古伝『この身を次代に捧ぐ・中編』
約1000年前の大陸西部。
ルルクたちが転生する時代に、多大な影響を与えた歴史の転換点。
その2人の英雄の物語【中編】です。
【前編のあらすじ】
卒業式の日に亡くなった三年一組のネスタリア=リーンは、ハリーウッド聖教国の枢機卿の娘に転生した。
日本オタクだった彼女はニンジャに憧れてニンジュツの鍛錬を重ね、十五歳になる頃には街の不良たちをまとめ上げていた。
いつの間にか街の若者たちのボスになった彼女は、ファサンと名乗り趣味と実益を兼ね、聖教国に仇なす者の暗殺を生業としていた。
自由気ままに生きていた彼女だったが、はやく結婚しろと両親が急かし始める。面倒くさくなった彼女はフラリと旅をして獣人の楽園ラランドに辿り着き、そこで出会った親友アリスシェードと、その姉リーンブライトとともに自警団【獣の掟】として三年間活動していた。
ラランドでの生活を楽しんでいた彼女は、ある日リーンブライトから頼みごとをされる。それはリーンブライトと共に故郷の聖教国に行ってくれないか、というものだった。
ファサンはリーンブライトを連れて、聖教国に戻るのだった。
リーンブライトを連れてハリーウッド聖教国に戻ってから、あっという間に二週間が過ぎた。
リーンブライトには、なんと聖教国で一番豪華な迎賓館が用意されていた。
獣人差別が色濃いこの国でそんな待遇なんて、さすがリーンブライトだ。
どうやらワタシが知らない間に色々と話が進んでいたらしく、リーンブライトを中心とした重要な議会が開かれたのだった。
議会は二週間まるまる続いた。
聖教国はもちろん、ダムーレン王国やマタイサ王国など、大国も含めた十ヵ国以上の外交官が顔を揃えていた。いくつかの小国は、国王自身が参加していたほどだ。
それほどリーンブライトの立場は、この大陸で重大なものと認識されていたのだ。
ワタシも立ち合いのために初日だけ参加したが、そうそうたる顔ぶれに緊張してしまった。
国が違えば思想も違う。顔合わせの初日だというのにかなり険吞な雰囲気になっていたし、二日目以降の話し合いも相当難航したらしい。
ワタシはリーンブライトが逗留している迎賓館には毎日顔を出すようにしていた。忌避される他国で一人きりなのは心細いだろうし、そうでなくても話し相手がいないのは退屈だろう。
冗談を言って和ませるのだけは得意だったから、ワタシはリーンブライトに会いに行き続けた。
さすがの百戦錬磨の魔王も、人族の権力者に囲まれて疲れが見え始めていた頃、ようやく議会が無事に終わった。
迎賓館に戻ってきたリーンブライトは、久々にほっとした声を漏らした。
「やっと面倒な会合も終わったわね。ファサン、ずっと心配してくれてありがとう」
「ううん、お疲れ様。それで結局どんな感じで終わったの?」
「……ラランドを国家と認めるらしいわ。国家連合の加盟も認めるって」
「えっ! それ、すごいじゃん!」
いままで人族の国家連合は、決して他種族の集団を国家と認めることはなかった。
ラランドが国家連合に参入するということは、数ある国際条約の保護下に入るのと同じことだ。これで連合に加入していないシナ帝国とマグー帝国を除いて、対等に扱われることになる。
当然、所属する国民も、国際的に人権を認められるということにもなる。公には経済奴隷や犯罪奴隷以外で奴隷化するのも、違法となるのだ。
もちろんそれでも小規模な争いはあるだろうし無法者には関係ないかもしれないが、少なくとも、ラランドにとっては大きな前進だった。
「おめでとうリーン! 早く帰ってアリスやみんなにも伝えないと!」
「そうね、明日一度帰る予定よ。正式な調停日は少し先だし、細かい書類作業が残ってるからすぐに戻ってくるけど」
「そっか。じゃあ、アリスにたくさんお土産持ってって。ワタシも用意するからさ!」
ワタシは街を駆け回り、リーンブライトに持たせる土産をかき集めた。
ラランドが正式に国になる。
獣人たちがついに人族に認められ、独立するのだ。
ワタシは自分のことのように嬉しかった。
そのための条件が何なのか、深く考えることもせずに、まるで子どものように喜んでいた。
「……え? 【獣の掟】が解散? リーンが国家連合の手駒になる?」
翌日。
リーンを見送ったワタシが家に帰ると、枢機卿の父に大事な仕事の依頼があると呼び止められた。
自警団の……というかワタシの裏稼業は、別の枢機卿の担当だった。
父から暗殺の仕事を頼まれたことはなかったから、仕事の話なんて珍しいなと思っていたら、何やら暗殺ではなく護衛の仕事の依頼だった。
どうやらシナ帝国の王子が聖都にやってくるらしい。巡礼という名目で、最低限の護衛だけをつけて送り込まれて来たんだとか。
父曰く、シナ帝国の狙いは定かではないが、人質――というよりリーンブライトと国家連合に対しての牽制の意味もあるだろう、とのことだ。
ワタシは政治のことなんてよくわからないけど、どうやら相当な大事らしい。
もし聖都内で暗殺されたら碌なことにはならないから、聖都に入った瞬間から出て行くまでは、陰から王子の護衛を任せたいとのことだった。
それは全然かまわないので了承した。ニンジャっぽくて面白そうだし。
そのついでになんとなしに国際条約のことを聞いたら、父はあっさりと答えた。
ラランドを国家と認める条件。
それはリーンブライトを頭目とする【獣の掟】を解体し、リーンブライトを国家連合所属の〝特使〟として任命するとのことだった。
「これで、あの魔王は連合のものとなり、獣人の国に肩入れすることはできなくなる」
「それって、つまりリーンが故郷のために戦えないってこと? いくらなんでも酷くない?」
「あの魔王も承知の上だ。それにこれは国際条約だ。いくらお前が魔王の友人だとしても、口を挟める問題ではない。それより早くシナ帝国の王子を迎えに行け。間違っても聖都内で事を起こさせるなよ? 最悪、シナ帝国自ら暗殺者を雇って、聖都内で暗殺させるつもりかもしれんからな。警戒を怠るな」
「は? どゆこと?」
「二度は言わん。しくじるなよ」
「ああもう、わけわかんない!」
あっちもこっちも、ワタシには理解ができないことばかりだ。
リーンブライトがなぜ国家連合の手先になることを選んだのかは、直接本人に問いただそう。
ワタシは腹を立てながらも、シナ帝国の王子を守るために出発した。
王子はやはり、誰かに狙われているようだった。
聖都に入ってすぐの建物内に、暗殺者が数人潜んでいた。
気配を消しているつもりだろうが、ワタシには丸わかりだ。こっそり全員始末しておいた。
物陰から王子の様子を覗いたら、まだ十歳程度のあどけない顔立ちの美少年だった。
帝国の政治の道具として扱われているとも知らず、純真な笑顔で聖都の兵士たちに挨拶していた。
「可愛いな~。うちのむさ苦しいシャテイたちと大違いだ」
許されるなら持って帰りたい。誘拐したダメかな? ダメか。
王子の護衛はたった二人だった。その二人は本気で王子を守ろうとしているが……いかんせん弱そうだ。ワタシなら二秒で片が付く。
シナ帝国は王子を守る気はない。そう判断すべき状況だった。
ワタシはしばらく陰から王子を見守り続けた。近づいてくる暗殺者はすべて始末した。毒殺くらいは護衛でも防げていたし、リーンブライトレベルの暗殺者が来なければ大した障害にもならないだろう。
やっぱり、ニンジュツは最強だ。
かつてリーンブライトにポッキリ折られた自信が、少しずつ回復していくのを感じた。
■ ■ ■ ■ ■
リーンブライトが戻ってきたのは十日後。
王子の巡礼が終わり、無事に聖都から出発した日だった。
ワタシは外壁の上に立ち、去って行く王子の馬車を眺めていた。あの純粋無垢なショタがいつか大人になってしまうのか……そう考えて黄昏ている自分が、どこかおかしかった。
そんなワタシの後ろに、音もなく現れたのはリーンブライトだった。
定点跳躍、という技法の転移術を持っている彼女は、いつもパッと現れるから心臓に悪い。
だが今日はいつもよりさらに恐ろしかった。
いつも浮かべている笑顔に、闇のような気配がこびりついていたからだ。
「リーン……?」
顔を合わせた彼女は、今日も笑みを浮かべていた。
だが、それはいつもの優しい微笑みではなかった。
「ファサン、何か私に聞きたいことがある?」
「そりゃあるよ! なんで【獣の掟】を解散しないとダメなんだとか、リーンはこれからどうするのかとか……それと、なんでそんなに殺気立ってるのか、とか!」
「やっぱり、あなたにはわかるのね」
彼女は聖都から離れていく王子一行を眺め、
「ラランドを国と認める条件はいくつかあったわ。無理難題もたくさん出た……その結果は、あなたが聞いた通りよ。初代女王はアリスに任せたわ」
「なんで? リーンがやればいいのに!」
「私の力は、世の秩序のために振るうことが最低条件。今後は神々の意に背く相手にのみ振るって良いことになった。聖教国民のあなたには〝異端者〟と言えば分かりやすいかしら」
「わかるけど……なんで、そんなことに」
信じられない。
リーンの魔術は誰も真似できない至高の域にある。それこそ神々の領域にも足を踏み入れていると断言できる程だ。
本気を出せば、単身で国家相手に勝てるほどの武力なのだ。
なのに、そんな彼女を従わせることができる相手なんて想像もつかなかった。
……もしや。
「誰か人質に取られたとか!? そんな卑劣な真似するやつ、ワタシがやっつけてきてやる!」
「違うわ。そうじゃないの」
リーンは首を振って、静かに言った。
「たとえば私が傍若無人に振舞ったら、恐怖の魔王として獣人を独立させることもできる。でも、そんなことになったら人族と獣人は完全に隔てられることになるでしょ。ラランドは確かに獣人の楽園だけど、【獣の掟】がいつまでも守り切れるとは限らない。私はねファサン、昔からずっとそう思っていたの。いつか獣人すべてが人族と対立し、虐げられる最悪な未来が来るんじゃないかって」
「それは……」
あり得ない、とは口が裂けても言えなかった。
現に、シナ帝国はそうしようとしてずっとラランドに戦いをしかけている。今もラランドが無事なのは、地理的に優位なことと、リーンブライトが守ってきたからだ。
「でもね、私はある日希望を見たの。人族も獣人もまるで差別しない……意識して差別しようとしないんじゃなくて、心の底から区別すらしていない人間が現れたあの日、私はついに機会が来たと感じたのよ。……ファサン、あなたがラランドに来てくれたあの日にね」
「ワタシ?」
「ええ。アリスやみんなと仲良くなって、種族じゃなく立場のために怒って、笑って、一緒に過ごせる人族なんて初めてだった。だから私は交渉を持ち掛けたの。あなたの祖国や世界に、私の力を捧げる代わりに、ラランドを国家と認めさせるために」
「リーンから!?」
知らなかった。
てっきり逆なんだと思っていた。
「獣人の私が人族の国家のために働く。それが人族と獣人族の壁を少しでも取り払って、種族を繋ぐキッカケになると思ったの。いまの世界はまだまだ差別がはびこっているけど、次代、そしてさらなる未来のためにこの力を使えるなら……そう思ったのよ」
「リーン……」
次代のために、己が身を捧ぐ。
それがリーンブライトが選んだ未来だった。
覚悟を決めた彼女は、しかし、どこか悲しげに言った。
「でもね、私の力はこの時代じゃあまりにも強すぎるのよ。本気でぶつかり合える相手がいないのよ。恐れられてたら、心の底から信じあうことも、分かり合うこともできないの。もし……もし、もっと別の時代に生まれてたら、ライバルだってできたのかもしれない。あなたとアリスのような、種族を超えた親愛を手にすることだってできたのかもしれないわ」
彼女はずっと、孤独だった。
ワタシはそんなこと考えたこともなかった。
笑顔の下に抱えていたその苦痛を、ワタシはいままで察することもできなかったのだ。
「私は未来のために生きる。あなたやアリスのような関係が、いつか世界中で見られるような時代を作るために。これからは心を捨て、誰よりも強くて冷酷な魔王でいるつもり。……だからねファサン」
あのリーンブライトが、表情を歪めた。
初めて見た彼女の泣きそうな顔に、ワタシは釘付けになった。
涙は見えない。
だけど彼女の震える声は、ハッキリと耳に響いた。
「【獣の掟】頭首リーンブライトとして、大隊長ファサンへの最後の命令よ。いつか私があなたに助けを求めたそのときは――」
魔王リーンブライトは言った。
「必ず、私を殺しなさい」
「……え?」
そう言ったリーンブライトは、おもむろに聖都の外に手を向けた。
その先にいたのは、無事に去って行く王子一行の馬車だった。
そして、つぶやく。
「『ファイアボール』」
生まれたのは、小さな火球。
だがその煌々と輝く蒼炎は、大気すら歪める温度だ。
リーンブライトの類まれな魔術は、初級魔術ですら上級レベルの威力なのだ。
その火球は、去ってゆく王子たちめがけて、放たれたのだった。
次話、古伝『この身を次代に捧ぐ・後編』。




