閑話『地下の隠し部屋』
女王視点のお話です。
■ ■ ■ ■ ■
獣王国の王都、その中心にある王城。
その最上階にある執務室で、女王ライクラライアは悩んでいた。
手元にある書類に目を落としながら、何度も何度も唸る。
そんな女王の様子を見かねた執事のゼクトロードが、ティーカップを差し出してきた。
芳しい香りが漂う黒い飲み物が、湯気をゆらめかせていた。
「これは?」
「コーヒーという飲み物です。近年、人族の国々の社交界で流行しているとのことです。彼らからの献上品です」
彼ら、というのはこの国を救った冒険者たちだ。
国が救われ、天候も温暖になった。いままではあまり盛んではなかった人族の国々との交易も、徐々に増えてくるだろう。
とはいえまだ嗜好品はほとんど入ってこない。コーヒーも彼らにもらわなければ、しばらくは手に入らなかっただろう。
女王はゆっくりと口をつけ、目を見開く。
「……美味しいわね。深い苦みと酸味と、これは砂糖の甘みかしら。スッキリして疲れが飛んでいくようだわ」
「お口に合って何よりです。ルルク様は、お好みによっては砂糖を減らし、他の甘味と合わせて飲むとより深い味わいを感じられるとおっしゃってました。モノン様によるとルニー商会とハートハット商会が提携を始めるという話でしたので、私は近い将来、この国でもかなり流行すると見込んでおります」
やけに饒舌なゼクトロード。この様子だと相当気に入ったようだ。
「して陛下、コーヒーは嗜好品ですが輸入時の課税分類はいかがしましょう? 原料は豆ですので、食料として非課税とすることも可能ですが」
「課税対象からは外していいわ。調理法を基準にするとややこしいもの。大豆などの前例もあるでしょ」
「では財務長にはそのように。それより陛下、先ほどから彼らへの褒賞を決めかねておりますかな?」
「ええ」
女王がにらめっこしているのは、国が所有する聖遺物の目録だった。
人族とは違い、我々獣人族は文化や歴史的に価値のある物をあまり所蔵していない。宝石や装飾品などならそこそこ持っているが、どれも珍しいとは言い切れないものばかりだ。
宝物庫のものは好きに持って行ってもいいと許可は出したが、結局、エルフの少女以外は何も持っていかなかったのも悩みの種だ。
「地位も勲章も興味はないみたいだし、そもそも賢者様に喜ばれるほどのものがこの国にあるのかしら……」
「難しいですな」
どれだけ考えても、見合う報酬が思い当たらなかったのだ。
女王とゼクトロードが頭を悩ませていたときだった。
「陛下、伝令です」
「どうぞ、入りなさい」
「失礼します。調査していた例の地下室の奥に、隠し部屋がございました。一度陛下にもご覧いただきたく存じます」
「隠し部屋?」
「はい。どうやら古い私室のようで」
例の地下室とは、レクレスが普段眠っていた地下の隠し部屋だ。
ずっと女王すら立ち入りを禁じられていたから、まともに入ったことはなかった。そもそもレクレスが眠っているあいだは扉を閉じられており、その部屋の存在自体、女王しか知らなかった場所だ。
レクレス亡きいま、その部屋の調査を命じていたが、まさかさらに奥に隠し部屋があったとは。
「ゼクトロード、行きましょう」
「はい」
女王は執事と共に、地下へと向かうのだった。
隠し部屋は狭かった。
部屋の入口は開かれており、外からでも一瞥するだけですべて見渡せる。
「安全の確認が終わるまで、しばしお待ちください」
部屋の中では、普段斥候や調査を担っている特殊部隊スペードの者が数人、罠が仕掛けられていないか確認していた。
とはいえ狭い部屋だ。一人でも数分で確認できるような物量だった。
「お待たせしました。特に危険なものは見当たりませんが、お命じくだされば我々が代わりに確認します。呪いなどが仕掛けられている可能性もありますので」
「ありがとう。それと、そこの貴方」
「はっ」
女王が指示したのは、部屋の前で待機している犬人族の青年だ。
たしか名前はサーベル。
「妹を呼んできてくれるかしら。貴方、妹の古い知り合いでしょう?」
「はっ」
サーベルは冷や汗を浮かべながら、妹の部屋へ向かった。
彼が妹が王城に潜り込ませていた知人だと、女王は昔から知っていた。
本来、女王に対する密偵行為は重罪だ。彼の事情くらい、情報を扱うクローバー部隊の者たちは即座に見抜いていたが、女王は最初から放免していた。妹にそうさせたのは、ほかならぬ女王自身だったのだから。
それをいまさら蒸し返すつもりはない。当のサーベルには、わざわざ知らせてはないが。
それよりも。
「この部屋……いつの時代からそのままなのかしら。レクレスも知らなかったようね」
「そのようですね」
壁には剣、盾、杖など武具が数種類かけられており、書棚にはいくつか本があった。どこも埃をかぶっている。
博物館のように綺麗に整えられており、誰かに見せるつもりだったのかもしれない。
とはいえ隠し地下室の、さらに奥に隠された私室なんて相当手の込みようだった。
「……もしかして、初代女王の部屋かしら?」
「おそらくそのようですな。陛下、こちらを」
ゼクトロードが見つけたのは、一冊の本。
風化しないように何重にも防護魔術をかけられた大判の本だった。
『次代のあなたたちへ』
短いタイトルだ。
著者は、初代女王アリスシェード。
「……手記かしら」
女王は慎重に手に取った。
表紙を開くと、中にはびっしりとアリスシェードが書いた文字が書き込まれていた。
パッと見た限り、内容はとりとめのない日記のようだった。
女王になった日から、その王座を退くまでの150年間の出来事が、つらつらと書き記されている。
その最後に、別の人物からの手紙と手記が添えられてあった。どうやら初代女王に贈ったもののようだった。
「これは……」
『〝女王〟アリスへ
ワタシたちの生きた証を
残しておいてほしい。
いつか見たリーンの夢が
遠い将来、この世界に訪れますように。
〝不動〟ファサン 』
……ファサンか。
それは、かつてこの国がまだ国家として呼ばれていなかった時代に生きた、ひとりの人族の名だ。
魔王リーンブライト、初代女王アリスシェードとともにこの国を守り、そして独立に導いた英雄だということは、この国では常識だ。
人族でありながら、リーンブライトとアリスシェード以外の者では太刀打ちできない戦闘能力を持ち、そして種族差別という当たり前だった意識を真っ向から否定したことで有名な傑物だ。
誰よりも優れた斥候でありながら、動くことなく敵を斬り捨てる『自在剣』の名手。
そして、常識に流されない破天荒な価値観。
その二つを意味する〝不動〟という称号をつけられた英雄の手紙と、短い手記が挟まれてあったのだ。
いままで伝承で伝えらえてきた彼女の物語はいくつかあるが、アリスシェードやリーンブライトとは違い、詳しく掘り下げられたことがない。
歴史書がほとんどないこの国では、その具体的な人となりを知っている者はほとんどいなかった。
「これは相当貴重なものね……少し読んでいいかしら」
「もちろんでございます」
女王は立ったまま、ファサンの手記をめくる。
ぺらり。
ぺらり。
その内容は、一見するとただの手記だった。経験した出来事を後から回想するような形で、日記というより伝記に近いものだ。
ただそこには、物語としての彼女たちではなく、その時代を生きた彼女たちの等身大の姿が綴られていた。
無言で読み進める女王。
手記自体はかなり短く、半刻もしないうちに最後まで読むことができた。
読み終えた女王は手記を閉じ、その表紙――その隅に記された一文に、目に通した。
『この身を次代に捧ぐ』
「……ねえゼクトロード」
「なんでしょう」
「この本を、ルルク様に渡してあげて」
「我々獣王国民にとってならまだしも、冒険者には価値のないものだと思いますが」
「それでも、よ」
「理由を伺っても?」
やや訝し気なゼクトロードに、女王は微笑んで言った。
「なんとなくだけど、彼らにとってこれが一番価値の高そうなものだと思うから」
――そして、その夜。
ルルクたちは、千年前に転生した元クラスメイトの二度目の人生を知ることとなるのだった。
次回、
古伝『この身を次代に捧ぐ 中編』に続きます。




