帰郷編・9『マルチバース』
■転生者メモ(名前公表者のみ)
〇メインキャラクター
ルルク(七色楽)
サーヤ(一神あずさ)
ナギ(鬼塚つるぎ)
レンヤ(五百尾憐弥)
〇サブキャラクター(登場順)
ニチカ(山柿聖也)
コネル(橘萌)
フェリス(桜木メイ)
カーリナ(二十重岬)
ミラナ(金城美咲)
ファサン(ネスタリア=リーン)
ネラー(四葉幸運)
「七色くん、どこ向かってるの?」
「図書室だ」
俺は一神、鬼塚、憐弥とともに歩いていた。
図書室は二号棟にあり、その一、二階がすべて俺の聖地・図書室だ。
三階には美術室や音楽室など特別教室が集まっており、屋上には天文室、園芸部の花壇などがある。
各教室や職員室がある一号棟とは広い中庭を挟んでいるので、学校の中でもかなり静かな環境と言えよう。騒がしい運動部がいるグラウンドや武道棟などは、一号棟の反対側だ。
しかも卒業式前日ともなると後輩たちも短縮授業で、すでに放課後の二号棟にはあまり人が残っていなかった。文化部の後輩たちが、各部活に向かっているくらいだ。
一神が中庭を横切る長い渡り廊下で、俺の顔を覗き込む。
「図書室には音無くんがいるんじゃない?」
「いや、占いの予約はもう入ってないから用はないはずだ。いつもなら教室で家の迎えを待ってると思うけど」
零がやっていた『占い屋』のスケジュールは俺が管理していたので、当然予定は把握済みだ。
一時期予約なしでやっていたら、並び過ぎて騒ぎになったことが何度かあった。整理券も配っていなかったので生徒同士のトラブルも多く、その度に職員室に呼び出されていたから、面倒くさくて完全予約制に変えたのだ。ちなみに注意しても図書室で騒ぐやつは出禁にした。
「あずさ、音無の占いって当たるです?」
「うん。女子の間ですごい評判だったんだよ。知らなかったの?」
「ふーん、ナギはそういうの興味なかったです。目に見えないものは信じないです」
「ちなみに鬼塚、盲目王子の占いは女子だけじゃなくて男子でも有名だったぞ。なあ七色、そうだよな?」
「有名かどうかは知らんが、まあ、二割くらいは男子生徒だったかな」
意外にも男にも需要があった。クラスメイトも何人か来た気がする。
相談内容は気にしたことはなかったが、恋愛相談と探し物が大半を占めていたはずだ。
「てか盲目王子ってなんだよ」
「美男子だし、あのミステリアスっぽいところがな。それに実家が金持ちだろ? だから盲目王子」
「ミステリアス……? いまは理屈っぽいが、小学生のときはフルチンで公園の噴水に突撃するやつだったぞ」
「意外だな。つーか七色ってその頃から世話係だったのか」
「世話? 一緒にフルチンしてたが?」
「してたのか」
そりゃ小学生だからな。
目は見えなくても、まだ足が動いていた頃の零はかなりアクティブだった。
「あいつが占いにハマったのは中学後半くらいからだな。足が動かなくなったばかりのときは、いっつも俺の隣でペラペラ喋ってたぞ」
「そうそう。中学のときの音無くん、七色くんにいつもくっついてたもんね」
「まあ中学は完全バリアフリーじゃなかったし、俺がいないと移動しづらい場所もあったからな。てか一神、よく中学のことまで憶えてるな」
「だって、話しかけようとしてもいつも音無くんが隣にいるからなかなか声かけづらくて……あっ! べ、べつにいつもってほど七色くんのことずっと見てたわけじゃないからねっ!」
「あずさ墓穴です」
「だから違うってば!」
ナギが呆れ顔をしたあたりで、ちょうど図書室が見えてきた。
俺も図書委員として図書室の開放スケジュールは常に頭に入っているので、今日は夕方まで自由に使って良いはずだ。たしか今日の当番は一年生。
一番内緒話に適している準備室の鍵を貸してくれるかは……半々ってところか。
「ん?」
扉のすぐ近くまで来た時、あることに気づいた。
隣の一神も驚いた表情を浮かべた。
「……七色くん」
「ああ。こりゃ予想外だな」
図書室から溢れ出す光の粒子が視えた。
……間違いない。霊素だ。
神秘術に使う世界を構成する要素のひとつ。俺が慣れ親しんだ三大要素のひとつだ。
こっちの世界にもあったのか。
あっちの世界ほど濃くはないが、でも確かに、この図書室から霊素が漏れ出していた。
「知らなかった。そうか、霊素はあるのか」
とはいえ、よく考えたら驚くことじゃないのかもしれない。
あらゆる世界を繋ぐ世界樹が存在している以上、どれだけ世界樹との繋がりが少なかったとしても、霊脈はわずかにでも届いている。
つまりここでなら、
「使えるな……神秘術」
「うん。できるかも」
俺と一神は霊素を軽く操作して、確信した。
「つっても、霊素が安定しないから軽い術式しか構築できなさそうだ」
「そうね……ま、検証は後にしましょう。まずは今後の対策よ」
「ああ」
扉を開けて図書室に入る。
予想していた通り、入り口近くにはほとんど人はいなかった。
受付のカウンターでは一年の図書委員の子が座って本を読んでいる。
あとは近くのテーブルで分厚い図鑑を広げている金髪少女がひとりくらいだった。図書室はすぐそばの螺旋階段から二階にも上がれて広いから、上の階や奥には何人かいるかもしれないが、少なくとも声は聞こえない。まあ当然か。
どっちにしろ利用者がいるなら準備室の方がいいだろう。長話になるかもしれないし。
「お疲れ様。悪いけど準備室の鍵借りれる?」
「あ、七色先輩。準備室ですか?」
「そう。ちょっと部屋を借りたくて」
俺が図書委員の子に準備室の鍵を頼んでいると、そばのテーブルで図鑑を読んでいた金髪少女がこっちに気づいた。
「オヤ、イホオサン、どうしたデス? 珍しいメンバーですネ」
「ちょっと話があってね。気にしないでネスタリアさん」
ネスタリア=リーン。
アメリカから来た日本オタクの美少女だ。クラスメイトでは一番図書室を利用していたやつだ。
ちょうど鍵を借りれたので、俺が鍵を見せながら目配せすると憐弥は軽く頷いた。
「そうだネスタリアさん。変なこと聞くけど、自分とは別の記憶とかあったりする?」
「? よくわからないデース」
首をひねったネスタリアだった。
憐弥は微笑んだ。
「そうだよね。気にしないでくれ。じゃあ俺たちは準備室に用があるから、邪魔して悪かったね」
「待ってくだサーイ。ナナイロサン、チョット聞いても良いデス?」
「ん? 俺?」
「この前エドジダイのカタナのオスモウがあるって言ってたデス。ドコにあるデスカ?」
「刀の相撲……ああ、あれか。『刀剣番付』シリーズの資料なら一階南通路エリアのF-15棚だ。上から四段目の左から五冊目に纏まってると思うぞ」
「アリガトデース!」
日本オタクのネスタリアは、すぐに上機嫌で奥の棚に向かっていった。
本の場所に関してはまだまだ憶えてるから、案内に問題はない。そういえば図書室に入り浸っていたネスタリアには、こうしてよく本の場所を聞かれてたっけ。
すると憐弥が俺の肩を小突いた。
「なあ七色、お前全部の本の場所憶えてるのか?」
「そりゃまあ図書委員だからな」
本の案内をするのも仕事のうちだ。
「……なあ一神、こいつの頭どうなってんだ」
「すごいでしょ?」
一神が誇らしげに言う。なぜおまえが自慢げなんだ?
とはいえ、確かに図書委員のなかで全蔵書の場所を憶えているのは俺だけだったが、内容まで把握しているわけではない。せいぜいタイトルしか知らない蔵書がほとんどだから、ネスタリアに教えた以外にも刀の番付表みたいな資料が他にもどこかに載ってあるかもしれない。
例えるなら、みんなが自分の家のどこに何があるのかを把握しているのと同じで、自慢して回るようなものでもないのだ。
「んなことより、さっさと話すぞ」
奥まで進んで、準備室の鍵を開けて中に入る。
図書準備室は六畳くらいの部屋だ。三方向を書棚が囲んでおり、補修中などの理由で表に出していない本たちが保管されている。
部屋の中央には作業用の長机と、隅に事務机があるだけの殺風景な部屋だった。
それぞれ適当に椅子を持ってきて、中央の机に向けて座る。
憐弥が間髪入れずに口を開いた。
「そんで七色。何から話す?」
「まず逆転生の状況確認をしよう。俺から見たところ、転生自体は成功したけど俺たち以外のメンツの記憶が失われたって感じで良いか? 憐弥、これは予定とは違うんだよな?」
「おう。本来は全員記憶を保ったまま逆転生できるはずだった。失敗した理由は、正直よくわからん」
「俺の『領域調停』が他のやつらにうまく作用してなかったとか?」
「いや、そしたら条件が同じ俺だけ記憶を保っているのはおかしい。お前らは何か思い当たることはあるか?」
「俺はまったく」
「つるぎもサッパリです」
「私も。儀式のことは任せちゃったし」
「そうだよな。なら原因追及はやめておこう。それより七色、お前たちまで逆転生したのはなんでだ?」
憐弥が眉をひそめた。
俺はため息を吐きながら、
「こっちもわからん。儀式陣がいきなり拡大したところまでは記憶にあるから、何かのトラブルに巻き込まれた可能性を考えてる」
「拡大? 範囲指定を変えた憶えはねぇぞ……」
「それですが五百尾、あのとき研究員のひとりが儀式を見つめてほくそ笑んでいたです。おそらく、そいつが何か細工をしたです」
「うちの研究員が?」
「です。一瞬しか見えなかったですが、つるぎは見逃さなかったです」
「うーん……」
鬼塚が確信めいて言った。
憐弥が半信半疑に唸っていたので、俺は鬼塚の頭を撫でながらフォローしておく。
「言っとくが、こいつの洞察力は本物だぞ。伊達に魔族領を刀一本で生き抜いてきたわけじゃないからな」
「そうよ。私もつるぎを信じてるわ」
「そうか。ならどこかのスパイが紛れ込んでた可能性があるな。かなり用心していたつもりだったが……すまん」
「五百尾、おまえのせいじゃないです。冒険者はトラブル覚悟で生きているです。気にするなです」
鬼塚もすかさずフォローを入れていた。
どうせ真相は闇の中だ。それよりも大事なのはこれからのことだろう。
「俺たちも帰ってきちまったことはしょうがない。あっちに戻る方法もちゃんと探すし、おまえは心配するな。それで憐弥はこれからどうするつもりだ?」
「どうするも何も、最初から俺たちの目的はひとつだよ。明日起こるはずの〝集団転生〟を止める」
憐弥は決意するように言い切った。
卒業式後、クラス単位でおこなわれる記念写真の撮影会。
その俺たち3年2組のタイミングで、ヘリコプターが空から落ちてきたあの事故を、憐弥は防ぐつもりだった。
そのために二十年以上もかけて準備してきたんだから聞くまでもなかったかもしれないが、やはり決意は変わらないらしい。
「まあ俺の仲間たちはみんなあっちの記憶がないから、思ったより大変そうだが……」
「私たちも手伝うよ」
顔をしかめた憐弥に、一神が微笑みかける。
「せっかく私たちも逆転生しちゃったんだし、お手伝いするよ。ねえ七色くん?」
「そうだな。俺たちも協力する」
「いいのか? このままだと、お前たちがあっちの世界に戻れなくなるかもしれないんだぞ?」
怪訝な表情をする憐弥。
俺は肩をすくめた。
「かもな。けどわざわざヘリに圧し潰されたとしても、元に戻る保証なんてない。なら、ただ祈って悲劇を待つより、おまえらのために動いた方が寝ざめもいいだろ」
この世界には魔素もなければ、霊素も限定的な場所にしかないようだ。
あっちの世界に戻る方法もわからないのに、むざむざヘリに圧し潰される未来を待つなんてバカのやることだ。
それになにより、ここでクラスメイトを見捨てられるような人間になったつもりはない。
憐弥は心配そうな表情を浮かべた。
「……本当にいいのか? あの世界に行かなかったことになったら、未来が変わって、お前たちの記憶まで無くなるかもしれないんだぞ。そしたら絶対に戻れないんじゃないか?」
「いや、そうはならないはずだ」
この世界も含めたすべての世界は、世界樹で繋がっている。
世界樹はあらゆる世界のあらゆる記録を有し続ける。
だからこそ転生や逆転生で世界を移動することができるし、おそらく肉体を失って転生しても俺たちに前の世界の記憶があるのも、そのおかげだろう。
以前、時間逆行の魔術器――『クロノスハンズ』を使ってリリスが実証した通り、世界樹があるおかげで過去を変えてもタイムパラドックスは起こらない。
木の枝のように、未来が分岐するだけなのだ。
「俺たちが戻ってきたこの世界は前世と同じ世界だけど、こうして卒業式前日に図書準備室に集まっている時点で前とは歴史が変わっているだろ? でも、俺たちは前の世界の出来事も全部憶えているままだ。つまり逆転生によって時間軸が移動したと同時に、別の世界線が作られたってことになる」
これはリリスやサーヤと散々話したことだ。
そういえば、帝王のレンヤとは話してなかったっけ。
別の世界線が作られる以上、どれだけ時間や事象を巻き戻したり歴史を改編しても、世界そのものが書き換わることはない。まあ『世界樹の扉』を使って世界樹自体に書き換えてもらったら、話は別なんだろうけど。
「つまり俺たちが転生しない状況を作っても、お前たちには問題はないってことか?」
「そうだ。ちなみにこの概念は……えっと、なんつったっけ。マル、マルチ……そう、『マルチーズ』だ!」
なんかリリスがそんなことを言ってた気がする。
俺がドヤ顔でそう言った直後、不意に準備室の扉がガラリ開いた。
「『マルチバース』だ、楽」
廊下側の扉から入ってきたのは、車椅子に乗った色白な青年だった。
鍵を閉め忘れてたのか?
大事な本たちがいるのに――と若干卒業後の図書室を心配する気持ちになりながら、俺は入ってきたその男に返事を返す。
「なんだ零。今日はこっちに用事はないんじゃなかったか? 占いの予約はないぞ」
「用はある。楽、君たちにだ」
盲目の美青年――音無零は車椅子でテーブルのすぐそばまで来ると、まるで見えているかのように俺の方を向く。
そして唇に細い指先を当て、真剣につぶやいた。
「君たちはいったい何周目だ?」




