帰郷編・11『音無零の未来知』
君たちは明日死ぬ。
普通なら、そんなことを言われても信じないだろう。
だがそれを言ったのが他ならぬ音無零であり、何より、不可解な死は俺たちが一度身をもって体験していることだった。
だから俺の口から出た言葉は、否定でも肯定でもなかった。
「零、おまえは何を知ってる?」
「未来を。そして、君たちが幾度も辿った『死』を」
「……もしかして零、おまえはやり直しているのか? この人生を」
タイムリープ。
ふと脳裏に浮かんだその言葉を口にした。
だが予想外にも、零は首を振った。
「タイムリープか。いいや、実のところそうではない。正真正銘、僕はこの人生が初めてだ」
「ならどうして未来を何度も見てきたみたいに言うんだ?」
「未来の僕も、僕だからだ」
零は瞼をひらいた。
雪のように真っ白な眼がそこにあった。
まるで凍った湖のような、何も写すことのできないその綺麗な瞳で、俺をまっすぐに見つめた。
「占星術は対象物の運命――つまり未来の情報を読み解く神秘術だ。君も一介の神秘術士なら、それは知っているな?」
「ああ。俺は占星術使えないけどな」
「そうだったか。では僕が占星術を身に付けて初めに占ったのは何だと思う?」
零が初めて占った対象、か。
確か零が占いにハマったのは、中学三年の頃からだったと思う。もともと理屈っぽくてよく喋る友人だったが、そういえば、それくらいの時期からいきなり大人びたことを言うようになった。
もしかして。
「……零自身か?」
「然り。僕は初めに僕自身を占った。その結果、僕は自分の運命が無数に分岐していることに気づいた」
零は自分の頭を指でトンと叩く。
「青天の霹靂だった。てっきり僕一人分の未来の情報を知れると思っていたからな。それが何十人分の情報が流れ込んできたのには驚いたものだ」
「ねえ待って音無くん。私、ロズさん……お師匠様に聞いたことがあるんだけど、占星術で自分を占うのはとっても難しいって言ってたの。凄まじい情報量が流れてくるから、どれが自分のものか判別がつかないって。それって本当に音無くんの未来だったの?」
一神が口を挟んだ。
確かに、それは俺も聞いたことがある。
占星術が使えたロズですら、自分のことは弟子の薬師テレロッサに占いに行ってもらったのだ。そのときにも『自分を占うのは難しい』って言ってたけど、なぜ難しいのか聞かなかったっけ。
もしそれが練度の問題でも、零だけができるという可能性も無くはないが、相手が師匠ならほぼゼロだろう。経験の差もあるうえに、そもそもこの世界の霊素は薄い。術式の効果も向こうの世界より落ちるはずだ。
零はその疑いに、薄い笑みで答えた。
「おおむね君の認識は間違ってはいない。だが、自分自身を占いづらいのには理由がある。その理由は聞いたことがあるかね、一神くん」
「そういえば聞いたことないかな。音無くんは知ってるの?」
「無論。自分自身で未来を知るということは、すなわち自らの手で未来を容易に変え得るということでもある。つまり自分で自分を占った結果膨大な情報が流れてくる理由はシンプルで、これから自らの手で変える別の世界線の自分の情報も混同しているからだ。その中から〝今回実際に辿る世界線の情報だけ〟を掬いあげるのが難しいのであって、そこに他人の運命が混ざっているわけではない」
「そっか。世界樹がある影響で、他の未来の情報も混ざっちゃうんだ!」
ハッとした一神。
「ロズさんは神秘王だったけど、なまじ練度が高いから、そのぶんさらに流れ込んでくる情報量も増えるってことね! ずっと疑問だったことがひとつ解けたわ!」
「落ち着きたまえ一神くん、ここからが本題だ」
「あ、ごめんね、つい」
「僕は初めて自分を占ったときにその事実に気づいた。だが、それは何も中学三年の僕が優秀だったからではない。むしろ占星術が使えるようになったばかりの青二才に、そこまでの知識はない」
「それもそうね。なら、どうして知ったの?」
「他ならぬ未来の僕自身のおかげだ」
零はそう言いながら、霊素を指先で操作した。
置換法の基礎である〝情報強化〟を自分自身の頭にかけて、何も術式を組むことなく手を止めた。
「さて、楽。いま僕が何をしたかわかるか?」
「情報強化だろ。置換法の下準備で、一時的に情報を固定化させる技法だ」
「置換法……なるほど、君がいた世界ではそう呼ぶのか。では一つ聞くが、その情報強化は一体何から物質の情報を守るためにしている?」
「そりゃ〝情報崩れ〟だよ。術式発動後のあらゆる影響から、術者や術式を守るために情報を固定化してるんだ。正しく組まなきゃそもそも置換法が発動しなかったりするし、発動しても正しく置換できなかったりするからな。でも、それが占星術と何の関係があるんだ? 占星術は召喚法の一種だろ?」
「まさにそれだ楽。占星術は未来の対象情報の一部を読み取ることで、その運命の一端を知ることができる。では、自分の何の情報を読み取っている? 最も情報を持つ、自分自身とは何か……その答えは、〝脳〟だ」
零は再度、自分の頭を指先で叩いた。
「未来の僕は、定期的に脳を情報強化することで、過去の自分が未来を占ったときにより明確な情報を過去の自分に残せると考えた。ゆえに中学三年の僕は、あの日、自分の運命が自分自身の行動により分岐し、すでに何度も君たちの死の運命を見届けて来たことを知ったのだ。無論、運命の追体験のようなもので、あくまで僕の認識情報の一部を知っただけだがね」
「……じゃあ、『何周目か』って聞いたのは」
「今回の君たちは、あきらかに前回までの世界線と異なる行動を取っていたからな。君たちも世界線を越える何かしらの手段を持っていると思ったのだ。どうやら、少し違ったようだがね」
零は珍しく寂しそうな声を漏らした。
が、すぐに語気を強める。
「だがいままで僕が知っていた世界線のなかに、この未来はなかった。つまり君たちが新しい世界線を創り出したということだ。これは僕としても予想外だった」
「なるほどね。この世界線はいままで音無くんが選べる展開じゃなかったから、過去の時点ではこの未来が音無くんのなかで存在してなかった、ってことなんだ」
「然り。楽、これが本当の〝マルチバース〟だ。時間軸には未来も過去も存在するが、それは単なる直線状の出来事としてではない。時間を可逆性がある概念と定義すれば、一定の地点の行動により、未来だけでなく新しい過去も生まれ得る。未来を知っている僕ではない誰かが、この世界線を生み出したのは間違いないだろう」
「……お、おう」
正直小難しくてよくわからなかった。
一応空返事はしておいたが、あまり理解してないことはバレているだろう。とはいえ零は俺の反応は気にも留めていなかった。
「そして君たちにとって、ここからが最も重要だ。君たち三年二組は、僕が知り得たどの世界線においても、明日の正午に全員が死亡している。事故、天災、テロ……いずれにしても全員死を迎えていた」
「……じゃあ、ヘリコプターも?」
「左様。突如として現れた軍事ヘリによって君たちが死ぬのは、僕にとっては前回の未来だ。しかしそれ以前の僕の知識によると、例えば君たちがそれぞれ別々に逃げて国境を越え遠い地で過ごしていたとしても、なんらかの理由でみな同時に死を迎えてしまうのだ」
「そんなことって……」
「あり得ない? ああ、まさに数奇だ。だがこれは偶然でもなければ、怪異でもない。僕が視た未来すべてでそうなるということは、考え得る可能性はひとつ――」
零は、改めて断言した。
「君たちの〝死〟は、何者かによって定められているのだ」
「――っざけんな!」
ガタン、と椅子を蹴飛ばして立ち上がったのは憐弥だった。
「俺たちが死ぬことが決まってる? それを、誰かが意図してるだって!?」
「僕の見解ではその通りだ」
「そんなバカな話があるかよ! 世界中に散らばっても俺たち全員が死ぬなんて、到底信じられるか!」
「そう判断するのも無理からぬ話だが、現に未来ではそうなっていた。これは事実だ」
「だから、それが――」
拳を握りしめて震える憐弥。
死に物狂いで第二の人生を歩んできた男だ。帝王に登りつめるまで、数えきれないほどの苦悩を抱き、苦渋の選択をしてきたはずだ。
俺たちと対立したときのように、汚い手段を使うこともあっただろう。他人を死に追いやったことも何度もあるはずだ。そもそもその手で実の父親を殺して、王位を剥奪して帝王になったのだ。
それもすべて、元の世界に戻って人生をやり直すために。
だが零の言葉を信じると、そのためにやってきたことがすべて無駄だったということになる。
激高するのも無理はない。
「落ち着け、憐弥」
俺はそんな苦難の男を諫めた。
「零はこの口調だし勘違いされがちだけど、決して非情なやつじゃないぞ。零、おまえがそう言うってことは、すでに回避する方法も算段が付いてるんじゃないか?」
「さすが楽。僕のことをよく理解している。、五百尾くんも座りたまえ、まだ話は終わっていないのでね」
「……すまん音無、続けてくれ」
憐弥は椅子に座り込んだ。
「君たちは必ず死を迎える運命だ。だが君たちの人生は、そこで終わりではなかった。それはさっきも聞いたことだが、間違いはないな?」
「ああ。俺たちは全員転生した。時代はバラバラだったけど、同じ世界にな」
「やはり。僕が知る限り、君たちの身に起こった集団転生は、何も前回の世界だけのことじゃない」
「……え?」
「僕は何度も君たちの死を防ごうとして、失敗した。そして君たちの死後、君たちを占うと必ず君たちはまだ死んでいないことになっていた。いままでは確信が持てなかったが、今回ようやく理解できた。どうやら君たちは、どの世界線でも転生していたのだ」
「……転生も含めて、俺たちの運命ってことか?」
「そのようだ。もっともこの世界に戻ってくる手段――逆転生に辿り着いたのは、今回が初めてだろうがな。おかげで何が起こっていたのかようやく把握できた」
そう言って、また頭に情報強化をかける零。
つぎの世界線が生まれたときのために、いま知った情報を残しているのだろう。抜かりないやつだ。
にしても、さすがに驚いた。
転生したことが特別だったのではない――零はそう言ったのだ。
「君たちの〝死〟と〝転生〟はあらかじめ運命によって定められているひとつの事象と仮定しよう。神か、あるいは他の存在が成しているかは不明だが、例えば神Aが君たち全員に死の運命を定義し、それから救うために神Bが全員を別世界に転生させる。シンプルだが、これを仮説の基軸として考えていく」
過去を変えて世界線を生み出しても、俺たちは何度でも死んで、何度でも転生する。
俺たちはそんな運命のループの中にいる、か。
そんなこと、いままで考えもしなかった。
「この世界では、君たちの〝死〟と〝転生〟はすでに確定した事象としてやってくる。君たちを別々の場所に退避させようとも、君たちは必ず死に直面してしまう。僕がいくら努力してもいままで防げたことはない……が、今回僕はこの運命を回避する方法を検証するつもりだ。回避方法の候補は二つ。五百尾くん、よく聞きたまえ」
「あ、ああ」
零は指を二本立てた。
ゴクリと唾をのむ憐弥。
「一つは、君たちが明日の正午より前に死ぬこと」
「え?」
「そしてもう一つは、この世界から一時的に離れることだ」
淡々と言う零。
前半の案にはツッコミどころが多い気がしたが、まあ、零が言葉を止めなかったということは特に気にする必要がないだろう。仮死とか冷凍睡眠とかそんなところだろうし。
一神も鬼塚も何も言わず、困惑しているのは憐弥だけだった。いまだに俺の右腕にしがみついて不安そうに話を聞くネスタリアは、そもそも半分も話を理解できていなさそうだから気にしなくていいだろう。
「さて楽、いまの案を聞いて疑問に思うべきことはなんだ?」
「先んじて死ぬのは、まあ予防策としてはわかる」
「おい七色!? わかっていいのか!?」
すぐ近くで叫ぶな憐弥。うるさい。
「でもこの世界から離れる、っていうのは根本が違うだろ。方法はどうするつもりだ? さすがに占星術だけじゃどうにもならないだろ」
「ところがそうでもない。僕が占星術で自分の未来を学習できる利点は何だと思う?」
「え……宝くじ当てられるとか?」
「俗物め。まあ、おかげで小遣いには困らないが」
「おいやってんのかよ! ずるいぞ俺にもよこせ」
「冗談だ。そんな狡いことを僕がやるわけないだろう」
「待て。そこで否定したら俺だけクズみたいじゃん?」
「いまさらです。地味男は釣るだけ釣ってエサも与えないクズ野郎です」
はいそこのおチビちゃん、余計なことは言わないで?
零は鼻で笑うと、
「僕が数多の未来を学習できる利点のひとつは、すでに分岐した世界線で試してきた方法を知っているということだ。その知識を活かし、前回の世界線で大きな実験をおこなった。正しくは、『協力してもらった』と言うべきか」
零がそう言ったと同時に、図書室の扉がノックされた。
後輩の図書委員が戻ってきたのか先生が様子を見に来たのか――と思っていると、
「あ、あの……レイ先輩に呼ばれて来たんですけど……」
小さな声が聞えた。
俺たちが零を見ると、零はコクリとうなずいた。すぐに一神が扉に向かって鍵を開けると、入り口にいたのは小柄な女子生徒だった。
「し、失礼します……」
前髪が長い子だった。
顔を隠した髪のせいで表情はよく見えないが、体が半分扉に隠れていることと、ややうつむきがちな姿勢をみるに、外交的な性格じゃないことがわかる。
見覚えはないが、リボンの色を見るに二年生だろう。
零は彼女に向けて手を広げ、大袈裟に言った。
「君たちにも紹介しよう。彼女が僕の協力者――百舌萌々香くんだ」




