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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅰ幕 【無貌の心臓】

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弟子編・18『フレイアの街』

本日2話更新。2/2


 


「嘘、だろ……」


 愕然として、動けなかった。


 ロズはいない。

 エルニネールは魔力切れで倒れている。


 周囲を囲む無数のグレイウルフに、その上位種ガルムウルフたち。


 それだけでも危機的な状況だったのに、目の前にいるのはその獣たちを統べる群れの長――翼の生えた巨大な魔物〝天狼〟マルコシアス。

 絶望が、顔を覗かせる。


「る、るく……にげて……」


 エルニネールの最大火力でも歯が立たなかったAランクの魔物は、まるで虫けらを見るような視線で俺たちを見降ろしていた。


 確かにエルニネールを見捨ててしまえば、万に一つは逃げられるかもしれない。


 ……でも、それだけはできない。できるわけがない。

 震える足を押さえつけて、9歳の頼りない体に精一杯鞭を入れる。


 ここで逃げたら、俺は……ルルク=ムーテルの顔に泥を塗るだろうが!


 七色楽《俺》は一度死んでいる。

 だからこの魂にかけて、ルルクの誇りにかけても決して仲間は見捨てない。


『グルルルゥ』


 俺がやる気になったのを見て、マルコシアスが口をゆっくりと開いた。

 巨大な魔物の赤い口内に、紫電が走る。


 魔術がくる。それもとびきりのやつが。

 直撃すれば骨も残らないだろう。


 それをわかっててなお、俺は目をそらさずに叫んだ。


 生きるための最後の手段を。

 いまできる、最大の術を。


「『伝承(でんしょう)顕現(けんげん)』ッ!」


 ――瞬間、世界が繋がった。


 


□ □ □ □ □




 時刻は、前日に遡る。


「……なんだか寂れた街ですね」


 森を越えたところでストアニア王国に入った。

 本来なら街道を通って関所から入国するのが通例だが、そもそもストアニアとマタイサ王国のあいだに関所はないらしい。


 それでいいのか異世界……と思ったけど、他の国は普通に関所があるようで、ストアニアとマタイサ両国の条約が特別なんだとか。産業技術と食料輸出入に関税がかからず、経済的なモノの移動が自由化されている。それに伴い、人的移動にも税を廃止し街に入る時に身分証明するだけでいいんだとか。どことなくEUみたいだな。

 それゆえどこから入っても不法入国にはならないため、こうしてショートカットしてきたのだ。


 まあ、許されなくてもショートカットしただろうっていうのは置いといて。


 国境を越えてしばらく進むと街道にぶつかった。そのまま街道を進んでいくと、ストアニア王国最南端の街フレイアに着いたのだった。


 身分証明書を見せて街に入ると、すぐに冒険者ギルドに向かった。そのあいだに露店街はなく、どこの通りも閑散としていた。

 それなりの大きさの街だったのに、雰囲気もどこか沈んでいる。

 その理由は、冒険者ギルドについたらすぐに教えてもらえた。


「……魔物の大群、ですか?」

「そうなのよボクちゃん。最近ここから西に進んだところの渓谷に、狼の魔物がたーくさん住みついちゃってね。その影響で、この近くの農村がかなり被害に遭っちゃってるのよ。王都も討伐隊を何回か送ったみたいなんだけど、失敗しちゃってるみたいなの。だからみんな不安でね、街から出ていく人も多いみたいなのよね~……わたしも逃げようかな」


 ため息をついた若い受付嬢。

 また狼か。

 南のマタイサ王国テールズ領にも狼、ここにも狼、それとエルニネールの故郷を襲ったのも狼か。狼系の魔物ばっかり縁があるな。


「あれ、そういえばエルニネールの故郷ってどこにあるんでしたっけ」

「ん、レスタミアのきたがわ」


 レスタミア王国っていえば、マタイサ王国の南西にある国だ。その北側ってことは、ここからもそれほど距離は遠いワケじゃないだろう。


 ってことはもしかして、この三か所の狼の魔物発生って原因が同じなのかもしれないな。

 すると受付嬢が頬杖をついて、


「レスタミア王国の北側って、たしか最近どこも魔物の被害に遭ってるって噂だけど……お嬢ちゃんもここに逃げてきたの?」

「ん、そう」

「マタイサ王国側からよね? それともバルギア竜公国?」

「俺たちはマタイサですよ」

「そりゃそうか。バルギアからだとさっき言った渓谷を通るわけだしね。そっちのルートにして大正解だったわね。君たちみたいな子どもが無事でなによりよ」


 そのあともヒマそうな受付嬢に付き合って雑談を続け、その代わりにおすすめの宿屋の情報だけ教えてもらった。そろそろ日も暮れるので、今日はクエストも受ける気はなかった。


 ロズにも宿屋の情報を教え、そこに向かう。

 紹介された宿屋は一階が酒場になっている無難なところだった。


 酒場には閑古鳥が鳴いていたので、せっかく泊まるのだしせめて夕飯は酒場で食べようということになった。俺とエルニネールは店主のおススメを頂いた。


 小麦粉を練った薄くて長いパスタもどきに、肉と野菜を煮たものがかかっているだけのシンプルなものだった。味付けは塩と唐辛子だけだったので特別美味しくはなかったが、こういうところはマズくないだけマシだとロズに教えてもらった。料理専門店でもないから、香辛料は勿体ないって感覚なんだろう。


「ん……ルルクのほうがおいしい」

「俺の肉が美味しいみたいに言わないでください」


 こうしてフレイアに着いた日は、すぐに就寝することになったのだった。







 翌朝、俺はひとりで朝早くから冒険者ギルドにいた。

 ロズに聞いたらこの街に滞在する理由はないから、さっさと次の街に行く予定なのだとか。ならついでに運搬クエストでも受けておけば、ポイント稼ぎになると思ってクエストボードの確認をしに来たのだった。

 残念なことに俺が受注できるような運搬クエストは見当たらず、ガックリと肩を落としていたところに昨日の受付嬢がやってきた。


「あら昨日の。こんな早くにどうしたの?」

「次の街に向かうので、運搬クエストでもあるかなって見に来たんですけど……やっぱりFランククエストは少ないですね」

「そうねえ。いまはタイミングも悪いし……あ、そうだボクちゃん」

「ルルクです」

「ルルクくん、まだちょっと時間ある? ポイント稼ぎたいならちょっとしたクエスト持ってきたんだけど」


 受付嬢はいまから新しい依頼書を貼ろうとしていたのか、ぴらぴら紙を振っていた。


「Fランクのクエストですか?」

「そうよ。しかもすぐにできるやつ」

「見せてください!」


 受付嬢が差し出した紙を受け取って、内容を確認する。


 内容は『手紙の配達』だった。このギルドから、西門にいる兵士の詰め所まで届けてくれということだった。ただし手紙には香水が振りかけており、運び手も女性は禁止。男も不潔な冒険者は禁止。


 なんというか、変な依頼だな。

 首をひねっていると、受付嬢が小声になった。


「若い女の子からの依頼でね、どうやらラブレターらしいのよ。だから女性はダメで匂うようなひとも禁止ってことね」

「ああ、なるほど」

「そういわけでやることは簡単なんだけど、指定が多いからFランクにしてもらったのよ。ルルクくんなら条件にもあってるし、届けてくれない?」

「はい! すぐに行ってきます!」


 これはラッキーだ。


 ねぼすけなエルニネールはまだ寝てるだろうから、西門に向かうくらいの時間はある。

 受付嬢から届ける手紙を受け取ると、ギルドカードを確認してもらってすぐに冒険者ギルドを出発した。

 予想通り、西門にはすぐに着いた。

 兵士たちの交代時間にちょうどぶつかったようで、詰め所に入っていく兵士と出ていく兵士が見えた。


 俺は手紙を抱えて詰め所の人に渡す。最初は訝し気な顔をしていた兵士だったが、宛名と差出人を見てニヤニヤしたあと、中にいる別の兵士を茶化すように呼んで手紙を渡していた。呼ばれた彼は顔を真っ赤にしてラブレターを受け取っていた。


 いいね、春だねえ。

 リア充は爆発して欲しいけど、リア充一歩手前の青春してる少年少女は大好きだ。イケメンBIG3? あれは生まれたときからリア充だからダメだ。


 俺は受け取りのサインをもらって、意気揚々と踵を返した。

 そのときだった。


「魔物だ! 魔物がでたぞ!」


 西門の外から、大きな声が聞こえてきた。たしかに開け放した門の向こうに、一匹の狼が見える。

 キズだらけで血まみれの狼だったが、ゆっくりこっちに歩いてきてる。


「すぐに門を閉めろ! 冒険者ギルドと南門と北門にも伝達しろ!」


 カンカンと鐘がなり、すぐに門が閉まり始める。

 幸いまだ誰も門の近くにいなかったので混乱することなく門が閉まった。もちろん狼の魔物も入ってきてはいない。大きなトラブルにはならなさそうだな。


 外壁の上から指示を出す兵士たちや、それぞれの場所に向かって走っていく兵士たちを心の中で労いながら、俺は冒険者ギルドに戻った。


 さっきの狼は、最近噂の群れの一部なんだろうか。

 でもそのわりには傷だらけでボロボロだった。まるで、何かから逃げているような。

 うーん……狩人でもいたのだろうか。それとも、王国の討伐隊が近くにいるのか?


「ま、考えてもわからないな」


 とにかくクエスト達成の確認をしてもらおう。

 そう思って冒険者ギルドに戻ると、ギルド内はバタバタしていた。

 慌ただしく声が飛び交うなか、受付嬢に確認してもらって報酬を受け取る。


「門の外に魔物が出たんだって? 怖いわよね、ルルクくんは見た?」

「はい、狼でしたよ。なんだかボロボロでしたけど」

「魔物が? それはなおさら怖いわねぇ」

「どうしてです?」

「だって、ただでさえ危ない魔物がボロボロだなんて、それより強い魔物がいるからでしょう?」


 ああ、そうか。

 その考え方が自然だな。

 魔物を倒すのは人間ばかりじゃないよな。


 そう納得していたら、ギルドに駆け込んできた男が開口一言目に叫んだ。


「伝令! 北部よりAランク魔物の出現あり! 街内のCランク以上の冒険者には緊急クエスト指令です!」

「Aランク!? 騎士団案件じゃない!」


 おおっと。

 なんだか大変なことになりつつあるようだ。

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