。


 そういう事情があり、冒険者はあきらめて街の兵士になる決意を固めた。

 もちろん兵士にも斥候の役割がある。ダンジョンとは勝手が違うが、立派な情報収集役だ。有事の際に一番に駆け付け、正確な状況を持って帰る重要な役目。


 だからAランクの魔物が現れたとき、すぐに指令が下った。


「街の北部の林に魔物が現れたらしい。街道が近いので状況を把握してきてくれ」


 そう言われ、風魔術を駆使して急いで駆け付けた。

 林のなかで遠目から見つけたのは、


「バケモノだ……」


 そこにいたのは冷気を纏う巨人だった。


 話に聞いたことがある。氷属性の魔術を使う、暴氷の巨人ヨトゥン。背丈は林の木々よりも大きく、その一歩は地面に足跡をうがつ。脅威度は間違いなくAランクだ。


 すぐにその場から逃げ出したい気持ちに駆られたが、斥候としてヨトゥンの進路を確かめなければならない。

 木陰に身を潜めて追跡すること半刻。気の向くままに歩いていると思われたヨトゥンの向かう先に確信が持てるようになった。


「くそっ、よりによってフレイアかよ」


 ゆっくりと、しかし確実にフレイアに近づいていた。

 こうしてはいられない。急ぎフレイアに戻って報告し、家族たちだけでも街の南から逃がさないと――と駆けだそうとした時だった。


『オオオオ!』


 ヨトゥンが唸った。

 そして地震のような振動。

 あまりの轟音に耳を塞いで振り返ると、視線の先に信じられないものを見てしまう。


 木々をなぎ倒してヨトゥンが倒れていた。

 そのヨトゥンの足元に、一人の少女がいた。


 長い漆黒の髪。

 鼻の低い薄い顔立ちに、丸くて大きな黒い瞳。

 少女は倒れたヨトゥンに対して、まるで犬を躾けるような声で言う。


「巣へ帰るのよ。そしたらこれ以上はなにもしないわ」

『グオォォォ!』


 巨人の返事は、荒れ狂う風と氷の嵐によって返された。

 離れている自分にも届きそうな猛烈な魔術。現に、冷気はここまで流れてくる。


 巨人は倒れたまま、少女に向かって氷を纏った拳を振り下ろした。


 ズゥウウン!


 大地が鳴動する。

 あっけなく潰された――そう思った彼の瞳に、しかし少女は無傷で拳のそばに立っていた。

 まるでそよ風に撫でられただけのような、そんな表情で。


「仕方ないわね」


 猛る巨人に対して、少女がとった行動はひとつだけだった。

 ただ指を鳴らす。それだけだ。


 しかし次の瞬間、少女の体から雷のような光が放たれた。

 それは強烈な衝撃をともなって、ヨトゥンの全身を撃つ。


 ……あっという間だった。

 彼が雷光に目を塞いでいるあいだに、ヨトゥンは命を奪われその巨大な図体をただの肉塊に変えてしまっていた。


 少女はそのままヨトゥンの亡骸に近づいてまた小さく指を鳴らす。すると巨人の首がするりと落ちて、地面に転がった。

 それから少女が胴体に手を触れると、その体は何かに吸い込まれるかのように消えてしまった。


 残ったのは、巨人の頭部と地面を濡らす血、倒れて焦げた木々だけだ。


 少女は何事もなかったかのように手で服を払ってから、くるっとこっちを見た。

 つい、背筋が凍る。


「さて、あなたは街に戻って正確に報告しなさい」

「は、はい……」


 彼は従順に頷いた。


 若干の恐怖を感じていたが、それを上回る憧憬が彼の心に満ちていた。

 目の前の少女の圧倒的な強さ、美しさ。そこに崇拝に近い感情を抱いたのは仕方のないことだった。

 そして目を離したつもりはなかったのに、次の瞬間には少女の姿は消えていた。


 彼は周囲になんの気配もないことを確かめて、震える足を投げ出して尻もちをついた。

 Aランクの魔物を、まるで赤子の手をひねるように指ぱっちん一度で倒した謎の少女。

 彼女が何者か、彼には知る由もなかったが。


「黒髪黒目……まさか、伝説の……?」


 その容姿は様々な本に出てくる、何千年もの時を生きている王を連想させるものだった。


 ただ、そうにしろそうじゃないにしろ。

 家族の住む街を守ってくれたという事実に、彼は改めて最大限の敬意と感謝を祈っておくのだった。




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