帰郷編・7『個性と真実』
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ギルティゼアは、平凡な農夫の息子として生まれ育った。
大陸の中央を支配したダムーレン王国が栄華を極めていた時代。
その辺境の村で彼には、幼い頃からの悩みがあった。
それは、異様なほどに影が薄いということだった。
ただ存在感がないだけじゃない。個性というものがまるでなかった彼は、両親にすらしばし忘れられたりすることがあった。
決して人数が多くない村なのに、他の村人たちもギルティゼアの顔や名前を憶えることができなかった。
会話は、いつも自分を思い出してもらうことから始まる。
ギルティゼアは、そんな幼少期を送っていた。
僕は呪われてる。
ゆえに彼はずっとそう思って育ってきた。
影が薄く、自分が生まれ育った村の仲間たちにすらろくに認知されていない。特に秀でた才能もなく、田舎の村で農夫の親の手伝いをすることしか、やれることがない。
かといって苦手なことも特にない。それなりになんでもできたし、それなりにしか、何もできなかった。
いわゆる〝個性〟というものがまったくない――自分はそんな性質の人間だと、成人する頃には薄々気づいていた。
影が薄すぎて、おそらく悪いことをしても誰に咎められることもないだろう。
もし人を殺しても、盗みを働いても、誰も自分をみんなまともに認識しない。してくれない。
そう気づいたギルティゼアは……何も、変わらなかった。
みんなで助け合って生きている村で、そんなことをして何になる?
結局、ギルティゼアは何かを変えることができなかった。
一生、誰とも深い繋がりを持たないまま、ぼんやりと生きていく。
そう思っていた。
あいつに会うまでは。
ある日、魔族の青年がフラリと村を訪れた。
村に魔族が現れるのは大事件だった。村人たちは魔族を恐れたが、さほど強い人間もいないただの村に、魔族を追い出すような力はなかった。
魔族は旅をしているようで、少しばかり足を休めたいとのことだった。
村長は、村はずれにある小さな空き家を彼に貸した。
誰も彼に関わろうとしなかった。村にとっては魔族は異質で、恐ろしい存在だった。
だがギルティゼアは違った。
初めて自分以外の村にとっての〝異物〟を目にした彼は、魔族の青年に積極的に話しかけにいった。
彼は知識が豊富で話が面白かった。
そしてなにより彼は、ギルティゼアをしっかりと認識できていた。
そこでギルティゼアは、初めて自分の力を知ることになった。
「それは呪いなどではない。祝福だ。しかも最上位の神のものだ」
僕は生まれた時から呪いを受けているんだ――そう相談したギルティゼアに、青年は言い放った。
「己が力を自覚すれば、必ず使いこなせるようになるはずだ。ゆえに悲観する必要はない。お前はこれ以上ないほど神々に愛されて生まれた存在だ、〝個性〟の力を司る我が同志よ」
「僕が、神に愛されてる?」
ギルティゼアは耳を疑った。
なら、こうして生まれてずっと感じている孤独はなんだったのか。
苦しむことが、神の祝福とでも言うのだろうか?
「そんなわけない……そんなわけ……」
「その苦は、環境によるものだ。確かに我々のような者は、他とは違う道を歩まざるを得ない。だがそれは使徒として生まれた者の責務であり、責任でもある。私も、私の弟も、聖教国の〝秩序〟も、逃げることはできない宿命なのだ。お前も私と同じだ」
「同じ? いいや、あんたにはわからないさ、僕の辛さなんて!」
自分はこの村で生まれ、この村で生きる農夫の息子だ。
どれだけ神に愛されていようとも、これが祝福と呼ばれていたとしても、生まれてから一度も本当の愛を知らなかったギルティゼアにとって、そんなもの呪いと同じだった。
そしてこの力を与えたのが神なら、きっと死ぬまで変わらないのだろう。
魔族の青年は悲しい顔をしながら、首を振った。
「力を自覚し、使いこなせるようになればわかる。お前はもっと自由であるべきだ。他者と違う道を歩むことも、他者の視線も恐れる必要はない。お前にはその自由が許されている。その力にどんな意味を見出し、あるいは目を逸らしたとしても、それがお前にとっては正しいものなのだ。だから恐れることはない」
自由?
こんな変哲もない村で、自由なんてあるものか。
他人と違う異質な存在には、居場所なんてないのだ。
ギルティゼアは、魔族の青年にかすかに抱いていた親近感が消え去るのを感じた。
結局、この魔族も自分の理解者ではなかったのだ。
「……充分休んだだろ。そろそろ村から出て行けよ」
「そうか。歓迎されていない場所に留まるのは私も避けておくべきだろう」
魔族の青年は、あっさりと村を後にした。
彼を見送ったギルティゼアの心には、怒りと、深い悲しみが燻ぶった。
どうせ自分は変わらない。変われない。
こんな辛い思いをするなら、神になんて愛されたくはなかったのに。
そんな鬱屈した想いを抱えながら数年を生き――十五歳になった頃だった。
魔族の青年が、またもや村に現れた。
「久しいな、少年」
「もう大人だ。何の用だ魔族」
「お前に謝ろうかと思ってな」
よく見れば、魔族の体はボロボロだった。
ひどい傷跡がたくさんあった。
この数年で、どんな経験をしてきたのだろう。
「なにを……?」
「お前の言うことが正しかった。使徒の力は、呪いだ」
魔族の瞳には、暗い炎が燃えていた。
「この力があれば、私は多くの者を幸せに導けると思っていた。だがそんなものは幻だった。過ぎたる力は災いにしかならなかった」
「……一体何があったんだよ」
「神が生きとし生けるものの宿命を決めてしまうというのなら、そんなものはただの不条理だ。私もそう思ったのだよ」
不条理。
その言葉に、ギルティゼアが長年感じていた何かが、ストンとおさまった気がした。
そうだ、不条理。理不尽なのだ。
神が運命を決めてしまう、そんな世界は理不尽すぎる。
ギルティゼアの中で、言いしれぬ感情がとぐろを巻いた。
「少年、私と来ないか?」
魔族は手を差し出した。
「この世界に生きる人々の人生が神の恣意だとするなら、私たちの手で変えようじゃないか。この世界から、不条理を消し去るために」
「不条理を消し去る? できるのか、そんなこと」
「わからん。だが、私たちならできるかもしれない。私とお前なら」
「……わかった。ついていくよ」
ギルティゼアは魔族の手を握った。
彼はこうして、小さな村を捨てて新しい世界を歩み始めた。
神々に愛されし身でありながら、その不条理に反逆する者――【悪逆者】。
彼ら二人は、ここからそう名乗り始めた。
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「『臆病者の隠匿』」
ギルティゼアが発動したスキルは、数百年ほど前、とある暗殺者の村を訪れた際にその頭首から奪い取ったものだった。
効果は『五秒間、虚無の世界を移動できる』という稀有なスキルだ。
これを使えば誰にも感知されずに移動することができる。使用中は自分も周囲の様子を知ることはできなくなるが、上手く使えば効果は絶大だ。
とはいえいくらギルティゼアが〝個性〟の使徒だったとしても、奪ったスキルを無制限に使いこなすことは出来ない。本来他人のスキル、つまり自らの魂に馴染んでいないスキルは、強力であればあるほど再使用まで長い待機時間があり、はここぞという場面でしか使わないことに決めている。
ゆえに。
「……どういうこと?」
虚無の世界から出た時、ギルティゼアは困惑した。
殺そうと思っていた彼の半身――同じ第7神の数秘〝境界〟を操るルルク=ムーテルの姿が消えていたのだ。
しかも倒れていた彼のすぐそばに出現したはずなのに、なぜか、最初から一歩も動けていなかった。
「お兄様たちをどこへやったのです!?」
厄介な次元結界を持つ女――リリス=ムーテルが睨んでくる。
いやいや。それはこっちが聞きたい。
ギルティゼアがやったわけではない。
それなのに、賢者も魔王も、その他ルルクの仲間たちまでギルティゼアに鋭い視線を向けてくる。
まるでルルクたちが消えたことが、ギルティゼアのせいだといわんばかりに。
一体何が起こった?
彼が状況を整理しようとしたときだった。
「悪いね。真実は一時的に〝迷宮入り〟させてもらったよ」
ギルティゼアとルルクの仲間たちの間に、一人の少年が座っていた。
褐色の肌に、銀色の髪、それと尖った耳。
まだあどけない顔立ちの魔族の少年が、なぜか安楽椅子に腰かけていた。まるでずっとそこにいたかのような、リラックスした体勢で。
いつの間に?
ギルティゼアは困惑する。
「誰……かな?」
「誰じゃ!」
見覚えがないのは、【王の未来】たちも同じらしい。
魔族の少年は椅子の背中側――ミレニアに向けて手をヒラヒラと振って、
「ルルクくんの仲間たち、安心して欲しい。彼らは僕が保護しているよ」
「おぬしは?」
「情報屋ギルド総帥さ。少し手助けが必要かなと思ってね」
「なんと。噂では聞いておったが実在しておったのか……じゃが、なぜ妾たちを助ける?」
「あはは、実在か~それについてはノーコメントで」
朗らかにミレニアと話す情報屋ギルド総帥を自称する少年。
情報屋ギルド。組織としてはそこまで大きなギルドではないが、情報を扱うという点においては確実に大陸すべてで影響を持っているところだ。
ただその総帥の正体は、誰も知らなかったはず。
嘘の可能性もあるが、もしそれが本当だとして、なぜルルクたちに手を貸す?
少なくともギルティゼアはあらかた彼らの交友関係を調べ尽くしてからここに来ている。
いままで情報屋ギルドと深い繋がりなどなどなかったはず。
「助ける理由か。というかルルクくんから僕のこと聞いてない?」
「いや、聞いておらぬ」
「ふうん。律儀に口外禁止の契約守ってくれてるんだ。そういうところは真面目だよね~」
「先日情報屋ギルドに向かったことは知っておるが、おぬしと面会じゃったのか。ルルクと何か約束しておったのか?」
「いいや。むしろ僕が約束を守るの忘れちゃってね。借りを返すって言っておきながら、質問にちゃんと答えられないまま帰しちゃったから、何かできることがないかと思って来たのさ。まあ、おかげで本当に借りがある君に会えたんだ。ピンチな場面に遭遇したのも、結果オーライってことにしておこう」
「……妾に借りじゃと?」
「そうさ。賢者ミレニア。僕は君に借りを返しに来た」
魔族の少年はそう言って、安楽椅子から立ち上がった。
その姿には隙があるようで、隙がない。
――本当に、何者だ。
権能で鑑定ができるはずのギルティゼアでも、何も視ることができなかった。
正体を訝しんでで警戒していると、彼はこっちを真っすぐに見て微笑んだ。
「待たせてゴメンねギルティゼアくん、そういうワケだから悪いけど今日のところは帰ってくれないかい?」
「こんな機会に? 笑えない冗談は好きじゃないんだよね」
「まあ、そうだよね。じゃあ少しだけ君の相手をしてあげよう」
警戒するギルティゼアの前で、魔族の少年がゆっくりと手を広げた。
そしてパン、と叩く。
「〝その青年は、生まれつき目が見えなかった〟」
ブツン、と。
前触れもなく、ギルティゼアの視界が突然真っ暗になった。
「なっ!?」
慌てて治癒スキルや視界に作用するスキルを発動したが、何も見えないままだ。
状態異常か?
いや、ただの状態異常では〝個性〟を司るギルティゼアの能力に干渉することはできないはずだ。身体的拘束を無効化するスキル『半透明』も、効果がない。
少なくとも神域級以上の等級、あるいは――
「〝その青年は、生まれつき耳が聞こえなかった〟」
音が――消えた。
なんだこれ。
完全な静寂と、闇が、ギルティゼアの思考を混乱に落とし込んだ。
その直後、匂いが消えた。
その直後、立っているかもわからなくなった。
「 ! !?」
叫んだつもりだった。だけど何も感じない。
そもそも叫べているのか? 意識だけがあって、感覚が消失している。
なんだこれは。
何も見えない。
聞こえない。
感じない。
いま自分が生きているのかもわからない。
殺された? 使徒の僕が?
いままで感じたことのない寒気が、存在すら不確かな全身を駆け巡り――
「〝青年に真実が戻る〟」
一瞬で、すべてが幻だったかのように元に戻ってきた。
ギルティゼアは、いつのまにか地面に膝をついていた。
体中から嫌な汗が吹き出し、震えが止まらなかった。
「さて、答えは出たかなワトソンくん?」
魔族の少年は、不敵な笑みでギルティゼアを見下していた。
……なんなんだ、こいつは。
個性を司る力が通じなかった。ギルティゼアの力があれば自分の身体機能など思いのままだ。もちろんある程度は視力もコントロールできる。聴力も、嗅覚も。
だが、そんな次元じゃなかった。
そう、まるで最初から操作する能力そのものが存在しなかったような、事実を上書きされたような感覚だった。
……まさか。
ギルティゼアはハッとした。
魔族の少年の顔をじっと見つめる。
似ている。
かつて自分を拾ってくれた師である魔族の彼を、うんと幼くしたら、たぶんそっくりなんじゃないだろうか。
「もしかして君は……! でも、大昔に死んだって――」
「その通り、僕はとうに死人だよ。だからいつだって観測者だった。兄さんや君には、直接手を出すつもりはないよ」
……やっぱりそうなのか。
師がかつて死なせてしまったという、弟なのか。
「じゃあなんで今更、僕の……僕たちの邪魔をする!?」
「言ったでしょ? 賢者ミレニアに借りがあったから、それを返しに来ただけだよ。あと一応、僕は参加できなかったけど、レンヤがやろうとしていたことは友人として気になってたしね。君が干渉したけど、逆転生自体は無事に成功したようで何よりだ」
逆転生の儀式陣――その中央で眠るように倒れている帝王たちをチラリと見た。
ギルティゼアが知らない繋がりがあったようだが、とにかく。
「君は僕たち【悪逆者】の敵じゃないんだね?」
「スタンスとしては、おおむねそうだと思ってくれて構わないよ」
「……そうか」
ギルティゼアは深く息をついた。
ならば、残念だけど今回は退こう。
この少年が今後敵になるなら、その厄介さを考えると、いま無理をしてでもルルクたちの命を完全に奪うほうが組織にとっていいだろうが、敵じゃないというなら次の機会を狙っても良い。ひとまずここは退くべきだ。
「なら、忠告通り帰るとするよ」
「それがいい。兄さんによろしくね」
「待て! 逃がさん――」
「じゃあねミレニア。また会おう」
ギルティゼアは即座に転移して、その場から逃げるように離れたのだった。
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「――さて」
突如現れ、ギルティゼアを退散させた謎の魔族の少年――情報屋ギルド総帥。
彼は安楽椅子に座り直すと、椅子ごとグルリと回ってミレニアたちのほうを向いた。
顔の前で両手の指をすべて合わせて、神妙な面持ちになる。
「賢者ミレニア、そして他のルルクくんの仲間たち。君たちに大事な話がある」
彼の足元に、いつの間にか消えていたルルクたちが戻っていた。
リリスやセオリーたちが心配そうに駆け寄るなか、ミレニアはじっと少年と見つめ合う。
「なんじゃ? 助言でもくれるのかのう」
「助言のつもりだけど、君たちにとっては苦言――むしろ舌鋒の鋭さに殺意すら抱くんじゃないかな? 僕にそんなつもりはないから、勘違いはしないで欲しいんだよね」
「もったいぶる必要はない。わざわざ嫌がらせなどせんことはわかっておる」
「オーケイ。なら言うけど、僕の分析だと、ルルクくんサーヤくんナギくん……彼ら三人はレンヤくんに巻き込まれる形で前世に戻っている。もっとも本来は逆転生の対象外だったから、まだ魂がこっちの肉体の繋がってるだろうし、放っておいてもそのうち帰ってくるだろうけどね」
やはり。
ルルクたち三人だけが倒れたのは、前世がある元日本人だから。
予想はついていたが、戻って来れると聞いて安心した。
安堵の息をつくミレニアだったが、少年は首を振った。
「だけど、このままじゃマズいことになる。本来あっちに魂を送るためだけの儀式陣だから、無事に帰って来れる状態じゃなさそうだ。世界を繋ぐ魂の通り道といえばいいかな? その道の復路が確保できていなくて、このまま三人全員の魂がうまく通れずに戻れないみたいだよ」
「……どういうことじゃ?」
「端的に言えば、彼らは時間が経てば元に戻るようにはなっているけど、このままだと道が狭くて三人とも〝世界の狭間〟に迷い込んで、永遠に帰れなくなるってことさ。しかも、向こう側からは儀式陣を解析できないから、ルルクくんたちは絶対にその危険性に気づけない」
少年は告げる。
残酷なまでの、その真実を。
「この状態なら、僕の見立てでは二人分の復路はある。だからもし君たちが三人のうちの誰か一人を殺せば、残り二人は確実に帰って来れるようになるね。だけどこのまま何もしなければ三人とも永遠に帰ってこれない」
「……まさか、そんな」
「そのまさか、さ。さて選択のときだ。君たちは誰を犠牲にする?」
ミレニアたちの決断は、いかに。
次回からはルルク視点に戻ります。




