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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅴ幕 【彼岸の郷土】

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古伝『この身を次代に捧ぐ・後編』

 王子の馬車に放たれた火球。

 呆然とするワタシに、リーンブライトは言った。


「いいの? 助けなくて」

「っ『瞬歩』!」


 彼女の言葉を噛みしめる余裕もなかった。

 スキルを発動させた私は、音よりも速く王子一行の後ろに駆け付け、すぐに全力で魔術を発動。


「『ダウンバースト』!」


 暴風を空から叩きつけ、飛来した火球をなんとか地面に逸らす。着弾した土の地面が、まるでマグマのように溶けていた。

 馬が嘶き、王子一行が止まる。


「いまのは何だ!? 殿下、お怪我は!?」

「だ、大丈夫……なにが起こったの……?」

「おそらく何者かの攻撃を、そこの者が防いでくれたようで……」


 慌てる彼らの声を背に、ワタシは聖都の外壁の上――リーンブライトをまっすぐに見た。

 彼女は、いつもの笑顔はとうに浮かべていなかった。


「悪辣たる統治をおこない、大陸の平和を乱すシナ帝国に告げる」


 彼女は宣告した。


「国家連合およびキアヌス聖教会は、シナ帝国を神々への叛意を翻す異端と認定した。よって連合を代表して、私リーンブライトが貴国に宣戦布告をおこなう。これは勧告ではない、死刑宣告である。シナ帝国の王族は誰であろうと、その死をもって後世のためと成せ」

「リーン! あなた、何を――」

「『虹彩砲(アマテラス)』」


 リーンブライトの頭上が歪んだ。

 次の瞬間、虹色の閃光が迸った。

 その光が透った軌跡にあるものは、すべて消滅する。


 光の魔術はワタシのすぐそばを通り過ぎて行った。振り返ると、王子の護衛の一人の頭部が蒸発していた。

 血の一滴も噴出させずに、馬から崩れ落ちる護衛。

 王子が顔を真っ青にした。


「う、うわあああ!」

「殿下! お逃げ下さい!」


 馬車馬の尻を蹴って先に走らせるもう一人の護衛。

 だがまた一筋の光が煌めくと、その護衛の下半身が、乗っていた馬ごと消滅した。

 王子の乗った馬車だけが、先へ逃げていく。

 リーンブライトは、再度その極級魔術を放とうとしていた。


 いまのはきっと、極限までにエネルギーを圧縮したレーザーだろう。通り道をすべて量子分解するような光線……まるで空想科学の世界だ。

 範囲は狭いが、速度は超高速。到底防げるものじゃない。

 でも、その正体が光だというのなら!


「『ダークボール』!」


 以前、リーンブライトが趣味で書いている研究論文を読んだことがある。

 光属性と闇属性の魔力は、互いに干渉し合う性質を持ち、そのせいで光と闇の複属性の魔術は作れない。これを彼女は〝相互干渉作用〟と呼び、光と闇だけじゃなく他の属性にも様々な関係があることを、実験で証明していた。


 魔力で作られる現象である以上は、どれほど強力でも相性に左右される。

 いくら強力な光魔術でも闇魔術に引き寄せられる――それは他でもないリーンブライトが教えてくれたことだった。


 予想通り、リーンブライトの『虹光砲』は、ランダムに動かす闇球の影響で逸れていく。

 とはいえ、そんなものでは数秒しか止められないのは百も承知。


「『ライトニングメタルスナイプ』」


 紫電とともに、鋼の弾丸がワタシの顔のすぐ横を通り過ぎた。

 まるでレールガンだった。触れてもいないのに頬が裂けて血が滲む。

 だがそれはワタシを狙ったのではなく、王子が乗っている馬車の車輪を貫いていた。


 盛大に倒れる馬車。

 車体がひしゃげ、王子の悲鳴が聞こえた。


「っ! 『ウィンドブースト』!」


 すぐに横倒しになった馬車の上に飛び乗り、扉を無理やり開く。

 中にいた王子は、頭から血を流して気を失っていた。

 まだ息はある。

 だがリーンブライトに狙われている以上、その未来は……。


「どうしてなの!」


 ワタシは王子を抱え上げると、外壁の上のリーンブライトを睨みつける。

 シナ帝国はワタシも嫌いだった。獣人のことを虫以下に扱おうとする最低な人間たちだ。

 だがこの王子は、まだ何も知らないただの子どもだった。

 いくら敵国の王族とはいえ、罪も何もない相手を――


「『胎海(アクエリアス)』」

「っ! 『ウィング』!」


 いきなり現れた膨大な量の水。

 ワタシはとっさに王子を掴み、真上に跳びあがった。

 風を纏ってひたすら上昇するだけの移動魔術だが、ギリギリ役に立ってくれた。

 ワタシの足先を掠めた激流は、()()()()()()()()()()()

 場所を変えるだけで、瞬く間に都市ひとつ水没するだろう。


「規格外すぎでしょ……!」


 対峙して改めて実感するリーンブライトの強さ。

 だが、その力をなぜ無垢な子どもに向けるのか。


 ……いや、本当はわかっている。

 彼女は国家連合の決定に従っているのだ。すべては獣人の国と、獣人の未来を創るために。 

 そのために異端判定されたシナ帝国を、滅ぼすつもりなのだ。


 きっと彼女は歴史に名を残すだろう。

 国家連合側から見れば、英雄として。

 シナ帝国側から見れれば、虐殺者として。

 だけどその罪を背負うと決めたんだ。身も心も、捨てると誓って。


 ……もうワタシが何を言っても戻れないだろう。

 そうでしょリーン。

 あなたがその道をゆくと言うのなら。

 ワタシは、ワタシの道を選ぶまで。


「あなたには勝てないけど……せめてこの命だけは、守ってみせる!」


 気を失った王子をぎゅっと抱きしめて、ワタシは空を蹴って跳んだ。


「『エアホッパー』!」


 リーンブライトの攻撃から、ワタシは逃げ続けた。

 空を蹴り、地を走り、ひたすら遠くを目指して。

 

 こんなことをしたら二度と故郷には戻れない。それくらいわかっている。

 ……でも、もう戻る気もなかった。


 リーンブライトには獣人の未来のためという目的がある。

 だけど聖教国――父たち枢機卿団は、別だろう。

 連合の決定に従わない目障りなシナ帝国を滅ぼすために、リーンブライトを利用している。どこまでいっても利己的な人たちなのだ。

 だからこそこんな残酷な選択を彼女に迫れるのだ。

 そしてリーンブライトもまた、そんな彼らを利用した。獣人たちの未来のために。


「さよならリーン。ごめんね、アリス」


 サヨナラを言う余裕なんてなかった。


 ワタシは必死に逃げ、逃げて、逃げ続けた。

 森に潜み野を駆け、山を越えて。

 遠く遠く、人里離れた秘境まで旅をした。


 途中で王子は目を覚ました。

 けど彼はしばらく何も言わなかった。ずっと塞ぎこんだまま、逃避行についてきた。

 ワタシは少しでも王子を元気づけるために、能天気なフリをして明るく振舞い続けた。そんな逃亡生活がしばらく続いた。


 そして、およそ一ヶ月後。


 ワタシと王子が辿り着いたのは、温暖な気候の静かな森だった。


「しばらく、ここに隠れてよっか」

「……わかった」


 王子とともに、この場所で腰を落ち着けることにした。

 誰にも知られない秘境の地だ。魔物もいるけど、環境は悪くない。


 たった一人の子どものために祖国を裏切ることになったかもしれないけど、主君に見切りをつけたニンジャの話は掃いて捨てるほど知っている。

 なんていったか……そう、たしか抜け忍だ。


「ねえねえ、ワタシ抜け忍になったんだよ! すごくない!?」

「……さあ」


 バカみたいに明るく王子にそう報告したら、予想通り淡白な反応だった。

 彼はニンジャの魅力を知らないから仕方ないことだ。それも、これから教えていけばいい。


 そんな彼が笑顔を取り戻すのは、もう何年も先のことになる。

 だけどワタシはそれまでずっと彼を明るく励まし続けた。

 

 ワタシたちはそこで家を作った。

 周囲の魔物を狩りまくって、縄張りを示しているうちに、やがてワタシが森のボスになっていた。

 森はワタシたちの庭になった。

 そうしているうちに五年が経ち、王子が十五歳ほどになった頃、遠くの山で捨てられた赤ん坊を見つけた。

 誰の子かもわからない、小さな赤ん坊だった。

 ワタシと王子は少し困ったけど、その子を育てることにした。


 赤ん坊は可愛かった。無垢で純粋で、ワタシと王子をママとパパだと思っていた。

 子どもを育てていると、王子は笑うようになった。

 命を守る側になって、感情を取り戻したのだ。

 そして、ワタシを愛していると言ってくれた。


 それからワタシたちは子どもを作り、少しずつ、家族を増やしていった。

 他にも何人か捨て子を拾ってきては育てた。


 いつしか家は集落になった。

 狩猟だけじゃなく農作物も作るようになっていた。


 そうしてここに、ワタシと王子の村ができたのだった。

 


■ ■ ■ ■ ■



 いつしかワタシも歳を取り、四十を過ぎていた。


 魔物を狩るのはワタシの仕事だったが、子どもたちも大きく、強くなっていた。

 昔からニンジャの里を作りたかったから、子どもたちにもワタシのニンジュツを余すところなく伝えておいた。いつか最強のニンジャの里が出来上がるだろう。

 長年の夢がこんな形で叶うなんて思わなかった。

 本当に人生はわからないものだ。

 里の半分以上は我が子たちだったけど、たくさんのニンジャに囲まれて、ワタシは幸せな日々を過ごしていた。


 そんなある日、一人の獣人が訪ねてきた。

 鼬の耳と尻尾を持った、懐かしい顔だった。


「ようやく見つけたぞ、ファサン」

「アリス……!」


 二十年ぶりの再会だった。

 ワタシたちは互いに涙を流し、互いの健康を祝った。

 アリスは獣人だから寿命が長い。見た目も十歳ほどしか変わっていなくて、なんだか自分だけがオバサンになったような気がして少しだけ寂しかった。


 その夜は、二人で酒を飲みながらたくさん語った。

 話したかったこと、いままでのことを、一晩中語り明かした。

 それと、ワタシが逃亡した後のことも教えてくれた。


「姉さんはあの後、新しい王国の女王になったぞ。英雄として女王として、周囲の国民も認めてる……皮肉だよな。命令されてやっただけなのに」

「アリスはどうなの? ラランドの女王になったんでしょ?」

「いまはインワンダー獣王国さ。いまのところ姉さんのおかげでうまくやれてるよ。ああそうだ、姉さんから手紙を預かってきたんだ。アタシが帰ったら読め、だってよ」

「リーンが……」


 王子を逃がしたことに恨みつらみでも書かれているんだろうか。

 いや、あのとき彼女が本気を出していなかったことくらいわかっている。きっと殺したことにして、見逃してくれたんだろう。

 結局そのおかげでシナ帝国の王族の血は途絶えなかった。この小さな秘境の村で、細々とその血は続いていくことになるだろう。

 手紙を受け取りながらそんなことを考えていると、アリスが言った。


「なあファサン、アタシのところに戻って来ないか?」

「ラランドに?」

「ああ。姉さんも今さらお前に何かすることもないだろうしさ。ここにいる家族みんなの居場所も用意するし、仕事も良い役職も用意する。アタシの右腕として、もう一度やり直そう」

「親友としてじゃなくて?」

「バカ、そんなこっぱずかしい事言うんじゃねえよ」


 照れたアリス。

 こんな空気も懐かしかった。

 けれど、ワタシは首を振った。


「悪いわねアリス。ワタシ、ここが自分の故郷になっちゃったの。まだ何もない村だけど……それでも、いまはここが大事」

「そっか。それならいいや」


 アリスはとても嬉しそうに笑ってくれたのだった。


 夜が明けると、アリスは帰って行った。

 懐かしい顔が去った後、リーンブライトからの手紙を開けた。

 そこに書かれていたのは短い文。


『不穏な動きが連合に出始めた。二十年前の命令は憶えてる? 新しい未来のために、貴女が()()()()()

「……やっぱり、そのつもりだったのね」


 リーンブライトは強すぎる。

 いつか国家連合も魔王という駒をもてあますだろう。何かと理由をつけてリーンブライトを世界の敵にするかもしれない。


 そうなったとき、獣王国はリーンブライトの肩を持つだろう。アリスが姉を見捨てることなんてできるわけがない。

 そんなことになれば獣人と人族の対立がまた起こってしまう。

 あの時リーンブライトは、それすら見越していたのだ。

 自分が厄災の種になるかもしれない、その未来も。


 そしてその厄災の可能性を、ワタシに絶たせようとしていたのだ。

 ワタシは手紙を力いっぱい握りしめ……そして、深くため息をついた。


「ねえ、あなた」


 ワタシはニンジャだ。

 主の命令がなければ暗躍しない。

 ニンジャは義賊でもなければ、英雄でもないのだ。

 だから、()()()()()()が必要だった。


 二十年前の友の頼みだけでは、刃は鈍ってしまうだろう。

 どうあっても感情を押し殺す理由が欲しかった。


「なんだい、ファサン」

「ワタシに、あなたの家族の仇を取れと、命令して」


 だからワタシは夫に縋った。

 夫以外のシナ帝国の王族を殺したのは、リーンブライトだ。

 最強の魔王は、夫の家族の仇だった。


 だから彼女に刃を向けるその理由がどうしても欲しくて、ワタシはそう願った。

 でも彼は首を振った。穏やかな表情で、微笑んでいた。


「その必要はないよ。僕はもう、君と幸せに暮らしているんだ。いまさらそんなこと望んでいない」

「わかってるわ。あなたが血を好まない優しい人だってことはわかってる。だけど、それでも命じて欲しいの。他でもないワタシのために」

「ファサン……」


 涙を流して乞うワタシの肩を抱いて、彼は共に泣いてくれた。

 夫はしばらく悩んで、悩んで……震える声で言った。

 苦楽を共にした彼だけが言える、愛の囁きを。


「わかった。ファサン、どうかシナ帝国の仇を……魔王リーンブライトを、殺してくれ」

「……ありがとう」


 誰だって、ただ笑って生きたいと願っている。

 苦しみや悲しみから目を背けて生きたいと。


 だけどあの日、ワタシたちは決意を抱いて、この道を選んだ。


 自分たちのためじゃない。

 次に生まれてくる子のために。

 そして、孫の、そのまた孫たちのために。


 だからワタシたちは、この身を捧げよう。

 罪も苦しみも背負って、次代の笑顔のために。

 次代の、そのまた次代に生まれてくるすべての子どもたちのために。 





 追記: 

 ワタシも老いてしまった。

 目も悪くなったし、これ以上、筆をとるのは難しいみたい。

 だからこれだけは書き記しておく。


 ワタシは、生涯最後の暗殺を彼女(リーン)に捧げた。

 具体的なことは書く気はない。彼女が望み、ワタシが従った。それだけだ。


 だけど彼女は身を委ねるように、ワタシの腕の中で息を引き取った。

 あれだけ泣いたのは、生涯後にも先にもあのときだけだろう。

 そのリーンの覚悟が、この先の未来をどうつくるのかはわからない。良い選択肢だったのか、ワタシには何もわからない。


 だけど願わくば、これを読んでいるあなたの時代では、見た目や種族にこだわらずみんなが手を取り合っている未来が訪れていますように。

 色んな種族が、楽しく過ごせる仲間でありますように。




〝PS. それと最後に、

  この世界にいるかもしれないクラスメイトたちへ。

  どうかワタシのことは心配しないで。

  二度目の人生は、悲しいこともたくさんあったけど。

  とても、とーっても!

  楽しかったよ!〟


     ファサン/ネスタリア=リーン


これにて古伝『この身を次代に捧ぐ』終幕です。

次回から帰郷編。

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
もうこれだけで映画1本作れるだろ。。切ない...。 それはそうと再開待ってました!これからも応援しています!
哀しいなぁ ファサンとリーンの二人の覚悟も結末も、二人を深く信頼していたアリスの心の痛みも 国や家族が滅ぼされてもファサンや新たな家族との生活に満足を得ていた王子に辛い言葉を言わせたことも 国を守る…
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